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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Bランク編
61/79

一対一 ⑧ (エミール戦)

 敵が呪文を唱えた途端、ライムケニオンの光が弱まり、強化魔法を唱える前の状態に戻った。


 そこに金将の追撃が加わる。結界には前と同様に亀裂が入った。


 敵が嬉しそうに言う。


「弱化魔法じゃ。強化魔法などこれで打ち消してしまえば良い」


 敵の声をバックに、銀将が斧を振り上げる。エミールは結界を壊される前に解除し、急いでその場を離れた。


 銀将の斧は空振りし、エミールがいた地面に深く食い込む。


 それを振り返って見ながら、エミールは後方に逃げた。


 敵が言う。


「どこへ行く。逃げられぬと言うたじゃろう」


 エミールはそれを無視して走る。二体の兵士もそれを追うが、走ってくることはなく、速度は大したことなかった。兵士との距離が離れていく。


 だが、それも長くは続かない。エミールは10メートルほど走っただけで、前に進めなくなった。目に見えないが、透明な壁が立ちはだかっているのだ。そこに手をつき、振り返る。


 二体の兵士は一歩一歩近づいてきていた。間合いは約5メートル。


 エミールは杖を構え、呪文を唱えた。


「ボアルインガ」


 杖の先端から火球が放たれた。次の狙いは銀将。こちらは金将と違い、盾を持っていない。


 銀将は歩きながら、斧を前に構えた。それで火球を受け止める。


 その瞬間、二体を包む爆発が起こった。エミールが即座に呪文を唱える。


「ライムケニオン」


 結界を張り、爆風と敵の追撃に供える。固唾を呑んで状況を見守っていると、舞い上がった砂煙の中から金将が姿を現した。


 結界が金将の剣を受け止める。そして、その隣から銀将も現れた。鎧も斧もまったく傷ついていない。


 銀将が斧を振り上げる。その瞬間、エミールは結界を解除し、横に飛んだ。


 斧が振り降ろされると、エミールの背後にあった透明な結界に衝突した。その衝撃で斧は跳ね返され、銀将が後方に倒れる。


 敵が感心して言った。


「ほほう、銀将の攻撃で結界を壊そうとしたか。賢い子じゃのぉ。たしかにロクセスパロールはその二体よりもレア度が低い魔道具じゃ。しかし、頑丈(がんじょう)さは超一級じゃぞ。そう簡単に壊れわせん。残念じゃったのぉ」


 エミールは焦燥(しょうそう)を浮かべた顔で兵士から逃げた。透明な結界に添うようにして走る。


 金将が方向を変えて歩きだした。倒れていた銀将も立ち上がり、その後に続く。


 敵が呆れたように言った。


「無駄じゃというに。さっさと降参せんか」


 エミールは敵の言葉を無視して走り続ける。二体との間合いが開いたところで、呪文を唱えた。


「ギアフリンガ」


 氷の球体が金将めがけて飛んでいく。金将は盾を構えてそれを受けた。その瞬間、盾が凍り付き、雪のように白く染まった。白い範囲は忽ち盾から腕、腕から胴体へと広がっていき、ついには金色の鎧をすべて覆った。金将は片足を前に出した状態で静止し、一歩も動かなくなった。


 敵が顎を撫でながら言う。


「ほほう、凍らせたか。次から次へと対策を考えるのぉ。さっきの経験自慢、あながち虚勢でもないらしいな」


 エミールが続け様に呪文を唱える。


「ギアフリンガ」


 氷球が銀将に飛ばされる。銀将はそれを斧で受けるが、金将と同様に凍り付き、動かなくなった。


 エミールが得意げな顔で敵に言う。


「ご自慢の魔道具、封じましたよ」


 敵が不機嫌そうに答えた。


「この程度で得意になってどうする。凍ったのなら、溶かせば良いだけのことじゃ。ボアケニオン」


 呪文を唱えると、敵の杖からボアレイルのような炎線が二本放たれた。それぞれが倒れた二体の兵士を囲み、ぐるぐるととぐろを巻く。炎は杖から離れても燃え続け、二体を守る壁となった。


 その間に、エミールが敵に杖を構え、呪文を唱える。


「ボアルイ――」


 だが、呪文の途中で、エミールは言葉を止めた。大きな音が兵士の方からしたからだ。


 見ると、金将がなぜか傾いていた。そのまま地面に倒れ、炎の渦に身を横たえる。


「い、いかんっ」


 敵も焦り、炎が燃え移る前にボアケニオンを解除した。金将だけではなく、銀将の炎も消える。


 その時、エミールにとって聞き慣れた音が聞こえてきた。一定の感覚で地面を叩くような音が。


 音がする方向を見る。そこには、一匹のダンドンがいた。結界の外で地面を叩いている。


 ダンドンの地魔法が銀将も襲い、その足下から土のトゲが突出した。トゲは銀将にぶつかった瞬間に折れたが、その衝撃で銀将は地面に倒れる。


 二体の兵士が共に地面に倒れた。まだ氷が溶けきっていないため、ギチギチと音を立てるだけで、関節を曲げることができないでいた。


 そこにダンドンが追撃を加える。仰向けに倒れた二体の背中に、次々と土のトゲが突き出した。それによって二体の兵士はカンカン音を立てながら転がり、うつぶせなったり仰向けになったりを繰り返している。


 これで兵士は完全に無力化された。それを歯がゆそうに見ている敵に向け、エミールは魔法を放った。


「ボアルインガ」


 火球が敵に飛んでいく。だが、すかさず敵も呪文を唱える。


「ハウカタカ」


 火球の高度が下がり、敵に届く前に地面に着いた。火球はそこで爆発したが、敵に爆炎が届く位置ではない。


 砂煙の向こうから敵の声が聞こえてくる。


忌々(いまいま)しい亀め。どれ、まずはコイツを使うか……」


 敵が言い終わってすぐ、砂煙の形が変わり始めた。まるで竜巻のように渦を巻きながら、一箇所に集中していく。その一箇所は、敵がいる方角だった。


 忽ちにして砂煙が晴れていく。煙の先に敵の姿が見えた。敵は依然として土の椅子に座りながら、膝に何かを乗せている。それは高さ50センチ程度の壺だった。その壺の口に砂煙が吸い込まれていく。


 壺は白地に蒼の塗料で川が描かれており、口の縁には何かのモンスターの模型が形作られていた。蛇のように胴が長いモンスターなのだが、頭には蛇と違って二本の角が生えている。


 壺が砂煙を完全に吸い込むと、敵はまた呪文を唱えた。


「エレツアラガス」


 すると、ダンドンが地面を叩く音が止んだ。エミールは敵から視線を外し、ダンドンをちらと見た。地面から突き出たトゲが、ダンドンの体を貫いている。甲羅を貫通するトゲには、ダンドンの血が滴っていた。


 エミールは憐れみの籠もった眼差しを向けた後、敵に視線を戻した。


 敵が言う。


「まったく、いらぬ邪魔をしおって。せっかく魔道具の素晴らしさを見せびらかしたかったのに、ダンドンのせいで台無しじゃ」


「あのままダンドンに壊されれば良かったのに」


「あの程度で壊されて堪るか! まったく、儂の魔道具を玩具のように扱いおって。これでは示しがつかん」


 敵が一呼吸おき、膝の壺を軽く叩いて言う。


「……と、いうわけで、次に儂が紹介する自慢の一品は、コレじゃ。この壺の名前はリュウセンコ。縁に陣取っているこの蛇のような生物が見えるかな? コイツの名前はリュウといって、遠い異国の地にしかおらぬモンスターじゃ。水と風を操るらしい。そして、この壺はそのリュウのごとき力を宿す代物(しろもの)。使えば空気の不純物を取り除き、清浄な状態にしてくれる。しかも、水の中で使えば、水も綺麗にしてくれるのじゃ。便利じゃろう!」


 エミールは呆れ気味に答えた。


「そうですね。盗賊にはもったいない代物です」


 敵はにっこり笑って言う。


「そうじゃろう、そうじゃろう。儂も他の盗賊が持っておったら(はらわた)が煮えくりかえるわ。それでな、儂が見てほしいのはこの壺の美しさよ。いや、言わずとも分かる。魔道具に美しさを求めるのは邪道じゃと言いたいんじゃろう? 儂もそれには同感じゃ。魔道具に必要なのは性能であって、美しさなどではない。それに、どれだけ不格好であっても、性能の高さを追求してゆけば、(おの)ずと機能美が宿るものじゃ。にも関わらず、性能とは別に見た目の美しさを重視しようなどという考えは、まったくもって無意味で無粋、何も分かっておらん素人染みた発想じゃ。だいたい、そんなに美を追究したいのであれば、魔道具ではなく、芸術品を創れば良いのじゃ。儂もそれはよーく分かっておる。しかし、しかし! このリュウセンコだけは違う! 見よ、このリュウの目の鋭さと、壺に描かれた川の激流を! 双方とも力強い迫力の中に、そこはかとない哀愁(あいしゅう)が感じられる。なぜか分かるか? それは、双方が驚くほどに繊細(せんさい)な技巧によって表現されておるからよ。その繊細さは例えるなら、例えるならのぉ……まあ、上手い例えが思い付かんから割愛(かつあい)するが、とにかく、この壺は一流の芸術品と言ってもまったく遜色(そんしょく)が無いほどの一品なのじゃ! しかも、ただ美しいだけではない! お主も見たじゃろう。この壺の性能の高さを。そして、儂が何よりも伝えたいのは、その性能と美しさが見事に噛み合っておるという、まさにその一点じゃ。この壺においてのみ、見た目の美しさが無粋にはならん。なぜなら、この壺の創作者の思いが込められておるからじゃ。この壺にリュウの力を宿したい、いや、どうか授けてくださいという、創作者の切実かつ謙虚な願いがな。おそらく、異国の地ではこのリュウは神の如く崇められておるに違いない。それはこの壺の造形を見ればはっきりと分かる。ただのモンスターの模型をこれほどの技巧で作り出すわけがないからの。さっき儂が言った技巧の繊細さは、まさにその願いの切実さが形となったもの。言い換えれば、リュウへの畏敬の念が具象化されておると言っていい。この壺の性能の高さは、まさにそのような創作者の思い、いや、この壺に救われたいと願う様々な人間の思いが支えておるのよ。だからこそ、この壺の美しさは取って付けた飾りなどではなく、性能と一体化した、切っても切り離せない要素と言えるのじゃ。分かったか? お嬢ちゃん」


「……」


 エミールは白けた目で敵を見ていた。


 敵が怒って言う。


「なんじゃその目は! もっと興味深そうな顔をせいっ!」


「しませんよ。ただただお話が長いなと思って聞いてました」


「はっきり言うな! せっかく質問があれば答えてやろうと思っておったのに!」


「質問なんてありません。余計なお世話です」


「ふんっ、まったく可愛げのない小娘じゃ。こういう時は演技でもいいから、年寄りの顔を立てんか。親切心というものがないの」


「あなたが人殺しでなければそうしてます」


「やかましいわ! こっちは人殺しとまったく関係無い話をしとるではないか! もし儂の話をうんうんと頷いて聞いておれば、今頃儂は改心して盗賊から足を洗っておったかもしれんぞ!」


「ほんとですか?」


「そんなわけないじゃろ! その程度の理由で盗賊を辞めるか!」


「どっちなんですか。戦闘中なのに訳の分からないことばかり言って。いったい何がしたいんです」


「何がしたいって、お喋りに決まっておろうが。まったく最近の若いもんはこれだからいかん。もっと他者との会話を楽しもうとせんか。ベイルとバーンだってそうじゃ。儂に訊いてくることは戦闘や仕事のことばかり。それ以外の話をすれば途端に面倒くさそうな顔をしおる。お主ら若者は刺激ばかり求めず、もっと何気ない日常を楽しもうとせいっ!」


「いいですよ。あなたが武器を捨てるなら、好きなだけ話を聞いてあげます」


「ふんっ、そんなことをする必要など無いわ。戦いの主導権は儂が握っておるんじゃからな。お主に合わせてもらわずとも、儂は好きなことを好きな時にできる。金将と銀将がまだ動けんことじゃし、氷が溶けるまでもう少しお喋りに付き合え。ボアケニオン」


 敵が呪文を唱えると、倒れた二体の兵士を炎が囲んだ。


 それを尻目に、エミールが言う。


「……分かりました。では、お喋りに付き合ってあげましょう」


「そうそう、素直に儂の言うことを聞いておれ。儂はお喋りを楽しめるし、お主は魔力をいくらか回復できる。互いにとって悪い話ではあるまい。さてと、では今度は魔法の話をしてやろうかのぉ」


 そう言いながら、敵は膝に置いていた壺を外套(がいとう)の中に仕舞った。最初、外套は壺の形に膨らんだが、まるで壺が消え去ったかのように一瞬で凹む。


「でのぉ」と、敵が何事も無かったかのように話を進めようとするので、エミールは外套についてツッコんだ。


「いや、そんなことより、その外套は何なんですか! 壺はどこに行っちゃったんですか!」


「おっ、この外套は気になるのか。もちろん、これもただの外套ではなく、魔道具よ。ま、レア度はそれほど高くないが、たくさんの魔道具を仕舞っておけるから便利じゃな。仕組みは儂もよく知らんがのぉ」


「へぇ……」


「コラッ、なんじゃその薄い反応は! お主から訊いてきたのではないか!」


「いえ、想像通りの回答だったので、訊く意味無かったなと思いまして」


「ふんっ、冷めた小娘じゃわい。まあ、いい。今からする話は魔法の話じゃ。それならお主も興味があるじゃろう? さっき、儂はハウカタカでお主の魔法を落としたな。ハウカタカは中級魔法、そして、打ち落としたボアルインガは上級魔法じゃ。つまり、中級魔法でもって、上級魔法を無力化したということになる。儂が言いたいのはここじゃ。最近の若い魔術師、……いや、これは古い魔術師にも言えることじゃな。どいつもこいつも、階級が上の魔法ばかり習得しようと腐心しよる。そして、それができないと悟れば、自分には才能が無いと絶望し、すーぐに魔術の道を去ってしまう。じゃが、魔法というのは階級がすべてではない。下級には下級の、中級には中級の優れた魔法というものがある。つまり、魔法の価値は階級ではなく、魔術師の使い方によって決まるのじゃ。儂のハウカタカが良い例じゃな。使い方次第で、上級でなくとも上級に対抗できる。ここまでは良いかな」


「はい。正直、勉強になります」


「ほっほっほっ、よろしい。では、素直なお主に免じて、特別にもう一つ例を見せてやろう。ルアスジェイル」


《⑨に続く》

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