ドラゴン・リベンジ ①
朝。ついに依頼の期日が来た。今日、ゼスを倒せなければ依頼は失敗だ。
そういえば、依頼を失敗したことは一度もないな。ウーニャのように一時撤退したことはあっても、駆除を断念したことはない。
Bランク昇格までに一度も失敗したことがないなんて、こんな冒険者って他にいるのだろうか? 俺のパーティーだけなんじゃないの? 俺達って天才過ぎない?
ま、俺は謙虚だから、天才でも威張らないけどね。
そんなことを考えながら身支度を済ませ、部屋の外に出る。少し早いが、飯にしよう。ゼスの谷は遠いから、早く行くに越したことはあるまい。
まずはエミールの部屋のドアを叩く。返事の後、支度を済ませたエミールが出てきた。なんだか表情と声が固い。
「おはようエミール。緊張してるの?」
「はい。今回の戦いは私の魔法に懸かってるので」
「そうだな。エミールの上級魔法が失敗したら、俺達死ぬかもね」
「もっと緊張させないでください! それより、アル様を起こしに行きましょう。もう起きてるでしょうが」
「別にいいんじゃない? 起こさなくても。どうせアイツ何もしないし」
「何を言ってるんですか。戦いの前に魔法を教えてもらわないと」
「ああ、そういえばそうだった」
昨日、夕飯を食べながらアルが言っていたことを思い出す。氷の宝玉を持っているからといって、すぐに上級魔法を使えるわけではない。それなりに練習をしないといけないらしい。
だから、今日はゼスの谷に向かう前に、いつもの稽古場で特訓をすることになっている。
アルはいつもサボっているが、なんだかんだ世話になるな。仕方ない。起こしてやるか。
俺達はアルの部屋に行き、ドアを叩いた。
「おはようございます。アル様」とエミール。
「おはようございます。アル様」と俺も真似して挨拶する。
「気持ち悪いな」とアル。「ゼラまでアル様って言うな」
「アルは俺のことゼラ様って呼んでもいいぞ」
アルが無視して、エミールに尋ねる。
「昨日言ったことは覚えてるか? 朝食を取ったらすぐに特訓を始めるぞ」
「はい。頑張ります!」
「俺は見てるだけでいいよな?」
「何を言ってる。ゼラも弓の稽古をすればいいだろ」
「しばらくしてないから嫌だ」
「なんだその言い訳は! そんなもん理由になるか!」
三人で話ながらレストランへ。そこで食事を取った後、稽古場の原っぱに移動した。
さっそくアルが指導を開始する。
「今から教える魔法の名前はギアフリンガだ。氷属性の上級攻撃魔法で、エミールがゼス戦で使った中級魔法、ギアスパエラの上位種だ。二つはよく似ているから、習得にさほど時間はかからないだろう」
エミールがおどおどと言う。
「そんなプレッシャーをかけるようなこと言わないでください。もしかしたら、今日一日で習得できないかも……」
俺はエミールを励ました。
「大丈夫だって。もし習得できなくても、アルの指導が下手なせいにすればいいんだから。それに、そうなったら今日一日仕事をサボれるし」
「そうはさせないぞ」とアルが怖い声で言う。「ゼラは絶対にサボらせないし、オレの指導は上手い」
「自分はサボってるくせに!」
「それより時間がもったいない。早く始めるぞ。まずは指輪の魔力を試しに使ってみてくれ。やり方は杖とほとんど同じだ。当然、杖と違って、氷の宝玉は氷魔法にしか使えないがな」
「では、下級魔法で試してみます。ギア」
エミールが呪文を唱える。すると、エミールの杖の先にに、白い煙のようなものが渦巻いた。いかにも冷たそうな感じがする。
魔法を解除すると、エミールは驚いた様子で言った。
「すごい……全然感覚が違います。発動する速さも、質の高さも」
「そりゃ良かった」とアルが微笑む。「あの魔道具屋の店主、なかなか腕がいいらしいな」
「やっぱり、元凄腕の冒険者なのかな」と俺が口を挟む。
アルがさらっと流して言う。
「さあな。さて、次はさっそく上級魔法を使ってみてくれ」
エミールが戸惑いながら答える。
「は、早くないですか!? いきなり使えと言われても無理ですよ。呪文だけ知ってても、具体的なイメージができないと」
「心配するな。さっき言っただろ? ギアスパエラとほとんど同じだって。あれの威力をより高めたのがギアフリンガだ。ギアスパエラと同じイメージで氷の球を出せばいい。ただし、当然注ぐ魔力は増やしてくれ。指輪の力を最大限使ってな」
「分かりました。やってみます。えっと、ギアフリンガ!」
呪文を唱えると、杖の先に氷球が現れ、宙に浮かんだ。ゼスとの戦いの時に見た物と似ている。というか、ほとんど同じだ。
アルが首を振る。
「全然ダメだ。やり直し」
魔法が解除され、氷球が白い冷気となって空気中に霧散する。エミールが尋ねた。
「いったい何がダメなんですか?」
「もっと大胆に魔力を使え。エミールは無意識に魔力を制限している。もしかして、指輪の魔力がもったいないと思ってるんじゃないか?」
「は、はい。なるべく温存したいと思ってます。これからも使わないといけないので」
「それは無用な心配だな。宝玉の魔力量は普通の魔石を遥かに上回る。節約せずとも、そう簡単には切れないさ。見た目の小ささに惑わされるな」
「分かりました。では、次は全力で魔力を注ぎます。ギアフリンガ」
杖の先に冷気が集まり、氷の球が形成される。今度の球はデカかった。さっきの2倍、3倍の大きさへと膨れ上がっていく。
これはいかにも威力が高そうだ。今度こそ合格だろ。
俺はそう思ったのだが、アルは首を振った。
「全然ダメだ。やり直し」
エミールが残念そうな顔をして魔法を解除する。巨大な氷球が一瞬で霧散する。が、氷の魔力が多すぎるからだろう。空気中に溶けきらず、辺りに白い冷風が爆発的に吹き荒れた。
「冷たい冷たい冷たい!」
まるで降り積もった雪に飛び込んだかのようだ。全身が凍り付きそうになり、冷たいを通り越して痛い。急いでその場から逃げる。
エミールも俺の後を追って走ってくた。
「なんでエミールもこっち来るんだよ!」
「私だって寒いんです!」
「じゃあコントロールしろよ!」
「できるならやってます!」
20メートルほど走り、ようやく寒さが収まった。
まったく、たいした威力だ。でも、どうしてアルは『全然ダメ』と言ったのだろう。
そう思ってアルがいる場所を振り返るが、そこには誰もいなかった。あれ、どこに行ったんだ?
その時、後ろから声がした。
「魔力量を増やせばいいというものではない」
「うわぁっ」
「きゃっ」
二人とも驚いて声を出す。
俺は怒って言った。
「驚かすんじゃねーよ! てか、どうやって瞬間移動したんだ!」
「ゼラ達と一緒だ。走った」
「後から来てなんで俺達の進路方向に立ってんだよ!」
「言わないと分からないのか? 追い越したからだ」
「ムカつくな! それならもっとドタドタ走れよ! びっくりするだろ!」
「すまん。で、さっきの続きだが――」
アルは本当に反省しているのか分からない態度で指導を続けた。
「ただ指輪の魔力を注ぐだけだと、さすがに魔法の本質は変わらない。あれだと、ただ大きくなっただけのギアスパエラだ。ギアスパエラとギアフリンガ、二つはたしかに似ているが、まったく同じというわけではない。呪文が違うように、魔法の本質も違うわけだ。呪文を唱えた時、ギアスパエラとの違いを感じなかったか?」
「はい」とエミールが頷く。「魔力の動きが微妙に違いました」
「よし。エミールはやはりセンスがあるな。その動きに任せるんだ。魔法は呪文が助け、導いてくれる。術者はそれに従うだけでいい。下手にコントロールしなくてもいいんだ。ただし、魔力を注ぐことは怠るなよ」
「分かりました。もう一度やってみます」
エミールは一旦深呼吸し、静かに呪文を唱えた。
「ギアフリンガ」
杖の先に冷気が集まり、氷球が現れる。が、その氷球はなんとも小さかった。直径は10センチくらいで、ギアスパエラの三分の一くらいしかない。
なんとも見た目は弱そうだが、それでいて美しい。まるで氷の宝玉のような見た目だ。
アルが満足そうに言う。
「よくやった。それがギアフリンガだ」
エミールが嬉しそうに言う。
「これが上級魔法。夢みたいです。私が上級魔法を使うだなんて……」
「気を抜くなよ」とアル。「さっきの失敗作とは物が違う。適当に解除すると、ここら一帯が氷付けになる」
俺は慌てて尋ねた。
「何!? じゃあどうするんだ?」
「できるだけ上空に移動させてから解除すればいい。空を飛ぶゼスに命中させるつもりやるんだ」
「はい」
エミールが力強く返事をする。が、氷球の動きは弱々しかった。動きがなんとも不安定で、前後左右に揺れながら上昇する。まるで風に吹かれる綿毛のようだ。
俺は落下するのではとヒヤヒヤして尋ねた。
「お、おいエミール。なんであんなフワフワしてるんだ?」
エミールが眉間に皺を寄せながら答える。
「コントロールが……難しくて……」
「おぉ落とすなよ。絶対落とすなよ!」
「分かってますから、話しかけないでください。集中力が切れます」
「うっ、ごめんなさい」
「もし落ちたらゼラのせいだからな」とアル。
「なんだと! そんなこと言うなら落ちてもアルだけ助けてやらからな。俺とエミールだけで裏世界に逃げてやる」
「ふっ、こっちからお断りだね。オレは裏世界が嫌いだって言ってるだろ」
「なんだとこの野郎! 分かった。じゃあ何が何でも裏世界に沈めてやる。あの氷の球が落ちなくてもな!」
二人で言い合いをしていると、エミールに怒鳴りつけられた。
「二人ともうるさいですよ! 静かにしてください!」
エミールに怒られたのなんて初めてだ。しゅんとして謝る。
「ごめんなさい」
「……ごめんなさい」とアルも謝る。
意気消沈して空に浮かぶ氷球を眺める。動きは未だに不安定だ。前後左右に揺れているだけではなく、偶に下に落ちるのでヒヤリとする。が、そのまま落下はせず、なんとか持ち直して浮上する。
見ていてドキドキした。じれったい動きを見せながらも、氷球は徐々に高度を上げ、だいたい10メートルの高さにまで達した。小さいので見失ってしまうそうになる。
「そろそろいいだろう」とアル。「そこで解除させてくれ。落ち着いて、ゆっくりな」
「了解です」
エミールが杖を空に向けてかざす。すると、氷球が一切音を立てることなく砕け散った。それとともに、もうもうと白い冷気が溢れだし、頭上から降り注ぐ。
冷気は日の光に照らされ、キラキラと光った。まるで雪のように美しい。
俺は見とれて言った。
「綺麗だなぁ。ありがとうエミール。いいもの見せてもらったよ。さ、帰ろっか」
「言うと思った」とアルが溜息をついて、「特訓の目的を忘れるな。今日こそゼスを倒すぞ」
「倒すぞって、アルは何もしないだろ!」
「そう願いたいな。オレが動くってことは、二人が危険な状態に陥るってことだ」
「いつも危険ですぅー。常に助けてくださぁーい」
アルが無視してエミールに言う。
「もっと習得に時間がかかると思ってたが、予想以上に早かったな。やはりエミールは筋がいい。これなら今日中にゼスを倒して帰ってこれるぞ。さ、馬車乗り場に行こう」
「はい!」と、エミールが張り切った声で言う。
新技を使いたくてウズウズしているのだろう。
が、俺はたいしてやる気はない。皮肉を混ぜてアルに返す。
「仕方ない。何もしないアルの代わりに、俺がエミールを守り抜きますか」
「その意気だ。攻撃はエミールに任せればいい。ゼラは守ることに専念しろ。何もしないオレの代わりにな」
「はい!」と、俺はあえて力強く答えた。
三人で原っぱから馬車乗り場に向かう。三日連続、バトゥーハへの長旅だ。
お尻の痛みに耐えながら目的地に到着。そこで昼食を取って山へ。
麓の番兵に「今日こそは仕留めますよ」とアルが無責任なことを言い、それを苦々しく思いながら山を登る。
山頂の谷に着いた。さぁ、出てこいゼス。
絶壁と断崖の間を通る道を歩く。すると、あの忌まわしい鳴き声が聞こえてきた。
鳥と猛獣を混ぜたかのような咆哮。空を見上げると、そこには奴の姿があった。巨大な翼をはためかせ、悠々と空を飛んでいる。崖から落とした後の弱々しさは無い。もう傷は完治したのだろう。
敵がこちらに向かって飛んでくる。だが、前回のように突進はしてこなかった。こちらの攻撃を警戒し、地面に降りてこない。10メートルほどの高さを維持して、こちらを見下ろしてくる。前回、攻撃の応酬をした時と同じ間合いだ。この距離で敵は火炎攻撃を放ってきた。今回もそのつもりだろう。
敵が俺とエミールを睨む。その目には怒りが滲んでいるように思えた。
敵の口に、火花がほとばしる。
「来るぞエミール!」
俺が叫ぶと同時に、敵の口から火球が放たれた。
《②に続く》




