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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Bランク編
56/79

一対一 ③ (ゼラ戦)

「な、な、な……」


 信じられない光景に言葉が出ない。


 アルは壁を押しながら、突如、右側に移動した。その状態でまた壁を押し続ける。


 なぜだろうと思い、アルが避けた地面を見ると、そこには大きな穴が空いていた。壁の下に隠れていた地下への入り口が現れたのだ。


 アルが壁を押し切り、穴の全体像が現れる。直径は1メートルほどで、綺麗な真円だ。中には階段が続いている。


 アルは壁を押すのを止めて言った。


「やはりあったな。先へ進むルートが」


「すげぇ、どうやって見つけたんだ?」


「ああ、壁の――」


 アルの言葉の途中で、壁が独りでに動きだした。ズズズっと音を立てながら、こちらに向かって前進してくる。穴が壁の下に隠れ始めた。


 俺は慌てて言った。


「どうしようどうしよう。早く入らないと塞がっちゃうぞ。行くか?」


 アルが冷静に言う。


「行ってどうする。俺達の目的はダンジョン探索じゃないんだぞ?」


「お前が言うな! じゃあなんで壁押したんだよ!」


「冒険心がくすぐられて」


「俺もくすぐられてんだよ! 無駄にくすぐるなよ男の子の冒険心を!」


「すまん」


 後ろからエミールが尋ねる。


「あの、ところで、アル様はどうして入り口を見つけられたのですか?」


 そう言い終わったところで、ちょうど壁が入り口をすべて隠し、動きが止まった。


 アルが答える。


「壁と天井の間に隙間があったんだ。それで動かせると分かった」


「ん?」


 俺は天井を見上げた。たしかにほんの少し隙間が見える。


「よく気づいたなアル」


「アル様、さすがです」


「偶然だ」とアルが謙遜(けんそん)する。いつもの無表情を決め込んでるが、どこか嬉しそうにも見える。


「褒めてるんだから素直に喜べよー。ほんとは嬉しいんだろー」


 俺はそう言ってバシバシ背中を叩いた。アルが恥ずかしそうに話題を逸らす。


「そんなことより、作戦を次の段階に進めるぞ。ここでしばらくの間待機だ。敵に聞かれるとマズいから、声は極力抑えよう」


 俺は声を抑えて尋ねた。


「明かりは消さなくてもいいのか?」


「ああ、消さない方がいい。暗い所にずっといると、外に出た時に目が開けなくなる。だが、なるべく抑えはしよう」


 頭上に浮かぶ光球の光が弱まる。球の下にいる俺達の姿は問題無く見えるが、それ以外の範囲は真っ暗闇になった。


「後は待つだけだな」と言いつつ、俺はその場に座った。他の二人もしゃがむ。


「待つ時間は30分でしたよね」とエミール。「短すぎないでしょうか?」


 アルが腕を組んで言う。


「まあ、そうだな。待つ時間は長ければ長ほどいい。その方が俺達が本当にダンジョン探索をしたと敵に思わせられる。どうする? やっぱり一時間は待つか?」


「やだ。退屈だもん」


「でもゼラ様、もしそれで敵が警戒して出てこなかったら、ここまで来た苦労が無駄になりますよ?」


「そしたら今日の仕事をサボれるじゃん」


「それでは問題を先送りにするだけでは?」


「分かってないなエミールは。この場合、サボるのは俺の意志じゃなくて、運が決めることだろ? だから先送りにしてるって罪悪感なくサボれるんだよ。言わば神様がくれたご褒美だな」


「ゼラ様は人生が楽しそうでいいですね」


「……今俺のこと馬鹿にしたか?」


「してませんよ。なんでも皮肉だと思うの止めてください。馬鹿にしたい時はそのまま言いますから」


「そっか。なら安心だな」


「ところで」とアル。「30分で外に出れば、敵は間違いなく警戒するだろう。馬車の中では嘘で誤魔化すって決めたが、ほんとにそれでいいのか?」


「いいていいって。ほら、前の盗賊も演技で上手く(だま)しただろ? 今回の盗賊も大丈夫だって」


 馬車の中で考えた騙し方はこうだ。俺達はダンジョンを踏破したのではなく、道中で死んだ冒険者から高価な魔道具をくすねたという設定で外に出て、そのように敵を騙す。そうすれば、早く外に出ていても怪しまれない。


 アルによると、ダンジョンには死んだ冒険者の魔道具がたくさん残されているのだという。さらに、それらはダンジョンの魔力を吸収し、そこでしか手に入らないお宝になっていることも多いという。だから、踏破できる実力が無くとも、ダンジョンに潜る冒険者が後を絶たないのだ。つまり、俺達もそのような冒険者のフリをすればいい。嘘のリアリティは充分。


 ここで大事なのは、俺達の狙いがお宝ではなく、敵の捕縛であることを気づかせないことだ。ま、敵はお宝を持っていない冒険者を襲うほど血気盛んな奴らだ。こちらの素性がバレても、構わず襲ってくる可能性は高い。作戦が上手くいかずとも、そうなってくれればこっちのものだ。


 エミールが心配そうに尋ねる。


「でも、大丈夫でしょうか? 具体的なセリフとか決めてませんが」


「そんなのアドリブでテキトーに言えばいいんだよ。だいたい敵が何言ってくるかなんて分かるはずないから、こっちのセリフも決めようがないし。あと、決まったセリフを言うと途端に嘘くさくなる。用心するなら尚更セリフは決めない方がいい。というか、そもそもあまり喋らない方がいいんだ。そうすれば、敵は自分達の都合のいいように俺達の素性を判断してくれるだろう。人間なんてそんなもんだ」


 アルが小さく笑って言う。


「ふっ、さすが元詐欺師だな。説得力が違う」


「……今俺のこと馬鹿にしたか?」


「してない。褒めたんだ」


「あの、ゼラ様。話は変わるんですが、さっき『前回の盗賊も上手く騙した』って言いましたよね? 過去にも盗賊と戦ったことがあるんですか?」


「よく聞いてくれましたエミール。そりゃ、もう俺の華麗な作戦で見事三人の盗賊を捕縛したんだ。その作戦っていうのが――」


 俺はこの待ち時間に、盗賊の思い出話をすることにした。小声で話しながらも熱が入る。いつしか時間を忘れて話すことに熱中していた。


 あっという間に盗賊を治安署に送り届けたところまで語る。聞き終わったエミールが音が響かないようにそっと拍手をした。


「すごいですゼラ様、さすがですね」


「えっへん。そうでしょ?」


 喜んでいると、黙っていたアルが口を開いた。


「そろそろ30分経っただろ。いくぞ」


「えっ、もうそんなに時間が経ったのか?」


「……いよいよか、緊張しますね」


 そう言ってエミールが立ち上がった。アルも立ち上がり、外に向かおうとする。俺は二人を止めて言った。


「待って、その前に服を汚しておこう」


「え、なんでですか?」とエミールが嫌そうに言う。


「そっちの方がダンジョンで大冒険をしたように見えるだろ?」


 俺は地面の砂を取り、二人の服にかけた。わざとらしくないように、小汚さを演出する。もちろん俺の服も汚し、念には念を入れて、右の頬にも少し泥をつけておいた。これで汚れに気づいてもらえるだろう。


 準備が済み、三人で来た道を戻る。


 洞窟の外に出ると、眩しくて目を開けていられなかった。片手を額に添え、日影をつくる。それでなんとか目を開け、辺りを見渡した。怪しい者の姿は無い。どこかに隠れているのだろうか。とにかく、ここから演技スタートだ。


「眩しくて前が見えないなー」と、俺はそれとなく言った。その場で立ち止まり、目が慣れるのを待つ。


 アルとエミールも立ち止まった。二人とも何も言わず、沈黙が流れる。


 おい、ちょっとでいいからなんか言えよ。俺が無視されてるみたいじゃないか。


 内心でそう思いつつ、当然声に出すわけにはいかない。


 沈黙したまま三人で立ち尽くす。俺から何か話したくなるが、ぐっと堪えた。無理して話せばわざとらしくなるだろう。本当に仲がいいからこそ、お喋りもあまりしない、という雰囲気を醸し出す。


 そうこうしているうちに目が慣れてきた。手で影を作らずとも前が見える。そのタイミングでアルが言った。


「そろそろ行くか」


「はっ、はい」とエミール。


 おい、アルは自然だったが、エミールはぎこちないぞ。『はい』くらいすっと言えよ。緊張しすぎだ。いや、俺も緊張してるから他人ことは言えないけど。変なところで噛んだらどうしよ。


 不安を抱えながら二人と共に前に進む。敵はまだ現れない。やっぱり出てくるのが早すぎたか?


 辺りをキョロキョロと見たくなるが、当然そうすると怪しいので、まっすぐ前だけを見て歩く。


 50メートルほど進んだ時、前方から声がした。


「待たれよ」


 しわがれた老人の声だ。木の影から、一人の小柄な(じい)さんが出てくる。身長は140センチくらいしかなく、手には背丈より長い杖を持っている。依頼書に書かれていた魔術師の老人だ。獲物がかかった。


 さらに、後方からも二人の人影が現れた。一人は身長が2メートルを越える巨漢、もう一人は線が細い男。巨漢は巨大な斧を持ち、頑丈そうな鎧を全身に纏っている。(かぶと)を被っていて顔は見えない。で、もう一人のひ弱そうな男は、金髪碧眼の美青年で、弓矢を携えている。


 三人の姿は依頼書の情報と同じだ。


 俺は彼らのことなど知らないフリをして言った。


「な、なんだお前達は」


 よし、我ながらいいオドオド演技。いつもオドオドしてきた甲斐(かい)があるってもんだ。


 老魔術師が笑みを浮かべて答える。


(わし)らは盗賊じゃ。貴様らがダンジョンで手に入れたお宝、すべて儂らに渡してもらおうか」


 後ろの斧使いが言う。


「逆らわない方がいいぜ? 俺達は数え切れないほどの冒険者を殺してきたからな」


 じゃあ人殺しも今日でお終いだな。いい気になるなよ。


 俺は魔術師を睨んで言った。


「誰がお前らなんかに宝を渡すか!」


 と、言ってから後悔する。さっきオドオドしてたくせに、急に強気になるなよ。俺の馬鹿!


 下手な演技がバレないか心配になる。が、何も気づいていない様子で、斧使いが吠えるように言った。


「威勢がいいな、ガキ。だが、それにしちゃお前ら、ずいぶん早くダンジョンから出てきたじゃねーか。どうせすぐに諦めて逃げてきたんだろう? たいした宝なんて取ってないんじゃねーのか?」


 俺は虚勢を張っている演技をして言った。


「そ、そんなことはない!」


「じゃあ、どんな宝を手に入れたんだ? せいぜい、冒険者の死体から魔道具をくすねたくらいじゃないのか?」


「……」


 俺はあえて沈黙した。


 アルとエミールも言い返さない。


 斧使いが豪快に笑った。


「あっはははは、図星だな。お前ら冒険者ってのは、偉そうにしてるくせにやってることは俺達盗賊と一緒だ。いや、俺達でも死人から物を盗むなんてことはしねぇ。お前らは盗賊以下の屑なんだよ。あっはははは」


 よぉーし、作戦成功。お前みたいな馬鹿は、騙すのに言葉すら必要無いんだよ。バーカ、バーカ。今のうちに好きなだけ笑ってろ。


 腹の中で毒づいていると、魔術師が口を開いた。


「まあ、どっちでもいいわい。宝を持っていようといなかろうと、金目の物は持っているようじゃし。例えば、そこの魔術師の指輪とかな」


 魔術師が言っているのは、エミールが持つ氷と炎の宝玉のことだろう。コイツ、ジジイのくせになかなか目敏(めざと)いな。


 魔術師が続ける。


「じゃが、素直に渡す気はないらしいな。仕方が無い。まだ若いが、死んでもらうしかないのぉ」


 魔術師が杖を構える。俺も矢を手に取った。後ろは見ていないが、作戦通りアルは斧使いと、エミールは弓使いと対峙(たいじ)しているはずだ。


 案外楽に計画通りの形に持っていけた。さて、誰が先に動くか……。


 魔術師と睨み合っていると、その口が開いた。


「儂らとお前達、ちょうど三人ずつじゃな。気兼(きが)ねなく戦えるように、一対一にするか」


 えっ、一対一にする? どういうこと?


 戸惑(とまど)っていると、後ろの弓使いが言った。


「じゃあ、僕はそっちの剣士と戦いたいな」


 すると、斧使いが怒鳴った。


「ふざけんな! 剣士と戦うのは俺だ!」


「君じゃ相性が悪いと思うけど」


「黙りやがれ! どう見ても剣士が一番強そうじゃねーか。他の雑魚はお前らが相手しろ!」


 魔術師も会話に加わる。


「儂もバーンの意見に賛成じゃ。ベイルよ、お前さんと剣士の相性は悪いと思うぞ? 見ただけで分かる。済ました顔をしておるが、その剣士は他の二人とは別格。ここはバーンに譲ったらどうじゃ」


 盗賊の名前が分かった。斧使いはベイル、弓使いはバーンというらしい。


 そんなことよりもこの魔術師、見ただけで俺達の戦力を正確に分析しやがった。たいした能力だが、アルの相手を弓使いに任せようとしているから、戦闘力はそれほど高くないのだろう。やはり俺の相手はこの魔術師が相応(ふさわ)しい。


 魔術師の説得を聞いても、斧使いのベイル君は駄々(だだ)をこねた。


「別格なら尚更俺の相手に相応しいだろ! その剣士は絶対に俺が()る!」


 魔術師が溜息をついて言う。


「はぁ、仕方ないのぉ。だったら剣士の相手はお前さんがすればいい。さて、他はどうするかの」


 俺はすかさず魔術師に言った。


「お前の相手は俺だ!」


「ほっほっほ。その意気や良し。では、そうしよう。バーンは魔術師の相手をしてくれ」


「いいよ。一番楽そうだし」


「決まりじゃな。では、移動するかの」


 い、移動? どうするつもりだ? 


 その時、突如として地面に大きな魔方陣が浮かび上がった。俺達六人の足下を紫に光る魔方陣が覆う。この魔法、どこかで見たことがある。これは……レザ姐が使った転移魔法だ! 


「トレケイン」


 魔術師が軽快に呪文を唱える。


 その瞬間、目の前の景色が一変した。さっきと同じ雑木林だが、木々の配置が違い、アルとエミールがどこにもいなくなっている。それぞれが違う場所に飛ばされたのだ。


 まさか一対一の状況を作るためにこんなことまでするとは。計画が完全に破綻(はたん)した。どうしよう……。


 その時、後ろに人の気配がした。急いで振り向くと、そこにはなんと魔術師、ではなく、斧使いのベイルが立っていた。


 向こうもさぞ驚いているのだろう。呆然と立ち尽くしている。しばらく向き合った後、俺とベイルは同時に同じ言葉を叫んでいた。


「あのクソジジイいいい!」

「あのクソジジイいいい!」


《④に続く》

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