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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライティッシュ
Fランク編
6/65

女王様の駆除 ②

 二時間ほど歩き続け、ようやくパレンシアに到着した。まずは報酬を貰いにギルドに行く。俺は持っていたファンビーヴァの死体を受付係に見せた。男の受付係が言う。温和そうなおじさんだ。


「ファンビーヴァの駆除、確認いたしました。死体はこちらで処理いたします。よろしいですか?」


「はい、そうしてください」とアル。


「かしこまりました。では、報酬をお渡しします。40ガランです」


 カウンターに金が置かれた。アルが財布に入れる。


 受付係が加えて言った。


「それから、前回の依頼で回収したレザータの売上金がございますので、そちらもお渡しします。30ガランです」


 追加の金がカウンターに置かれる。これで合計70ガラン、所持金と足すと89ガラン。しばらくは生活に余裕が出るだろう。


 金を受け取ってギルドを出る。まずは昼食を取ることにした。俺はまた同じ飯屋を選び、グナメナを頼んだ。アルは違う料理を頼む。


 昼食をとった後は、昨日泊まった宿で部屋を借りた。所持金に余裕があるので、宿代を前払いし、二日延長して借りることにした。


 受付を済ませて宿屋を出る。仕事の後は読み書きの授業だ。昨日と同じ場所に行き、木の枝を拾う。


 アルが言った。


「じゃあ、昨日教えた文字を書いてみてくれ。えっとたしか、『依頼書』『モンスター』『駆除』『報酬』『ランク』だったな」


「了解」


 俺はスラスラと地面に文字を書いた。


「うん、全部合ってる。よく覚えたな。じゃあ、最後にオレのフルネームだ」


「了解」


 俺はスラスラと地面に文字を書いた。


「おい、これは何だ?」


 アルが不機嫌そうに文字を指す。


「えっ、アルのフルネームだけど」


「違う。これは『おっぱい』だ。いつになったらオレの名前を覚えるんだ?」


「二つとも似てるからややこしくて」


「全然似てないだろ! 文字も実物もな!」


「冗談だって。こうだろ?」


 俺は今度こそアルのフルネームを書いた。


「よし、正解だ。ようやく覚えてくれたか」


「何回も見てるから勝手に覚えた」


「他の言葉と被ってる文字もあるからな。もう気づいていると思うが、基本的に同じ音を表記する場合、文字も同じになる。たまに発音と文字が合わない場合もあるが、それはもう言葉ごとに覚えていくしかないな。面倒だろうが」


「そうそう、気持ち悪いと思ってたんだ。なんで音と文字が違う時があるんだ? 全部(そろ)えればいいじゃん」


「その気持ちは分かる。だが、そうなってるんだから仕方が無い。おそらく昔は文字の通りに発音されてたんだろう。それが発音だけ変わっていって、文字とズレたんだ。たぶんな」


「ふーん。今からでも同じにすればいいのに」


「そんなことをしたら、昔の書物を読む時に苦労するぞ」


「なんで?」


「なんでって、昔の人間は昔の表記で言葉を書くだろ? 今の人間が今の表記しか知らなくなると、昔の書物が読めなくなる」


「ああ、そうか。結局面倒くさくなるのか」


「その通り。ま、昔の書物なんてお役人くらいしか読まないから、オレたちには関係ないかもしれないがな。とにかく、文字はそのまま発音するとは限らない、ということだけ覚えておけばいい。では、そのことも踏まえて、今日の課題を覚えてくれ」


 アルは地面に五つの言葉を書いた。『パレンシア』『ラグール』『ガセウス』『森』『川』だったが、俺は課題のおかわりを要求した。


「今日は時間があるから、もっと課題を出してよ」


「おっ、勉強熱心だな。いいだろう。うーん、どうしようか。じゃあ、ランクの記号を追加しよう。書き方だけじゃなくて、順番も覚えろよ」


 アルはFからSまでの記号を地面に書いた。覚えることが一気に増えたが、望むところだ。絶対に明日までに覚えてやる。


 文字とにらめっこしていると、アルが言った。


「今日の授業はこれで終了だ。ゼラはこれからどうする?」


「俺はここで言葉を覚えてるよ」


「そうか。じゃあオレは鍛錬をしてくる。しばらく解散だな。夕方になったら宿の前に集合して、晩飯を食いに行こう」


「晩飯! 一日三食か。贅沢の極みだな」


「そんな大袈裟な。でも、今日はゼラが一人で頑張ったから、ちょっと奮発していいものを食べよう」


「ほんとか?」


「ああ。言葉の勉強も頑張ってるしな。楽しみにしててくれ」


「楽しみすぎて言葉覚えられないかもしれない」


「そこは頑張れ。じゃ、またあとでな」


 俺はアルと別れた。朝に1000回も素振りをしたのに、まだ鍛錬をするとは。さすが勇者様だ。俺も頑張って言葉を覚えなければ。ついでに今までの言葉もちゃんと覚えてるか確認するか……。


 俺は言葉をじっと見つめて記憶し、何も見ずに書けるか確かめ、答えと見比べるという作業を繰り返した。


 そうしているうちに日が暮れてきて、夕方になった。お楽しみの晩ご飯だ。


 俺は上機嫌で宿に向かった。アルが先に待っていた。一緒に飲食店に向かって歩く。今日はちょっとリッチな店に連れて行ってくれるんだろうな、と期待していたが、アルが入ったのはいつもと同じ店だった。


 俺は席に座ると、向いに座ったアルに言った。


「なんだ、いつもと同じ店じゃないか」


「店は同じでも、料理を変えればいい。いつもグナメナばっかりだろ。今日はもっと高い料理を頼め」


「一番高い料理はなんだ?」


「うーん」アルがメニューを眺めて言った。「これとかどうだ? ラブの唐揚げ。値段は6ガラン」


「パンとスープ無しで?」


「そうだ」


「はぇー、じゃあグナメナの三倍もするんだな。美味さも三倍かな」


「そうかもな。これにするか?」


「うん、それにする。アルもそれにするのか?」


「いや、オレはもっと安い料理でいい」


「え、なんでだよ」


「今日はゼラだけでモンスターを倒したからだ。報酬の40ガランは全部ゼラのものだ。ただし、宿代が三日分で30ガラン。そのうちゼラの分が15ガランだから、40ガランから差し引いて25ガラン。ゼラが自由に使えるのは25ガランだけだ」


「ごちゃごちゃ言ってるけど、要するに25ガランも使えるってことだろ? じゃあおかわりもしていいんだな?」


「ああ、たくさん食べろ」


 俺はわくわくしながら料理を待った。グナメナの三倍美味しい料理、果たしてどんな味だろうか。想像だけで腹を鳴らしていると、お婆さんがラブの唐揚げを持ってきた。


 茶色い衣に包まれた塊がドンッと皿に乗っている。他のトッピングは無い。


「なあ、ラブってなんだ?」


「魚のモンスターだ。美味いぞ」


「へぇ、魚か」


 俺は衣をナイフで切った。サクッと音がして、青色の中身が現れた。不味そう。


「見た目は不味そうだけど、グナメナは美味かったからな。どれどれ」


 俺はフォークで身を刺し、口に運んだ。淡泊でありながら奥深い風味。衣との相性もばっちりだ。感動して言う。


「アル、これ、めちゃくちゃ美味いぞ」


「良かったな。グナメナより美味いか?」


「んー」


 俺は腕を組んで考えた。これも美味いが、グナメナも美味い。どっちの方が上だろうか。


 もう一口食べる。こっちも美味い。でもグナメナも……。


 悩んでいると、アルが言った。


「評論家か。どんだけ考えてんだよ。どっちも同じくらいでいいだろ」


「そうなんだけど、値段が三倍なのに味は同じって悔しいだろ? だからなんとかラブの長所を探したくて」


「料理なんてそんなもんだ。値段は味よりも、食材の仕入れやすさが関係するからな」


「そんなもんか。でもまあ、美味いからいいや」


 俺はなんだかんだでラブの唐揚げを夢中で食べ、すぐに完食した。一緒に頼んだパンとスープも食べ終わり、おかわりを注文しようとすると、アルが言った。


「おかわりもいいが、デザートも食べたらどうだ?」


「デザートってなんだ?」


「んーと、お菓子のことだな」


「甘い奴か?」


「そうだ」


 お菓子は贅沢品だから、めったに食べたことがない。働けばこんなにいいことがあるのか。


「食べる食べる。何があるんだ?」


「コチャックのケーキとかだな。あと、マニメーヌとか」


「そんなこと言われても分かんねーよ。とりあえずコチャックのケーキとやらを食べよう。アルはどうする?」


「オレはいいよ。デザートは高いんだ」


「そんなこと言うなって。俺が(おご)ってやるよ。アルは仕事をサボって貧乏だからな。そのマニメーヌってのを頼めよ」


「ちょっとムカつくが、お言葉に甘えるとしようか」


 俺とアルはコチャックのケーキとマニメーヌを頼んだ。アルによると、コチャックは木の実のことで、ケーキというのはなんか甘くてふわふわしたものらしい。マニメーヌはアルも見たことはあるが、材料は知らないという。


 テーブルにデザートが置かれた。コチャックのケーキは四角く、紫色をしていた。その上に白いクリームが乗っている。珍しく美味しそうな見た目だ。甘そうな匂いが漂ってくる。


 だが、マニメーヌは違った。黒と白の(しま)模様をした棒状の物体が皿に横たわっている。美味しそうには見えない。


「マニメーヌには面白い性質がある。見てろよ」


 アルはそう言って手を叩いた。すると、マニメーヌがぐにゃっと動いた。パンパンッと二回叩くと、それに合わせて二回動く。


 俺は少しビビりながら尋ねた。


「い、生きてるのか?」


「そんなわけないだろ。デザートだぞ」


「そんなわけないことが起きてるから訊いてるんだろうが。なんで動くんだ。魔法か?」


「魔法じゃない。料理人がこんな魔法かけたって意味ないだろ。魔力の無駄だ」


「じゃあ、なんで動くんだよ」


「知らん」


「知らんって、そんな物よく食えるな」


「美味いからな」


 アルはそう言ってマニメーヌを手で掴み、口に運んだ。噛んだ瞬間、「ぎゃっ」という音がマニメーヌからした。


 俺は驚いて言った。


「おい、子供の叫び声みたいな音が聞こえたぞ。やっぱり生きてんだろソレ」


「生きてるわけないだろ」


 アルは構わずに二口目を食べる。だが、あの音はもう聞こえなかった。


「ほら、二口目に音がしないっておかしいだろ。どう考えても一口目で死んだからだ」


「デザートに生きるも死ぬもない」


「じゃあ、また手を叩いてみてくれ。死んでたら動かないはずだから」


「そんわけないだろ。どうして口を付けたからって動かなくなるんだ」


「普通は口付ける前から動かねーんだよ!」


 アルは半分ほど食べたマニメーヌを皿に置き、手を叩いた。マニメーヌはぴくりとも動かなかった。


「ほらぁ、動かないだろ! 死んだからだ!」


 俺がこんなに驚いているのに、アルは涼しい顔で言った。


「不思議だな。中身が空気に触れたからかもしれない」


「不思議? 不気味の間違いだろ! なんでそんなに冷静でいられるんだ」


 アルはひょいっとマニメーヌを摘まみ、全部口の中に入れてしまった。飲み込んで言う。


「ほら、ゼラも見てるばっかりじゃなくて食べろ。美味いぞ、コチャックのケーキ」


「……これも変な物じゃないだろうな」


 俺はケーキの近くで手を叩いた。ケーキは動かない。


 アルがふっと笑って言う。


「ケーキが動くわけないだろ」


「俺だってそう思ってたわ! マニメーヌ見るまではな!」


 恐る恐るナイフでケーキを切る。中身は普通だ。フォークで刺し、口の中へ。こっ、これは……。


「う、うまぁ」


「だろ?」


「これは、なんていうか、美味すぎて逆にテンションが上がらないな。ぽーっとする。グナメナより美味い。値段はいくらなんだ?」


「5ガランだ」


「そうか、グナメナの二倍以上か。でもこれだけ美味しいなら納得だな。で、マニメーヌは?」


「12ガランだ」


「12ガラン!? 高っ! 俺の奢りでどんだけ高いもん食ってんだ!」


「ゼラが言ったんだろ? 『日頃の感謝を込めて、マニメーヌを奢らせてください』って」


「言ってないわ! 記憶を捏造すんなサボり野郎!」


「なんだ、そんなに食いたかったのか? マニメーヌ」


「いや、そう言われると、絶対に嫌だけど」


「だろ? だったらコチャックのケーキで良かったじゃないか。さて、これでちょうど25ガランだ。それを食べたら帰るぞ」


「うぅ、半分くらいアルに奢っちまった」


 俺は大事に噛みしめながらケーキを食べた。名残惜しさを感じながら、最後の一口を飲み込む。またお金に余裕ができたら、絶対に食べに来よう。


 金を支払い、店を出た。外はすっかり暗くなっている。外灯がなければ何も見えないだろう。


《③に続く》

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