ダンジョン探索 ②
俺は意気揚々と依頼書を剥がし、受付に持って行こうとした。その時、アルが後ろから言った。
「いつもの手続きだけじゃなくて、会員証も発行してもらえよ」
「会員証?」
「依頼書に書いてあっただろ。冒険者であることを示す会員証が無いと、ラトルソス卿に会わせてもらえないぞ」
「な、何? ラトルソス・キョウ? また名前が増えたな」
「卿は名前じゃない。敬称だ。オレ達下々の人間が貴族を姓と名で呼ぶことは無礼なこととされている。だから官職名で呼ばなければならないんだ。会う時は気をつけろよ」
「お、おお、そうだな。うっかり『バストメーダさん』って呼ばないように気をつけないと。ラトルソス卿、ラトルソス卿、ラトルソス卿っと。よし、覚えたぞ。で、あとは会員証だな。受付で頼めばいいんだろ?」
「ああ」
俺は受付係のブラッジおじさんに依頼書を渡し、ついでに会員証の発行を頼んだ。
「会員証を発行してください。三人分」
「かしこまりました。料金は一人100ガランになります」
「な、何ぃ!? そんなに取るのか!」
ブラッジさんが苦笑いを浮かべて答える。
「え、ええ。会員証はただの紙切れではありませんので。偽造防止のために、様々な加工が施されているのです。安く作ることはできません」
「ぐぬぬ、そこをなんとか! せめて一人50ガランに!」
「馬鹿」と、アルが止めに入る。「こんな所で値切るな。みっともない。それでもBランク冒険者か」
「そうですよ」とブラッジさんも言う。「あなた方はもうBランク冒険者。しかも、先ほどの依頼はAランク。もはや100ガランなんて、あなた方にとっては大した額ではないでしょう?」
俺は悩みながら答えた。
「そりゃ払えない額ではないけど……紙一枚に100ガランも払うのはなぁ……」
「だからこそ、持っていればカッコイイと思いますよ? 会員証は低ランクの冒険者でも発行できますが、保持する者はほとんどいません。つまり、持っているだけで高ランクであることを示せるのです」
俺の気持ちが一気に晴れる。
「おお……言われてみればそうだな。会員証があれば、俺がBランク冒険者様だって世間に知らしめることができる! なんせBランクだからな。収入は貴族クラス。見せびらかさない手はない。……よしっ、その会員証、100ガランで買った!」
「別に売り物じゃないだろ」とアルが軽くツッコむ。
「かしこまりました」とブラッジさん。「では、会員証を作成しますので、しばしこちらでお待ちを。10分ほどで出来ます」
ブラッジさんは柔和な笑顔で言うと、受付カウンターを出て、二階に上がっていた。
というわけで、俺達は三人で雑談をしながらブラッジさんを待った。
「なんだかんだで楽しみだな、会員証」などと話していると、突然、二階から大きな音が聞こえてきた。カンカンカンカンッという、まるで金槌で石を叩くかのような音だ。
まさか、会員証を作る音だろうか? 会員証って石か金属で出来てるのかな。たしかにそれなら偽造は難しそうだ。
音がうるさくて雑談をする気も起きず、黙って階段辺りを見ていると、やがて音が静まり、ブラッジさんが降りてきた。ひどく息を切らせ、顔中汗だらけだった。
「はぁ、はぁ、お待たせいたしました。会員証、三枚になります。ご確認ください。こちらはスヴァルトゥル様の物です」
「う、うん。ありがとう」
俺は戸惑いながらそれを受け取った。当初の予想とは違い、会員証は石や金属ではなく、紙で出来ていた。
俺は思わずカウンターに戻るブラッジさんにツッコんだ。
「めちゃくちゃ紙切れじゃねーか! じゃあさっきの音なんだったんだ!」
ブラッジさんが半笑いで言う。
「いや、金槌の音に決まってるじゃないですか」
「決まってねーよ! 鍛冶屋じゃねーんだぞ!」
「当然です。鍛冶屋ならもっと上手く作れるでしょう」
「なんで!? 関係あんの!? 会員証作りに!?」
「関係あります。が、詳しくは説明できません。偽造防止のためですので、悪しからず」
「いいじゃん、俺とブラッジさんの仲でしょう? 教えてよ」
「いつ仲良くなったんだよ」とアルがツッコみつつ、カウンターに金を置く。「会員証の料金です」
「ありがとうございます。300ガランたしかに受け取りました。会員証の更新は無料で行いますので、その際はお気軽にお申し付けください」
「分かりました。ほら、いくぞゼラ」
「へいへい」
俺はそう言いながら会員証をじっくりと見た。横10センチ、縦15センチくらいの小さなカードだ。普通の紙に比べて硬く、多少頑丈そうではあるものの、所詮は紙でしかない。なんでこれを作るのに金槌がいるんだろう。この世は謎だらけだな。
カードには俺の顔の絵が描かれている。おそらく入会した時に念写魔法で描かれた絵と同じだろう。いつ見ても鏡のようにそっくりで驚く。
また、その絵の下には俺の名前と、ランクが書かれていた。当然、Bランク。これを今日中にAに変えてやろう。楽しみだね。
俺達はギルドを出て、馬車乗り場に向かった。ラトルソス卿はラグールの隣町、ポートスに住んでいるらしい。
俺は馬車の中でなんとなくに思い付いた疑問を口にした。
「どうしてラトルソス卿はラグールに住んでないんだろうな。ラグールもラトルソス地方に含まれるだろう?」
アルが答える。
「たしかにそうだが、ラグールには別の貴族が住んでいる。爵位は伯爵の一つ上の侯爵。ラトルソス地方を含んださらに広大な土地を管理している。土地の区画の名はメノン。ちなみに、ギルドが置かれているパレンシアはラトルソス地方に含まれていないが、メノン地方には含まれている。それくらいメノンは広いんだ」
「ふーん。じゃあ、その侯爵様はメノン卿っていうんだな?」
「その通り。メノン卿はメノン地方にいるすべての伯爵を束ねる、いわばリーダーみたいな存在だな」
「へぇ。そんな人がラグールにいるのか。メノン卿は王様と同じ城に住んでるのか?」
「……ん、どういう意味だ? ラグールに住んでるって言っただろ」
「うん、だから王様と一緒にいるのかって訊いてるんだよ。何かおかしいこと言ったか?」
エミールが驚いた様子で言う。
「まさかゼラ様、ラグールの城に国王陛下がいらっしゃると思ってるんですか?」
「え……違うの?」
アルが笑って言う。
「はっはっは、国王がこんなド田舎に住んでるわけないだろ。あの城にいるのはメノン卿だけだ」
「そうなの!? じゃあ、俺が王様だと思ってたのは、メノン卿だったのか……。パレードの時に見た事があるけど、すっかり勘違いしてたな」
「国王が俺達平民に姿を現すことなんてない。会えるのは貴族だけだ」
「そうだったのか。カッコよかったからてっきり王様かと思ってた」
「夢を壊して悪かったな」
「ほんとだよ。あと、ラグールってド田舎なの? 俺はてっきりこの世で一番の都会だと思ってたんだけど」
「ふっ、メノン卿がそれを聞いたら、さぞお喜びになるだろうな」
「まあ、ラグールも都会と言えば都会ですよね」とエミール。
「そうだな」とアル。「ただ、国王がいる王都はラグールの比じゃないくらいに栄えている。もっとデカいし、人もたくさんいる」
俺は感心して言った。
「へぇ、そりゃすごい。想像もできないな。じゃあ、この仕事が終わったら、王都に遊びに行こうぜ? 1万ガランも手に入るんだし」
俺の提案に、二人が同時に答えた。
「ダメに決まってるだろ」とアル。
「それはいいですね」とエミール。
俺はエミールの言葉に勢いづいた。
「ほら、エミールも行きたいって言ってるぞ!」
アルが考え込んで言う。
「うーん、そうだな。毎日働きづめだったんだ。たまには休暇を取ってもいいかもな」
「なんでだよ! エミールに甘すぎるだろ!」
「どっちなんだよ。休みたいんじゃないのか」
「休みたい! で、俺のことももっと甘やかしてほしい!」
「ダメだ」
「ほら、エミールの方からも頼んでくれ! 俺をもっと甘やかせって。エミールの言うことなら聞いてくれるから」
「分かりました。アル様、あの」
「ダメだ」
「せめて最後まで聞けよ!」
三人でたわいもない話をしながら目的地に進んでいく。
一時間ほど馬車に揺られていると、ラトルソス卿が住む町、ポートスに着いた。
伯爵様がいるからといって、特別栄えているようにも見えない。普通の町だ。
依頼書の地図を頼りにラトルソス卿のお屋敷へと向かう。屋敷はすぐに見つかった。小高い丘の上に見せびらかすようにして、ドデカい豪邸が建っていたからだ。まるでパレンシアにある高級宿屋のような外観だ。
それほど大きな建物を、ラトルソス卿は独り占めしているのだ。もちろん、中には召使いや家臣もいるだろうが。
俺は緊張して手の中が汗でべとべとになった。モンスターと戦う時とはまた違った緊張感だ。なんというか、怪我をするのが怖いといった肉体的な緊張ではなく、無礼を働いてはならないという精神的な緊張だった。
心臓がバクバクと大きな音を立てている。俺は堪らず立ち止まった。それに気づき、前を歩いていた二人も立ち止まる。
エミールが振り返って尋ねた。
「どうしたんですか、ゼラ様?」
「な、なんだか緊張して。エミールは緊張しないのか?」
「ん、そうですねぇ。緊張してないわけじゃないですが、モンスターと戦う時の方がよっぽど緊張しますね」
アルが笑みを浮かべて言う。
「ゼラにとっては特別怖いんだろう。裏世界に逃げたってどうにもならない状況だからな」
俺はその言葉にはっとした。感心するほどに図星を突いている。図星過ぎて腹も立たない。
俺は清々しい気持ちで言った。
「なるほどな! だからこんなに緊張するのか。ラトルソス卿を怒らせたら終わりだもんな。そうなった時に裏世界に逃げたって仕方がない。なるほど、なるほど、うんうん。じゃ、帰るか」
「帰るわけないだろ」とアル。
「冗談だって。行きますよ」
俺達は丘を上がり、屋敷の門の前まで来た。門の前には当然のように二人の番兵が立っている。右側に立っていた兵が言った。
「何の用だ」
ずいぶん不躾な言い方だった。こっちは一応客人なんだぞ。お前のご主人様のな!
俺は内心で悪態をついたが、アルは澄ました様子で答えた。
「ギルドから来た冒険者です。ラトルソス卿の依頼を受け、面会に来ました」
「………」
門番が値踏みするように俺達を見る。貧乏くさい服装だから疑っているのだろうか。無理もないな。
値踏みが済むと、門番が口を開いた。
「確認を取るからそこで待っていろ」
そう言って建物の中へと入っていく。
俺はすぐに『失礼な奴だな。こっちは礼儀正しくしようとしてるのに』と文句を言いたくなったが、もう一人の門番が睨みを効かせているので、我慢して黙っていた。
数分後、門番が二人の男を連れて戻ってきた。二人とも黒い礼服に身を包んでいる。一人は体格がいい若者で、なぜか片手に大きな袋をさげている。で、もう一人は細身の老人だった。
老人が俺達の前に来て言う。
「ようこそお越しくださいました。私はラトルソス卿の執事をしております、ニヒートと申す者です。お見知りおきを」
ニヒートさんはそう言って深々とお辞儀をした。この人は礼儀正しいようだ。門番もちょっとは見習え!
ニヒートさんが顔を上げて言う。
「私が旦那様の元へあなた方をご案内します。ですが、その前に会員証を確認したいのですが」
「ええ」
アルが先に会員証を渡す。俺とエミールも同じようにした。
ニヒートさんがまじまじとそれらを見て言う。
「……ふむ、お三方ともBランクですか。此度の依頼はAランクだったはずですが……」
「ええ」とアルが答える。「ですが、我々は既にBランクの依頼を三回達成しているので、Aランクの依頼も担当できるんです」
「それは私めも存じております。ただ、失礼ですが、少々心配ですね。旦那様がなんとおっしゃるか……」
「ラトルソス卿はBランク冒険者ではダメだとおっしゃっているのですか?」
ニヒートさんが慌てた様子で言う。
「いえいえ、そのようなことは。ただ、ダンジョン探索は過酷な任務ですので……」
「覚悟はしています」
「……」
ニヒートさんは真っ直ぐアルを見つめると、その覚悟が伝わったのか、不安そうな表情が消えた。
「かしこまりました。では、旦那様の元にご案内いたします」
そう言って会員証を俺達に返すと、こうも付け加えた。
「それから、屋敷の中に武器を持ち込むことはできません。こちらの者に預けてください」
ニヒートさんが隣の若い執事に手を向ける。
アルは剣を、俺は弓と矢筒を、エミールは杖をその執事に渡した。若執事はそれらを受け取り、持っていた大きな袋の中に入れる。
これで大丈夫、と思ったのだが、若執事が初めて口を開いた。
「そちらの指輪も中へ」
そう言ってエミールの手元を指さす。若執事が言っているのは当然、二つの宝玉のことだ。魔道具まで回収するとは、用心深いことだ。
エミールが言われた通りに指輪を外し、若執事が口を広げる袋の中へと入れる。
それを見届けたニヒートさんが言った。
「では、旦那様の元へご案内します。こちらへ」
こうして、俺達はようやく門をくぐることができた。広い庭の中を通り抜け、玄関に着く。ニヒートさんは厳めしい木造の扉に手をかけ、どこかもったいぶった感じで、ゆっくりと開いた。
《③に続く》




