オーガ ③
「おうよ、そのために来たんだ」と俺。「で、肝心の敵はいつ頃来るんだ」
「おそらく、今日か明日だ。時間はいつも違うが、夜になったら来ない。来るのは決まって昼間のうちだ」
「よし、じゃあ、さっそく外に出て待ち伏せしますか」
「俺も同行しよう。まともな手助けができるか分からんが」
「いや」とアルが手を前に出して制止した。「ドドラさんは他の村人達と安全な場所に避難していてください。戦うのは我々だけで大丈夫です」
「……いいのか?」
「ええ、むしろそうしてくれた方が助かります。私はこの二人を守るのに集中したい。あなた方まで守る余裕は無いかもしれません」
「……ふっ、そうだな。俺達は足手まといだろう」
「いえ、そんなつもりで言ったのでは」
「いいんだよ。むしろ、それくらいのことを言ってくれなきゃ困る。俺達の力を借りたいなんて言いだしたら、それこそ頼りない。あんたに言われた通りしよう」
「ありがとうございます」
「じゃあ、俺はこのことを他の村の連中に伝えてくる。あんた達は外を見張っててくれ」
「敵はどこから来るんですか?」
「案内しよう。ついてきてくれ」
俺達はドドラさんと共に家の外に出た。壊された家の間を歩いていく。
村の中心部に来た時、ドドラさんが立ち止まって言った。近くの山を指さす。
「決まってあそこから来るんだ。場所を変えてくることはない。完全に人間を舐めてやがる」
「では、我々はここで見張りをしていましょう。敵が来たら大声で知らせますから、できるだけ敵に見つからないようにこっそり逃げてください」
「分かった。じゃあ、頼んだぜ。死ぬなよ」
「ええ」
ドドラさんは来た道を引き返していった。破壊された村の真ん中に俺達だけが取り残される。なんだか心細い。
だが、アルは堂々とした口調で言った。
「さて、二人とも、今のうちに作戦を立てろ」
「へいへい。戦うのは俺達ですからね、言われなくても立てますよ。死にたくないんでね」
「なんだかいつもより緊張しますね」とエミール。「ライムケニオンに頼らずに戦えるでしょうか?」
俺が頷いて答える。
「うんうん、そこが一番心配なところだな。今まではとりあえずライムケニオンを使っておけばなんとかなったが、今度の敵はそうはいかない。でも、こうも考えられるぞ? ライムケニオンと攻撃魔法は同時に使えないから、攻撃に集中すればいいってな。もし敵の攻撃が来たら、エミールは自分で避けるか、俺が裏世界に避難させればいい」
「ですが、ドドラさんの話からすると、敵の攻撃は相当素早いと思いますよ。私でも避けられるでしょうか? ゼラ様の潜影能力も間に合わないかもしれません。ゼラ様を信用していないわけじゃないですが」
「そこは大丈夫だって。敵との間合いが離れていればいい。ドドラさんも言ってただろ? 剣士と槍使いは敵の攻撃を避けたって。接近戦ならともかく、離れてさえいれば避ける余裕もある」
「しかし、距離が離れていると、私の攻撃も当てづらくなるのですが」
俺はにんまりと笑みを浮かべた。
「ふふん、エミール。俺の得意技を忘れたのか?」
「得意技?」
「影からの不意打ちだよ。今までは使う機会があんまり無かった。例えばゼスの場合は体が硬くて矢が通らなかったし、ハウベールやピロキスの場合も、魔法の守りがあってこれまた矢は通じなかった。でも、ディアシュタインは違う。コイツは魔法が使えないし、皮膚も硬い鱗で覆われてない。ほぼ間違いなく矢が通る」
「では、今回の作戦はゼラ様が攻撃役というわけですね?」
「いや、それは違う。矢が当たっても、それだけで致命傷を与えられるとは思えない。俺も攻撃するが、トドメはエミールの上級魔法で刺してほしい。ゼスを殺した氷の魔法……なんて言ったっけ?」
「ギアフリンガです」
「そうそう、それそれ。アレを使ってトドメを刺してほしい。俺はあくまでもその隙を作るために攻撃する」
「分かりました。……つまり、ゼラ様は戦いが始まってすぐに裏世界に潜って、そこから不意打ちをしかける。で、私がその隙に乗じてギアフリンガを当てる。そういうことですよね。でも、その場合、地上にいるのは私一人になってしまいます。敵の接近を許してしまうのではないでしょうか?」
「そうならないように、エミールは攻撃をしまくってくれ。近づく暇を与えないくらい攻撃を連打するんだ。攻撃は下級魔法でいい。威力じゃなく、手数で勝負だ。それなら敵も対処に時間がかかるし、しばらくは遠距離戦になるはずだ」
「なるほど、それはいいですね。私が下級魔法で敵を翻弄している間に、ゼラ様が不意打ちを当てる、と」
「そういうこと。そうすれば敵の意識が俺に移る。尚更エミールに接近してくることはない」
「おいおい」とアルが口を挟む。「それはちょっと楽観的なんじゃないのか? 下級魔法でそこまで敵を牽制できると思うか?」
俺は自信満々で答える。
「できるね。敵の姿が依頼書の裏に書かれてただろ? 奴は人間みたいに服を着てる。動物の毛皮で作った服をな。ソイツを炎魔法で燃やせばいいんだ。ついでに持ってる棍棒も木で出来てるから、炎魔法で燃える。奴にとって炎魔法は弱点だ。下級魔法でも牽制くらいにはなるだろう」
「……まあ、それはそうかもな」
「ただし、だからこそ手数が大事なんだ。一発や二発だけなら、敵は無理にでも突っ込んでくるかもしれない。それを躊躇させるほどの火球で攻める必要がある。できそうか? エミール」
エミールが力強く頷く。
「はい。下級魔法のボーアであれば連続で使えます」
「よし。後はエミールと俺が連携して隙を作って、最後はギアフリンガでトドメ。任務完了だ」
「了解です。頑張りましょう!」
「ああ。俺とエミールならきっとできる。今までなんだかんだやってきたんだ。今日だけできないなんてことはない」
「なんだか今日は前向きですね、ゼラ様」
「うん。潜影能力が活かせそうだから、ちょっと楽しみでもあるんだ」
「活かせればいいがな」とアル。
「水をさすな! せっかくやる気になってるんだから!」
「すまん」
こんな感じで作戦会議は終わった。後はじっと敵を待ち続ける。
敵はなかなか来なかった。1時間経過しても、2時間経過しても来ない。といっても、正確な時間は分からないが、とにかく体感ではそれくらいが経過していた。
退屈だし、腹も減ってくる。さっさと帰って昼飯を食いたい。なんならドドラさんがご馳走してくれないかな。
と思うものの、すぐにこの考えは打ち消した。ドドラさんに限らず、村の人達はみんなお金に困っている。ご馳走する余裕なんてないだろうし、仮にすると言われても断った方がいいだろう。俺にもそれくらいの常識はある。
つってもなー、腹が減ってたら力もでないし。何か食えるもんは無いかな。果物とか。
俺はそう思いながら山を見渡した。すると、果物は見つからなかったが、木々の間に人影が見えた。いや、あれは人影ではない。人のようだが、明らかに背丈が大きい。しかも、肌の色が血のように赤い。こちらに真っ直ぐ向かってくる。
間違いない。ディアシュタインだ!
俺が気づくと同時に、アルが大声を出した。
「ディアシュタインが来たぞ! 逃げろ!」
あまりの大声に心臓と肩が跳ねる。クールなアルが大声を出すのは珍しい。今まで一度もないんじゃないか? いや、あるな。レザータ戦で怒鳴られた時が。嫌な記憶だな。すぐ忘れよう。
そんなことをのんきに考えていると、エミールがさっそく攻撃を開始した。
「ボーア、ボーア、ボーア」
連続で杖から火球を出す。火球の速度は石を思いっきり投げた時と同じくらいの速さだ。矢ほど速いわけではないが、敵を翻弄するには充分。
敵との間合いは50メートル程度。殺された冒険者達と同じ間合いだ。
火球が敵の元まで届く。敵は飛んできた火球めがけ、左手の棍棒を振った。火球が棍棒に当たった瞬間に弾け飛び、小さな火花となって消滅した。
が、簡単に通用しないのは予想通り。エミールは魔法をかけ続ける。
「ボーア、ボーア、ボーア」
次々と火球が飛ばされる。敵はそれを警戒し、こちらに近づく足を止めていた。これも計算通り。
俺は敵の影がある位置を確認し、裏世界に潜った。即座に敵の影にゲートを開き、その真下を目指して全速力で泳いだ。泳ぐスピードを速めるため、闇の魔力を流して加速をかける。当然、魔力消費が大きくなるが、この際ケチっている場合ではない。エミールが攻撃される前に勝負を決めなければ。
俺はゲートの真下まで来て、そこから顔だけを地上に出した。
敵の股下が見える。しかも、敵は毛皮の服を纏っているが、パンツをはいているわけではないので、ぶら下がっているタマタマが見えた。図体がデカいので、タマタマもデカい。弓矢で狙うには絶好の的だ。
ゲートから腕と弓を出し、矢の標準をタマタマに合わせる。同じ男として同情するが、可哀想などと言ってられない。急所を狙わない手はないのだ。
――許せ。
心の中でそう念じ、矢羽根を離した。矢が俺の手から解き放たれ、タマタマに命中する。
その瞬間、敵の絶叫が響き渡った。
「ウギャアアアアアアアアアア」
まるで人間と同じような叫び声だ。あまりに声が大きいので、咄嗟に弓を手放して両耳を塞ぐ。
同じ男として、敵の気持ちは痛いほど分かる。だが、これは村をめちゃくちゃにした当然の罰だ。
叫び声に混じって、何かが地面に落下する音がした。音がした方を見ると、棍棒が落ちている。タマタマを押さえるため、敵が手放したのだ。
ようやく叫び声がやむと、敵はタマタマを押さえたまま、方向転換をしだした。
俺は踏みつぶされないように裏世界に引っ込んだ。それから棍棒の影にゲートを開き、そちらから顔を出す。
敵はこちらに背を向け、山へと逃げていた。タマタマが痛くて走れないのだろう。がに股の状態でぎこちなく進んでいる。速く逃げようと苦労している様子だが、その速度は歩いているのとほぼ変わらない。これならギアフリンガを当てられる。
俺が声をかける前に、エミールの声が遠くから聞こえた。
「ギアフリンガ!」
エミールの杖から小さな氷球が飛ばされる。たが、なぜかエミールは氷球を真っ直ぐ前に飛ばさず、空高くに浮かべてから敵に飛ばした。
俺は不思議に思ったが、その理由はすぐに分かった。敵が逃げながら振り返り、後ろの様子を確かめたのだ。どうやらエミールは敵の視界に氷球が入らないようにしたらしい。
その工夫のおかげで、敵は上空から迫る氷球に気づいていなかった。逃げながら何度も振り返って攻撃を警戒しているが、視線を空に向けることはない。
氷球の速度はボーアよりも遅いが、敵も遅いので問題無かった。両者の距離がどんどん縮まっていく。そして、遂に敵の脳天に氷球が着弾した。
その瞬間、敵の頭部が白く染まった。ゼスに着弾した時と一緒だ。白の侵蝕は忽ち広がり、頭部から首、首から胴、胴から足へと水のように流れていく。
今度は叫び声を上げることすらなく、敵は一瞬で凍り付いていた。俺達の勝利だ!
「やったな、エミール!」
俺は大声でエミールを称えた。
「やりましたねゼラ様!」と、エミールも嬉しそうに答えた。
俺は地上に出て、こちらに走ってくるエミールを待った。側まで来て、嬉しそうに言う。
「作戦大成功ですね!」
「ああ。完璧以上だったな。エミールの機転のおかげで無事に攻撃が当たった」
「機転?」
「ギアフリンガを空に放っただろ? 敵に見つけられないように」
エミールが照れながら言う。
「あっ、そのことですか。別に褒めていただけることのほどでは……。それより、ゼラ様の不意打ちも素晴らしかったですよ。まさかあんなに大きな隙ができるとは思っていませんでした。ギアフリンガが当たったのは、ほとんどゼラ様のおかげです」
「それこそ大したことじゃねーよ。あれを見ちまったら誰でも思いつくもん。俺だけじゃねーかな。ディアシュタインのタマタマをあんな間近で見たの」
エミールが顔を赤くして言う。
「た、タマ?」
「あれ、気づいてなかったの? 俺はアイツのタマタマに矢を当てたんだ。人間もモンスターも、タマタマが弱点なのは同じだな。ま、男だけだけど」
「そ、そうですか。それより」と、エミールが慌てた様子で話題を変える。「本当に敵を倒せたのでしょうか? まだ生きている可能性も」
「んなことないだろー。さすがに死んでるって」
俺とエミールは真っ白になった敵の側に行った。見事に凍り付いている。試しに矢を取りだして体に刺そうとしてみるが、硬くて刺さらなかった。
「ほらな、こんなカチコチになってるんだから、どう考えても死んでるよ」
「……でも、もし氷が溶けたら息を吹き返すかも……」
「心配症だなエミールは。じゃあ、溶ける前にぶっ壊しておくか。ゼスみたいに」
《④に続く》




