可愛い強敵 ③
エミールの結界に頼れないなら、オクスヘッツの矢をなんとか当てるしかないか。いや、敵は小さくてすばしっこい。当てる前に矢が尽きるかもしれない。確実に当てる方法を探さないと。
であれば、敵を裏世界に沈めたいところだが、空中に浮かんでいるのでそれもできない。そもそも、敵の体は発光しているから、沈める影すら無い。
何か他にいい方法は……。
その時、頭上からまた光が降り注いだ。思考を中断して横に飛ぶ。光線が俺がいた場所に照射された。
クソッ、イライラするな! ゆっくり考えさせろよ! えーと、どこまで考えたっけ。そうそう、確実に矢を当てる方法だ。何かないかな。敵の動きをどうにかして止められればいいんだけど……。
「あっ、あった!」
俺はいい方法を思い付き、エミールに伝えた。
「エミール、眠り魔法を敵にかけてくれ! あのダンドンに使った奴!」
「了解です。やってみます」
返事をすると、エミールは敵に向かって駆け出した。
どうしてもっと早くに気づかなかったんだろう。こんな便利な魔法があるんだから、使わない手はない。
俺は敵に接近するエミールの背中を見守った。そういえば眠り魔法は敵に近づかないと使えないんだったな。たしか魔法が届く距離は2メートルだったか。大丈夫かな。
エミールが近づくと、敵は警戒して距離を取った。二人の追いかけっこが始まる。だが、両者の距離は一向に縮まらない。
俺はイライラして尋ねた。
「エミール、足が速くなる魔法とかないのか?」
「はぁ、はぁ、ありません」
エミールは既に息を切らせていた。その一方で、敵は悠々と飛行しながら、エミールに尻尾を向けた。先端に魔力が凝縮していく。光線を放つ気だ!
「エミール、光線が来る! 横に逃げろ!」
エミールは敵を追うのを止め、右方向に走った。
そこへ光線が放たれる。光線はエミールに当たらず、後方へと消えていった。
ああ、やばかった。もし当たりそうになって魔王化されたら堪らない。作戦は中止しよう。
「エミール、眠らせる作戦は中止だ。敵を追いかけるのは止めて、攻撃を避けるのに集中してくれ」
「わ、分かりました。ごめんなさい」
クソォ、敵に翻弄されっぱなしだな。早くケリをつけないとエミールの体力が保たない。
眠り魔法がダメなら、他に何を使えばいい? 何かないか何か……。
必死で考えていると、また頭上から光が降り注いだ。
「がぁああああ、クソッ、またか!」
そう吐き捨てて横に飛び、光線を避ける。
これじゃあいつまでも経っても考えがまとまらない。発狂しそうだ。だが、ここで引き下がれば潜影族の名が廃る。
頭を掻きむしって作戦を練った。敵の動きを制限できる手段は、やはりオクスケニオンしかないだろう。これをなんとか上手く利用する方法はないだろうか。
敵があの細い光線を放つまでには時間がかかる。それで結界を破られる前に矢を当てようか。
いや、待て待て。結界は闇の魔力を吸収するから、オクスヘッツで矢を強化しても意味無いんだ。でも、ただの矢を当てても死なないことは既に分かっているし。
ん、そうか。別に矢にこだわる必要もないか。敵は闇の魔力に触れただけで怪我を負うんだから、結界を縮小させて押しつぶしてしまえばいい。それだけで大ダメージを与えられるはずだ。
問題は、その前に結界に穴を開けられ、逃げられるかもしれないということ。確実に成功するとはいいきれない。でも、この方法しかもう無いんじゃないだろうか。エミールに結界の修復を極力早くしてもらうしかないな。
ただ、それで敵を倒せても、ほとんどエミールの功績だ。クソッ、俺はなんのためにいるんだよ。これじゃあ俺の気が収まらねえ。俺が敵をぶっ殺すことに意味があるんだ。
俺にできることはないか……ん?
「あるじゃん!」
俺は妙案を閃き、さっそくエミールに伝えた。
「エミール、いい作戦を思い付い、ってうおっと」
言い終わらないうちに光が降り注いだので、急いで横に飛ぶ。つくづく邪魔な光線を避けた後、言葉を続けた。
「いい作戦を思い付いたぞ! エミールは敵をオクスケニオンで囲ってくれ。さっきと同じように」
「了解です。でも、すぐに穴を開けられると思いますよ」
「そうならないように、俺が闇の魔力で強化する。二人の合わせ技だ」
「なるほど。やってみましょう」
裏世界にある大量の魔素を使えば、結界を大幅に強化できる。なんてことはない。昨日、裏世界でやったことを地上で再現すればいいだけだ。しかも、結界は魔素を吸収しにくいみたいだが、今の俺なら魔素を魔力に変換できる。なんでもっと早くに気づけなかったんだ。
「オクスケニオン」
エミールの結界が敵を囲む。
「ピピピー」
敵は驚いたように鳴き、尻尾を結界に向けた。細い光線で穴を開けるつもりだ。
「させるか!」
俺は自分の影から闇の魔力を出し、結界めがけて飛ばした。魔力が結界に吸収させていく。
さあ、強いのは俺達の闇か、それともお前の光か、勝負だ!
「ピピャー」
敵が尻尾の先に光の魔力を凝縮させ、細い光線を放った。光線が結界に直撃する。トゲ攻撃の時はすぐに穴が空いたが、今度は違う。光線は結界を貫通せず、内側で止まっている。
「どんどん持ってけい!」
俺は攻撃が直撃している結界の部位に最大限の魔力を注いだ。裏世界の魔素は無尽蔵にある。そして、それを魔力に変換するだけなら、俺の魔力はたいして消費されない。この勝負、もらった!
勝利を確信した時、敵の攻撃が呆気なく止まった。
なんだ、もう終わりかよ。こっちはまだまだいけるってのに。まあ、いい。作戦を次の段階に進めよう。
「エミール、結界を小さくしてくれ! そのまま敵を結界で潰すんだ!」
「はい」
エミールが力強く返事をする。余力は充分にあるようだ。この様子だと心配はいらない。
結界が見る見る小さくなっていく。
「ピ、ピ、ピ」
敵がうろたえた様子で後ろに下がった。が、後ろにも逃げ場はない。翼が結界に触れ、魔力に焼かれる。
「ピキャー」
敵は苦しそうに叫び声を上げた。
よっしゃあ、そのまま潰れろおおお!
俺が心の中で叫んだ時だった。敵の体がまばゆい光に包まれた。その光はたちまち強烈になり、堪らず目をつむった。
次の瞬間、けたたましい轟音が辺りに響き、前方から暴風が吹き荒れた。
「う、う、うおおおおお」
俺は何も見えないまま後方に吹っ飛ばされ、背中から地面に落下した。
「い、痛ぇ」
背中をさすりながら立ち上がる。光が収まったので目を開けると、敵を囲んでいた結界が跡形も無く消滅していた。敵が起こした光の爆発によって砕け散ったのだろう。
エミールはというと、俺と同じように立ち上がったばかりだった。心配で声をかける。
「大丈夫かエミール。怪我は無いか?」
「はい、大丈夫です」
俺はひとまず安心した。が、問題なのはさっきの敵の技だ。まさかあんなすごい奥の手を隠していたとは。二人の力が合わさった結界すら壊すなんて、とんでもない威力だ。勝つのは無理か……。
絶望的な気持ちで敵を見る。すると、異変に気づいた。敵は翼を畳み、花畑に着地している。さらに、元々体から発していた光が消えていた。
おそらく、さっきの大技の反動で疲れているのだ。しめた!
この勝機を活かさなければ負ける。俺はとっさの判断で敵を影に沈めた。敵は不意をつかれ、飛ぶこともなく裏世界に沈む。俺もそれに続いて沈んだ。
敵と共に裏世界に移動する。ここは闇の魔素の海。闇魔法が弱点の敵にとっては、地獄みたいな場所ではないだろうか。
このまま何もせずとも死んでほしい。そう思ったが、甘かった。敵は突然の出来事に驚いてはいるが、ダメージを受けている様子は無い。魔素の状態では敵にダメージを与えられないらしい。魔力に変換しなければならないようだ。
が、それならそれでいい。今度こそオクスヘッツをお見舞いしてやる。
俺は矢をつがえ、呪文を唱えた。
「オクスヘッツ」
鏃に魔力を纏わせ、即座に放つ。敵には俺の姿が見えていない。俺の声に反応する素振りは見せたが、回避行動を取ることはなく、矢は敵の体を貫いた。
「よっしゃあああ!」
敵の体には大穴が開き、目も鼻も口も消し飛んでしまった。さすがにこれで勝っただろう。オクスヘッツの威力、恐るべし!
さあて、敵の残骸を回収しますか。
そう思いながら敵の死体に近づいていくと、突然、裏世界がまばゆい光に照らされた。
光を放っているのは敵の死体だった。いや、死体ではない。奴はまだ生きている!
敵の体は光に包まれ、ベキベキと不気味な音を立て始めた。これは、第二形態になる前に聞いた音だ。まさかコイツ、このまま第三形態になるつもりか。冗談じゃない。第二形態でも手こずったのに、これ以上強くなられたら、いよいよ勝てなくなる。
「オクスヘッツ!」
俺は急いで呪文を唱え、矢の追撃をお見舞いした。
矢は敵に命中。が、光は収まらない。敵の体はぐにゃぐにゃと歪みながら再生しているようだった。
クソ、このまま第三形態になるのを見届けるしかないのか? いったいどうしたら………。
ああ、考えている時間も惜しい。とにかく、できることはやろう。今のうちにオクスヘッツを連射する。それで矢が尽きても仕方ない。
そう思い、矢に手をかける。が、思いとどまった。別に矢で攻撃する必要はない。こうすればいいんだ。
「オクスヘッツ」
俺はまた呪文を唱え、闇の魔力を操作した。が、狙いは鏃ではない。敵だ。オクスケニオンでやろうとしたことを、闇の魔力だけでやるのだ。
敵の周囲に黒い魔力が渦巻く。その魔力で敵を締めつけた。ジューッと敵の体から音が鳴る。闇の魔力に触れた部分が焼かれているのだろう。
「いけえええええええ」
こうなったらごり押しだ。ありったけの魔素を魔力に変換して、敵にぶつけてやる!
敵の体を黒い魔力が包み、光が見えなくなった。が、敵も強い力で闇の魔力を押し返してくる。闇の魔力が光に掻き消され、隙間から光が漏れ出した。
こちらも負けじと魔力を送り、その隙間を塞ぐ。さらにその上から追撃の魔力を注いでいく。地上だとこうは上手くいかないが、ここは裏世界。闇の魔力を大量に、そして高速でぶつけることができる。
「オクスヘッツ、オクスヘッツ、オクスヘッツ!」
さらに呪文を重ねがけし、魔力の集中に拍車をかける。その代償として、俺自身の魔力がごっそり削られるのを感じるが、この際、構うものか。敵に復活されるよりもマシだ。
敵を大量の魔力で押し固め、光が一切漏れ出なくなった。が、依然として敵は俺の魔力を押し返し、潰されまいと抵抗している。
俺は魔力の放出を続けながら、今度はそれを中心に向かって収縮させることに意識を向けた。
大量の魔力を中心へ流し込む。こちらの力が敵の抵抗力を上回り、徐々に押し込んでいく。
これはイケる! と思ったが、押し込んでいけばいくほど、敵の抵抗力も増していった。なかなか押しつぶしきることができない。
手間取っているうちに、俺の魔力も限界に近づいてきた。このままでは気絶してしまう。
全身に力が入り、なんとなく両手を前に出す。これで魔力をコントロールしやすくなった……気がする!
「ぐぅぅぅ、潰れろボケェエエエエ」
この根比べに勝たなければ、すべてが無駄になってしまう。エミールも根比べに勝ったんだ。俺も勝たないと。いや、勝たせてくださいお願いします。一度でいいんです。
勝利を祈りに祈っていると、魔力の中で敵が潰れる感触がした。途端に敵の抵抗力も弱まる。
「いけえええええ」
前に出していた両手を組み合わせる。バチンと手が鳴った瞬間、魔力の塊が急激に圧縮した。敵の感触はもう無い。完全に押しつぶし、バラバラになったのだ。
「や、やった。はぁ」
安心して溜息をつく。恐る恐る魔力を解くと、そこには翼と尻尾と頭部の骨だけがあった。それ以外は闇の魔力に焼き尽くされ、跡形もなく消滅している。
ヘトヘトになった体でなんとか泳ぎ、敵の残骸を回収する。そして、さっきエミールの影があった場所にゲートを開いた。俺のためにその場を動かないでいてくれたらしい。
そこから地上に出ると、エミールが驚いて声を上げた。
「きゃっ。あっゼラ様、ご無事で何よりです」
「へへへ、やったぞエミール。今度こそ倒した」
そう言って握りしめていた骨を手渡した。
「さすがです、ゼラ様! どうやって倒したんですか?」
「ごり押し。敵にオクスヘッツをかけて魔力で押しつぶした」
「すごい! よく魔力が足りましたね」
「裏世界だからな。地上だったらできないよ」
その時、後方から声がした。
「よくやった」
アルがそう言って近づいてくる。
「けっ、サボってた奴に言われても嬉しくないね」
「なんだ、まだエミールの魔法が解けてないのか?」
「もう解けとるわい! ……あれ、ほんとに解けてんのかな? 怖い……」
「私の魔法は持続時間が短いので、変にイライラしないなら解けてますよ」
「だ、だよな。アルにイライラするのは変じゃないもんな」
「変だ。普通は感謝するもんだろ」
「しねーよ! Bランクになったんだからいい加減サボるの止めろ!」
「オレも危なくなれば参戦するつもりだった。さすがに第三形態は倒せないだろうしな。でもそうなる前に闇の魔力で殺したんだろう?」
「やっぱりあいつ、第三形態になろうとしてたのか。第三形態はどんな姿になるんだ?」
「尻尾が二本になる」
「また尻尾が増えるだけかよ!」
「だが、戦闘力は飛躍的に上昇する。今の二人だったら太刀打ちできないだろう。フワッピーは変身する前に倒すのがセオリーだ。よく覚えておけ」
「もう二度と戦いたくないけどな。さて、さっさと帰って飯食おうぜ。そうだ、俺達は晴れてBランク冒険者に昇格できるんだ。お祝いに豪勢なものを食おう」
「いいですね」とエミール。「美味しいデザートが食べたいです」
「だよなだよな。でも、アルはダメだぞ。何もしてないから」
「嫌だ。オレも高い料理を食べる」
「ワガママ言ってんじゃねーぞ!」
「いいじゃないですかゼラ様。アル様の助言が無ければもっと苦戦したと思いますよ?」
「チッ、だとよ。今日はエミールに免じてご馳走を許してやる。感謝しろ」
「ありがとうエミール」
「俺にも感謝しろよ!」
「しない」
三人で話ながら花畑を後にする。ミルグに着くと、そこからは馬車でパレンシアに帰った。
《可愛い強敵・完》




