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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Aランク編
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ダンジョン探索 ⑤

 これは何の絵だろう? 下手くそだから判断しにくいが、おそらく女性の絵だ。ただ普通の女性ではなく、背中から白い翼が生えている。そして、見たこともないデカい道具を抱えていた。


「これ、何の絵だ? 天使? 女神? なんか変な道具も持ってるけど、武器かな?」


「持ってるのは砂時計ですよ。たぶん」とエミール。


「砂時計? なんじゃそりゃ」


「砂で時間を計る道具です。透明な容器の中に砂が入っていて、ひっくり返すと少しずつ砂が落ちます。砂が落ちきるまでの時間が一定なので、それで何分経ったか分かるというわけです」


「へぇー、なるほど。だから容器の中心部分がくびれてるんだな。砂が一気に落ちないように。考えた奴は天才だな」


「でも、この女性が何を表しているかは分かりません。あと不思議なのは、砂時計の大きさです。この人が抱えている物は子供くらいの大きさがありますが、本来はもっと小さい物です。ですよね、アル様?」


「ああ。オレもこんなにデカい砂時計は見たことがない。普通、片手に収まるくらいの大きさだ」


「アルはこの翼女(つばさおんな)が何なのか分かる?」


「いや、それも分からない。ゼラが言う通り、古代人が崇拝(すうはい)していた天使か女神じゃないか?」


「こいつもさっきの壁画みたいに門番みたいなもんか」


「武器を持っていないから違うだろう」


「じゃあ、なんで描いてあるんだ?」


「分からない」


「さっきから『分からない』ばっかだな! ちょっとは分かれよ!」


「仕方ないだろ。400年以上前の遺跡だぞ? 学者だって首を(ひね)るはずだ。……たぶん」


「たぶんって」


「それより、反対側にも壁画があるぞ」


「ん? どうせおんなじ絵だろ?」


「いいや、違う絵だ」


 アルがライムカロンを反対側の壁に寄せた。壁画がはっきりと照らされる。


 そこには同じような翼女の絵が描かれていた。だが、持っている物が違う。砂時計ではなく、これまた大きな鏡だった。


「これなら俺も分かるぞ。鏡だ」


「よく知ってるな。偉いぞ」


「馬鹿にすんな! 鏡くらい知っとるわい! ……でも、なんで持ってるかは分からないけどな」


「オレもだ。砂時計と鏡。いったい何の関係があるんだろう……」


「エミールは分かるか?」


「うーん、まったく分かりません」


「だよなぁ……」


「悩んでいても仕方ない」と、アルはライムカロンを壁から前方に移動させた。「先に進めば、何か分かるかもしれない」


「ていうか、別に分かんなくてもいいけどな。俺達は学者じゃないんだし」


「そうですか? 私はできれば知りたいです。何百年も前に生きていた人々が、いったい何を考えていたのか気になりませんか?」


「そんなの現代人と同じだね。美味いもん食って、可愛い女の子と遊びたいとしか思ってねえよ」


「ふっ、庶民の発想だな」とアルが笑う。「ここは王族の墓だぞ?」


「うるせえ! 俺みたいな貧乏人にはどうだっていいね」


 雑談もそこそこにして通路を進む。最初は道がまっすぐ伸びていたが、次第に蛇のようにぐねぐねと曲がり始めた。ふと後ろを振り返ると、入り口の光が見えなくなっている。


 ただ、それ以外の変化は無く、俺達はひたすら代わり映えのない一本道を歩き続けた。こうなるともはや退屈だ。この薄暗い道が(かも)し出す不気味さにさえ飽きている。なんでもいいから面白いことが起こらないかね。ちょっとだけ怖くてもいいからさ。ほんとに、ちょっとだけね。


 などと思っていると、突然、ぐらりと視界が揺れた。思わず立ち止まる。一瞬倒れるかと思ったが、なんとか踏ん張った。


 後ろからエミールが尋ねる。


「どうしたんですか、ゼラ様」


「いや、ちょっと、目眩(めまい)がして」


 アルが振り返って言う。


「大丈夫か? 体調が悪いのか?」


「いや、別に、そんなことはないんだけど……」


 自分でも不思議だ。どうして突然目眩なんてしたんだろう。体調も悪くない。朝から万全なのに……。


「何かあったら言えよ?」とアル。「引き返して病院に行くからな」


「あ、ああ。分かった」


 探索を再開する。体調に変化はない……はずだ。さっきは偶然(つまづ)いただけかもしれない。気のせいだといいんだが……。


 そう思っていると、右肩が壁にぶつかった。


 あれ、道の中央を歩いてるつもりなんだけどな……。


 そう思って進路を左に寄せると、今度は左の壁にぶつかった。


 ん、なんだ? まっすぐに歩けなくなってるぞ? どうなっちゃったんだ、俺の体は?


 俺は怖くなってアルに助けを求めた。


「ア、アル。やっぱり引き返そう。体調が悪いというより、変! 早く戻って医者に――」


 と言っている途中で、アルの鋭い声に(さえぎ)られた。


「下がれ! 罠だ!」


「あっ、へえ?」と、まぬけな声を上げると、眼前にアルの背中が迫ってきた。それに突き飛ばされて後ろに倒れる。


「ぐへぇっ」


 ただでさえフラフラしてるのに、受け身なんて取れるわけがない。背中を硬い地面に勢いよく打ちつけた。


「痛ぇな! 病人に何すんだ!」


「……」


 怒鳴りつけるが、アルの反応はない。返事どころか、俺を見ることすらせず、じっと前方を見つめている。


「おおん! また無視か! 舐めるのもたいがいにしろコノヤロー! パーティーから外すぞ!」


 ここでようやくアルが振り返った。


「そう怒るな。罠があったんだから仕方ないだろ」


「罠だぁ? そんなもんどこにあんだよ!」


「足下の地面が動いたんだ。てっきり矢でも飛んでくるかと思ったんだが……」


 そう言ってキョロキョロ辺りを見渡す。俺も周囲を見たが、おかしなところは何もなかった。


 俺は立ち上がり、服の砂を払いながら言った。


「気のせいじゃないのか?」


「そんなはずはない。ちょっと確認してみるから、二人は下がっててくれ」


「おう、分かった」


 俺は振り返って来た道を戻ろうとした。


 すると、恐ろしいことが起こった。いつの間にか後方が壁で(ふさ)がれていたのだ。これでは帰ることができない。完全に閉じ込められた! 


「おい、アル! 罠は後ろだ! 俺達は閉じ込められたんだ! エミール、どこだー。壁の向こうか。返事をしてくれ」


 必死でエミールに呼びかけると、肩を叩かれた。


「ゼラ様、何言ってるんですか? 私はここにいますよ」


「おお、良かった。無事だったか」


 俺は安心して胸をなで下ろした。だが、エミールはなぜか心配そうな顔をして俺を見つめている。


「ど、どうしたんだよ。そんな顔して」


「……冗談を言っているようではなさそうですね」


「冗談? こんな緊急事態に冗談なんて言うわけないだろ。エミールこそどうしたんだよ」


「ゼラ」と、アルが俺に呼びかける。


 俺は振り向いてアルを見た。が、なぜかそこにはアルがいなかった。さっきまで罠をチェックしていたはずだが……。


 混乱していると、誰かに肩を掴まれ、強引に体の向きを変えられた。そこにはアルが立っていた。


「ここだ。どこを見ている」


「どこって、なんで俺が悪いみたいになってんの? 勝手に移動したのはアルだろ」


「オレは移動なんてしてない。ずっと前に立っていた」


「ええ、どういうこと?」


「こっちのセリフだ。あとさっき、閉じ込められたって言ってたが、あれはなんだ?」


「いや、後ろを見りゃ分かるだろ? 俺達が来たところに壁が出来てるんだ。だから穴でも開けなきゃ帰れない」


 すると、エミールが心配そうな声で言った。


「ゼラ様、そんな壁はありませんよ」


「え?」


 みんな何を言ってるんだ? 俺をからかってるのか?


「こんな時に冗談言ってる場合か? 壁ならここにある」


 俺は来た道を見た。やはりそこには壁がある。壁を両手で触れながら言う。


「ほら! どう見てもここに壁があるじゃないか? それともこれが幻覚だとでも言いたいのか?」


「それは横の壁だろ。後ろに壁なんて無い。見てみろ」


 アルがまた強引に俺の体の向きを変える。そこには暗い通路が先へと伸びていた。


「あれ? え? どういうことだ? こっちは前じゃないのか? 前は塞がれてなかっただろ?」


「前はこっちだ」


 またアルが体の向きを変える。そこにも通路が伸びている。行く手を阻む壁など無い。


「あれあれあれ、どうなってるんだ? 俺、頭おかしくなっちゃった……」


 頭を抱えてその場にしゃがみ込む。これは目眩どころの話じゃない。もっとおかしな異常が俺の体を壊している! 泣きそう!


 アルの冷静な声が上から降ってきた。


「方向感覚を失ってるんだ。前後左右が判別できなくなっている。これもダンジョンの仕掛けだろうな」


 俺はアルの顔を見上げて言った。


「仕掛けだと? どこにそんな仕掛けがあったんだ。だいたいエミールとアルは何も変わってないじゃないか」


「いや、それが」と、エミール。「私もゼラ様が目眩を(うった)えた辺りで、おかしな感じがしたんです。はっきりとは言えないんですけど、なんだか変な感じがして……」


 アルも頷く。


「オレもだ。頭に少し違和感を覚えた。まるで、頭の中に何かが侵入してくるような、そんな感じが」


「あっ、私もです! 私もそんな感じがしました。だから反射的に拒絶したんです」


「お、俺はそんな感じしなかったぞ」


 アルが片手を(あご)()えて言う。


「ふむ……つまり、この仕掛けはゼラにだけ効果を発揮(はっき)して、オレとエミールには効かなかったということだ。エミール、どう思う?」


「もしかして、精神操作魔法でしょうか?」


「ああ、オレもそう思った」


 俺は立ち上がって尋ねた。


「精神操作魔法? それってエミールが得意な奴だろ? でも魔術師なんてどこにもいないぞ? ドーブルみたいなモンスターもいないし」


「それはどうかな。この先にいるかもしれない」


 アルはそう言って暗い通路を指さした。


 この暗闇の向こうに、いったいどんなモンスターが待ち受けているのだろうか。いや、もしかしたら先に入っていた別の冒険者とか?


 どっちかは判断しようがないが、とにかく原因が分かればあまり怖くない。精神魔法は何度も経験している。時間が経てば勝手に治るだろう。それより、気になることがある。


「なあ、原因が精神魔法だとして、どうしてアルとエミールにはかかってないんだ?」


 アルが答える。


「精神魔法は、体内に一定以上の魔力を保有する人間にはかけられないんだ。だからオレはかからなかった」


「じゃあエミールは? エミールは魔力が少ないんじゃないの?」


「エミールは精神魔法の使用に()けている。だから他人から操作されることもないんだ」


「なるほど。さっき拒絶したって言ってたもんな」


「そういうことだ。耐性が無いのはこの中でゼラしかいない。だから原因が精神魔法と特定できる」


「……耐性が無いのって、珍しいことなのか?」


「いや、むしろ耐性がある人間の方が少ないだろうな」


「だよな。俺が特別へなちょこってわけじゃないよな」


「……ただ、Aランク以上の冒険者ともなれば話は別だ。耐性を持っている冒険者がほとんどだろう」


「うぅ……へなちょこな俺を見捨てないで」


「馬鹿。この程度のことで見捨てるわけないだろ。それより、調査隊の謎もこれで解けたぞ」


「調査隊の謎?」


「ラトルソス卿が言ってただろ。調査隊が全員、知らず知らずのうちに道を引き返したって。それはこの精神魔法のせいだったんだ。方向感覚を狂わされたせいで、前後が分からなくなったんだろう」


「ん? でも、それだけで全員が全員、道を引き返すってことになるか?」


「ならないだろうな。だからこの罠があるんだ。見てろ」


 アルはそう言って前に歩きだした。すると、突然その場でくるんと回転し、体の向きをこちらに変えた。


 エミールが尋ねる。


「その床、回るんですか?」


「ああ。ここの床は丸く切り抜かれていて、踏むと回るようになっている。落とし穴なんかに比べれば可愛い罠だな。そして、この罠と精神魔法が組み合わさることで、侵入者は来た方向と進む方向が分からなくなり、気づけば全員入り口に引き返しているというわけだ」


「なんかイマイチ納得できないな。ほんとにそんな上手くいくかね」


「なら実験してみよう。ゼラ、こっちに来て罠を踏んでみてくれ」


「おう」


 と言ったものの、思いの(ほか)足と頭がふらついた。まっすぐ歩くことが難しい。気を抜けば倒れてしまうだろう。


 なんとか足に力を込めて進んでいると、ぐらりと視界が揺れた。


「おおっと」


 倒れそうになるがなんとか踏ん張る。気を取り直して前に進もうとすると、そこにはアルではなく、エミールが立っていた。


「あれ? なんでエミールがいるんだ?」


 エミールが感心した様子で言う。


「実験成功ですね、ゼラ様」


 後ろからアルの声がする。


「オレが言ったとおりだろう。方向感覚が狂ってるから、地面の回転に気づけないんだ」


 俺は信じられずに首を捻った。理屈は分かるが、実感できない。ほんとに地面が回ったのか?


 アルが解説を続ける。


「さっきの壁画も、おそらくこのことを表してるんだろう。砂時計と鏡、両者の共通点は()()だ。砂時計の砂はひっくり返されて反転するし、鏡はそこに映る像が反転する。この道を進めば反転して戻ることになると忠告してるんだろう」


「なるほどな。それは分かったけど、俺、どうすればいいんだろう? このままじゃ戦いなんてできないぞ? 時間が経てば治るかもと思ってたけど、むしろ悪化してるし」


「精神魔法の使い手を倒さないとダメみたいだな。先に進もう。症状が収まるまで、戦いはオレとエミールがやる」


「ありがとう。それじゃあ、俺はここで待ってるよ」


「いや、ダメだ。それだとむしろ危ない。もし何かあった時、一人で対処しないといけないんだぞ? しかもその状態で」


「じゃあ帰ります。入り口まで連れてってください」


「丁寧に言ってもダメだ。一緒に行くぞ」


「じゃあ、おんぶ!」


「ガキか! 歩け!」


「アルも見てただろ! こっちはもうフラフラなんだよ! 歩くのも辛いんだ!」


「そうですよ、アル様」と、エミールが助け船を出してくれる。「ゼラ様は本当に体調が悪いみたいですし、背負ってあげたらどうですか?」


「……仕方ない」


 アルがしゃがみ、俺に背中を向けた。


「ほら、乗れ」


「悪いねぇ。じゃあ遠慮無く」


 俺はアルの首に両手を回し、体重を預けた。アルが俺の両脚を抱えて立ち上がる。


「よっしゃ、出発じゃー」と俺はかけ声を上げた。


「まったく、急に元気になりやがって……」


 アルは呆れながら言い、前に歩きだした。


《⑥に続く》

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