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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Aランク編
72/78

ダンジョン探索 ③

「おお……」


 俺は思わず感嘆の声を上げた。扉の向こうには玄関広間(エントランスホール)があり、この世の物とは思えない、貴族の世界だった。


 正面奥にドーンと大きな階段があり、綺麗な赤い絨毯(じゅうたん)が敷かれている。その階段を上った先には大きなガラス窓があり、美しい日の光が絨毯を輝かせていた。


 そして、次に目を惹くのは天井に吊られた巨大な照明器具だった。ガラスの装飾で出来た美しい燭台の集合体に、何本もの蝋燭が刺さっている。今は昼なので火は灯されていないが、夜になればさぞ美しい輝きを放つのだろう。


 このホールだけでギルドと同じくらい広いというのに、左右には長い廊下が伸び、いくつもの部屋の扉が並んでいた。室内とは思えないほどの広大さに、なんだか目眩(めまい)がしそうだ。


 呆然としていると、ニヒートさんが言った。


「どうぞこちらへ」


 そう言って右側の廊下に進む。俺達はそれに続いたが、若執事だけは反対の左側の廊下に進んでいった。


 俺は振り返り、『袋の中のもん、ちゃんと返せよ』と、心の中で声をかけつつ、視線を前に戻した。


 ニヒートさんが一番奥の部屋の前で立ち止まる。


「旦那様はこの部屋でお待ちです」


 俺は緊張し、ごくりと唾を飲んだ。いよいよ、貴族様とご対面だ。逃げ出したいね、まったく。


 ニヒートさんが扉に手をかけ、優雅な手つきで開く。


 中はこれまた豪勢な客間だった。ベッドのようにフカフカしてそうな椅子が、丸いテーブルを囲むように置かれている。その横には大きな暖炉があり、上には巨大な風景画が飾られていた。


 そして、椅子に一人の男が座り、その背後には二人の男が立っていた。


 見ただけで分かる。椅子に座っている男が伯爵、ラトルソス卿だ。青地に金色の刺繍が施された派手な上着を着ている。いかにも貴族服といった感じだ。


 で、後ろの二人はニヒートさんと同様、地味な礼服を着ていた。体格がいいので、おそらくラトスロス卿の護衛なのだろう。


 ラトルソス卿の歳は40代くらいで、いい物をたくさん食べているからか、玉のように太っていた。目は眠そうな垂れ目で、なんだか仕事ができなさそうに見える。それでこんな豪邸に住めるのだから羨ましい。


 俺達と目が合うと、ラトルソス卿は立ち上がって言った。


「よくぞ来てくれた。()が、ドニチカ・ラトルソス・バストメーダである」


 なんということだろう。その声は威厳(いげん)に満ち、超絶カッコ良かった。思わず「ははー」と言ってひれ伏したくなる。これが本物の貴族のオーラ。さっき、仕事ができなそうとか思ってごめんなさい。


 アルが緊張した様子もなく、自己紹介をした。


「お会いできて光栄です。冒険者のアルジェント・ウリングレイと申します」


 エミールもそれに続く。


「私はエミール・パトソールと申します」


 ついに俺の番だ。震える声で言う。


「お、俺、いや違う、私は、えっと、ゼラ・スヴァルトゥルという者でございます申します、はい」


 俺のうろたえっぷりを見て、ラトルソス卿が笑って言った。


「はっはっは、そう固くならずとも良い。まぁ、とりあえず座ってくれ」


 俺達はちょうど三つ並んだ椅子に座った。ラトルソス卿がニヒートさんに指示を出す。


「ニヒート、茶を用意してくれ」


「かしこまりました」


 ニヒートさんがお辞儀して部屋を出て行く。


 ラトルソス卿が俺達を見て言った。


「さて、さっきも言ったが、固くならずとも良いぞ。余はBランク以上の冒険者は貴族と同格だと思っておるからな。言いたいことがあれば、遠慮せずに申してくれ」


「ありがとうございます」とアルが頭を下げる。


「ありがとうございます!」と、俺もしっかりお礼を言っておく。


 俺はラトルソス卿の言葉に驚喜し、顔が火照(ほて)っていた。極貧(ごくひん)生活を続けてきた庶民以下のこの俺が、貴族様に()()と認めてもらえたのだ。もちろんお世辞だろうが、それが分かっていても嬉しい。まるで夢を見ているみたいだ。


 ラトルソス卿が微笑(ほほえ)んで言う。


「では、さっそくだが本題に入ろう。其方(そなた)達は、我が領内で発見された新しいダンジョンのことを知っているかな?」


 アルが答える。


「いいえ、依頼書を見て初めて知りました」


「そうか。まだ奥は調査できておらぬから詳しくは分からんが、学者によれば、おそらくは古代の王の墓らしい。もちろん、国王陛下のご親族の墓ではない。初代国王である高祖様が治める前に、この地を支配していた豪族の墓だ」


「だとすれば、相当古い墓ですね」


「うむ。我が国が建国されてから既に400年余りの月日が経っておる。もし本当に豪族の墓であれば、少なくとも400年以上前に作られたということになるな」


「興味深いですね。いったいどのようなダンジョンなのでしょう?」


「余が派遣した調査隊によれば、ダンジョンの入口は地下にあり、そこから石のレンガで作られた通路が続いているらしい。この通路が長くてな、進んでも進んでも終わることがない。そして、ついに通路の先に光が見えたと思えば、そこは出口ではなく、入口だったそうだ。面白かろう? 調査隊はいつの間にか来た道を戻っていたのだ。通路は一本道ゆえ、迷うことなどあり得ぬというのに」


 アルが口元に手を当て、考え込んで言う。


「それは奇妙ですね……。古いダンジョンとは思えない巧妙な仕掛けです」


「そうであろう。この奇怪(きっかい)な仕掛けのせいで、それ以上奥を調査することはできておらん。そこで、其方達冒険者の出番というわけよ。ぜひともこのダンジョンの最深部を調査してきてほしい。それから、こちらの調査隊が最深部に行けるよう、行き方を示した地図もつくってほしいのだ」


 俺は話を聞きながら、『簡単に言うな』と内心思った。ダンジョン内のモンスターを倒すならまだしも、そんなへんちくりんな仕掛けを突破する方法なんて分からない。


 だが、アルは平然と言ってのけた。


「お任せください。この任務、必ずや成し遂げます」


『簡単に言うな!』と、今度は口に出しそうになるが、すんでのところで我慢する。本当にできるんだろうな!


 こっちの気も知らないで、ラトルソス卿は満足げに頷く。


「うむ、よくぞ言ってくれた。期待しておるぞ」


「はい、ご期待に添えるよう尽力いたします。ところで、つかぬことをお聞きしますが、ラトルソス卿はお抱えの冒険者を持たないのですか?」


「『ラトルソス卿』は長い。閣下(かっか)で良いぞ。して、お抱えの冒険者のことだが、実は先日までいたのだ。四人組のパーティーだったが、今は全員おらぬ。だから其方らに頼みたいのだ」


「そのパーティーは解任なされたのですか?」


「いや………」閣下の声が沈む。「リーダーが死んだのだ。それを機に、他のメンバーは冒険者を引退した」


 アルは一瞬目を見開き、非礼を()びた。


「そうでしたか。これは失礼なことを」


「いや、良いのだ。死んだといっても、任務中にではない。老衰(ろうすい)だ。天寿(てんじゅ)(まっと)うして死んだのだから、むしろ喜ばしいこととすら言える。余も、胸中の悲しみは未だ消えぬが、任務中に死なずに済んで良かったという、安心感の方が強い。ま、本人は戦って死にたいと、常々申しておったがな」


「その方はおいくつだったのですか?」


「95歳だ。他のメンバーも全員90代だった」


 なんだそのジジイパーティー! 元気すぎるだろ!


 俺の驚きを余所に、閣下が話を続ける。


「彼らを(やと)ったのは余ではなく先代の父上だ。余も父上も、隠居先を用意してやるから早く引退しろと、かれこれ30年以上前から言っておったのだが、全員が猛反対してな。結局、リーダーが死ぬまで冒険者を続けおった。ワガママな奴らで、特にリーダーのバングルはちっとも余の言うことを聞こうとしなかった。まったく、どっちが主人なのか分からんよ」


 閣下はそう言って、寂しそうに笑った


 アルがパーティーについて尋ねる。


「やはりパーティーは全員魔術師だったのですか?」


「いいや、全員斧使いだった」


 バランス悪! と、心の中でツッコまずにはいられない。しかもよりによって斧かよ。どうやって90のジジイが振り回してたんだ。すげーな。


 アルも感心して言う。


「それは凄いですね。90歳になっても斧を扱えるとは。私は剣士ですが、見習いたいものです」


「うむ、余もあの強さには驚嘆せずにはいられなかった。見た目はただの老人だったが、斧を握らせれば(オーガ)のごとき強さを見せた。余が冒険者に畏敬の念を持っておるのは、バングル達の活躍を知っておるからだ。彼らは全員Aランク冒険者だったが、生涯、同ランクの依頼をこなし続けた。このような冒険者が他にいようか。Sランクにすらそうはいまい」


 その時、客室にニヒートさんが入ってきた。手にはティーカップを乗せた銀色のトレーを持っている。


 カップが一つずつ俺達の前に置かれた。中の紅茶が湯気をを立てている。いい匂いだ。貴族様の紅茶はいったいどんな味がするんだろう。


 俺は我先にとカップを持ち、口元に持っていった。熱いので息で冷ましてから、少しだけ(すす)る。


 その瞬間、芳醇(ほうじゅん)な香りが口の中に広がった。渋みはなく、少しの酸味と甘みを感じる。もっと甘い方が好みだとも思ったが、これくらいが風味を損なわないちょうどいい甘さなのかもしれない。


 高級紅茶を味わっていると、アルが俺に冷ややかな視線を向けていることに気づいた。閣下も俺を見ている。アルと違って優しいげな視線だけど。


 アルが閣下に謝った。


「すいません、はしたなくて」


 ギョッとしてアルを見る。え、何? 俺、なんか失礼なことしちゃったの?


 俺は小声でアルに耳打ちした。


「飲んじゃダメだったのか?」


 だが、アルより先に閣下が答える。


「よいよい。お口に合いましたかな、スヴァルトゥル殿」


 俺はどぎまぎしながら答えた。


「うん、うんじゃない、はい、それはもう、すっごく美味しかったと思いました」


「はっはっは。おかわりもあるから、遠慮無く飲むといい」


「ありがとうございます」


 閣下が優しい人で良かった。でも何がいけなかったんだろう。後でアルに訊かねば。


 そう思いながらカップに口をつけようとした時、閣下が何かに気づいた様子でこう言った。


「あっ、ところで一応訊いておくが、其方達の冒険者ランクはAかな?」


 俺はカップを持つ手を止め、そのまま閣下の顔をじっと見つめた。こっちのランクがBだと知ったら、果たしてどんな反応を示すだろうか。


 アルが質問に答える。


「実はまだBランクなんです。ご不満でしょうか?」


 閣下の眉がぴくりと動いた。


 俺は紅茶を飲む気になれず、静かにカップを置いた。


 少しの沈黙が流れた後、閣下が答えた。


「不満は無いが、其方達のことが心配だな。Aランクの依頼を受けたことは?」


「ありません。ですが、Bランクの依頼なら既に四回達成しています。失敗は一度もしていません」

「ふむ……どのような依頼か教えてくれるかな」


「一番難易度が高い依頼はディアシュタインの駆除でしたが、特に苦戦することもなく倒しました」


 俺とエミールがな! と思いながらアルを睨む。


 閣下は安心した様子で言った。


「おお、あのディアシュタインをか。それは頼もしい。であれば、此度の依頼を任せても問題無いな」


 そう言ってカップを持ち、紅茶を少し飲んだ。カップをゆっくりと置き、語を継ぐ。


「だが、探索に行く前に、頼みたいことがあるのだ。私と契約を結んでほしい。書面ではなく、魔法でな」


「契約というと?」


「ダンジョン内にある物を勝手に持ち出さぬこと。このことを固く誓ってほしいのだ。我が領内に存在する物は、すべて余の所有物であり、ひいては国王陛下の所有物である。しかも歴史的な遺物となれば、その学術的価値は計り知れない。ゆえに、其方達に譲るわけにはいかないのだよ。冒険者にとって、ダンジョンの宝に手を出せないというのはなんとも歯がゆいことかもしれんが、この条件は守っていただかなくては困る。絶対に」


「もちろんです」とアルが頷く。「ダンジョン内の物には一切手を付けません。ご安心ください」


「うむ。では、今から其方達に契約魔法をかけるが、よろしいかな?」


「はい。構いません」


「では、さっそくだが、こちらに」


 閣下はそう言って立ち上がった。だが、アルがそれを制す。


「閣下、少しお待ちを。契約の前に、お頼みしたいことが」


「ん、何かな?」と、閣下が一旦上げた腰を降ろす。


「おこがましい願いで恐縮ですが、閣下にはぜひとも教えていただきたいことがあるのです。ダンジョンを踏破した後で結構なのですが」


「ほう、それは何かな?」


「はい。閣下は、潜影族をご存じですか?」


 突然、『潜影族』という単語が出てきて驚く。そうだ、潜影族の情報を得ることこそが今回の真の目的。さすがはアル。会話の要所でちゃんとそこに切り込んでくれた。頼りになるね。


 ただ心配なのは、閣下の顔が少し曇ったことだ。どことなく沈んだ声で答える。


「もちろん知っておる。我が領内にも潜影族の集落はあったからな。それがどうかしたかな?」


「では、潜影族が絶滅したこともご存じですね?」


 すると、閣下の顔がさらに曇った。明らかに不快感を示している。苦々しい声でこう言った。


「……その責任が、余にあるとでも言いたいのか?」


 アルが慌てて訂正する。


「いえ、とんでもない。私達はただ、潜影族が絶滅した理由を知りたいのです」


「なぜ?」


「……私には、潜影族の友人がいたのです。友人は、八年前のあの夜に、謎の死を遂げました。だから、なぜ友人が死んでしまったのか、知りたいのです」


「ふむ……」


 閣下の顔が晴れ、元の優しそうな表情に戻る。こちらに閣下を責める意図がないと伝わったのだろう。あー、良かった。ナイス嘘だ、アル。上出来!


 閣下は少し考え込んでから、こう答えた。


「たしかに、余は潜影族の死を知り、すぐに現地の治安官に指示を出した。原因を即時解明するように、と。……だが、結局答えは分からず終いだった。それは他の領地でも同じこと。其方達ももう知っておると思うが、潜影族の集落は我が国に限らず、周辺の国々にも点在していた。だが、どこも調査結果は同じだったと聞く。集落にいた潜影族は全員死に、その原因は不明。悪いが、余に教えてやれることは無いと思うぞ?」


「どんな些細な情報でもいいのです。叶うのであれば、当時事件の調査を担当した治安官と話をさせていただけませんか? お願いします」


「うーん」と、閣下は腕を組んで、「それくらいなら構わんが……」


「ありがとうございます」


 アルはそう言って頭を下げた。俺も嬉しくてお礼を言う。


「ありがとうございます! 閣下様!」


 閣下が笑って言う。


「ふっ、閣下に様はいらぬ。まあ、いいだろう。其方達を治安官に会わせると約束しよう。ただし、ダンジョンを踏破した(あかつき)には、だ。それでも良いかな?」


「はい。ありがとうございます」と、アルが再度お礼を言う。


「他にまだ頼みたいことはあるか? 遠慮はいらぬぞ」


「いえ、今の頼みさえ聞き届けていただければ」


「よし。では、魔法契約を結ぶとしよう」


 閣下はそう言いながら立ち上がった。


《④に続く》

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