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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Bランク編
59/79

一対一 ⑥ (アル戦)

 魔力の腕が眼前まで迫る。その瞬間、手の大きさがアルの背丈を超えるほどに膨れ上がった。巨大な両手がアルを挟み込もうとする。


 その時、剣の刃が光輝いた。アルが剣を二回振り、両手を切りつける。手首が切断され、両手は音を立てずに落下した。


 敵が驚愕して言う。


「馬鹿な……オクスレンジを切るなんて。その光魔法はいったい何だ!」


「魔法じゃない。神命流の剣技だ」


「神命流? 聞いたことのない流派だな。まあ、いい。切られてもまた伸ばせばいいだけ……」


 敵がそう言うと、魔力の腕がぐにゃぐにゃと動いた。所々が膨れたり、(しぼ)んだりを繰り返す。だが、いつまで経っても切断面はそのままで、新しい両手は生えてこなかった。


 そうこうしている間に、地面に落とされた両手は自壊して消滅した。


「なんで、なんで伸びないんだ。クソッ、どうして」


 敵はひどく狼狽(ろうばい)している。


 アルはその隙に剣を振り、波動斬を放った。敵がそれに気づき、急いで両腕を盾にする。


 だが、アルが切りつけたのは敵でも、魔力の腕でも無かった。足下に落としていた弓が、波動斬によって真っ二つになった。


「油断したな」とアル。「これでもう終わりだ。大人しく降参しろ」


「……嫌だね。僕にはまだ闇魔法がある。君がどんな剣技を使ったのかは知らないけど、封じられたのなら、また出せばいいんだ」


 敵はそう言うと、オクスレガンを解除した。巨大な腕が消滅し、また呪文を唱える。


「オクスレガン」


 敵の腕から闇の魔力が湧き出し、巨大な腕を形作った。今度は手首から先も生えている。


「ふぅ、良かった。やっぱり作り直せばいいみたいだね。そうすれば切られても再生する」


「だからどうした。同じことを何度も繰り返するつもりか?」


「そうだよ。仲間が助けに来てくれるまでね」


「……なるほどな。では、こちらも奥の手を見せるしかないか」


「……奥の手?」


「ルアパジェラーナ」


「何!?」


 アルの頭上に、水の塊が現れた。塊は宙に浮かんだまま、徐々にその大きさを増していく。


 敵がそれを凝視しながら言う。


「そんな……ルアパジェラーナは最上級魔法だ。剣士なんかに使えるわけが」


「これは嘘じゃないぞ。今に分かる。だが、こんな水場の無い所でルアパジェラーナを出すのは時間がかかる。しかも馬鹿みたいに魔力を消費するんでな、できれば使いたくなかった」


「……ふっ、光栄だね。まさかそんな強敵と戦ってたとは」


「お前もコイツの威力は知ってるはずだ。上級魔法でも太刀打ちできないぞ。いい加減降参しろ」


「……いいや、まだ信用できない。君が使ってるのは本当に最上級魔法なの? ほんとは上級魔法なのに、僕を騙そうとしてるんじゃない?」


「そう思うなら黙って見ていろ」


「……それもそうだね」


 敵が言い終わると、魔力の腕がアルに向かって伸びてきた。光る刃で切りつけ、両手を落とす。だが、腕の動きは止まらず、アルの周りをとぐろを巻くようにして囲んだ。そして、蛇のように締めつけようとしてきた瞬間、アルはまた剣を振るった。腕はバラバラに切断され、地面に落ちる。


「無駄だ」とアル。「神命流は闇魔法を無効化する。攻め方を変えたって、結果は同じだぞ」


「……そうみたいだね」と、敵はオクスレガンを解除した。


「見ろ」


 アルが頭上を指さして言う。そこには水の塊が浮かんでいた。塊は膨れ上がり、全長が10メートル近くにまで巨大化している。


「もうすぐルアパジェラーナが完成する。お仲間の救援は間に合わなかったな」


「そうだね」


 敵が涼しい顔で答えた。その表情からは焦りも恐怖も感じられない。


「お前、なんでそんな余裕そうなんだ?」


「気づいた? でももう遅いよ。僕の魔法はもう完成したから」


「何だと」


 その時、地響きが起こり、地面が大きく振動した。アルが立っている周辺の地面が形を変える。砂がアルを中心に渦を巻くように流れていく。アルが立っている地点だけが(ひこ)み、まるで蟻地獄のような形状となった。


「くっ、地魔法か」


 アルは即座にその場を離れようとするが、足が砂に飲まれて身動きが取れなかった。それだけではなく、徐々に体が砂に沈んでいく。


 敵が楽しそうに言った。


「忘れたかい? 僕が本来得意なのは地魔法だ。無詠唱で扱えるほどにね。だけど、さすがに上級を無詠唱で発動するのは時間がかかる。君も時間がかかる魔法を使ってくれて助かったよ」


 アルは敵を睨むと、波動斬を放った。だが、敵は防御魔法を唱える。


「ハウケニオン」


 波動斬は風の守りに受け流された。敵が嘲笑って言う。


「あははっ、残念。同時に二つの魔法は使えないと思ったのかな? 地魔法との組み合わせだったら、大抵の魔法は使えるよ」


「くっ」


 アルは何もできずに砂の中へと飲み込まれていき、ついに首から下がすべて沈んでしまった。砂が顔にまで迫る。


 敵がニコリと笑って言った。


「バイバイ、強者さん」


 砂がアルの顔を埋める。やがて頭も見えなくなり、全身が砂の中に沈んだ。


 それを見届けると、敵は絶叫のような笑い声を上げた。


「あははははは、勝ったぞ! 最上級魔法を使う最強の剣士に! この僕が! 所詮、強さなんてものは幻想なんだ! あはははははは」


 敵の笑い声が響く中、頭上の水の塊が巨大な鯨の形になった。だが、すぐに地面へと落下した。大量の水が砂に染みこみ、形を無くしていく。


 敵が興奮を静めて言った。


「主人の後を追ったか。健気だね、最上級魔法も」


 そう言って、アルを生き埋めにした地点に背を向ける。が、その時、後ろから音がした。大量の水が動く音が。


 急いで振り向くと、地面から水の鯨が飛び出していた。鯨は上空に浮かび、敵を見下ろす形で静止する。そして、その中心部にはアルがいた。


「な、な……」


 敵が言葉を失い、呆然と立ち尽くす。


 アルはルアパジェラーナを身に纏いながら敵に接近した。敵も咄嗟に呪文を唱えて対抗する。


「オクスレガン!」


 闇の魔力が腕となり、鯨に向かって衝突する。だが、腕は鯨の体内に潜り込んだ瞬間、激しい水流にかき回されて形を失い、あっという間に崩壊した。腕の破片は鯨の体内から弾き出され、空気に溶けて消えていく。


 そして、オクスレガンが完全に消滅する頃には、もはや避けられないほどに鯨が敵に接近していた。


「うあっ」


 敵が短く叫び、鯨の中に取り込まれる。


 それと入れ替わるように、アルは鯨の外に出た。体は一切濡れていない。外から敵に声をかける。


「お前の負けだ」


 敵は水中で苦しそうに藻掻(もが)き、口と鼻から大量の泡を出した。そして、その様を黙って見つめるアルに、何かを懇願するような悲しそうな目を向けた後、気を失って動かなくなった。


 それを見届け、アルはルアパジェラーナを解除した。大量の水が形を失い、地面に音を立てて落下する。水は地面に染みこんでいき、ずぶ濡れの敵だけが残された。


 アルは気絶している敵に近づくと、上着を脱がせた。両手を後ろで組ませ、上着で縛り上げる。さらに、腰に付けていた矢筒を遠くに放り投げ、闇の宝玉の指輪を抜いた。それを自分のウエストバッグに入れようとするが、手を止めて思案した後、結局、敵のズボンのポケットに入れた。


 その後、敵の上半身を起こし、「起きろ」と言って背中を強く叩いた。敵が目覚め、咳き込みながら水を吐く。


 アルが立ち上がって尋ねた。


「お前の仲間がどこにいるのか教えろ」


 敵は地面に座りながら答えた。


「はぁ、はぁ、知るわけないだろ、そんなこと。知ってるのはディベルマだけだ」


「じゃあ、あの爺さんをここに呼び出せ」


「いいよ。僕の腕を(ほど)いてくれたらね」


「解いたら、どうやって呼ぶつもりだ?」


「もちろん、魔法でだよ」


「何の?」


「………あー、もう降参。そんな魔法知らないよ。僕が得意のは地魔法だけだ。ディベルマを呼び出す方法なんてない。そんなことができるならとっくにやってるよ」


「くだらない嘘をつくな。……さて、どうやってエミールを助けようか……」


「エミールって、あの女の子の魔術師のこと?」


「そうだ」


「ベイルが相手だったらいいね。ディベルマだったら最悪だ」


「……なぜだ?」


「ベイルが相手だったらまだ逃げられるかもしれない。でもディベルマだったらそれも無理だ。勝つことも逃げることも不可能だと思うよ、あの子じゃ」


「そんなに強いのか、あの老魔術師は」


「そうだよ。ただの爺さんじゃない。僕達はリーダーを決めてないけど、実質ディベルマがリーダーみたいになってる」


「そうか。なら、エミールの相手がベイルなことに賭けるしかないな。ボーア」


 アルは呪文を唱え、近くの樹木に火をつけた。煙が空に昇っていく。


 敵が煙を見上げて言った。


狼煙(のろし)か。ずいぶん原始的な方法だね。それで君のお仲間を呼ぶつもり?」


「そうだ。もうこれしか方法がない。もし敵と一緒にここへ逃げてきたら、オレが助けてやれる」


「ふっ、君ならベイルを簡単に倒せちゃうだろうね。……あーあ、今思えば、君の相手はディベルマに任せれば良かったんだ。僕が相手するなんて言わなきゃ良かったよ。まんまと君達の嘘に騙された。まさかダンジョン探索をしてないとはね。わざわざ服や顔を砂で汚したりしてさ。強いくせに考えることが姑息(こそく)なんだよ」


「砂で汚そうと言い出したのはオレじゃない。ゼラだ」


「ゼラ? それってあの弓を持った男の子?」


「そうだ」


「君、真っ先にエミールって子の心配はしたけど、ゼラ君の心配はしなかったね。どうして? そんなにゼラ君は強いの?」


「……いや、アイツはエミールよりも弱い。だが、逃げるのは誰よりも上手いんだ。ディベルマが相手でも上手く逃げるさ」


 その時、敵がニヤリと笑った。


「……君、いつかその子をパーティーから外すつもりでしょ?」


「……いいや」


「嘘だな。このままいけば、その子は君の強さについていけなくなる。そうなれば必ずパーティーから外すはずさ。あーあ、可哀想に。でも、僕からすれば羨ましくもあるよ。ゼラ君は復讐の果実を食す権利を得られるんだからね」


「いや、そうはならない」


「どうして? 敵の前でもカッコつける必要はないと思うけど。君の本心を教えてよ。どうせ僕は死刑になって死ぬんだからさ」


「これは本心だ。オレがアイツをパーティから外すことは絶対にない」


「足手まといになっても?」


「そうだ。というより、足手まといになることを許さない。そうならないようにオレが育てる」


「育てる? あっははははは」


「何がおかしい?」


「だから強い奴は嫌いなんだ。なんて傲慢(ごうまん)なんだろう。君、努力さえすればどんな道でも切り開けると思ってるでしょ? そう思えるのは、君に才能があるからだよ。凡人が努力したって、すぐに限界が来る。君の仲間だってそうさ。それとも何かい? 天才の君が育てれば、誰だって最上級魔法が使えるようになるのかい?」


「……無理だな」


「ほらね。努力なんてそんなもんだよ。君は(いや)が応でも仲間を捨てなきゃいけない時が来る」


「……どうしてもオレに仲間を裏切ってほしいみたいだな。そうでなければ、お前が今までにしてきた復讐ごっこが無意味になるからな」


「嫌味のつもり? 僕はほんとのことを言ってるだけだよ」


「残念だが、オレは仲間を裏切らない。もし、仲間の成長に限界を感じたら、オレがそれを補うほど強くなればいいだけだ」


 敵は嫌そうに顔を背けた。


「綺麗事だな。僕の前だからって意地を張るなよ」


 その時、アルが堪えきれない様子で笑い出した。


「ククッ、クククッ」


「な、なんだよ突然笑ったりして。気持ち悪い奴だな」


「いや、すまん。オレがさっき言ったことは、まさにゼラが望んでることだと思ってな」


「どういう意味?」


「アイツはな、いかに楽して金を儲けるかしか考えてない奴なんだ。だから自分が強くなるよりも、オレが強くなることを心の底から望むだろう。そうすれば面倒な仕事を全部オレに押しつけられるからな」


「……それ、本気で言ってる? だとしたら相当馬鹿だね、ゼラ君は。のんき過ぎるよ」


「いや、少なくとも馬鹿じゃない。さっき言っただろ? 砂で服を汚すように提案したのはゼラだって。アイツはオレの何倍も嘘をつくのが上手いんだ。もしかしたら、これから先、裏切られることになるのはオレの方かもな」


「かもね。君、ずいぶんお人好しみたいだから。嘘は弱者の武器だ。いつか足下掬われちゃえばいいんだよ」


「……ただ、もし裏切られたとしても、オレはアイツを許すけどな」


「どうして?」


「そりゃあ、アイツが弱くて、オレが強いからだ。子供に嘘をつかれたって、腹は立たないだろ?」


「子供は傷つくけどね。大人に騙されたら」


「……」


 アルは敵の隣に腰を降ろして尋ねた。


「なあ、お前はなんで仲間を裏切らなかったんだ?」


「何、その質問? 復讐したって言ったでしょ?」


「いや、そういう意味じゃなくて、どうしてパーティーを自分から抜けなかったのかってことだよ。お前を見下してくるような仲間だったんだろ? だったら自分の意志でパーティーを抜ければ良かったんだ」


「……」


 敵は黙って目を伏せた後、こう答えた。


「……僕には、あそこしか居場所が無かったから」


 アルは敵から視線を外して言った。


「……そうか。それなら仕方ないな」


 二人の間に沈黙が流れた。しばらくして、アルが口を開いた。


「どうして居場所っていうのは、他人(ひと)に作ってもらわないといけないんだろうな。自分一人で、自分の居場所を作れたら楽なのに」


 敵は仰向けに倒れ、空を見ながら言った。


「そんなこと、どーだっていいよ。あり得ない世界の話をしたって、手に入らないでしょ?」


「……まぁな」


 アルはそう答え、燃えさかる樹木に目を向けた。灰色の煙が空高く昇っている。


《⑦に続く》

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