女王様の駆除 ②
二時間ほど歩き続け、ようやくパレンシアに到着した。まずは報酬を貰いにギルドに行く。俺は持っていたファンビーヴァの死体を受付係に見せた。男の受付係が言う。温和そうなおじさんだ。
「ファンビーヴァの駆除、確認いたしました。死体はこちらで処理いたします。よろしいですか?」
「はい、そうしてください」とアル。
「かしこまりました。では、報酬をお渡しします。40ガランです」
カウンターに金が置かれた。アルが財布に入れる。
受付係が加えて言った。
「それから、前回の依頼で回収したレザータの売上金がございますので、そちらもお渡しします。30ガランです」
追加の金がカウンターに置かれる。これで合計70ガラン、所持金と足すと89ガラン。しばらくは生活に余裕が出るだろう。
金を受け取ってギルドを出る。まずは昼食を取ることにした。俺はまた同じ飯屋を選び、グナメナを頼んだ。アルは違う料理を頼む。
昼食をとった後は、昨日泊まった宿で部屋を借りた。所持金に余裕があるので、宿代を前払いし、二日延長して借りることにした。
受付を済ませて宿屋を出る。仕事の後は読み書きの授業だ。昨日と同じ場所に行き、木の枝を拾う。
アルが言った。
「じゃあ、昨日教えた文字を書いてみてくれ。えっとたしか、『依頼書』『モンスター』『駆除』『報酬』『ランク』だったな」
「了解」
俺はスラスラと地面に文字を書いた。
「うん、全部合ってる。よく覚えたな。じゃあ、最後にオレのフルネームだ」
「了解」
俺はスラスラと地面に文字を書いた。
「おい、これは何だ?」
アルが不機嫌そうに文字を指す。
「えっ、アルのフルネームだけど」
「違う。これは『おっぱい』だ。いつになったらオレの名前を覚えるんだ?」
「二つとも似てるからややこしくて」
「全然似てないだろ! 文字も実物もな!」
「冗談だって。こうだろ?」
俺は今度こそアルのフルネームを書いた。
「よし、正解だ。ようやく覚えてくれたか」
「何回も見てるから勝手に覚えた」
「他の言葉と被ってる文字もあるからな。もう気づいていると思うが、基本的に同じ音を表記する場合、文字も同じになる。たまに発音と文字が合わない場合もあるが、それはもう言葉ごとに覚えていくしかないな。面倒だろうが」
「そうそう、気持ち悪いと思ってたんだ。なんで音と文字が違う時があるんだ? 全部揃えればいいじゃん」
「その気持ちは分かる。だが、そうなってるんだから仕方が無い。おそらく昔は文字の通りに発音されてたんだろう。それが発音だけ変わっていって、文字とズレたんだ。たぶんな」
「ふーん。今からでも同じにすればいいのに」
「そんなことをしたら、昔の書物を読む時に苦労するぞ」
「なんで?」
「なんでって、昔の人間は昔の表記で言葉を書くだろ? 今の人間が今の表記しか知らなくなると、昔の書物が読めなくなる」
「ああ、そうか。結局面倒くさくなるのか」
「その通り。ま、昔の書物なんてお役人くらいしか読まないから、オレたちには関係ないかもしれないがな。とにかく、文字はそのまま発音するとは限らない、ということだけ覚えておけばいい。では、そのことも踏まえて、今日の課題を覚えてくれ」
アルは地面に五つの言葉を書いた。『パレンシア』『ラグール』『ガセウス』『森』『川』だったが、俺は課題のおかわりを要求した。
「今日は時間があるから、もっと課題を出してよ」
「おっ、勉強熱心だな。いいだろう。うーん、どうしようか。じゃあ、ランクの記号を追加しよう。書き方だけじゃなくて、順番も覚えろよ」
アルはFからSまでの記号を地面に書いた。覚えることが一気に増えたが、望むところだ。絶対に明日までに覚えてやる。
文字とにらめっこしていると、アルが言った。
「今日の授業はこれで終了だ。ゼラはこれからどうする?」
「俺はここで言葉を覚えてるよ」
「そうか。じゃあオレは鍛錬をしてくる。しばらく解散だな。夕方になったら宿の前に集合して、晩飯を食いに行こう」
「晩飯! 一日三食か。贅沢の極みだな」
「そんな大袈裟な。でも、今日はゼラが一人で頑張ったから、ちょっと奮発していいものを食べよう」
「ほんとか?」
「ああ。言葉の勉強も頑張ってるしな。楽しみにしててくれ」
「楽しみすぎて言葉覚えられないかもしれない」
「そこは頑張れ。じゃ、またあとでな」
俺はアルと別れた。朝に1000回も素振りをしたのに、まだ鍛錬をするとは。さすが勇者様だ。俺も頑張って言葉を覚えなければ。ついでに今までの言葉もちゃんと覚えてるか確認するか……。
俺は言葉をじっと見つめて記憶し、何も見ずに書けるか確かめ、答えと見比べるという作業を繰り返した。
そうしているうちに日が暮れてきて、夕方になった。お楽しみの晩ご飯だ。
俺は上機嫌で宿に向かった。アルが先に待っていた。一緒に飲食店に向かって歩く。今日はちょっとリッチな店に連れて行ってくれるんだろうな、と期待していたが、アルが入ったのはいつもと同じ店だった。
俺は席に座ると、向いに座ったアルに言った。
「なんだ、いつもと同じ店じゃないか」
「店は同じでも、料理を変えればいい。いつもグナメナばっかりだろ。今日はもっと高い料理を頼め」
「一番高い料理はなんだ?」
「うーん」アルがメニューを眺めて言った。「これとかどうだ? ラブの唐揚げ。値段は6ガラン」
「パンとスープ無しで?」
「そうだ」
「はぇー、じゃあグナメナの三倍もするんだな。美味さも三倍かな」
「そうかもな。これにするか?」
「うん、それにする。アルもそれにするのか?」
「いや、オレはもっと安い料理でいい」
「え、なんでだよ」
「今日はゼラだけでモンスターを倒したからだ。報酬の40ガランは全部ゼラのものだ。ただし、宿代が三日分で30ガラン。そのうちゼラの分が15ガランだから、40ガランから差し引いて25ガラン。ゼラが自由に使えるのは25ガランだけだ」
「ごちゃごちゃ言ってるけど、要するに25ガランも使えるってことだろ? じゃあおかわりもしていいんだな?」
「ああ、たくさん食べろ」
俺はわくわくしながら料理を待った。グナメナの三倍美味しい料理、果たしてどんな味だろうか。想像だけで腹を鳴らしていると、お婆さんがラブの唐揚げを持ってきた。
茶色い衣に包まれた塊がドンッと皿に乗っている。他のトッピングは無い。
「なあ、ラブってなんだ?」
「魚のモンスターだ。美味いぞ」
「へぇ、魚か」
俺は衣をナイフで切った。サクッと音がして、青色の中身が現れた。不味そう。
「見た目は不味そうだけど、グナメナは美味かったからな。どれどれ」
俺はフォークで身を刺し、口に運んだ。淡泊でありながら奥深い風味。衣との相性もばっちりだ。感動して言う。
「アル、これ、めちゃくちゃ美味いぞ」
「良かったな。グナメナより美味いか?」
「んー」
俺は腕を組んで考えた。これも美味いが、グナメナも美味い。どっちの方が上だろうか。
もう一口食べる。こっちも美味い。でもグナメナも……。
悩んでいると、アルが言った。
「評論家か。どんだけ考えてんだよ。どっちも同じくらいでいいだろ」
「そうなんだけど、値段が三倍なのに味は同じって悔しいだろ? だからなんとかラブの長所を探したくて」
「料理なんてそんなもんだ。値段は味よりも、食材の仕入れやすさが関係するからな」
「そんなもんか。でもまあ、美味いからいいや」
俺はなんだかんだでラブの唐揚げを夢中で食べ、すぐに完食した。一緒に頼んだパンとスープも食べ終わり、おかわりを注文しようとすると、アルが言った。
「おかわりもいいが、デザートも食べたらどうだ?」
「デザートってなんだ?」
「んーと、お菓子のことだな」
「甘い奴か?」
「そうだ」
お菓子は贅沢品だから、めったに食べたことがない。働けばこんなにいいことがあるのか。
「食べる食べる。何があるんだ?」
「コチャックのケーキとかだな。あと、マニメーヌとか」
「そんなこと言われても分かんねーよ。とりあえずコチャックのケーキとやらを食べよう。アルはどうする?」
「オレはいいよ。デザートは高いんだ」
「そんなこと言うなって。俺が奢ってやるよ。アルは仕事をサボって貧乏だからな。そのマニメーヌってのを頼めよ」
「ちょっとムカつくが、お言葉に甘えるとしようか」
俺とアルはコチャックのケーキとマニメーヌを頼んだ。アルによると、コチャックは木の実のことで、ケーキというのはなんか甘くてふわふわしたものらしい。マニメーヌはアルも見たことはあるが、材料は知らないという。
テーブルにデザートが置かれた。コチャックのケーキは四角く、紫色をしていた。その上に白いクリームが乗っている。珍しく美味しそうな見た目だ。甘そうな匂いが漂ってくる。
だが、マニメーヌは違った。黒と白の縞模様をした棒状の物体が皿に横たわっている。美味しそうには見えない。
「マニメーヌには面白い性質がある。見てろよ」
アルはそう言って手を叩いた。すると、マニメーヌがぐにゃっと動いた。パンパンッと二回叩くと、それに合わせて二回動く。
俺は少しビビりながら尋ねた。
「い、生きてるのか?」
「そんなわけないだろ。デザートだぞ」
「そんなわけないことが起きてるから訊いてるんだろうが。なんで動くんだ。魔法か?」
「魔法じゃない。料理人がこんな魔法かけたって意味ないだろ。魔力の無駄だ」
「じゃあ、なんで動くんだよ」
「知らん」
「知らんって、そんな物よく食えるな」
「美味いからな」
アルはそう言ってマニメーヌを手で掴み、口に運んだ。噛んだ瞬間、「ぎゃっ」という音がマニメーヌからした。
俺は驚いて言った。
「おい、子供の叫び声みたいな音が聞こえたぞ。やっぱり生きてんだろソレ」
「生きてるわけないだろ」
アルは構わずに二口目を食べる。だが、あの音はもう聞こえなかった。
「ほら、二口目に音がしないっておかしいだろ。どう考えても一口目で死んだからだ」
「デザートに生きるも死ぬもない」
「じゃあ、また手を叩いてみてくれ。死んでたら動かないはずだから」
「そんわけないだろ。どうして口を付けたからって動かなくなるんだ」
「普通は口付ける前から動かねーんだよ!」
アルは半分ほど食べたマニメーヌを皿に置き、手を叩いた。マニメーヌはぴくりとも動かなかった。
「ほらぁ、動かないだろ! 死んだからだ!」
俺がこんなに驚いているのに、アルは涼しい顔で言った。
「不思議だな。中身が空気に触れたからかもしれない」
「不思議? 不気味の間違いだろ! なんでそんなに冷静でいられるんだ」
アルはひょいっとマニメーヌを摘まみ、全部口の中に入れてしまった。飲み込んで言う。
「ほら、ゼラも見てるばっかりじゃなくて食べろ。美味いぞ、コチャックのケーキ」
「……これも変な物じゃないだろうな」
俺はケーキの近くで手を叩いた。ケーキは動かない。
アルがふっと笑って言う。
「ケーキが動くわけないだろ」
「俺だってそう思ってたわ! マニメーヌ見るまではな!」
恐る恐るナイフでケーキを切る。中身は普通だ。フォークで刺し、口の中へ。こっ、これは……。
「う、うまぁ」
「だろ?」
「これは、なんていうか、美味すぎて逆にテンションが上がらないな。ぽーっとする。グナメナより美味い。値段はいくらなんだ?」
「5ガランだ」
「そうか、グナメナの二倍以上か。でもこれだけ美味しいなら納得だな。で、マニメーヌは?」
「12ガランだ」
「12ガラン!? 高っ! 俺の奢りでどんだけ高いもん食ってんだ!」
「ゼラが言ったんだろ? 『日頃の感謝を込めて、マニメーヌを奢らせてください』って」
「言ってないわ! 記憶を捏造すんなサボり野郎!」
「なんだ、そんなに食いたかったのか? マニメーヌ」
「いや、そう言われると、絶対に嫌だけど」
「だろ? だったらコチャックのケーキで良かったじゃないか。さて、これでちょうど25ガランだ。それを食べたら帰るぞ」
「うぅ、半分くらいアルに奢っちまった」
俺は大事に噛みしめながらケーキを食べた。名残惜しさを感じながら、最後の一口を飲み込む。またお金に余裕ができたら、絶対に食べに来よう。
金を支払い、店を出た。外はすっかり暗くなっている。外灯がなければ何も見えないだろう。
《③に続く》