ダンジョン探索 ⑥
俺はというと気分がいい。最初はどうなることかと思ったが、こうして楽に進めるようになったのだからありがたい。不幸中の幸いって奴だな。
などと考えていると、ぐらりと視界が歪んだ。アルに尋ねる。
「なあ、今、例の罠を踏んだか?」
「ああ」
「やっぱり……ん? じゃあ、前を向かないといけないんじゃ………」
「それももうした。エミールが前にいないだろ」
「何!?」
今の俺は罠の回転も、アルがする回転も分からなくなっているようだ。
症状の深刻さに驚いていると、後ろからエミールの声がした。
「きゃっ」
可愛い悲鳴だ。アルが振り返って言う。
「大丈夫かエミール」
「はい。床が回転して、転びそうになりました。アル様が踏んだ場所は避けたんですけど」
「そうか……どうやら罠は横一列に並んでいるらしいな。踏んだら転ばないように気をつけるしかない。飛び越えようとするのも逆に危険だろう」
「分かりました。私には杖があるので、そう簡単には転びませんよ」
俺も口を挟む。
「俺にはアルがいるから、そう簡単に転ばないな」
が、アルが不穏なことを言った。
「だといいが、もしかしたらオレも倒れるかもしれないぞ? しかも背中から」
「そしたら絶対わざとだと思うからな! 絶対に止めろよ!」
「そう思うのは勝手だが、ゼラも気を抜くなよ。オレの背中が安全とは限らないんだからな」
「んなことないって。ここが世界で一番安全な場所だ。ってことで、俺ちょっと仮眠取るから、最深部に着いたら起こしてくれ」
「ふざけるな。もし寝たらここに置いていくからそのつもりでいろ」
「へいへい、分かりましたよ」
てなわけで、欠伸をしながら先に進む。
その後、アルは三回罠を踏んだが、俺にはまったく回転したように思えなかった。ただ、視界は少し歪むため、罠を踏んだことは一応分かる。
しかし、三回目は別だった。視界の歪みすらなく、アルに教えてもらわなければ罠を踏んだと分からなかった。俺の方向感覚はそこまで失われたらしい。これ以上酷くならないうちに、さっさと精神魔法の仕掛け人を倒さないとな。俺は戦わないけど。
その後、回転罠をかいくぐった俺達は、ついに細長い通路を抜け、開けた場所の入り口に差し掛かった。
アルが立ち止まって言う。
「通路が終わった。この先に部屋があるみたいだ」
「最深部かな」
「分からない。まずはライムカロンだけ入れて、様子を見よう」
前方に浮かぶ光球が、俺達を置いて部屋の中へと進んでいく。すると、まるで蝋燭の火を吹き消したかのように、突如として明かりが消えた。辺りが真っ暗になる。
即座にアルが呪文を叫んだ。
「ライムカロン!」
また目の前に光球が灯る。
俺はアルに文句を言った。
「おい、うるせーよ。いきなり大声出すな。びっくりするだろ」
すると、アルは息を荒げながら答えた。
「はぁ、はぁ、はぁ、悪い」
「なんだよ。そんなに暗闇が怖かったのか? ほんの一瞬だっただろ」
「何をのんきなことを言っている。ライムカロンが誰かに消されたんだぞ。怖がって当然だ」
「……でも、その誰かさんは攻撃してこないな」
「そうですよね」とエミール。「敵は部屋の中にいるはずです。私達にもう気づいていると思いますが」
アルが頷く。
「ああ、おかしい。次は光の数を増やしてみよう」
そう言うと、光球が二つに分裂した。それがまた二つに分裂し、合計四つの光球が浮かんだ。それらが部屋の中へと進んでいく。
そのうちの一つがまた誰かに消されたが、他の三つは残り、部屋の全体が照らし出された。
「うおっ」
驚いて思わず声が漏れる。そこにいたのは、巨大な植物だった。部屋は直径が5メートルくらいの丸い形をしていて、植物はその中心部に陣取っている。床の全面には植物の根が張り巡らされ、中心部から伸びる太い茎からは、複数の黒い花が咲いていた。
さらに、茎から八本の太い蔓が伸びており、まるでムチのように動いて光球をはたき落とそうとしている。光球はすばやく動いてそれを避けていた。アルが操作しているのだろう。
そして、恐ろしいことに、床には何人かの白骨死体が転がっていた。手に剣や槍を持っているので、おそらく昔、このダンジョンに乗り込んだ冒険者なのだろう。どの骨も植物の根に絡め取られている。
部屋の向こうに目を移すと、ここと同じような通路が続いていた。ここが最深部ではないらしい。
俺はアルに尋ねた。
「これが、植物型のモンスターって奴だな?」
「ああ、そうだ」
「初めて見た。エバルは知ってるけど、あれは動かなかったからな。コイツの場合は本当にモンスターみたいに動いてやがる。しかも、人まで殺してる………」
「これが、このダンジョンの第二の仕掛けだな。コイツは光を嫌う性質を持っているから、侵入者の明かりを即座に狙って消す。そして、暗闇の中から攻撃をしかける。侵入者は防ぐ間もなくやられ、コイツの養分と成り果てる」
「おっかねえな。最初の仕掛けは無傷で帰してくれるのに、急に残酷になりやがって」
「というより、コイツも最初の仕掛けの一部だ。侵入者に精神魔法をかけているのはコイツだろう」
「何!? こんな植物がか? さすがにそれは無いだろ。もっとドーブルみたいに賢いモンスターのはずだ」
「そうとは限らない。あの黒い花を見ろ。あそこから出る花粉が魔法の正体だ」
「花粉? そんなもん出てるか?」
俺は目を凝らして黒い花を見た。たしかに、蔓が動き回って風が起こるたびに、黒い粉が舞い上がっているのが見える。
「ほんとだ。花粉が出てる。でも、あれを魔法って言うのはちょっとおかしくないか? 魔法ってか、毒じゃね?」
「そんなことはない。根元にあるのが魔石だからな」
「ん? 魔石?」
今度は植物の根元を視線を落とす。目を凝らすと、張り巡らされた植物の根の向こうに、黒い岩のような物が見えた。どうやらアレが魔石のようだ。
「ああ、たしかに黒くてデカい岩があるな。色からすると、闇の魔石か」
「その通り。巨大な闇の魔力の結晶と思っていい。あの魔石を養分にして、コイツは400年以上も生きているわけだな。そして、コイツの花粉は闇の魔力で生成されている。だから対象者の精神を蝕むんだ」
「なるほど。そういえば精神魔法って闇魔法だったな」
と言っている間に、二つ目の光球が蔓に弾かれて消滅した。部屋が途端に薄暗くなる。
「油断した」とアルは言い、呪文を唱えて新しいライムカロンを飛ばした。その光球にも敵の攻撃が襲いかかるが、上手い具合にひょいひょいと避けている。
それを眺めながらアルに尋ねる。
「コイツ、光の球には攻撃するのに、俺達にはしないな。なんでだろう?」
「ふむ、おそらく光に反応する性質があるんだろう。だが、動物のように目があるわけじゃないから、オレ達を視認することはできない」
「じゃあ、どうしてここにある死体はコイツにやられちゃったんだ?」
「おそらく不用意に近づいたことが原因だろう。試してみるか。ゼラの矢をアイツに投げてみてくれ。打たなくてもいいから」
「ん、分かった」
俺は腰の筒から矢を一本取り出し、部屋の中に投げ入れた。それが敵の手前に落下した瞬間だった。即座に蔓が反応し、矢を激しく打ちつけた。矢は二つに折れたが、それでも蔓は執拗に矢を攻撃し続け、ついには形が分からないほど粉々にしてしまった。
俺はその様子に恐怖して言った。
「ひぇぇ、不用意に近づけば俺達もああなるんだな。でも、どうしてこっちには攻撃してこないんだ?」
「矢が攻撃を受けたのは地面に落下した時だった。おそらくそれが原因だ。床中に張り巡らされた奴の根を踏むと、居場所を感知されて攻撃されるんだろう」
「なるほど。じゃあ部屋に入らなければいいわけだ」
「そういうことだな。で、どう倒す?」
「どう倒すって、戦闘はアルがやってくれるんじゃないのか」
「作戦くらい今のゼラでも立てられるだろう」
「うーん、つってもなぁ。敵に近づくと攻撃されるから、ここから攻撃するしかないな。エミール、魔法で奴に攻撃してみてくれ。あの最強の氷魔法で」
「分かりました。ギアフリンガですね」
エミールは敵に向けて杖を構え、呪文を唱えた。
「ギアフリンガ」
杖の先に小さな氷球が形成され、敵めがけて飛んでいく。敵の蔓が反応するのは光だけのようで、氷球には無反応だった。
氷球は難なく敵に着弾した。触れた部分から忽ち凍り付き、白く変色していく。その白は伝染し、茎から花、蔓、根へと広がっていく。それらはやがて先端まで白く染まり、ムチのようにしなっていた蔓も、完全に動きを止めた。床中の根も白くなり、まるで雪が降り積もったかのように見える。
俺はその様を眺めながら言った。
「やっぱ最強だな、エミールのギアフリンガは。植物が食らったらひとたまりもないぜ。もう部屋に入っても大丈夫なんじゃないか?」
「そうかもな。また矢を投げて試してみてくれ」
「了解」
俺は矢を一本取り出して放り投げた。矢が根の上に落下する。だが、敵は静止したままだ。
「大丈夫……そうだな」
「ああ。先に進もう」
アルが部屋の中へと一歩踏み出した。凍った根が砕け、パリッと音がする。
その時、なぜか前方からもバキッと氷が砕ける音が響いた。見ると、凍っていた花の一つが砕け、それを押しのけるようにして新しい花が開いている。さらに、茎の表面に張った氷も砕け、そこから新しい蔓まで生えてきた。それが瞬く間に長く伸び、俺とアルに向かってムチのように飛んでくる。
あれ、死ぬ?
と一瞬思ったが、蔓は俺達に届く前に根元から切断され、地面に落下した。アルが波動斬で切ってくれたようだ。
アルが叫ぶ。
「敵が凍ってる間に向こう側の通路まで走る! エミールも着いてこい!」
「わ、分かりました!」
その間にも茎の部分から新しい蔓が生えてきた。しかも今度は二本だ。
それらが俺達を感知し、すぐさま攻撃を仕掛けてくる。が、それもアルが波動斬で切断した。
アルの活躍のおかげで、俺もエミールも攻撃を受けることなく、向こうの通路にたどり着くことができた。
それと同時に、部屋に浮かんでいた光球も、逃げ込むように通路側に飛んできた。三つの光球が俺達の頭上で一つに合体する。
俺はほっとして言った。
「あー、怖かった。助かったよ、アル。さすが勇者だな」
「別に構わない。それより、戦いになったらゼラを落としてもいいか? 剣を振りづらいから」
「いいわけないだろ! しっかり俺を背負ったまま戦え!」
「チッ」
「舌打ちしたなコノヤロー! 仲間を背負うのがそんなに嫌か!」
「いつまで背負わないといけないんだよ。このままだと行きだけじゃなくて、帰りも背負わないといけなくなるぞ」
「仕方ないだろ。敵にトドメを刺せないんだから。アイツの花粉はずっと出続けてる。行きも帰りも俺はフラフラのまま。だからアルに背負ってもらうしかない。それとも何か? 自分は嫌だからエミールに背負わせるっていうのか? 俺はそれでも構わないけど、エミールは嫌だろ?」
「はい、絶対に嫌です」
「『絶対に』は余計だろ! でもそういうことだ。頼りになるのはアルしかいないんだよ」
「でもなぁ、ゼラはそれでいいのか? このままだと、ゼラの報酬の取り分は無しになるが」
「はぁ!? なんでそうなるんだよ!」
「当たり前だろ。オレとエミールしか戦わないんだぞ。どうしてそれで報酬がもらえると思うんだ」
「ケチィッ! アルだっていつもサボってただろ!」
「今日はサボってない。てか、いつもサボってねーよ。今まで二人を守ってきただろ。でも、今のゼラは歩くことすらしない。完全にオレ達のお荷物だ。それで報酬を分けてもらえると思うな」
「そんな……じゃあ、なんとしてでもコイツを倒してから先に進もう。そしたら俺も歩けるようになる」
「どうやってだ? アイツは見ての通り魔石の魔力を吸収して高速で再生する。エバルと同じようにな。炎魔法で燃やしても意味が無いだろう」
「じゃあ、エバルと同じ方法で倒せばいいんだ。エミールの結界で魔石を囲って、根から遮断すればいい。あの結界、たしかオクスケニオンっていったよな?」
「はい」とエミール。「ですがゼラ様、どうやって結界を魔石と根の間に張るんですか? 二つは密着していますから、隙間に結界を張ることはできませんよ。仮にそれができたとしても、オクスケニオンの魔力も敵の根に吸収されてしまうでしょう」
「あっ、そっか。たしかドーブルも結界を吸収して強くなったもんな。コイツも同じことができるか。……だったら、ライムケニオンにすればどうだ? アイツ、光が嫌いみたいだから、ライムケニオンなら吸収しないはずだ」
「たしかにそうかもしれませんが、どのみち一つ目の問題が残ります。魔石と根の間に結界を張ることができません」
「うーん……なんとかならない?」
「悔しいですが、私の魔法ではどうにもなりませんね。諦めましょう、ゼラ様」
「いや、俺は絶対に報酬を諦めないぞエミール。何か、何かいい策があるはずだ。うーん……」
俺は目をつむり、眉間に皺を寄せて考えた。
この依頼の報酬は1万ガラン。俺の取り分は三分の一だから3000ガランくらいか。3000ガランつったら金貨三枚だ。なんとしてでもコイツを倒さなければ。
コイツが再生するのは当然魔石があるからだ。この魔石をぶっ壊せばいいんじゃないか?
いやいや、そんなことをしたって魔石が消滅するわけじゃない。小さく分離するだけだ。結局敵の養分になるだろう。
やっぱり魔石と敵を何かで遮断するのが一番手っ取り早い。でも、エミールの魔法じゃそれは不可能……。
他の方法はないか? なんなら根と魔石を遮断しなくても、引き剥がすことができればいい。いや、それができるなら苦労しないって話だよな……ん?
「あるじゃん! 簡単な方法が!」
「どんな方法ですか?」
「潜影能力を使うんだ。あの魔石を裏世界に落とせば、根っ子だけが剥がれて地上に残るだろ? そうすれば敵は魔石から魔力を吸収できなくなる!」
「なるほど! それはいい考えですね。さすがゼラ様」
と、エミールは感心してくれたが、アルが口を挟む。
「おい、待て。どうやって魔石の下にゲートを開くんだ? ゲートは一度見た場所じゃないと開けないんだろ?」
「あっ……」
俺としたことが、自分の能力の制約を完全に忘れていた。恥ずかし。
俺は照れながら答えた。
「そりゃもう、アルがお得意の馬鹿力で魔石をゲートまで運んでくれればいいんだ。そうすれば真下にゲートを開かなくても済む」
「論外だな。それだとオレが敵の攻撃をもろに食らうだろ」
「アルならそれくらい防げるだろ! 最上級魔法でもなんでも使えよ!」
「だったら尚更魔法で敵を殲滅すればいい。わざわざゼラの能力に頼るまでもない」
「じゃあそうしてください!」
「甘えるな。諦めて先に進むぞ」
「そんな……俺の報酬が……」
「悔しいなら、もっと強くなるんだな」
「うぅ……クソォ……」
結局、俺は敵にトドメを刺すのを諦め、アルに背負われながら先に進んだ。だが、まだ報酬を諦めたわけではない。この先で何かしら手柄を立てれば、報酬の分け前を要求できるはずだ。何とかしなければ……フラフラだけど。
《⑦に続く》




