ドラゴン ③
さーて、まずはどうやって敵の飛行能力を無くしてやるかを考えよう。谷底に落とす方法はその後だ。いい魔法がないかエミールに訊いてみよう。
「エミール、敵の動きを封じる魔法ってないのか? 雷魔法以外に」
「動きを封じると言えば氷魔法です。ですが、私の魔力では、あの巨体を氷付けにすることは難しいかと」
「それだ! 別に全身を凍らせなくてもいい。翼の付け根だけでいいんだ。しかも片方の。そこさえカチコチに固めれば落下する。で、その攻撃はあそこまで届くのか?」
「はい。氷魔法なら届きます」
「よし。じゃあ、後は谷底に落とす方法だな……」
第一の関門はあっさりクリア。次の関門は谷底に落下させることだ。いきなり谷底に落とすのが無理なら、一旦道に落としてから崖の外に出せないだろうか。
地魔法でこの道を斜面にするとかできないかな。そうすれば敵は谷底に転がっていくかも。
いや、さすがに無理だろうな。形を変える範囲が広すぎて、莫大な魔力が必要になる。なんせ、地面を2メートル突出させるだけで中級魔法なんだからな。
……ん?
俺は視線を敵から地面へと移した。さっきエミールが出した岩のトゲが伸びている。その先端は敵に向けられていた。
「これだ!」
俺は作戦を閃き、エミールに伝えた。
「エミール、いいこと思い付いたぞ! さっきの地魔法を活かそう。谷底に落とさなくても、あの岩のトゲの上に落とせば、今度こそぶっ刺さるかもしれない」
「了解です!」
よしよし。幸い、敵は最初に飛んでから、その位置を変えていない。今落とせれば、真下のトゲに刺さる。巨体の重みに落下の勢いが加われば、さすがのドラゴンでも貫ける……はずだ!
さっそく作戦を実行する。が、その前に、敵が動いた。今度は火球ではなく、いきなり炎線を放ってくる。しかも、なぜか俺とエミールを狙っていなかった。炎線が俺達の背後へと放たれる。
どういうことだろう。アルを狙ったのか?
そう思って振り返るが、炎線はアルではなく、俺達とアルの間に放たれていた。そして、炎線が走った地面には炎が残り、1メートルほどの高さまで燃え上がった。
敵は炎線を俺達をぐるりと囲むように放ち、気づけば炎の檻に捕らえられていた。檻の直径は約2メートル。これで逃げ場がぐっと少なくなった。
エミールが不安そうに言う。
「ど、どど、どうしましょうゼラ様」
「ええい、小癪な。さっさと敵を落としてしまえばいいだけだ。早く氷魔法を」
「了解。ギアスパエラ」
杖の先端から氷の球体が浮かび上がる。直径30センチくらいの氷球は、氷の棘で覆われていた。それが敵に向かって飛んでいく。
すると、敵は攻撃を防ごうと、氷球めがけて火球を放った。エミールがとっさに杖を振り、氷球を動かす。氷球はすんでのところで敵の攻撃を躱した。そして、そのまま敵に着弾。左の翼の付け根に当たり、その部分が瞬間的に氷で覆われた。氷はツララのように尖っており、凍り付く範囲が急激に広がっていく。結果、敵の左肩から翼の中程にかけてが、何本もの美しいツララに覆われた。
狙い通り、敵は翼が動かせなくなり、その場から落下。地面には岩のトゲが待ち構えている。
貫け貫け貫け!
心で念じながら成り行きを見守る。敵はまっすぐ落下し、体がトゲに触れそうになった。が、次の瞬間、とっさに腕を払い、トゲを粉砕した。
作戦は失敗。落胆したのも束の間、敵はトゲを壊した反動で横に飛び、崖の外に追い込まれた。片手で崖際を掴み、ぶら下がっている。
俺は考えるより先に叫んでいた。
「エミール、雷魔法で落とせ!」
「ドラブロンテ!」
エミールが即座に呪文を唱える。敵の体を雷の脈が包み込んだ。
敵が苦しそうに咆哮する。そして、巨体を支えていた手を離し、谷底に落下した。
崖の高さは50メートルくらいある。さすがのドラゴンも死ぬはずだ。
「やったあああああああ」
俺は嬉しくて叫び、エミールの手を取った。
「ついにドラゴンを倒したぞ。やったなエミール」
「はいゼラ様」
二人で両手を取り合い、子供のように飛び跳ねる。はしゃぎにはしゃいでいると、ドスンッという轟音が地響きとともに伝わった。敵が地面に衝突した音だ。
跳ねるのを止め、崖の方に目を向ける。敵の死体を確認したいが、炎の檻は燃え続けていて、崖下を覗きに行けない。
俺はエミールの手を離して言った。
「この炎、いつ消えるのかな」
「水魔法で消してみましょう。ルアミネル」
呪文を唱えると、どこからともなく水が集まり、水球がいくつか浮かんだ。それらが一斉に炎へ落下する。ジューッと音を立て、炎は無事に消え去った。
俺はさっきから気になっていたことを尋ねた。
「さすがだなエミール。ところで気になってたんだけど、どうして何もないところから水を出せるんだ? 水魔法は水を動かす魔法でしかないんだろう?」
「水は空気中にも含まれているんですよ。細かすぎて目に見えないだけで。それを魔法で一箇所に集めてるんです」
「空気に水? それほんとか? 信じられないな」
「本当ですよ。ほら、水を沸騰させたら湯気が出ますよね。で、湯気は空気に溶けて見えなくなります。あれは空気中に水分が細かく散っているからなんです」
「あー、なるほどねぇ。そんなこと考えたこともなかった。そうか、空気には水がたくさんあるのか。面白いな」
「ゼラ様、そんなことより敵を確認しましょう」
「あ、ああ、そうだな」
俺は崖際に立ち、谷底を覗き込んだ。目眩がしそうになるほど高い。落ちるのが恐ろしくて、すぐさましゃがみ込んだ。エミールも地面に手をついて下を覗く。
崖の下は森になっており、木々が鬱蒼と生い茂っていた。それに隠れて、肝心の敵の姿は見えない。
「うーん、見えないな。こりゃ下にいって確認するしかなさそうだぞ」
エミールが張り切った声で言う。
「はい。早く死体から炎の宝玉を回収しましょう!」
「……エミールはそればっかりだな。そんなに欲しいのか?」
「当たり前です。だって上級魔法が使えるようになるんですよ。欲しいに決まってます!」
「そ、そうだな」
俺も戦いに勝てて嬉しいが、若干エミールのテンションについていけない。俺にもご褒美があれば喜べるんだけど。ま、でもいっか。今回頑張ったのはエミールだし。俺ほとんど何もやってないからな。ご褒美を貰おうってのは贅沢だ。報酬の分け前だけで満足しないと。
崖際から離れて立ち上がる。そのままアルの元へと行き、勝利を自慢した。
「へへん、ついにドラゴンに勝ったぜ。すごいだろ、俺の戦略は」
だが、アルは喜ぶ様子もなく、淡々と言った。
「本当に勝ったのか?」
「え? どう見ても勝ちだろ。あんなところから落ちて生きてるわけない。………わけないよね?」
途中で不安になって尋ねる。アルは思案げな顔で答えた。
「オレにも分からん。ドラゴンを崖から落としたことなんてないからな。死んでいてもおかしくないとは思う。ただ、奴らの生命力は異常だ。もしかしたらまだ生きているかも……」
「いやいやいや、考えすぎだって。仮に生きてたって虫の息だよ。それならそれでサクッとトドメを刺せばいい。だから、さっさと下に降りようぜ。そんでエミールが欲しがってる炎の宝玉を――」
「ゼラ様!」
突然、エミールの悲鳴に近い叫びが響いた。驚いて後ろを見る。崖を覗き込んでいたエミールが立ち上がり、杖を構えて言った。
「敵が来ます!」
「何!? どういうことだ! まさかまだ生きて――」
俺の問いに答えるかのように、崖下から敵の姿が現れた。凍り付いていた片翼の付け根は元に戻り、悠々と羽ばたいている。
「嘘だろ……」
俺は思わず呟いた。あそこから落ちてピンピンしてやがる。こんな化け物、どうやって殺せって言うんだ。こんなの無敵じゃないか……。
呆然と敵を眺めていると、違和感に気づいた。口元が妙に赤い。元々鱗に覆われた部分は赤いのだが、それ以外の部分まで赤く染まっていた。
これは、血だ。奴は血を吐いている。よく見れば、喉元にも血が付着した跡があった。
相当弱っている証拠だ。これならまだ勝機がある!
と、思ったのだが、敵は俺とエミールを恨みが籠もった目で睨んだだけで、そのまま上空へと飛んでいってしまった。攻撃してこないまま、遠ざかって見えなくなる。
「なんだあの野郎、ビビらせやがって」
俺が吐き捨てると、アルが言った。
「逃げられたんだ。敵は傷を回復させない限り、戻って来ないだろうな」
「何!? じゃあ、依頼はどうなる!」
「もちろん、このままだったら失敗だ」
「そんな! せっかくあそこまで追い詰めたのに!」
「そうだな。さて、どうする?」
「どうするたって、敵の巣を探すしかないだろ」
「それは難しいと思うぞ。敵の巣がこの広大な谷のいったいどこにあるのか分からない。しかも、仮に見つけられたとしても、また敵に逃げられるだけだ。そして、俺達を警戒して二度とその巣に戻って来ない」
「問題ばっかり並べんじゃねーよ! 結局どうすればいいんだ!」
「一番簡単なのは、敵の傷が回復するのを待って、またここで対峙することだな」
「それのどこが一番簡単なんだ! 敵の傷が回復したら追い詰めた意味が無くなる。それに回復するまでいったいいつまでかかるんだよ! 依頼のタイムリミットはたしか三日間だったはずだぞ!」
「心配するな。ドラゴンの生命力は人間とはかけ離れている。見たところ、敵は落下の衝撃で大怪我を負っている様子だったが、一日もすれば完治するだろう」
「一日! たったそれだけで完治するのか。やっぱ化け物だな」
「ああ。ドラゴンはあらゆる点で他のモンスターと別格だ。さて、戦いは実質振り出しに戻った。次はどうやって戦う?」
「うーん……」
俺は頭を抱えた。今回、敵を谷底に落とせたのは、はっきりいって偶然だ。次に同じ事をやっても上手くいかないだろう。ただでさえ敵は頭がいいから、警戒するだろうし……。
俺は隣に来たエミールに尋ねた。
「エミールはなんかいい考えある?」
エミールが落ち込んだ様子で首を振る。
「ありません。私が使った攻撃魔法はどれも中級でしたが、傷を与えることすらできませんでした。他の攻撃魔法を使っても、通用するとは思えません」
「だろうな」と、アルも無慈悲に同意する。
俺は怒って文句を言った。
「だろうな、じゃねーよ! サボってた奴が偉そうに言うな! せめてもっと助言めいたことを言え!」
「いいだろう。奴の弱点を教えてやる」
「ほんとか! てか、おせーよ! 最初から教えやがれ! 何回か死にそうになっただろーが!」
「最初から教えたら訓練にならない。ヒントは二人が頑張ったご褒美だ」
「ふんっ、その剣で敵を切ってくれた方がご褒美なんですがね。それで、弱点ってのはなんだ?」
「氷魔法だ。ドラゴンは熱に強い分、体温の低下には弱い」
「ふーん、なるほど。じゃあ、翼への氷魔法はかなり有効だったってことだな。エミール、あの氷魔法、連続でどれだけ撃てる?」
「そうですね……せいぜい五回でしょうか」
「五回か……」
正直、それだけだと敵の巨体を氷付けにできるとは思えない。胴体だけに攻撃を集中させたとしても、その半分も氷で覆えないだろう。しかも、その間に炎を吐かれて、氷を溶かされたら意味が無い。
「うーん、氷魔法で倒すのは難しそうだな」
「はい」とエミール。「私の魔力では無理かと」
「降参か?」とアルが挑発的に言う。
「……なんだよ。まるで答えがあるみたいな態度だな」
「答えかどうかは分からないが、対処法が無いわけじゃない」
「回りくどいな! もったいぶらずに言え!」
「オレが全部教えたらつまらないだろ? もっと自分達で考えろ。エミールの魔力で無理なら、どうすればいいと思う?」
「どうすればって……ルネスさんに頼んで倒してもらう?」
冗談で言ったつもりだったが、アルは真面目に受け取った。
「そうだな、他の冒険者の力を借りるという発想は悪くない。場合によっては、それが必要になる時もあるだろう。だが、ルネスさんはもう冒険者じゃない。力は貸してくれないだろう。さあ、どうする?」
「あっ、はい」と、エミールが手を挙げて言った。「新しい魔道具を手に入れたらどうでしょう? 炎の宝玉があれば上級の炎魔法が使えるんですよね? だったら、氷魔法にも同じような魔道具があってもおかしくありません」
アルが頷いて言う。
「そうだ。オレも同じことを考えていた。杖を買った時と同じだ。魔力が少ないなら、魔道具で補えばいい」
俺も納得して言う。
「なるほどな。で、その魔道具ってのはなんだ? あと、どうやって手に入れる?」
「オレも詳しくは分からない。魔術師じゃないからな。専門家に訊いて知恵を借りよう」
「専門家?」
「パレンシアにいる魔道具屋の店主だ。エミールの杖を買った店の。あそこは冒険者御用達だから、店主はきっといい魔道具を教えてくれるだろう」
「じゃあ、ひとまず撤退ってことだな」
「ああ。まずはパレンシアに帰って、戦いの準備をしよう」
というわけで、俺達はリベンジを誓って谷を後にした。
《④に続く》




