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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Bランク編
66/79

オーガ ①

 朝。自分の部屋で目を覚ます。窓からは賑やかな町の喧噪(けんそう)が聞こえてきた。もう飯を食う時間だ。


 自室を出て、エミールの部屋に向かう。ドアをノックし、声をかけた。


「エミール、飯食いに行こうぜー」


「はい、ちょっと待ってください」


 ドアの向こうから明るい声が聞こえてきて、俺はほっとした。昨日の落ち込んだ気持ちを引きずってはいないようだ。


 ドアが開き、元気そうなエミールが出てくる。


「さっ、行きましょうか、ゼラ様」


「うん、怪我はもう治ったの?」


「はい、()れも痛みもすっかり引きました。アル様の回復魔法は凄いです」


 そうなのだ。昨日、エミールは敵との戦いで脇腹に怪我を負っていた。馬車の中でエミールが脂汗をかいていたので、異変に気づいたアルが確かめると、脇腹が真っ赤に腫れ、血が(にじ)んでいた。


 そこからはずっとアルが回復魔法で治療にあたっていた。宿に帰ってからも同じで、ベッドに寝たエミールに付き添い、回復魔法をかけ続けた。


 そんな状態が夜中まで続いた。エミールは怪我が痛くて食欲が湧かないというので、俺は外でジュースを買ってきて飲ませた。おまけに俺とアルの晩飯も買ってきて、エミールの部屋で食べた。


 その後、治療は真夜中まで続き、俺は二人よりも先に寝かせてもらった。俺にできることはおつかいくらいなので、申し訳ないと思いつつ、自室に戻って寝たのだ。


 で、今に至るわけだが、エミールの怪我はすっかり治ったらしい。もし完治しなかったら病院に行く予定だったが、その必要はようだ。


 嬉しいやら、悲しいやら、複雑な気持ちだ。もしエミールが入院すれば、しばらくギルドの仕事をさぼれたのに。アルの奴、回復魔法まで得意とかどんだけ優秀なんだよ。なんでもありか。


 不満を抱きつつ、アルの部屋のドアを叩く。


「おい、アル。飯食いに行くぞー」


「ああ」


 と、短い返事をしてアルが出てくる。寝不足のはずだが、その顔に疲れの色は一切なかった。


 腹が立って嘘をつく。


「なんだその顔。ずいぶん(やつ)れてるじゃないか。仕事なんてしてる場合じゃないな。今日はゆっくり休もう」


 だが、アルは即座に否定した。


「嘘をつくな。休みたいだけだろ」


「もぉー、昨日夜遅くまで起きてたんだろ? しかも回復魔法まで使ってさ。魔力だって残ってないんじゃないか?」


「そう思うならゼラが頑張ってくれ。オレはサボってるから」


「ついに自分からサボるって言い出したな!」


「うるさい。ところで、体調はどうだエミール。痛みは残ってないか?」


 エミールが嬉しそうに言う。


「はい、ばっちり治ってます。昨日はありがとうございました」


「あれくらいどうってことない。怪我をしたら、遠慮せずに言えよ?」


「はい。でも、本当は自分で治せないといけないんですけどね。私、魔術師なのに」


 俺が二人の会話に割り込む。


「気にすんなって。アルにはこういう時に役立ってもらわなくてどうするんだ。どんどん活用しようぜ」


「人を魔道具みたいに言うな」とアル。


「へいへい。じゃ、さっさと飯食ってギルドに行きますか」


 というわけで、俺達はレストランで食事を取った後、ギルドに向かった。


 今日の依頼はもう決めている。昨日、結局選ばなかったディアシュタインの依頼だ。標的は強そうだが、5000ガランの依頼なんてすべてそうだろう。腹をくくるしかない。


 さっそく掲示板の前に行こうとする。だが、受付にいたルネスさんに止められた。


「あっ、ゼラさん達、ちょっとお話が」


「ん?」


 なんだろうと思いながら立ち止まる。


 ルネスさんはカウンターから出て、俺達の側まで来て言った。


「あの木の枝の調査結果が出ましたよ」


「木の枝? あっ!」


 そうだ。すっかり頭の中から抜けていた。そういえば、ルネスさんと新種のモンスターを駆除しに行った時、標的の樹木から木の枝を採取したのだった。


 俺は真っ先に気になったことを尋ねた。


「誰が植えたのか分かったの?」


 あの樹木は裏世界に根を張っていたから、植えたのは潜影族で間違いない。


 だが、ルネスさんは首を横に振った。


「残念ながら、そこまでは分かっていません」


「そっか……」


 俺は落胆しつつ、当然の回答だとも思った。木の枝一本で植えた人間を特定できるはずがない。気持ちがはやりすぎた。


 ルネスさんが話を続ける。


「ですが、非常に興味深いことが分かりましたよ」


「どんなこと?」


「まず、木の枝を植物学者に解析させたところ、あの樹木はやはり新種で、闇の魔素を栄養源にしながら急速に成長するものだそうです。研究所ではあの木の枝に闇の魔素を与えたらしいのですが、たった一日で実をつけるまでに成長したようです」


「一日!? たったそれだけであの黒い実が採れるのか!」


「はい。これほど急速に成長する植物は他にありません。まあ、この場合は人間が手を加えているので、自然に育つ植物と比較してもあまり意味はないかもしれませんが」


「でも、あれは元々裏世界で育ってたんだ。それだって一応自然だろ?」


「はい。ただ……」ルネスさんは声をひそめて、「裏世界に植えたのは、潜影族である可能性が高いです。その場合、やはり人が手を加えたということになります。あの植物が急速に成長するよう、()()()()


「んー、それもそうか」


 ルネスさんが元の声で言う。


「それから、他にもおかしな点が。あの樹木はエバルと名付けられたのですが、ここ最近、エバルの目撃報告が急増しているんです。しかも、世界中で」


 俺は世界中という言葉に衝撃を受け、声を静めて質問した。


「世界中ってことは、生き残っている潜影族は一人じゃないってことかな」


 ルネスさんはそれを聞き、なぜかニコリと微笑んだ。俺が無意識に笑っていたのかもしれない。ただ、返答する時には真剣な顔に戻った。


「普通に考えればそうなりますね。一人で植えた可能性も捨てきれませんが。あと、新種の植物が世界中で発見されるというのは不自然です。世界中のエバルは人工的に植えられたものと見て間違いないでしょう」


「まったく、俺の仲間はいったい何がしたいんだ。言ってくれれば俺も協力するのに」


「それなんですがね……」ルネスさんは言いづらそうに間を開けてから、「あまり、いい目的ではないないのかもしれません」


 俺は一気に不安な気持ちになった。


「……なんで?」


「あの時、黒い実を食べた人が大勢いましたよね? 彼らがその後、どうなったのかという報告も受けています。彼らは黒い実から闇の魔素を体内に取り込みすぎて、一種の中毒症状を起こしていました。肌が紫色になっていましたよね? あれは闇魔法を受けた時によく起こる症状で、時間が経てば元に戻ります。これに関して別段、おかしいことでもありません。それから、皆さんももう知っていると思いますが、依存の症状も現れます。あの実をまた食したいという強い衝動に駆られ、禁断症状も出ます。ただ、この禁断症状もイライラしたり、不安になったりするだけで、麻薬を摂取した者によく見られる症状です。おそらくあの実には麻薬と同じような成分が含まれているのでしょう。これも想像通りといった感じで、それほど驚くようなことでもありません。ただ、他に一点、明らかに奇妙な症状があるんです。医者と植物学者にも、原因を説明できないような………」


 俺はごくりと唾を飲んで言った。


「ど、どんな?」


「黒い実の摂取量が多い者ほど、暗闇を好むようになったらしいんです。逆に、光が当たる所を恐れるようになった」


「……なんだよ、それ」


「なぜそんな症状が起こるのか、医者も分からないそうです。治療法が分からないだけではなく、似たような症例も他に無く、頭を抱えています」


「ちょっと待ってください」と、アルが話に入る。「治療法が分からないということは、時間が経過しても症状が治らないということですか?」


「その通りです。といっても、当然まだ経過観察の途中ですが、今のところ、この症状はまったく寛解していないようです」


「……それは、なんとも恐ろしいですね」


 珍しくアルがビビっている。俺は面白いと思ってからかった。


「何が恐ろしいんだよ。アルが食べれば、暗闇恐怖症を克服できるんだぞ?」


「馬鹿」と、アルが呆れた顔で言う。「冗談言ってる場合か。これを植えた奴は、何かとんでもないことを(たくら)んでいるような気がする。およそ善行とはいえないようなことを……」


「んなことないかもよ。アルみたいな恐怖症患者を治療することが目的かもしれない」


「だとしたら副作用がデカすぎるだろ」


「それはこれからの研究でなんとかするつもりなんだよ」


 アルが声を抑えて言う。


「ゼラは潜影族だからそう思いたいのかもしれないが、犯人は相当悪い奴かもしれないぞ。こんなものを世界にばらまいてるんだからな」


「犯人って言うの止めろ! まだ悪い奴って決まったわけじゃないだろ。これには何か深い理由があるんだ」


「……だといいがな」


「とにかく」とルネスさん。「エバルは今のところ危険な植物と見なされ、世界中の国が駆除に乗り出しました。当然、我らギルドもそれに協力します。これからはエバルの数が減少に転じるでしょう。最終的にはすべて刈り尽くされるはずです」


 俺は腕を組んで言った。


「うーん。もしそうなったら、植えた奴はどうするのかな。『勝手に駆除するな』って、怒って出てきてくれたら楽なのに」


 ルネスさんも頷く。


「そうですね。何かしらの行動は取ると思われます。一番考えられるのは、駆除の妨害です」


「そうなったら植えた奴が一発で分かるな」


「はい。もしそうなれば、真っ先にゼラさんに報告しましょう」


「助かるよルネスさん」


「報告は以上です。また何か分かり次第伝えますね」


「うん、ありがとう。いつかまたパレラの卵あげるからね」


「それはもう言わないでください」


 ルネスさんがカウンターに戻っていく。俺達は掲示板の前に移動た。エミールが口を開く。


「ゼラ様はエバルに心当たりはないんですか? もしかしたら……」ここで声を抑えて、「潜影族しか知らない植物なのかも」


「いや、まったく覚えがない。見たことも聞いたこともない」


「不思議ですねぇ」と、エミールは首をかしげて、「もしかしたら、植えたのは潜影族ではないのかもしれませんね」


「えっ!? なんで!?」


 俺があまりにも驚いたので、エミールが動揺しながら答える。


「いえ、別に、そんなちゃんとした考えがあるわけじゃないんですよ。ただ、もし複数の潜影族が共謀(きょうぼう)して行っているとすれば、どうしてゼラ様は仲間外れになっているのでしょうか?」


「うっ!」


『仲間外れ』という言葉が槍のように俺の心を貫き、思わず胸を押さえた。


 エミールが慌てて謝る。


「あっ、ごめんなさい。小声で言うの忘れてました」


「そっちじゃない」


 アルが笑って言う。


「ふふっ、ゼラは役に立たなそうだから、仲間外れにされたのかもな」


「うっ!」


 二本目の槍が刺さる。俺はアルを睨んで言った。


「俺が薄々思ってたことをハッキリ言うな!」


「いいじゃないか。薄々思ってたなら」


「ふんっ、ま、絶対にそんなことはあり得ないけどな。潜影族じゃないと裏世界に植えられないんだし、何よりも潜影族が俺を見捨てるような薄情者のわけがない。どっかの勇者さんは知らねーけどな!」


「だといいな。で、次の依頼は何にするんだ?」


「あっさり聞き流すな! 仲間の言葉を!」


「ここでいつまで話してたって答えはでないぞ? 新しい情報が手に入るまで、目の前の仕事をこなそう」


「……ん、まぁ、それはそうだな。ランクを上げていけば、情報収集もはかどるし。ってことで、今日の依頼はもう決めてあるぞ。ディアシュタインだ」


 エミールが尋ねる。


「それって、昨日言ってたオーガのことですよね?」


「そうだ。今日はコイツをぶっ倒そう」


「昨日はあんなに怖がってたのに、今日は強気ですね」


「ふふん、だって盗賊の依頼の方がどう考えたって危険だっただろ? まさか一対一になるとは思ってなかったし。でも、俺達はそれを見事乗り越えたんだ。ディアシュタインだって倒せるさ」


「Aランクの依頼には挑戦しないのか?」とアル。「もうBランクの依頼を三回こなしてるが」


「いや、さすがにそれは早い。ディアシュタインは報酬額から推定してBランク最強のモンスターだ。Aランクに挑むのはコイツを倒してからの方がいい」


「私もそれがいいと思います」とエミールも賛同する。


「よし。アルもそれでいいよな」


「ああ、二人に任せる」


「よっしゃ。今日はコイツを倒して、Aランクに進むぞ!」


 俺はそう言って、ディアシュタインの依頼書を掲示板から剥がした。


《②に続く》

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