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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Bランク編
44/78

ドラゴン ①

 Bランク二日目。ギルドの掲示板前で考える。今日はどれくらいの報酬額を狙おうか。昨日は700ガランで、Bランク最高額が5000ガラン。今までの決め方だと、間を取って3000ガランくらいにするところだが、いきなりそれはリスキーだろう。


 700ガランのフワッピーですらあんなに苦戦したんだ。しかも第三形態への変身を許したら勝てなかったみたいだし。ここは3000のさらに半分、1500くらいで手を打とう。


 というか、もうそんな高額の報酬を狙えるようになったか。1500ガランっていったら、金貨一枚と銀貨五枚だ。ついに俺も金貨をおがめる時が来たんだ。ま、正確には三等分するから、金貨一枚を貰えるわけじゃないけど。


 俺は報酬が1500ガランの依頼を探した。最初に目にとまった依頼書に目を通す。内容はゼスというモンスターの駆除。特にこれといった補足事項は無い。


 名前からしてなんだか弱そうだ。これにしよう。


 一応、アルに意見を訊いておく。


「これにしようぜ」


「ふむ」


 アルは依頼書に目を通した後、小さく笑って言った。


「ふっ、ゼスか。いいんじゃないか」


 俺はその笑みを見逃さなかった。


「なんだその小笑いは!」


「いや、特に意味はない。今まで通りやればいいさ」


「無いわけないだろ。いつもは笑ってないんだから」


「別に大した理由じゃない。気にするな」


「ふんっ、気味の悪い奴め。エミールもいいよな、これで」


 俺は視線をエミールに移した。すると、エミールの様子もいつもと違った。ヘラヘラしているアルとは対照的に、不安そうな表情を浮かべている。


 なんで? とこちらが尋ねる前に、エミールが口を開いた。


「私は、反対です」


「えええええ!!」


 あまりにもびっくりして叫ぶ。突然大声を出したので、他の冒険者達が迷惑そうに俺を見た。受付のルネスさんに至っては、罪人を見るような白い目でこちらを見ている。


「ご、ごめんなさい。大声出して」


 みんなに謝った後、声をひそめてエミールに尋ねた。


「どうしてエミール。今まで一度も反対なんかしなかったでしょ?」


「だって、あのゼスですよ。ゼラ様は知らないんですか?」


「ゼスとゼラって似てるね」


「そんなことはどうでもいいんです! ゼスはとても強いモンスターなんですよ。正直、私達に勝てるとは思えません。アル様が戦ってくれるなら分かりませんが」


「もちろん、オレは戦わないぞ」と、アル。


「そんなこと堂々と言うな! そうか、分かったぞ。だからさっき笑ったんだな。俺達に勝てるわけがないと思って」


「バレたか。ゼラはほんとに賢いな」


「褒めながら馬鹿にしてんじゃねえ!」


 アルに文句を言いつつ、視線を依頼書に戻す。ゼスとやらは相当強いモンスターらしい。いったいどんなモンスターなのだろうか。


 俺は依頼書を剥がさず、めくって裏面を確かめた。描かれたモンスターを見て驚く。それはまさに、ドラゴンだった。赤い鱗に覆われた体に、巨大な翼がついている。目はギラギラとしていて恐ろしく、鋭い牙が並んだ口からは、いかにも火炎攻撃が飛んできそうだ。


 絵を見ているだけでふるえてくる。ドラゴンは強いモンスターの代表だ。実際にこの目で見たことはないが、戦士や魔術師がドラゴンに殺されたという話は何度も聞いたことがある。


 俺は依頼書から手を離し、二人に向き直って言った。


「俺もこの依頼を受けるのは反対だ。賛成しているのはアル一人。よって、二対一で反対派の勝ち。この依頼は受けないこととする」


「待て待て」とアルが止める。


「なんだね、アル。君は多数決で負けたんだ。黙っていたまえ」


「この依頼を受けないとして、どんな依頼を受けるつもりだ?」


「もちろん、報酬の額を下げて、もっと弱そうなモンスターを狙う」


「じゃあランクを下げるのか?」


「いや、さすがにそこまではしない。フワッピーが700ガランだったから、次は750ガランの依頼をこなす」


「刻みすぎだ。まさか、その調子で依頼を三つこなして、Aランクに挑戦しようってんじゃないだろうな?」


 俺は溜息をついて言った。


「はぁ、冗談だって。アルが言いたいことは分かるよ。強敵から逃げてたらダメだってことだろ?」


「その通り。ゼスの依頼を避けていたら、その上は目指せない。Aランクに一生昇格できないんだ。そしたら、潜影族の謎を解けないぞ」


「つってもさあ、ドラゴンに勝てるとは思えないんだよな。エミールだってそうだろ?」


「はい……」


「そんな奴にわざわざ挑んでもねぇ。無駄むだだろ」


「どうしてそう思う? 勝てるかもしれないじゃないか」


「いやいや、さっきアルも自白しただろ。俺達が勝てないと思うから笑ったって」


「オレの予想は絶対じゃない。外れるかもしれないぞ?」


「調子のいいこと言うな! 戦うのは俺とエミールなんだぞ! 無駄で危険な戦いはなるべく避けた方がいい!」


「無駄なんかじゃないさ。仮に負けても、作戦を練り直せばいい。だいたい、今までの戦いが順調に行き過ぎなんだよ。普通は一つの勝利のために、何度も負けを経験するもんだ。勝つために負ける。それが戦いの常道じょうどうだ」


「うーん、ま、たしかにそれもそうだな。あと、アルの言うことだからって過信しちゃいけないし。アルの予想をぶち破ってやるのも悪くない。どう思う、エミール?」


「私も、アル様の意見に賛成です。負けから学べることもあるでしょう。ただ、絶対に生きて帰りましょうね」


「こ、怖いこと言うなよ。こっちまで怖くなるだろ。あと、どうせ戦うなら勝つことを目指そうぜ。それでアルの鼻を明かしてやろう」


「そうですね……」


 んー、戦う前だというのに暗い。もっとやる気を出してもらわないと。


「アル、エミールをはげましてくれよ。こんなに暗いんじゃ、勝てる相手にも勝てなくなる。実はゼスって凄く弱いとか、嘘でもいいから言え」


「ゼラがそれ言ったら意味無いだろ。だが、エミールにいい知らせがあるぞ。もしゼスを倒せれば、炎の宝玉が手に入る」


 エミールが首をかしげて言う。


「なんですか? 炎の宝玉って」


「ゼスの体内から見つかる玉のことだ。炎の魔素が凝固ぎょうこしたかたまりで、これがあれば上級の炎魔法が撃てるようになる」


「す、すごい。アイテムを持つだけで上級魔法が?」


「ま、それなりの訓練を積まないとダメだが、エミールは素質があるからすぐに習得できるだろう。あと一応言っておくが、今俺が言ったことは全部本当のことだからな。気休めの嘘じゃないぞ」


 俺もエミールを励ます。


「よかったなエミール。これで魔術師としてさらに強くなれるぞ」


「そうですね。私もやる気が出てきました。絶対にゼスを倒しましょう!」


「その意気だエミール! じゃあ、この依頼に決定な」


 俺はゼスの依頼書を掴んだ。この時点で緊張し、心臓が高鳴っている。一旦深呼吸し、意を決して依頼書を剥がした。


 それをルネスさんの元へ持っていく。内心、止めてほしいと思っている自分がいた。俺もエミールのように自分をふるい立たせているが、本音を言えば逃げ出したい。優しいルネスさんだったら、危ないからと止めてくれるんじゃないだろうか。


 そう思っていたのだが、ルネスさんには特に何も言われないまま、いつも通り手続きが済んだ。チクショウ。これでドラゴンとの戦いは避けられなくなった。腹をくくるしかない。


 受付から離れようとした時、アルが言った。


「あ、忘れるところだった。ペロンの筒を買っておこう。今回の敵はデカいからな」


「ああ、そりゃドラゴンだし相当デカいだろうな。ルネスさん、ペロンの筒を一本ください」


「でしたら、二本買った方がよろしいかと。ゼスは大きいので、ペロン一頭では運べません。まあ、死体のすべてをギルドに持ち帰る必要はありませんが、素材が高く売れるので、二本買うのがオススメですよ」


「じゃ、じゃあ二本ください……」


「かしこまりました。料金は60ガランです」


 アルがお金をカウンターに置き、筒を二本受け取る。


 ペロンが二頭いないと運べないとか、どんだけデカいんだよ。化け物じゃないか。それを知ってるなら、ルネスさんも止めてくれればいいのに。俺達が死んでもいいのかよ。


 いや、逆か? 俺達ならできると思っているから何も言わないのか? 確かめてみるか。


「ルネスさん、俺とエミールにゼスを倒せると思う?」


「……」


 ルネスさんは黙って俺を見つめた後、こう言った。


「あまり無責任なことは言いたくありませんが、お二人ならできると思いますよ。私は冒険者時代、一人でゼスを倒しました。ゼラさんには私と違って仲間がいるんです。協力すれば、ゼスを倒せる可能性は充分にあります。ご武運を」


「そ、そうだよな。頑張るよ」


 さすが元Aランク冒険者。たった一人でドラゴンを倒しているとは。でも、そんなルネスさんから『できる』と言われたんだ。自信を出せ、俺!


 ギルドの外へ出る。天気はくもり空。今にも雨が降りそうだ。そこで、二人に提案してみる。


「なあ、雨が降りそうだし、今日は休みにしないか?」


 アルが先を歩きながら言う。


「なんでそうなる。今までだって曇りの日はあっただろ」


「だって不吉な感じがするだろ? これから強敵と戦うってのに」


「ほう、潜影族は曇りが不吉だと考えるのか。面白い風習だな」


「いや、そんな風習は無いけど」


「無いのかよ! ビビってるだけじゃねーか! エミールをやる気にさせろとか言っておいて、結局自分が一番怖がってるじゃないか」


「そうですよゼラ様。そんなに怖がってたら勝てる相手にも勝てなくなります」


「お、俺だって怖がりたくて怖がってるわけじゃないもん」


「言い訳になるか」


 初っぱなから言い合いをしながら馬車乗り場へと向かう。敵は谷に生息しているらしく、その谷はバトゥーハとザザルという二つの町を結んだ場所に位置している。俺達は馬車でまずバトゥーハに行くことなった。


 道のりは長く、中継地としてミルグで降りた。馬が疲れているので、そこから違う馬車に乗り換える。目的地に到着する頃には、出発してから五時間も経過していた。


 時間が経ちすぎて、戦う前からもう腹が空いている。アルに頼んで、町の屋台でパンとジュースを買って貰った。パンには肉と野菜が挟んであり、ソースがかかっていて美味しい。ジュースは木の実の果汁で、丸い実のからに穴を開け、そこに植物の茎でできたストローが刺さっていた。これもなかなか。


 三人でむしゃむしゃ飲み食いしていると、町ゆく人々の話声が聞こえた。


「このままだと困るわ。早くゼスをなんとかしてもらわないと」


「もうギルドには頼んであるらしいけど、いったいいつになるかしらね。アレを倒せる冒険者ってなかなかいないんでしょ?」


「ザザルに届けなきゃいけない物があるってのに」


「私もよ。もうこの町から引っ越しちゃおうかしら」


 フンッ、気楽なもんだ。自分達が戦わなくいいからって、ゼスが駆除された後のことばかり考えてやがる。もっと戦ってくれる冒険者の心配をしろってんだ。


 内心腹を立てながらパンを全部飲み込む。三人とも食べ終わると、アルが言った。


「さて、腹ごなしも済んだし、ゼスの住処すみかに行こう」


「うぅ……ほんとに行くのか? ドラゴンの巣に」


「いつまでもウジウジ言うな。冒険者なら覚悟を決めろ」


「俺は金と情報が手に入るなら冒険者じゃなくたっていいし……」


「金と情報は冒険者じゃなきゃ手に入らねーんだよ!」


 エミールが目を輝かせて言う。


「あと、炎の宝玉もですよ、ゼラ様」


 エミールは新しい魔道具を手に入れたくてウキウキしているようだ。もちろん緊張と不安も感じてるんだろうけど。俺にはそんなご褒美は無いし。これで一気にSランクに昇格できるなら、やる気も出るけどさ……。


 憂鬱ゆううつな気持ちを抱えながら町を抜ける。そこから山道を少し歩くと、門番のような出で立ちの男が二人立ち、道を塞いでいた。


 男の一人が言う。


「現在、ここは通行止めです。この先にある谷にゼスというドラゴンが出ます。危険ですので、お引き取りを」


 アルが答える。


「私達はそのゼスを倒しに来た冒険者です。通してください」


「ああ、そうでしたか。これは失礼いたしました。どうぞ」


 止めてよ、と内心思いながら二人の間を通り抜ける。しばらくすると、森の木々や雑草が消え、岩肌が露出した谷になった。はば三メートルくらいの道が一本通っている。道の右側には絶壁が(そび)え、左側は地面が消え、崖になっていた。崖下を覗き込むと、高さはざっと50メートルくらいある。落ちれば確実に死ぬ。


 俺はここで戦うのが怖くなり、崖際から離れて言った。


「おいおいおいおい、こんな逃げ場も無い場所で戦うのか? ただでさえ敵が強いってのに」


 アルがのんきに言う。


「いい視点だな。戦いの勝敗は自分と敵の戦力だけではなく、環境が大きく左右する。敵が自分より弱くとも、環境が悪ければ負けてしまう」


「じゃあ無謀(むぼう)じゃねーか! 俺達は今から自分より強い敵に不利な環境で戦いを挑むんだろ? 敵はドラゴンだから空を飛べるが、俺達は飛べない。谷底に落とされたら終わりだ!」


「その通り。そうならないよう気をつけるんだな」


「じゃあ帰る!」


「許さん」


 クソが。こうなったらゼスよりもアルの方が恐ろしい。ゼスだって縄張りから逃げたら見逃してくれるだろうに。アルはそれすら許してくれない。


 観念して崖の道を歩く。すると、上空からモンスター鳴き声が聞こえた。甲高い鳥のような、それでいて重厚な獣のような声。単なる鳴き声というより、咆哮(ほうこう)だった。


 空を見ると、そこにはゼスの姿があった。巨大な翼を羽ばたかせ、もの凄いスピードでこちらに近づいてくる。もはや突進だ。


「逃げろおおおおお」


 俺は叫び声を上げながら、二人とともに走って後退した。


《②に続く》

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