一対一 ②
受付で手続きを済ませ、ギルドの外に出る。
依頼書によると、三人の敵の特徴は「老人の魔術師」「若い男の弓矢使い」「巨漢の斧使い」らしい。
出没したのはミルグの近くにある雑木林の、その奥にあるダンジョンの前。ダンジョンは俗に『ディーフの隠れ家』と呼ばれている洞窟で、100年前に暴れ回った大盗賊、ラドルド・ディーフのアジトの一つだったらしい。そして、洞窟には今もディーフが盗んだお宝が眠っているという。
当然、盗賊の隠れ家であれば、危険な罠が張り巡らされているに違いない。よくそんな場所に入ろうと思えるものだ。まったく、冒険者の考えることは分からん。俺も冒険者だけど。
一応、今回の目的はあくまでも盗賊の捕縛であって、ダンジョンの踏破ではない。そこは気楽に構えていいだろう。
だが、その盗賊というのがなかなか恐ろしい。依頼書によると、被害者のパーティーはお宝を手に入れたわけではなく、あまりの難易度の高さに手ぶらで引き返したのだという。しかし、それでも盗賊に狙われ、殺されてしまったのだ。
なんて見境の無い奴らだろう。アルによると、ダンジョンのお宝は小型の魔道具も多く、服の中に隠し持てるため、手ぶらに見えても狙われるのだという。もしくはお宝に関係無く、盗賊は疲弊した冒険者の身ぐるみを剥がすことを主目的としているのかもしれない。
どちらにしろ凶悪な奴らだ。何も殺さなくったっていいのに。Eランクの盗賊達とは凶悪さのレベルが違う。今思えば、あの三人の盗賊は可愛いもんだったな。全世界の盗賊はアイツらを見習うべきだ。
そんなことを考えながら、いつも通り馬車乗り場に行こうとすると、アルに止められた。
「待て、ゼラ。先にエミールの特訓をしておこう」
「特訓? ああ、炎の宝玉のか?」
「そうだ」
せっかく朝に炎の宝玉を手に入れたんだから、今日の内に使えるようになった方がいい。もしかしたら盗賊戦でも役に立つかもしれない。
いや、待てよ。盗賊に上級魔法なんか使ったら死ぬんじゃないか? あのゼスが一撃で死んだんだぞ? そしたら報酬が半分に減らされてしまう。
……ま、いいか。敵も強いだろうし、なんとかなるでしょ。敵が弱けりゃ使わなきゃいいんだし。
というわけで、三人で原っぱに移動する。エミールの特訓は、なんと開始5分で終了してしまった。エミールは新技のボアルインガをあっさりと習得したのである。氷の上級魔法、ギアフリンガと同じ要領なので、それさえ使えればボアルインガも簡単に使えるらしい。
エミールはそう謙遜するが、アルは感心していた。やはりエミールには魔法の才能があるようだ。そのせいですぐにダンジョンに行かなくてはならなくなった。サボれる時間が少なくてがっかりだ。
馬車乗り場に行き、御者に行き先を伝える。目指すのはミルグの近くにある雑木林だ。
目的地に向かう馬車の中で、俺達は作戦会議をすることにした。真っ先に決めておきたいのは、誰が誰を相手にするかということだ。
俺が自分の希望を二人に伝える。
「アルは巨漢の斧使いを相手してくれ。で、俺とエミールが魔術師と弓使いの二人と戦う。どうだ?」
「別にいいが、どうしてその割り当てなんだ?」
「巨漢の斧使いが一番強そうだろ? だからアルに任せたい」
アルが呆れて言う。
「そんなことだろうと思った。ただ、理由は感心しないが、その分担は悪くない。なるべく戦法が似た者同士で戦った方がいい」
「なんで?」
「相手の出方を予測しやすいからだ。老人の魔術師はエミール、弓使いはゼラが相手にしたらいい」
「えー、やだ。俺が魔術師の相手をする」
「なぜだ?」
「だって魔術師が一番弱そうだろ? ジジイだから」
「のんきな奴だな。敵は武術家じゃなくて魔術師だぞ? 魔法に年齢はそれほど関係無い。むしろ、若い魔術師よりも魔法の使い方が上手いだろう。厄介な相手だ」
「んなこと言ったら、弓使いの男だって怖いぞ? 弓矢は普通の魔法よりも速いんだから、避けるのが大変だ」
「……で、その危険な相手をエミールに押しつけようってのか?」
「そんな言い方すんなよ。エミールは俺と違って防御魔法が使えるから大丈夫だって。な、エミール?」
「は、はい。……でも、防御魔法を使うと、攻撃ができなくなってしまいますが」
「そこは俺がなんとかするから大丈夫だって。エミールは防御に専念してくれればいいんだ。フワッピーの時みたいに見事な連携を見せてやろう」
「はい! 頑張りましょう!」
エミールが張り切った様子で言う。だが、アルは何も言わず、なぜか俺達を睨んでいた。
「どうしたんだよアル、そんな怖い顔して」
「……忘れてないか? 今度の戦いが対人戦だということを」
「忘れるわけないだろ。対人戦だからなんなんだよ」
「それは自分で考えろ」
「ケチィ。気になるから教えろよ!」
「モンスター相手の戦いとはまったく違うってことだ。今ままでみたいに上手くいくと思うなよ」
「上手くいくと思わないとやってられないだろ。やる気を削ぐようなこと言うな」
「だからオレも細かいことを言うつもりはない。ただ、フワッピーの時と同様の連携はできないと思っておけ。絶対にな」
「ま、まぁ、それはそうだな。敵は人間だから、目の前で作戦を話したら聞かれるし。でも、いざとなったら裏世界で作戦を伝えればいいから、なんとかなるって」
「だといいな」
アルの言葉に空気が重くなる。いつもであれば、サボり魔のくせに偉そうにするな、と文句を言っているところだが、今回はアルも戦闘に参加してくれるので言えない。
アルが戦ってくれれば、いつもより楽なはずだ。それなのに、緊張感がどんどん大きくなっていく。
人間の敵には、モンスターとは違った恐怖感がある。何をしてくるのか分からない、という恐怖だ。
当然、モンスターも戦ってみるまでどんな攻撃をしてくるのか分からない。だが言い換えれば、戦って攻撃方法を把握すれば、後は同じことの繰り返しになる。
しかし、人間相手だとそうはいかない。こちらの出方に合わせて攻撃方法を変えてくるだろうし、様々な武器や魔道具も使ってくる。攻撃方法を完全に把握することは不可能だ。
俺達と同じ人間という生物なのに、モンスター以上に行動を予測できないなんて、皮肉なもんだ。
俺達は今までにない緊張感に包まれながら、作戦会議を続けた。それが終わっても、雑談を楽しむような空気にはならず、三人とも黙りこくっていた。
重苦しい空気のまま、目的地の雑木林に到着する。ここは以前、ダンドンと戦った場所だ。また出くわさなければいいが。
馬車を降り、辺りを警戒しながら林の奥へと進む。そして、あの忌々しい腹を下した赤い実を踏み抜いた時、左前方に、奴の姿があった。3、40メートルほど離れた位置に、茶色く大きな亀がいる。ダンドンだ。
俺と目があった瞬間、ダンドンは赤い実を食べるのを止め、首と手足を甲羅に引っ込めた。以前見た時と同じだ。が、今回の敵はダンドンではない。こちらに戦う意志がないことを察して、大人しくしてくれると嬉しいのだが……。
俺達はあえてダンドンから目を離し、なるべくダンドンから離れるようにして前に進んだ。
だが、その配慮も虚しく、あの聞き覚えのある地響きが聞こえてきた。
ダンドンが両腕を甲羅から出し、力強く地面を叩く。すると、俺達の足下からピシピシと嫌な音が聞こえてきた。
「逃げろおおお」
と、叫ぶと同時に走り出す。俺達が立っていた地面から、大きなトゲが突き出した。ダンドンお得意の地面魔法だ。
必死で雑木林を駆け抜ける。地面のトゲは俺達の後を追うように次々と突き出したが、やがてそれも収まった。ダンドンの視界から逃れられたようだ。
戦う前からもう疲れてしまった。気を取り直して歩きだす。だが、ものの5分と経たないうちに、新しいダンドンと目があった。ダンドンは瞬時に首と手足を引っ込める。だが、当然それでは済まず、また両腕を甲羅から出すと、地面を叩いて攻撃してきた。
「に、逃げろおおお」
急いでその場を走りだし、全力疾走で土のトゲから逃げる。呼吸が苦しくなってきた頃、ようやくトゲの追跡が終わった。
俺は疲れてその場にへたり込んだ。
「はぁ、はぁ、クソッ、いつまでこの状況が続くんだ」
エミールも俺と同じように息を切らせている。が、アルだけはまったく呼吸が乱れていない。涼しい顔で言った。
「まだ目的地は遠いぞ。なんせ盗賊の隠れ家だからな。簡単に人が近づけない場所に作られてるんだ。あのダンドン達も、いわば隠れ家の罠の一部といっていいだろう」
「面倒なことしやがって。ディーフとかいう盗賊だって、同じように疲れるだろうに」
「悪事を働くと色々面倒になるってことだな。さ、もう行くぞ」
「あー、もう帰りたい」
俺達は目的地に向かって歩きだした。依頼書には雑木林の突き当たりの崖にダンジョンの入り口があると書かれている。ここの雑木林は普通の森と違って木々が細く小さい。おまけに木々同士の間隔も空いているから、かなり遠くまで見渡すことができた。
はるか向こうに、目的地と思われる崖の岩壁が見える。あそこにたどり着くまでに、いったいどれだけかかるだろうか。それを思うとげんなりとする。
数分歩いていると、またダンドンと遭遇した。木々が薄い分、すぐに見つかったしまう。
俺達はダンドンに見つかる度に、走っては休み、走って休みを繰り返した。
そして、雑木林に入ってから一時間近く経った頃、ようやく突き当たりの崖に到着した。
崖はパレラの卵があった場所に似ている。高さ20メートルほどの崖が、左右にどこまでも広がっている。
遠くの崖にまで目をやると、すぐに洞窟になっている箇所を見つけた。他に似たような穴は空いていない。ここがダンジョン『ディーフの隠れ家』の入り口だ。
見た目は特に変わったところはない。ごくごく普通の洞窟だ。
洞穴の高さは2.5メートルくらいで、幅も同じくらいある。狭くも広くもない。
俺達は作戦通り、まずは洞窟の中に入ることにした。ここでしばらく時間を潰してから外に出ることで、敵に俺達がダンジョン探索を終えたと思わせる。俺達は探索で疲れているフリをして敵を迎え打つ。
特に何も考えず、洞窟へ足を踏み入れようとすると、アルが俺の前に手を出して制した。
「危ないからオレが先頭を歩く」
「カッコイイー。いつもその調子で戦ってくれると嬉しいんだけどな」
「ふざけてる場合か。ダンジョン探索はそれだけ危険ということだ。たとえ入り口であってもな。油断するな」
「了解」
「ライムカロン」
アルが呪文を唱え、光る球体を出す。その明かりを頼りに、アル、俺、エミールの順で洞窟に入った。
気構えて入った割には、特になんの仕掛けも無い。そのまま30メートルほど進んだ先で、アルが立ち止まった。振り向いて言う。
「道が分かれてる」
「どれどれ」
アルの後ろから顔を出すと、たしかに岩壁でできた通路が二つに分かれていた。おそらく、ここからがダンジョンの本番だろう。
「お宝に続く道はどっちかだけだよな。間違った道に進むとヤバそうだな」と俺。
「だろうな。侵入者を排除するための罠があるはずだ。ま、正解の道にも罠はあるだろうが」
「どうする? ここで止まるか?」
「いや、後ろを見てみろ」
「ん?」
俺はアルに言われて振り向いた。遠くの方に入り口の光が見える。
「ここで待機すれば、敵が入り口を覗いた時に俺達の姿が見える。もっと奥に進んだ方がいいだろう」
「うぅ、じゃあ進まざるを得ないな。でも、ほんとに敵はこの近くにいるのかね」
「いる。ここに入る前に、俺達の後をつける奴が一人いた」
「うそー。そんな奴いたか? エミールは気づいてた?」
「いえ、ダンドンから逃げるのに夢中で、それどころでは」
「二人とも甘いな。それじゃあ向こうに不意打ちをされたら終わりだぞ」
「んなこと言ったってなー。魔法も使わずにそんなことが分かるのはアルくらいだろ」
「いや、敵の尾行はそれほど上手くなかった。あれくらいなら気配で分かる」
「じゃあ、そんなに強くないのか?」
「いや、尾行の上手さと戦闘の強さはあまり関係ない。油断するな」
「さっきから油断するなばっかりだな。それで、結局どっちの道を進むんだ? どっちも危険そうだけど」
「右側だ」
「なんで?」
「オレが右利きだから」
「そんなテキトーな。よくそれで油断するなとか言えるな」
「どっちが最適か分からないんだから仕方ないだろ。気をつ
けるのは道を選んだ後からでいい」
アルはそう言って、右の道へと進んでいった。俺とエミールもその後に続く。
代わり映えのしない道を進んでいると、すぐにまたアルが立ち止まった。
「行き止まりだ」
「行き止まり? もうか?」
まだ10メートルくらいしか歩いていない。罠も無く、行き止まりになっているだけだ。
俺は前方の壁を睨みながら言った。
「怪しいな。もしこの道が不正解の道なら、もっと罠があるはずだ」
「そうだな。ここで引き返して、正解の道を選ばれたら、この道の存在価値がなくなる。不正解の道であれば、必ず罠が仕掛けてあるはずだ。しかし、それが無いということは」
「この道が正解ってことだな。でも、先には進めないぞ。どうなってんだ?」
「……」
アルはしばらく前方の壁を見つめていた。そして、一歩前に出て壁に近づくと、そっとそこに手を触れた。
俺が後ろから尋ねる。
「何か変わった所はあるか?」
「……いや、無いな」
「うーん。じゃあ、気になるけど、ダンジョン探索はここまでにしとこうぜ。俺達の目的は他にあるんだし。もう入り口から俺達の姿は見えないだろ。ここでしばらく待機だな」
「……」
「おいっ、無視すんな!」
俺がそう言うと、アルが力を込めて岩壁を押し始めた。
「おいおい、何やってんだよ!」
俺の呼びかけを無視して、アルは壁を押し続ける。
すると驚いたことに、壁が徐々に後ろへ動き始めた。
《③に続く》




