一対一 ④ (ゼラ戦~アル戦)
敵も同じ考えのようだ。あのクソジジイ、平然と嘘つきやがった。しかも自分の仲間にも。さっきの会話から考えるに、おそらく弓使いをアルにぶつけ、自分はエミールの相手をしているに違いない。
クソッ、寄りにも寄って一番強そうな相手をぶつけられるとは。
敵が斧を振り回しながら文句を言う。
「クソがっ。クソクソクソ。よくもこの俺を騙しやがって。なんで俺がこんな雑魚の相手をしなくちゃならないんだ!」
何だと。相手が弱い方がいいに決まってんだろうが、馬鹿が。こんな馬鹿なら、案外楽に倒せるかもな。いや、待てよ。よく考えれば、倒さなくてもいいんだった。まともに戦う必要すらないかもしれない。
策を練っていると、敵が嘲笑いながら言った。
「くくく、何黙ってやがる。ビビってんのか? 無理もないな。お前、あのジジイと戦いたがってただろ? それがまさかこの俺が相手だもんな? どうする、また逃げるか? ダンジョンから逃げたみたいによ」
「……」
「おいっ、無視してんじゃねーぞ!」
うるさい奴だな。ま、もう考え終わったからいいけど。
俺はあえて余裕綽々なフリをして言った。
「いや、仲間が心配なもんでね。お前を倒して、さっさと助けにいかないと」
敵は大笑いした。
「がははははは。ずいぶん余裕じゃねーか。見直したぜ。俺も同じことを考えてたとこだ。ま、俺の場合は仲間の命なんてどーでもいいがな。お前を早くぶっ殺して、あの剣士を探し出さねーと」
「悪いが、お前じゃ俺は倒せない。あの魔術師の爺さんなら分からないがな」
「はっ、俺があのジジイより弱ーわけねーだろ!」
敵が斧を振りかぶり、こちらに迫って来る。俺はすかさず敵の足下にゲートを開いた。
「うおっ、なんだ!?」
敵の巨体が忽ちゲートに沈んでいく。俺は敵を見下ろしながら静かに言った。
「何って、魔法に決まってるだろ」
敵は返事をする間もなく、裏世界に落ちていった。
よしよし、上手くいった。あとは脅すだけだ。
俺は自分の影にゲートを開き、しゃがんで頭だけを裏世界に突っ込んだ。全身を沈めるより、こっちの方が魔力の節約になる。裏世界を覗き込んだ瞬間、敵が喚き散らす声が聞こえてきた。
「何だコレは! クソガキが! 出てこい!」
そう言って斧を振り回している。無駄な足掻きだ。
俺には敵の姿が見えているが、敵は俺の姿はおろか、自分自身の姿すら見えない状態だ。虚勢を張っているが、さぞ不安なことだろう。
俺は敵に呼びかけた。
「どうだ、俺の闇魔法は」
敵が斧を止めて言う。
「闇魔法?」
「そうだ。俺はこう見えても魔術師でね、闇魔法の使い手だ。そして、これは俺が編み出した究極の闇魔法、オクスグナメナだ」
我ながらダサい技名だ。だが、そんなことはどうでもいい。
敵が喚き散らす。
「ごちゃごちゃ言ってねーで姿を見せろ! 卑怯だぞ!」
「その必要はない。もう勝負は決したのだから」
「何!?」
「オクスグナメナは、敵を闇の世界に永久に閉じ込める魔法だ。お前は一生、ここに閉じ込められるんだよ。だから倒す必要などない」
「ば、馬鹿な。そんなインチキ魔法、聞いたことが……」
「さっき俺が編み出したと言っただろう。俺以外にこの魔法を使える者はいない。俺があの老魔術師と戦いたかったのは、この魔法を破れるのか興味があったからだ。いかにも魔術の達人に見えたからな。お前とあの弓使いの男なんて、最初から眼中に無いんだよ」
「……クソッ」
「さてと、俺は仲間を助けに行く。お前は一生そうしてろ」
俺が脅すと、敵は一転して弱気になった。
「まっ、待ってくれ。頼む。金ならいくらでもやる。今までに盗んできた金が山ほどあるんだ。全部やるから、俺をここから出してくれ」
マジで? めっちゃ魅力的じゃん。
一瞬心が動くが、誘惑を振り払って言った。
「俺を舐めているようだな。お前らみたいな悪党と一緒にするな。金などいらん」
「じゃ、じゃあ、お前の手下になってやるよ。なんでも言うことを聞く。頼む!」
「言ったな。じゃあ、盗賊から足を洗うと誓え」
「そんなことでいいのか? 分かった。もう盗賊は辞める!」
「人殺しもか?」
「もちろんだ! もう誰も殺さねぇ!」
「……では、その気持ちを証明してもらおうか」
「証明って、どうやって」
「そうだな。とりあえず、その武器を捨ててもらおうか」
「ああ、分かった」
敵は素直に斧を手放した。
俺は待ってましたとばかりに、宙に浮いた斧を闇の魔力で動かした。手に持たずとも、その重さが分かる。俺の体重と同じくらいだ。よくこんな物を振り回せるもんだ。
俺は斧を魔力で浮上させ、地上へと出した。これで敵はほぼ無力化した。だが、まだ安心できない。
「次はその鎧を外してもらおうか」
「ああ、分かった」
そう言って、敵はまず兜を脱いだ。隠れていた顔が見える。髪は茶色で、眼光は鋭い。鼻は潰れていて、口は大きかった。まるで肉食獣のような顔だ。デカい図体に似合いすぎている。こんな奴に凄まれて、よく平気だったな俺。偉いね。
敵は全身に纏っていた鎧を脱いだ。それを斧と同じように魔力で地上へと運ぶ。
鎧もまた俺の体重と同じくらい重かった。ということは、コイツは常に俺を二人分担いで戦ってるようなものだ。単純な力ならアルより上だろうな。まともに戦ってたら俺なんて瞬殺だろう
が、敵はもはや武器も鎧も無い。あとは視界を塞いでやれば、安心して地上に出せる。
俺は小声で呪文を唱えた。
「オクス」
敵の目の前に闇の魔力を固めた球体を出す。それをそっと敵の目に貼り付けた。敵は元々何も見えていないので、そのことに気づいていない。
これで準備万端だ。敵に語りかける。
「よし、お前の言葉、信じたぞ。外に出してやる」
「ほんとか!? すまねえ」
「だが、今すぐというわけにはいかない。お前の仲間を倒してからにする。一緒に逃げられたら困るからな。特にあの老魔術師、何をしてくるか分からん」
「ああ、それでもいい。お前みたいに凄い魔術師だったらすぐに倒せるさ」
「では、俺はお前の仲間を倒しにいく。だが、その間、お前はその場から一歩も動いてはならない。この世界は不安定でな、下手に動けばお前は闇の魔力に押し潰され、最悪の場合命を落とす。いいな、絶対に動くなよ」
「分かった。言う通りにする。一歩も動かねえ」
「よろしい。ではそこで待っていろ。すぐに片付けてくる」
俺はそう言うと、敵を闇の魔力で動かした。適当な影にゲートを開き、地上へ出す。
こんなデカブツ、いつまでも裏世界に閉じ込めておくわけにはいかない。こっちの魔力が尽きてしまう。
俺は敵を出すのと同時に、自分の頭も地上へと出し、立ち上がった。敵は目をオクスで覆われているので、外に出されたことに気づいていない。言われた通り棒立ちのままじっとしている。なんだか滑稽な姿だ。他人が見たらさぞ不思議がるだろう。
さて、とりあえず斧使いは片付けた。あとは二人。弓使いと魔術師だ。
魔術師の話から推測すると、弓使いは相性がいいアルと組まされているだろう。となると、魔術師はエミールと対峙しているはずだ。
当然、俺がまっさきに加勢しなければならないのはエミールだ。アルは一人でもなんとかなる。が、エミールはあの意地悪爺さんに追い詰められてもおかしくない。そして最悪、アルでも手がつけられない魔王が復活する。そうなれば、俺とアルは盗賊諸共殺されてしまうだろう。
「うぅ……」
最悪のケースを想像し、身震いした。とにかく、一刻も早くエミールを見つけなければ。でも、どうやって……。
おそらく、この雑木林の中にいるのは間違いないだろう。だが、見渡す限り木々しかなく、エミールとアルの姿は見えない。戦闘の音も聞こえないから、おそらくかなり遠くに飛ばされているはずだ。
うーん、厄介だな。ここを長時間離れれば、俺のオクスが消滅し、敵の目が見えるようになってしまう。そうなれば当然、敵が自由に動けるようになる。
一応、武器は捨てさせ、鎧も脱がせたが、それも敵の近くに放置されたままだ。これでは簡単に見つけられる。
敵の無力化を維持したいのであれば、定期的にオクスを張り替えなければならない。となれば、ここを長時間離れてエミールを探し回るのは得策ではない。
せめてエミールの場所さえ分かれば、すぐに加勢してまた戻ってくることができるかもしれない。エミールと二人がかりで攻めれば、あの魔術師もさっさと倒せるだろう。なんなら斧使いと同じように騙せるかもしれない。
クソッ、今の俺にできることは無いな。エミールの居場所が分からないことには……。
頭がいいエミールのことだ。困ればきっと魔法で目印を出してくれるはずだ。それまではオクスの張り替えに専念するしかないか。
俺は思考を巡らせながら、ふと足下の斧に目が止まった。待っている間、これを遠くに隠すことくらいはしようか。万が一、敵の目が見えるようになっても、武具を隠しておけばさほど問題にならない。素手のアイツなら、俺の弓でも充分倒せるだろう。
そう思い、足下の斧を手に取る。だが、あまりの重さに持ち上げることができなかった。考えてみれば当然だ。俺と同じくらいの重さがあるのだから。
さて、また問題が増えたな。どうしようか。さすがに引きずって運ぶことくらいはできるが、それだと音で敵に怪しまれてしまうだろう。ここが裏世界ではなく、地上だとバレるかもしれない。
ま、コイツ馬鹿そうだからバレやしないだろうが、念には念を入れておくか。
そう思い、斧を裏世界に沈めた。同じように鎧も沈める。そして、俺は地上にいたままで、それらを裏世界経由で遠くまで運ぶことにした。斧と鎧が闇の魔力に流されていくのが感覚で分かる。俺もその流れに沿って歩いた。
敵がいる場所から20メートルほど離れた地点で立ち止まり、木の影にゲートを開いた。そこから斧と鎧を出す。
このままだと見つけられる可能性が高いので、地面に埋めることにした。鎧の肩当ての部分が器のような形をしていて、土を掬うのに丁度いい。俺は肩当てを手に取り、それで地面を掘った。
まずは深さ10センチくらいの穴を、斧の形になるよう掘る。そこに斧をはめ込み、土を被せた。これで敵に見つかることはないだろう。
あとは鎧だ。穴を掘ってはそれぞれのパーツを一つずつ埋めていく。5分ほどで作業は完了した。
「ふぅ」と一息吐いて思う。こんなの戦いでもなんでもないな。いいのかな、俺だけこんな楽して。アルとエミールは今頃、敵と死闘を繰り広げているはずだ。アルはいつもサボってるからいいけど、エミールが心配だ。
そんなことを考えながら敵の元に戻る。そして、またオクスを唱えて、闇の魔力を敵の目に貼り付けた。これでしばらく持つ。
ゼスに使った時は激しく動かれて、3分と持たずに振り払われたが、この斧使いはじっとしているので、ざっと見積もっても10分は持つだろう。
さてと、これでほんとにやることが無くなった。どうしようかな……。
俺はその場に腰を降ろし、青空を見上げた。耳を澄ますが、依然として戦いの音は聞こえてこない。
エミールがなんでもいいから魔法を空に飛ばしてくれればいいのだが。そうすれば居場所を知ることができる。
……いや、気づけるかな。このだだっ広い空に、例えばライムカロンみたいな光の球を飛ばされても気づけないぞ。もっと派手な魔法じゃないと。
いやいや、もしそんな魔法があっても、敵の前でそれを使うタイミングなんてないかもしれない。一対一を望んだのはあの魔術師だ。エミールが仲間を呼ぶのを全力で妨害するだろう。
それにたしか、エミールは同時に二つの魔法を使えないと言っていた。防御魔法だけで手一杯になっている可能性すらある。反撃すら難しいのに、場所を知らせる魔法なんて尚のこと使えないだろう。
クソッ、もどかしい。こんな所でじっとしてる訳にはいかないのに。やっぱりアルだな。アルなら何とかしてくる。いつもサボってんだから、こういう時にこそ役に立ってくれ。頼んだぞ、アル!
* * * * *
《アル視点》
アルは転移後、雑木林の中で弓使いの男と向かい合っていた。間合いは約5メートル。
敵が口を開く。
「なんだ、ディベルマの奴。僕の相手は魔術師の女の子だって言ってたのに、結局剣士にしたのか。これじゃ楽できないな」
「仲間に騙されたのか?」とアル。
「そうみたいだね。あの爺さん、狡猾だから。仲間でも信用ならないよ。ま、僕達は利害が一致するから一緒にいるだけだけどね。君達はどうなの? あの二人、君よりもずいぶん弱そうだったけど」
「そんなこと、お前に――」
アルの言い終わらないうちに、敵は矢をつがえた。そのままアルめがけて矢を放つ。
アルは横に飛んで矢を避け、呪文を唱えた。
「ライムキース」
敵の周囲に光の鎖が現れ、細い体を縛り付ける。
だが、敵も即座に呪文を唱えた。
「グノン」
すると、鎖の輝きが急速に失われ、まるでインクが染みこんでいくように黒く変色していった。
敵が腕に力を入れた途端、鎖は黒い部分から千切れ、ボトリと足下に落ちた。その後、鎖はすべて黒色に染まり、煤のように粉々となった。風に吹かれて空気中に消えていく。
敵が微笑んで言った。
「残念、僕に拘束魔法は通用しないよ。盗賊だからね」
《⑤に続く》




