カエル狩 ②
「あの、実は俺達があなたの巣を攻撃したのには理由がありまして、あなたが持つ氷の宝玉が欲しいんですよ。この近くの谷にいるゼスを倒すために必要なんです」
「グワァ、ゲコゲコ」
相手が頷きながら返事をする。なんとなく「あー、はいはい」と言っている感じがする。分かってくれているようだ。
俺は相手の反応に手応えを感じ、交渉を続けた。
「それで物は相談なんですが、あなたが持つ氷の宝玉を譲っていただけないでしょうか? もし譲っていただければ、無駄な争いをせずに済みます。もちろん、タダでとは言いません。お金もいくらかお渡ししましょう。どうでしょう?」
「グゥー……」
バラフビャクトは悩ましげに腕を組んだ。こちらの条件を呑むか迷っているのだろう。
しばらくすると、バラビャク(略)は腕を解き、俺の顔を見上げた。結論が出たようだ。
「ゲーコ、グワグワ」
そう言いながら両手を上から下へと動かすジェスチャーをする。どうやら俺にしゃがめと言っているらしい。
もしかしたら宝玉をくれるのかもしれない。俺はその場に膝をつき、バラビャクと同じ目線になった。
バラビャクがこちらに歩み寄ってくる。俺は宝玉を受け取ろうと、両手で受け皿を作って待った。
バラビャクがすぐ目の前まで来て立ち止まる。そして、俺の左頬に衝撃が走った。
バチィンという音が静かな山に響き渡る。バラビャクにビンタされたのだ。俺は痛みに呆然としつつ、右に向けられた顔面を前方に戻した。
「グワァ、ゲコ、ゲ」
バラビャクはそう吐き捨て、自分の巣穴に戻っていく。
「この野郎……」
俺の心にふつふつと怒りが湧いてきた。こっちが平和的に解決しとうとしたのに、いい気になりやがって。
俺は敵の背中に向けて弓を構え、即座に矢を放った。距離が近いので危なげなく命中する。が、矢は刺さらず地面に落ちた。矢が当たった箇所を見ると、いつの間にか分厚い氷が張っている。さらに、氷の範囲が見る見るうちに広がっていき、敵の体が覆い尽くしていった。あっという間に全身が氷の鎧で覆われる。
そして、敵は俺の方を振り向き、「はぁー」と溜息をついた。『やれやれ』と露骨に呆れている感じだ。
「カエル風情がなめやがって!」
俺はまた矢をつがえた。敵は氷の鎧で矢が効かなくなっているが、これならどうだ。
「オクスヘッツ」
呪文を唱え、矢の先端に闇の魔力を溜める。オクスヘッツは魔法を無力化する。氷魔法で作られた鎧であれば貫通するかもしれない。
胴体を狙って矢を放つ。が、敵は軽やかに飛び跳ねて矢を避けた。それだけではない。空中で長い舌を伸ばし、俺の胴体に巻き付けてきた。
「何!?」
突然のことで反応できない。まさか、敵は俺を食うつもりなのか!? あんな小っさいのに!?
混乱していると、エミールが魔法を放った。
「ボアレイル!」
炎の線が長い舌に向かって伸びていく。敵は炎が当たる直前で舌を戻した。
敵の狙いは分からなかったが、とりあえずエミールにお礼を言う。
「ありがとうエミール」
「危なかったですねゼラ様」
危なかった? いったい何が?
不思議に思い、ふと舌が巻き付いていた胴体を見ると、なんとそこには分厚い氷が張っていた。レザータチョッキのおかげで冷気を防げたようだ。久しぶりに役立ったな、このチョッキ。これが無ければ皮膚も凍っていたかもしれない。
意外と恐ろしい攻撃だったが、次はこっちが反撃する番だ。魔法の炎線は逃げる敵を追跡し、どこまでも追いかけ回す。が、敵はそれを軽々と避けた。地面を飛び跳ねるだけではなく、木から木へと幹を蹴って飛び移り、炎の追跡から器用に逃れている。
炎線は一向に当たる気配が無い。しかも、敵は飛びながら反撃もしてきた。エミールめがけて口から透明な液体を吐き出してくる。エミールがそれを避けると、液体は地面に付着し、その部分が忽ち凍り付いた。しかも、表面に張った氷が、徐々にその範囲を広げていく。
敵は何度もエミールを狙って液体を吐き出した。たいして速くないので避けるのは簡単だが、地面がどんどん凍り付いていく。
そして、気づけば周辺の地面がすべて氷で埋めつくされていた。斜面なので体が下へと滑ってしまう。
「うわわわわわ」
俺は慌てて近くの木に掴まった。これでは敵の攻撃を上手く避けられない。
心配しながらエミールを見る。エミールは木から木へと滑りながら移動し、敵の攻撃を避けていた。が、攻撃を避けているのは敵も同じだ。
これでは埒が明かない。なんとかして敵の動きを止めなければ。となれば、打つ手は一つだ。
俺はエミールに作戦を伝えた。
「エミール、炎魔法を中断して眠り魔法を使ってくれ」
「で、ですがゼラ様、敵との距離が遠すぎます。もっと近づかないと」
「裏世界を経由して近づく。一旦影に潜るぞ」
「了解」
俺は自分とエミールを同時に影に沈めた。二人で裏世界に移動する。
俺はエミールの元まで泳いで移動し、その手を取って作戦の続きを伝えた。
「敵が張り付いている木の根元にゲートを開いて、そこから眠り魔法をかけよう。あそこまで近づけば大丈夫だよな?」
「はい、問題ありません」
「よし、じゃあ近づくぞ」
俺は木の根元にゲートを開き、二人でゲートの真下まで泳いだ。
到着すると、俺はゲートから頭を出し、敵の位置が変わっていないか確認した。すると、木に張り付いていたはずの敵がいなくなっていた。
クソッ、どうやら居場所を変えたようだ。どこだ?
周囲をキョロキョロと見渡す。が、木の幹にも、凍り付いた地面にも、敵の姿は無かった。
まさか逃げたのか?
もしそうだった場合、裏世界にいても無駄に魔力を消費するだけだ。
俺は仕方なく地上に出て、エミールを引き上げた。そして、一部始終を突っ立って見ていたアルに尋ねる。
「なあ、アル。敵はどこに行ったんだ。逃げちゃったのか?」
「逃げたというより、帰ったな」
「帰った? そりゃどういう……あっ!」
俺は敵の巣穴を見た。まさか……。
「あの野郎! 巣穴に戻ったのか!」
「そうだ」
「そうだ、じゃなくて止めろよ! 何ボサッと見てんだ!」
「そこまでしてやる義理は無い。自分達でなんとかするんだな」
「あー、しますよ。そうするしかないからな!」
俺は巣穴を睨んで考えた。
あのカエル野郎め。つくづくこっちを馬鹿にしてやがるな。普通、敵を前にして帰宅する奴がいるかね。余裕ぶりやがって。
とにかく、穴に引っ込まれればやることは一つ。エミールの炎魔法でまた外に出してやろう。
問題はその次だ。また同じ事を繰り返しても意味が無い。何かを変えなければ。
……そうだ。穴から出た瞬間に眠り魔法をかけてやるのはどうだろう。おそらくだが、敵は炎魔法から逃げるため、さっきと同じ穴から出てくる可能性が高い。わざわざ違う穴を掘り進めるのは手間だろうし。
となれば、敵の動きを先読みできるから、地上に飛び出してきた瞬間を狙って眠り魔法をかけてやればいい。
よーし、試してみよう。
俺はさっそくエミールに新しい作戦を伝えた。
「エミール、次は穴から出てきた時を狙って眠り魔法を使おう。さっき巣穴を炎魔法で攻撃したら、こっちの穴から逃げてきただろ? だから次やってもここから出てくると思うんだ。そこですかさず眠り魔法をかければいい」
「分かりました。でもゼラ様。本当に同じ穴から逃げ出してきますかね。違う穴を掘って逃げるのでは?」
「その時はその時だよ。完璧な作戦なんてあるわけないんだから、これくらいで妥協しないと」
「それもそうですね。分かりました。やってみましょう」
エミールは巣穴の前に立ち、呪文を唱えた。
「ボアレイル」
炎線が穴の奥へと伸びていく。
「ぎゃああああああああ」
また敵の叫び声が聞こえてきた。ふんっ、勝手に帰宅した罰だ。たっぷり苦しむがいい。てか、敵も馬鹿だな。なぜ同じ事をされると考えてないのか。まあ、こっちにしては都合がいいけど。
さて、そろそろ敵は地上に向かって逃げている途中だろう。眠り魔法の準備をしないと。
「エミール、もう炎魔法は止めていいよ。こっちの穴に来て、眠り魔法の準備をしてくれ」
「了解」
エミールは魔法を中断し、巣穴から離れ、もう一方の穴の側に立った。
ここから敵が飛び出してきた時が運の尽きだ。氷魔法で眠らせた後、炎で鎧を溶かして、目覚める前に俺の矢をお見舞いしてやる。
俺は弓に矢をつがえ、トドメを刺す準備をした。一応、オクスヘッツを唱えて矢を強化しておく。
それから、あまり近くにいても逆に矢を当てずらいので、穴から2メートルほど離れた位置に立った。
準備は万端。いつでも来やがれ。
そう思った時、地面から奇妙な音がした。ピシッと氷にヒビが入る音が……。
「ハウ!」
突然、エミールが何か叫んだかと思うと、俺の前から突風が吹きつけた。
「うわっ」
風に吹かれて後ろに滑り、バランスを崩して尻餅をつく。その瞬間、俺が立っていた地面から、分厚い氷を貫いて敵が飛び出してきた。敵の両手には鋭い氷の刃が光っている。
俺の予測はまんまと外れ、敵は既に掘っていた穴とは違う場所から飛び出してきた。しかも、同時に攻撃まで仕掛けてきた。それをエミールが風魔法で守ってくれたのだ。
俺としては情けない話だが、俺が穴の近くに立っていたおかげで、敵が飛び出した地点も穴から近い。作戦は問題なく続行できる。
エミールが眠り魔法の呪文を唱えた。
「ヒュプ――」
だが、呪文の途中で、敵が空中から攻撃を繰り出した。口から長い下を伸ばし、エミールの首に巻き付ける。
「ぐ、あ……」
首を絞められ、エミールが苦しそうに呻いた。呪文を唱えられないみたいだ。
「離せ!」
俺は着地したばかりの敵に矢を放った。だが、敵は軽々と飛び跳ね、オクスヘッツで強化した矢を避ける。
最悪の結末が頭を過ぎった。このままだとエミールの首が凍り付いて死んでしまう。いや、その前に魔王化して大変なことに――。
俺は必死でエミールを救う方法を考えた。そうだ。この際、矢を放つ必要はない。矢は手に持って、エミールの首に巻き付いた舌に直接突き刺してやろう。
考え終わると同時に右手で矢を掴み、左手で側にあった木の幹を押す。エミールに向かって体が滑っていく。その勢いのまま矢の先端を巻き付く舌に向けた。
矢が舌に触れそうになった瞬間、敵はするりと舌を解いた。それを予測していた俺は、エミールに触れる寸前で矢を首から離した。その手をエミールの後ろにある木につき、なんとか衝突と転倒を回避する。
とりあえず舌はなんとかなった。が、エミールはまだ苦しそうにしている。首を見ると、分厚い氷が首の周囲を覆っている。これが首を絞め続けているみたいだ。早くなんとかしないと……。
俺は氷に手をかけ、力ずくで剥がそうとした。
その時、アルの怒声が響いた。
「止めろ! 皮膚ごと剥がれる!」
声がした方を見るが、そこにアルはおらず、一瞬でエミールの隣に近づいていた。
オロオロしている俺にアルが言う。
「エミールはオレに任せて、ゼラは敵に集中しろ」
「で、でも」
「ルーア」
アルは俺を無視して呪文を唱えた。水の球が現れ、エミールの首を覆う。球の中の水流が氷を徐々に剥がしていた。
そうだ、俺は何を心配しているのだろう。アルに任せれば大丈夫に決まってるじゃないか。そんなことよりも、自分の心配をしなければ。
俺は敵がいた方に視線を戻した。ところが、敵はどこにもいなかった。
また巣穴に戻ったのか? いや、さすがにそれはないだろう。だとすれば……地下か!
足下から奇妙な音がする。氷にヒビが入る音だ。
やはり敵は地下から氷の刃で攻撃してくるつもりらしい。それなら……。
俺は攻撃を回避するため、足下にゲートを開いた。体が影に沈み、裏世界に移動する。こうすれば、俺は敵の攻撃に当たらないだけではなく、地下から地上に飛び出そうとしていた敵も、ゲートを通って裏世界に移動するはずだ。
俺は裏世界に出た後、頭上に開いたゲートの裏側を見た。案の定、そこには敵の姿があった。
敵は突然のことに呆然としている様子で、何もせずぷかぷか浮かんでいる。
しめた。これならオクスヘッツの矢を当てられる。
俺は弓を構え、呪文を唱えた。
「オクスヘッツ」
すると、敵は俺の声に気づき、一目散に逃げ出した。カエル泳ぎでその場から離れていく。
俺はとりあえず矢を放った。闇の魔力を伴った矢が敵に飛んでいく。動いている的に矢を当てる自信は無い。が、矢は運良く命中した。敵の腹辺りに矢が当たる。
が、氷の鎧が砕けることは無かった。刺さらなかった矢をその場に残し、敵だけがぐいぐい遠くへと泳いでいく。
たとえ魔力で作られた氷でも、オクスヘッツで貫くことはできないらしい。物理的な頑丈さはどうにもできないのだろう。
仕方なく、俺も全力で泳いで敵を追いかけた。が、敵の方が身軽だからか、一向に距離が縮まらない。それどころか徐々に開いている。
このままだと俺の魔力が切れてしまう。仕方が無い。敵を無理やり動かして、外に出すか。
この能力を使うのは久しぶりだな。そう思いながら、俺は敵をこちらに引き寄せるイメージをした。裏世界を満たす魔素が魔力に変換され、敵の周囲を覆う。
以前の俺は原理も分からずこの能力を使っていたが、魔法が使える今の俺なら分かる。頭で理解しているだけではなく、感覚的にも魔力の発現と動きが実感できた。
俺は魔力をコントロールし、敵の前方から後方へと流した。すると、まるで川に流されるかのように、敵が俺の方へと戻ってきた。敵は必死に手足を動かして泳いでいるが、魔力の流れに逆らうことはできない。ま、敵はそのことに気づいてすらいないだろう。周囲の景色が一切変わらないのだから。
地上ではどうだか知らないが、裏世界では俺の方が上だ。完全に敵を手玉に取ることができている。
さてと、じゃあ近場の影にゲートを作って、コイツを地上に出すとしますか。俺の魔力が切れる前に。
……ん? あれ、別に出さなくてもいいじゃん。むしろ出さない方がいいな。どうしてもっと早くに気づかなかったんだろう。俺としたことが。
俺は新しい作戦を思い付き、ゲートを開いた。
《③に続く》




