一対一 ①
朝。三人で宿のレストランで食事を取った後、昨日注文した指輪を受け取るために魔道具屋へ向かう。店のドアを開けると、中に人の姿は無かった。
「早く来すぎたかな」と、俺が呟く。
すると、店の奥から声がした。
「そうだね。早すぎるよ」
店主がそう言って奥から顔を出した。
「出直しましょうか?」とアル。
「何言ってんだい。私の仕事だって早すぎるんだよ。今、指輪を持ってくるから待ってな」
そう言って顔を引っ込める。
店主を待つ間、俺は退屈しのぎにこう言った。
「なんか簡単そうだよな。指輪を加工する仕事って。俺も冒険者なんか辞めて、加工屋になろうかな」
「簡単なわけないだろ」とアル。
「だって、こんなに作業が早く終わるんだぞ? しかも、加工つったって、金属の輪っかに宝玉をはめ込んでるだけじゃん。たしかに、他に細工も加えてるんだろうけど、意外と誰にでもできるかもよ? やり方を企業秘密にしてるだけでさ」
「そう思うなら、店主に訊いてみればいいんじゃないか。もしかしたら弟子にしてくれるかもしれないぞ?」
「訊かなくても、あのババアなら俺の心読んで分かるだろ」
その時、店主が奥から出てきて言った。
「私の弟子になんかなってどうするんだい。早く潜影族が滅んだ原因を解き明かしたいんだろう? こんな所で寄り道してる場合かね」
「そうそう。なんだかんだで冒険者は続けないと。……ってなんで俺が潜影族なこと知ってんだよ!」
「それは企業秘密さね」
「何が企業秘密だ! どうせ俺の記憶を読んだんだろ!」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、そんなことはどうだっていいんだよ。重要なのは、私の言葉が間違っているかどうかだ。どうなんだい?」
「……いや、婆さんの言うことは正しいよ。寄り道してる場合じゃない」
「そうだろう? 言っとくけど、私がこんだけ早く仕事を済ませてるのは、あんたの為なんだからね。普通の冒険者だったら、もう二、三日は待たせるよ」
「そ、そうなのか?」
「あんたはまだ若いから分かんないだろうが、歳を取るのなんてあっという間さね。あっという間にジジイになって、あっという間に死ぬ。大きな志を抱いているなら、余所見してる暇なんてないんだよ。余所見なんてのは志を全うしてからいくらでもやりな。いいね」
「あ、ああ。分かったよ。なんか、今日の婆さんは、なんていうか、真面目だな」
「私だって茶化したらいけない事くらいわきまえてるよ。潜影族が一夜にして全滅したあの事件。私もずっと気になってたんだ。だからさっさと原因を解明して私に教えな。もたもたしてると、私の寿命が尽きちまうよ」
「婆さんは俺よりも長生きしそうだけどな。不気味だから」
「テキトーなこと言うんじゃないよ。さすがの私もそんなに長生きするのは無理さね。エルフじゃあるまいし」
「エルフ? エルフ族って長生きなの?」
「知らないのかい? 奴らは人間の何倍、いや何十倍も生きられるのさ。私からすりゃ、奴らの方がよっぽど不気味に見えるね」
「そうなのかアル?」
俺は店主の話が信じられず、横にいたアルに尋ねた。だが、返事がない。不思議に思って隣を見ると、アルは目元を手で押さえていた。まさか、コイツ……。
「おい、アル、まさか泣いてんのか?」
「……泣いてない」
「どうなんだエミール?」
「いいえ、アル様はお婆さんの話を聞いてがっつり泣いてました」
「余計なことを言わなくていい」とアルが涙を拭って言う。
「さては婆さんの親切心に感動して泣いたんだな? ほんとチョロいなアルは。今の俺なら簡単に騙せそうだ。俺、どうしてこんな奴に捕まったんだろ。我ながら情けないぜ」
話を聞いていた店主が口を開く。
「別れがあれば、出会いもあるってことさ。さて、私はあんた達の相手ばかりするわけにはいかないんだ。指輪を受け取って、とっとと仕事に行きな。これが注文の品だよ」
店主が持っていた指輪をエミールに渡した。
エミールが指輪に見とれながら言う。
「うわぁ、綺麗……。ありがとう、お婆さん」
「金を貰うんだから礼なんかいらないよ、お嬢ちゃん」
「せっかくだから臭い嗅いでみたら?」と俺。
「それは嫌です」
店主が俺に注意する。
「あんたも嗅ぐんじゃないよ。ここでゲロを吐いたら承知しないからね!」
「分かってるって。あんな臭い二度とごめんだね。さ、新しい魔道具も手に入ったし、ギルドに行って次の依頼を決めようぜ。じゃあな婆さん」
「待ちな! その前にお代を払うんだよ」
「チッ、バレたか」
「私に隠し事ができるわけないだろう。ま、私が止めずとも、そこの剣士は金を払うだろうけどね」
「もちろんです」
アルはそう言って財布からお代を出し、店主に渡した。
「お世話になりました。また来ますね」とエミール。
「私はいつでも大歓迎だよ。何かあったらまたおいで」
俺は店を出る前に、店主に警告した。
「俺が潜影族だってこと、絶対にバラすなよ」
「当然さね。お客様の個人情報は絶対に漏らさないよ」
俺はそれを聞いて安心し、二人と共に魔道具屋を出た。その足でまっすぐギルドに向かう。
中に入り、掲示板の前に立って考える。
さて、どうしたものか。もう俺達はBランクの依頼を二回達成している。ということは、次の依頼を達成すれば、Aランクの依頼に挑戦できるということだ。
しかし、Bランクの依頼はそれ以下のランクよりも幅が広い。なにせ報酬額に600~5000ガランまでの差があるのだ。
今までのセオリーに従うのであれば、三回目では一番難しい、つまりは一番そのランクで報酬額が高い依頼に挑むところだ。
仮にBランクでもそのやり方で選ぶとすれば、次は5000ガランの依頼を受けることになる。が、それは冒険しすぎのような気がする。
俺はアルと違って戦闘狂ではない。なるべく危険を最小限に抑え、それでいてスピーディに事を進めたい。となると、いきなり5000ガランに飛ぶのは少々やり過ぎだ。ゼスの報酬が1500ガランだったから、倍以上の依頼に挑戦することになる。
普通に考えるならば、次は1500と5000の間、だいたい3000ガランくらいの依頼が妥当ということになるだろう。いや、それでも敵が強すぎる可能性もあるが。安全策を取るなら、もう一段階くらい刻んでもいい。しかし、そんなことを言っていたら切りがないのも事実……。
「うーん、やっぱり3000ガランくらいにした方がいいのかなぁ。いつもだったら最高額の5000ガランに挑戦するところだけど」
俺はあえて自分の考えを口にした。エミールが意見をくれる。
「それがいいですよ。いきなり5000ガランの依頼は危険過ぎます。刻みましょう」
「でも、今までのセオリーが崩れちゃうの、嫌なんだよなぁ。ここで思い切って5000ガランに挑んでもいいんじゃないかなぁ。倒せないなら、ゼスの時みたいに撤退すればいいしなぁ。その方が先の展開も見えて対策もスムーズに進むんじゃないかなぁ。どうかなぁ」
「なぁなぁ言ってたって結論は出ないぞ」とアル。「経験不足の状態で先を考えたって無意味だ。どっちの依頼でもいいから早く決めろ。考えるのは依頼に挑んだ後からでいい」
「どっちでもいいって無責任なこと言うなよ。依頼をこなすのは俺とエミールなんだから」
「なら、エミールの意見を採用したらどうだ? 安全策で簡単な方の依頼にしたらいい」
「何言ってるんだアル。さっき婆さんから聞いた話をもう忘れたのか? 俺達に寄り道してる暇なんて無いんだ。だったらここは先を急いでどーんと5000ガランの依頼に挑戦するべきだろ」
「じゃあそうしたらいい」
「何言ってるんだアル。お前はパーティーメンバーでもない婆さんの意見を優先して、エミールの意見をないがしろにするのか?」
「なんだよそれ。じゃあ、どっちの意見を優先すればいいんだ?」
「どっちの意見でもない。アルが優先すべきなのは俺の意見だ。依頼の決定権は俺にあるからな」
「じゃあ、ゼラはどっちの依頼がいいんだ?」
「うーん、どうしよう。アルはどっちがいいと思う?」
アルが何か言う前に、エミールがツッコんだ。
「もうっ、いい加減にしてください! いつまでやるんですか、このやり取り!」
「だって、アルがいい意見をくれないんだもん」
「こうしたらどうだ? 受けるかどうかは後から決めるとして、とりあえず3000ガランと5000ガランの依頼内容を見比べてみるってのは」
「そんなの見たってなんか分かるのか? 戦ってみないとモンスターの強さなんて分からないのに」
「情報は少ないよりも多い方がいい。調べてみると案外役立つ情報があるかもしれないぞ?」
「……ま、そうだな。悩んでたって結論は出ないし」
俺は依頼書の報酬欄に目を走らせ、額が5000ガランの依頼を見つけた。その中身を読む。依頼内容はディアシュタインという名のモンスターの駆除。
いったいどんなモンスターなのだろうか。依頼書の裏を見て確認する。
そこには奇妙なモンスターが描かれていた。二本足で立ち、腕も二本ある。しかも、その手には木製であろう茶色い棍棒が握られている。
立ち上がって道具を持ち、しかも動物の毛皮で出来た服を身に纏うその様は、まさしく人間のようだった。
違う点といえば皮膚の色だ。全身が血のように赤い。さらに、頭には牛のように二本の角が生えている。
今までにも人型のモンスターとは戦ったことがある。風を操るハウベールと、悪魔のようなドーブルだ。しかし、共に子供のような外見で、可愛らしくもあった。
しかし、コイツは違う。ディアシュタインはその頭身から、人間と同じかそれ以上の体格を持っていることが見てとれる。しかも筋骨隆々だ。一言で言えば、恐ろしい。
俺はアルに詳しい情報を尋ねた。
「このディアシュタインってモンスターは、どんなモンスターなんだ?」
「ふむ、ディアシュタインか。コイツは剣士の間でも有名なモンスターだ。オーガと呼ばれる種族の一種で、暴れたら手を付けられない」
「強いのか?」
「ああ、強い。なんせ、身長が4メートルあるからな」
「4メートル!? 人間の倍じゃないか」
「その力は見た目通り、半端じゃないぞ。コイツは3メートルくらいのデカい棍棒を持ってるんだが、それを軽々と振り回すんだ。当たれば太い樹木も一発で折れる」
俺は自分がディアシュタインと相対した場面を想像し、ぶるりと震えた。怖くなって尋ねる。
「で、でも、頭は悪いんじゃないか?」
「いや、モンスターの中でもかなり頭がいい方だ。さすがに言葉を操れるような知性は無いが、それ以外はほぼ人間と同じだと思っていい。だからこそ厄介でな、コイツは遊び感覚で人間の村を襲うんだ」
「遊び感覚?」
「そうだ。普通、動物やモンスターは遊びなんてやらない。そういう生存に関係無い行動を取るのは知性が高い証拠だ。コイツは遊びとして人間の村を襲ってめちゃくちゃにする。しかも頭がいいから、仕掛けられている罠にもかからない。弓矢で狙おうにも家や木々を盾にして間合いを詰めてくる。となると、魔術師でもない限り近接武器で倒さなきゃならなくなるが、それだと当然体格で勝るコイツの方が圧倒的に有利になる。だから、剣士の間ではコイツと戦って勝てるかどうかが、実力を測る上での一つの指標になってるんだ」
「アルは勝てるのか?」
「さあな。戦ったことがないから分からん」
「それにしては詳しいんだな」
「オレはこう見えても読書家だからな。それよりどうする? この依頼、受けるのか?」
「怖いから嫌だ。やっぱり3000ガランの依頼にする」
「今日も切り替えが早いですね、ゼラ様」とエミール。
「優柔不断なのにな」とアル。
というわけで、報酬額が3000ガランの依頼を探した。最初に見つけたものに目を通す。
こっちはお尋ね者の依頼だった。しかも三人だ。三人は冒険者ではなく、盗賊らしい。ダンジョンを出たCランク冒険者を襲い、金品を奪ったんだとか。襲われた冒険者も三人で、そのうち二人は殺害され、もう一人は生き残り、ギルドに逃げてきたらしい。酷い事件だ。
それにしても、ダンジョンってのはなんだろう。アルに尋ねる。
「なあ、ダンジョンってなんだ?」
「ダンジョンは、中にある通路が入り組んでいる洞窟や建物のことだ。普通の洞窟や建物と違って、容易に最奥までたどり着けないようになっている。しかもその上、危険な罠が仕掛けてあったり、強力なモンスターがいたりするんだ。さらに、場所自体が大量の魔力を孕んでいて、中の物に大きな影響を与えている場合もある。例えば、モンスターが普通よりも強化されたり、通路の構造までもが時間と共に変化したりもするんだ」
「へぇー。つまり、生き物みたいな場所ってことだ。たしかに面白いな」
「今回の依頼はダンジョンの探索なのか?」
「いや、違う。お尋ね者の依頼だ。ダンジョンから出た冒険者を襲う盗賊がいるらしい。でも、どうしてこの盗賊はそんなことをするんだろうな」
「ダンジョンにはお宝があるからだ。おそらくそれが狙いなんだろう」
「お宝?」
「そうだ。冒険者が危険を冒してまでダンジョンを探索するのは、中のお宝が欲しいからだ。盗賊はそのお宝を横取りしたいんだ。そうすれば危険なダンジョンに入らなくても済むし、ダンジョンを出たばかりの冒険者はかなり疲労しているから、容易に奪い取ることができる」
「なるほどな。上手いこと考えるもんだ」
「盗賊に感心するな。で、どうする? その依頼にするのか?」
「うーん……」
この依頼なら、ディアシュタインよりも簡単に達成できそうな気がする。盗賊が三人もいることが気になるが、言い換えれば三人もいて報酬が3000ガランしかないということだ。つまり、一人当たり1000ガランしかない。となれば、一頭1500ガランのゼスよりかは確実に弱い。
しかも、盗賊は疲労した冒険者しか狙わない卑怯な奴らだ。実力も大したことないだろう。
ただ、問題が一つある。俺はアルに提案した。
「なあ、アル。盗賊は三人いるから、今回は役割分担といかないか?」
「ん、どういう意味だ?」
「俺とエミールは一緒に二人を相手にするから、もう一人はアルが相手してくれないか。さすがに三対二だと、エミールを守れる自信が無い」
「ふむ、いいだろう。それくらいなら」
「よし。エミールはこの依頼でいいか?」
「はい。対人戦は初めてなので、少々不安ですが」
「あっ、たしかに。まともな対人戦は初めてだな。……なんだか不安になってきた」
「おいおい」とアルがうんざりした様子で言う。「また悩むのは止めてくれ。それに、初めてなら尚更やった方がいいだろう。何事も経験だ」
「……まあ、それもそうだな。ちょうどいいか」
俺は依頼を受ける決心をし、盗賊の依頼書を掲示板から剥がした。
《②に続く》




