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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Aランク編
73/79

ダンジョン探索 ④

 俺達もそれに合わせて立ち上がる。


 契約魔法ってのはいったい何なんだろう? ちょっと怖いな。


 閣下はテーブル横の空いたスペースで立ち止まった。右手を前方に差し出し、空気を横に払うような動作をして言う。


「余の前に並んでくれ」


 言われた通り、閣下の目の前に並ぶ。


 閣下が続けて指示を出す。


「三人とも、右手を前に出して重ねてくれ」


 アルが先に手を出した。その上にエミールが手を重ねる。俺はなんか怖いので、あえてアルの下に手を出した。


 すると、閣下が一番上に手を重ね、呪文を唱えた。


「ガサロマーナ・スィンギロイ」


 その瞬間、 閣下の手の甲に黒い円の模様が浮かび上がった。


 続けて契約の口上を述べる。


「我は(なんじ)らと契約を結ぶ者なり。主となる我の名はドニチカ・ラトルソス・バストメーダ。従者(じゅうしゃ)となる者はその名を述べよ」


 閣下が言い終わると、手の甲の模様に変化が起こった。円の中心部分が消え、黒い輪っかになる。


 アルが自分の名前を答えた。


「アルジェント・ウリングレイ」


 俺とエミールも続く。


「エミール・パトソール」


「ゼラ・スヴァルトゥル」


 閣下が軽く頷き、口上を再開する。


「主となりし我は従者に命ずる。我が領内にあるダンジョンから、我の許可を得ること無く、一切の遺物を持ち出さぬことを。もしこの主命を破れば、従者の手は闇の魔力に蝕まれ、手首より先が腐り落ちる。この契約、従者は承諾(しょうだく)するか」


 俺はその恐ろしい条件にビビりまくっていたが、アルは涼しい顔で答えた。


「はい。承諾します」


 エミールもすぐに続く。


「はい。承諾します」


 二人ともよく簡単に言えるもんだ。もし契約を破ったら、手が腐り落ちちゃうんだぞ!


 俺が宣言を躊躇(ちゅうちょ)していると、閣下が怖い目で俺を(にら)んだ。断れる状況じゃない。しぶしぶ答える。


「……はい。承諾します」


 閣下が視線を俺から外して言う。


「契約完了」


 そして、一番上に重ねていた自分の手をどけた。


 アルが尋ねる。


「もう手を戻してもよろしいのでしょうか?」


「ああ、構わない。手の甲を確認してみてくれ」


 そう言われ、俺は手を引っ込めて、甲を確認した。そこには黒い模様が付いていた。閣下の手の甲に浮かんだ模様とは違う。閣下のは穴が空いた円、俺のは穴が無い円だった。また、俺のは閣下の円に比べると少し小さい。


 試しにごしごしこすってみたが、消えることも、薄れることもなかった。


 閣下が説明を加える。


「それは余と契約を結んだ証だ。闇の魔力で作った(くい)のような物と思ってくれ。杭は其方達の手に深々と突き刺さっている。そして、もし契約を破れば、杭は忽ちその手を腐らせるだろう。一応言っておくが、これは脅し文句でもなんでもなく、本当にそうなる。ダンジョンにある物はゆめゆめ持ち出さぬよう、細心の注意を払ってくれ」


 俺は手の甲を見ながらゾクリと寒気を感じた。


 だが、アルはなんてことないように答える。


「はい。契約は必ず守ります」


 閣下は大きく頷いた。


「うむ。では、期待して待っておる。その間、余は治安官に話をつけておこう」


「ありがとうございます」


「今日はご苦労であった。もう下がって良いぞ。其方達の報告、楽しみにしている」


「はい。必ずや良い知らせを持って参ります」


 後ろに控えていたニヒートさんが言う。


「では、私がお見送りさせていただきます。どうぞこちらへ」


 もっと紅茶を飲みたかったな、と思いつつ、俺は客室を出た。ひとまず貴族様との対面は終わりだ。過ぎてみれば案外大したことはなかった。ほとんどアルのおかげだけど。


 玄関の前まで来ると、先頭を歩いていたニヒートさんが立ち止まった。


「お預かりした品をお返しするので、しばしお待ちを」


 そう言って向こうの廊下を歩いていく。


 俺は監視から解放された気分になり、ほっとして言った。


「緊張したけどなんとかなったなぁ」


「はい」とエミール。「私、ほとんど話せませんでした」


「今までに貴族と話したことはないの?」


「ありませんよ。アル様はありますか?」


「いいや」


「それにしてはそつなく話してましたね」


「それはどうかな。貴族の目からすれば、不躾(ぶしつけ)な言動ばかりだったかもしれない」


 『不躾』という言葉を聞き、俺は紅茶の件を思い出した。


「あっ、そういえば、俺が紅茶を飲んだ時、どうして閣下に謝ったんだ? あれの何が失礼だった?」


「ああ、あの時、ズズズって音を立てて紅茶を(すす)っただろ? あれじゃあ庶民の家でもはしたないって思われるぞ」


「たかがそんなことでか!? 心狭すぎるだろ!」


 少し声を張り上げた時だった。ニヒートさんがちょうど袋を持ってこちらに来た。


「お待たせいたしました」


「んぎっ」


 驚いて変な声が出る。当然、さっきの俺の声はニヒートさんにも聞かれていたはずだ。閣下への悪口だと誤解されるとマズい。


 俺は咄嗟に誤魔化した。


「まっ、閣下は許してくれたから心めちゃくちゃ広いけどな! このお屋敷くらいに。やっぱ人の心ってのは家の広さに現れるんだろうな。うん、そうに違いないよ。うんうん」と言って一人で頷く。


 アルとエミールはそれを無視し、袋の中から剣と杖、指輪を取りだした。最後に俺が弓矢を取り出す。


 ニヒートさんが玄関扉を開け、深々と頭を下げた。


「では、僭越(せんえつ)ではございますが、ご健闘をお祈りしております」


「ありがとうございます」とアル。


「失礼します」とエミール。


「また紅茶飲みに来るからね」と俺。


 こうして、俺達はラトルソス卿のお屋敷を出た。相変わらず無愛想な番兵の間を通り過ぎる。


 ようやく貴族の世界から解放された。俺にとっては庶民の世界が一番心地いい。


 両手を空に伸ばしながら言う。


「うーん、やっと終わったな。帰るか」


「帰るな」とアル。「本当の仕事はここからだ」


「ちぇっ、こんなに疲れたのに」


「遺跡の場所はポートスの近くでしたよね?」とエミール。


「ああ。この町の近くにある村だ。馬車に乗れば1時間足らずで着く」


「疲れたから明日にしませんか、アル様」と、俺はエミールの声真似をして言った。


「……」


 だが、アルはツッコミすらせず、無視を決め込む。


 俺は根気強く声真似と交渉を続けた。


「どうして無視するんですか、アル様。ねぇ、アル様。アル様カッコイイ、イケメン、勇者、大好き」


 ようやくアルが答える。


「……エミールがそんなに言うなら仕方ないな。帰るか」


 エミールが顔を赤くして言う。


「なっななな、なんでそうなるんですか! 私じゃないですよ!」


 俺は声真似を辞めて言った。


「何言ってるんだ。エミール以外に誰がいるんだよ」


「もう! そっちがその気なら。あー、あー」


 エミールは声を調整し、俺の声を真似して言う。


「アルはエミールにばっかり甘いな。そうやって甘やかしてたら、Aランク冒険者になんてなれないぞ」


 アルが力強く答える。


「よく言ったゼラ! 前言撤回(ぜんげんてっかい)だ。今日中に依頼をこなせなかったら飯は抜きだ」


「はぁ!? 今のはエミールが言ったんだ! 俺じゃねーよ!」


「何を言ってるんですか? ゼラ様以外に誰がいるんです?」


「エミールだよ! てかアルも分かってるだろ!」


「……」


「なんでさっきから無視なんだよ!」


 そんなこんなで、俺達はポートスの馬車乗り場に向かった。そこから30分ほど馬車に乗り、目的地の村、ハイパーツに到着した。


 どこにでもありそうな普通の農村だ。ファンビーヴァとウーニャを倒したガセウスの村を思い出す。


 馬車を降り、とりあえず村の人に話を聞くことにした。アルが偶然居合わせた若い女性に声をかける。


「すみません」


「ん、どうしたんだい?」


「私達はラトルソス卿の命を受けて来た冒険者です。新しく見つかったダンジョンというのはどこでしょうか?」


「おっ、さっそく本職がお出ましだね。役人達が調査を諦めてたから、そろそろ来ると思ってたんだ。案内してやるよ。こっちだよ」


 女性が先頭を歩きながら言う。


「あたしの名前はザック・レナー。あんたらは?」


「私はアルジェント・ウリングレイ。アルと呼んでください」


「私はエミール・パトソールと申します。どうぞよろしく」


「俺ゼラ」


「んー……あんたらずいぶん若いね。冒険者歴はどれだけなんだい?」


「一ヶ月です」とアル。


「一ヶ月!? ほんとに大丈夫なのかい? ってまぁ、大丈夫か。ラトルソス卿から任務を受けてるんなら、相当腕があるってことだ。余計なお世話だったね。……ほら、ここだよ。ダンジョンの入り口だ」


 レナーさんが立ち止まった先に、それはあった。村の通路のど真ん中に大きな穴が空いている。直径は2メートルくらいだ。深さも2メートルくらいで、縦穴の側面に石のレンガで作られた通路が延びていた。これが例のダンジョンの入り口というわけだ。


 それにしても、なんでこんな所にあるんだ? 


 俺は気になり、レナーさんに尋ねた。


「どうしてこんな所にダンジョンの入り口があるの? てか、どうやって見つけたの?」


「ゴリバレがこの村で暴れ回った際に見つかったんだ」


「ゴリバレ?」


「冒険者なのに知らないのかい? でっかいモグラのモンスターだよ。村中の地面にに穴を開けて大変だったんだ。ゴリバレは村人だけでなんとか森に追い返したんだけど、穴埋め作業の時に見つかったのが、この遺跡だよ」


「へぇ、じゃあゴリバレがこの村に来なかったら、このダンジョンはずっと見つからなかったんだな。なんだか運命を感じるな」


「冗談じゃないよ。あんたらは貴族から仕事を受けられて嬉しいのかもしれないけど、あたしら村人からすれば大迷惑さ。よりにもよってこんな通路のど真ん中で見つからなくったっていいのに。これじゃあ満足にこの道を使えやしない。おまけに、お偉方(えらがた)は貴重な遺跡だから穴はこのままにしろって言うしさ。じゃあその分、金でも寄越せってんだよ。どうせダンジョンの中にお宝があっても、お偉方が独り占めするんだろ? あたし達にはなんの得もありゃしない」


 俺は心の底からレナーさんに同意した。


「そうそう! 俺達もラトルソス卿から言われたんだ。中の宝は絶対に取るなって。そのために魔法の契約まで結ばされたんだ。これ見てよ」と、手の甲の印を見せる。「これは契約魔法でつけられた印で、もし俺達が宝を持ち出したら、この印が手を腐らせちゃうんだ。酷い話だろ?」


 レナーさんは俺の語気に()されたのか、困惑気味に答えた。


「あ、あんたら、ラトルソス卿の手下なんだろ? そんなこと言ってもいいのかい?」


「別に手下じゃないよ。お抱えの冒険者じゃないから。あっ、でも、俺達がラトルソス卿の悪口を言ってたこと、絶対他の人には内緒だからね?」


 アルが口を挟む。


「『俺達が』じゃなくて、『ゼラが』だろ? 悪口を言ってたのは」


「うるさい! とにかく、バラしちゃダメだからね。俺、絶対にラトルソス卿に嫌われたくないんだから」


「ふっ、貴族に嫌われたくないのはみんな同じさ。バラさないって約束するよ。でも、その代わり、さっきのあたしの愚痴(ぐち)もラトルソス卿にバラしちゃダメだよ」


「もちろん! あとさ、ダンジョンが見つかったことは、村人にとっても悪いことばっかりじゃないと思うよ? もし俺達がダンジョンを調査して安全って分かったら、見物料でも取ればいいんだ」


「見物料?」


「そう。この遺跡を見に来た人から金を取るんだよ」


「ああ、たしかに。そりゃいい案だね」


「でしょう? でも、この案を出したのは俺だからね。見物料を取る時には俺にも分け前ちょうだいよ。例えば一人5ガランだとすれば、1ガランは俺に――」


「馬鹿」とアルが(さえぎ)る。「そんな誰でも思い付くような案で金を取ろうとするな。ずべこべ言ってないで行くぞ」


「ちぇっ、分かりましたよ。行けばいいんでしょ、行けば」


「頑張ってね」とレナーさん。「死ぬんじゃないよ」


「怖いこと言わないでよ。前に来た調査隊は一人も死んでないんでしょ?」


「そりゃまだ死人は出てないけど、奥に何があるのか分からないじゃないか」


「正しいこと言わないで!」


「……変な奴だね。ほんとに冒険者なのかい?」


「嫌々やってるからね」


 アルが俺とレナーさんに構わず、呪文を唱える。


「ライムカロン」


 光の球体が空中に現れた。


「さ、行くぞ」


「うぅ、いよいよだな。(こえ)ーな、初のAランク依頼にして、初のダンジョン依頼だ」


「頑張りましょう!」とエミール。


 アルが最初にダンジョンの中へと足を踏み入れた。その後ろに俺とエミールが続く。


 通路は横幅が2メートルあるかないかくらいで、特別広くも狭くもない感じだ。ただ、高さも2メートルくらいなので、こっちは通路にしては低い。飛び跳ねたら間違いなく頭をぶつける。


 通路に入ってすぐに、壁に絵が描かれていることに気づいた。アルが立ち止まり、ライムカロンを右側の壁に寄せた。壁画がよく見えるようになる。


 そこに描かれていたのは、二足歩行で頭に二本の角が生えたモンスターだった。ディアシュタインにそっくりだ。


「オーガかな?」とアルに尋ねる。


「かもな。古代人が門番としてこいつを描いたんだろう。左にもある」


 アルはそう言ってライムカロンを左の壁に移動させた。そこにも同じようなモンスターが描かれている。


 古代人の絵だから、そんなに上手ではない。むしろ下手くそな部類で、俺でも描けそうだ。だが、場所が場所だからか、なんだか変に迫力があるように見える。


 俺は恐ろしい予感がして言った。


「もしかして、奥に進んでいったら実物のコイツらがいる、なんてことはないよな?」


「さすがにそれはないだろう。先に進むぞ」


 アルが歩きだす。俺も後に続きながら言った。


「ホントだな? じゃあもしそうなったら、責任持ってアルが仕留めろよ?」


「分かった」


「ありがとう!」


 そこからは黙って前に進む。


 通路の中は湿気が()もってじめじめとしていた。日が当たらないので、空気がひんやりと冷たい。ライムカロンが辺りを照らしているが、それでも外に比べれば薄暗かった。何もかもが外と違うので、とにかく不気味な感じがする。


 そういえば、閣下はここが昔の王様の墓だとか言っていた。まさか、王様の幽霊とか出てこないよな? てか、幽霊ってほんとにいるの? 見たこと一回もないけど。でも、それにしてはめちゃくちゃ幽霊の話は聞くよな。実際はどうなの?


 そんなことを考えていると、アルが突然立ち止まった。反応できずに顔がアルの背中にぶつかる。


「うおっと、どうしたんだよアル」


「壁画だ」


 アルがライムカロンを壁の近くへと寄せた。そこにはさっきとは違う壁画が描かれていた。


《⑤に続く》

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