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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Cランク編
40/78

新種のモンスター ⑥

「え、そんなに重要なことなの?」


「当たり前だ。触れずに物を動かせるということは、既に魔力をコントロールできているということだ。だったら、こんな基礎トレーニングなんてする必要は無い」


「なんだよソレ―、早く言えはこっちのセリフだよ。落ち込む必要なかったじゃん」


「問題は、ゼラのその能力を魔法に活かせるかどうかだ。試してみよう。まずは下級の闇魔法、オクスだ。これは闇の魔力を出現させ、一箇所に集める基本魔法。やってみてくれ」


「やってみてくれって、どうやって」


「エミール、手本を見せてやってくれ」


「はい。ゼラ様、私の手をよく見ててくださいね。オクス」


 エミールが呪文を唱えると、彼女の右の手の平から黒い湯気のようなものが湧き出た。それが球状に固まり、手の上でぷかぷか浮かんでいる。


「これがオクスです。分かりましたか?」


「分かるかー!」


 俺はエミールにツッコんでから、アルに突っかかった。


「こんなん見せられたってできねーよ」


「いや」とアルが首を振る。「ゼラはもう闇の魔素を魔力に変換する方法を知っているはずだ。だったらオクスくらい簡単に使える。魔力を目の前に出せばいいだけだ」


「魔力を、目の前に?」


「ゼラは裏世界にいる時、どうやって物を動かすんだ?」


「そりゃあ、物が動くように意識するだけだよ。それ以上は説明の仕様が無い。手足を動かすようなもんだから」


「それなら……」


 アルは地面にしゃがみ、そこに生えていた雑草を引き千切った。それを摘まんで立ち上がる。


「この草を動かしてみろ。動けと意識して」


「いや無理だろ。ここは裏世界じゃないんだ」


「裏世界だと思ってやるんだ。オレの足下にゲートを開け」


「え、裏世界に行きたいの?」


「そんなわけないだろ! 絶対にオレを落とすなよ! 草の下に開けってことだ」


 アルが草を摘まんだ手を前に出す。俺はその下にゲートを開いた。


「開いたか?」


「うん。でも、無理だと思うけどねぇ」


「やる前から無理だと決めつけるんじゃない。闇の魔素を魔力に変えて、この草を動かしてみろ」


「……分かったよ。やるだけやってみるさ」


 俺はここが裏世界だと思い込み、草が動くように念じた。だが、草はちっとも動かない。正確には少し揺れているが、それは明らかに風にそよいでいるだけだった。


 やっぱり無理だな。内心そう思い、諦めそうになった時、エミールの声が響いた。


「ゼラ様、足下に闇の魔力が!」


「え?」


 ゲートを開いた位置に視線を落とすと、なんと、そこから黒い湯気が湧き出していた。さっきエミールが出していた魔力と同じだ。


「おっ、すげぇ! 俺にもできた!」


 と、叫んだ瞬間、黒いモヤモヤは湧き出なくなってしまった。集中力が途切れたからだろう。だが、上出来だ。


 アルも上機嫌で言う。


「な? オレが言った通りだろう? 何事もまずは試してみることだ」


「すげぇ、まるで魔術師みたいだ……」


 俺は感動して、もう一度同じことをした。草を動かすように念じてみる。するとまた、ゲートから黒いモヤが浮かんできた。


「おお、出てる出てる」


 俺がそう言うと、黒いモヤは消えてしまった。面白いからもう一度やってみる。


 草が動くように念じると、そこに向かって黒いモヤも伸びた。


「おほほほほ、出た出た」


 そう言って笑うと、モヤが消滅した。


 アルが怒って言う。


「その出た出たって言うの止めろ! 魔力が消えるだろ。もっと集中しろ」


「だって面白いんだもん。裏世界はどこも真っ黒だから、黒い物は見えないんだよ。まさかこんなモヤが出てたとはな。今までちっとも気づかなかった」


「それは分かるが、オレも草を持つ手が疲れるんだから、早く動かしてくれ」


「悪い悪い。そんな草ちゃちゃっと動かしてやるよ」


 また草を動かすように念じ、足下から黒いモヤが湧き出る。気にしないようにしたいが、どうしてもそちらに目線と意識が移る。すると、途端にモヤが消えかかりそうになった。


 ダメだダメだ。もっと集中しろ。ここは裏世界だと思わないと。平常心平常心。


 自分に言い聞かせて意識を草に戻す。黒いモヤが上昇し、視線を下げずとも見えるようになった。だが、心は動かさないよう努める。


 ついに黒いモヤが草を包んだ。モヤに触れた部分が上に動いた。まるで下から風に吹かれているかのように。完璧だ。


「よっしゃああ。動かせたぞ!」


 俺が叫ぶと、黒いモヤは消え去った。喜ぶ俺とは対照的に、アルが嫌そうに言う。


「あー、気持ち悪かった」


 そう言って草を手放し、その手を振った。まるで汚物にでも触ったかのようだ。


「失礼な奴だな! 人の魔力を気持ち悪いと言ってんじゃねーぞ!」


「すまん。オレはどうも闇の魔力が苦手なんだ」


「にしたって言い方ってもんがあるだろ! あともっと仲間の成長を喜べ!」


 アルは冷たいが、エミールは褒めてくれた。


「やりましたねゼラ様! 呪文も使っていないのに、すごいです」


「ありがとうエミール。ほら、アル。これがお手本だぞ! 見習え!」


「分かった。じゃ、次のステップに進もう」


「ほんとに分かったのかよ。簡単に流しやがって」


「次はオクスを使ってみてくれ。草を動かせたなら、オクスも出せるはずだ」


「了解」


 俺はまた同じ要領でゲートから魔力を出した。今度は動かしたい対象物が無い。が、それがあるという想定でイメージする。


 ゲートから魔力が湧いた。あとは、これを丸い形にするだけだ。


 最初は簡単だと思っていたが、これがなかなか難しい。魔力は浮かび上がってくれるが、なかなか決まった形になってくれない。煙のように上へ上へと昇っていき、一箇所に留まらないのだ。


 苦戦していると、アルが助言をくれた。


「魔力を一箇所に止めようとするんじゃなく、滞留(たいりゅう)させるんだ。円を描くように魔力を流せ」


 自分だって使えないくせに偉そうに言いやがって、と内心で思いつつ、言われた通りにやってみる。


 すると、すぐに変化が起こった。ぐるぐると空中で黒いモヤを回すようにすると、たちまち球体の形になっていった。


 さすがはアル。的確なアドバイスだ。だが、まだ足りない。一応、球体のような形にはなるが、輪郭が歪んでいる。円というよりも楕円で、地面に向かってだらしなく伸びている。エミールが見せてくれたような綺麗な球体ではない。


 頑張って真円にしようと試みるが、一箇所の補修に意識を傾けると、他の部位が歪んでしまう。


 なかなか上手くいかずイライラしていると、集中力が切れて余計形がおかしくなってきた。


 もう嫌になって止めようとした時、そのことを察してか、今度はエミールが助言をくれた。


「ゼラ様、呪文を唱えたらどうでしょう」


 呪文。今まで聞くだけだったが、本当に意味があるのだろうか。試してみるか。でも、それで失敗したらなんか恥ずかしいな。


 そんなことを考えながら、俺は人生で初めての呪文を唱えた。


「オクス」


 その瞬間、魔力の流れが目に見えて速くなった。特に意識もしていないのに。


 魔力の速度が上がったことで、球体の形を整えやすくなる。歪む間もなく一箇所に集まっていく。


 そして、ついにエミールが作ったのとほぼ同じ球体が完成した。


 なるべく球体に意識を向けながら、アルに尋ねる。


「アル、これでいいか?」


「ああ。上出来だ」


「よし、やった」


 意識を緩めると、球体はあっという間に霧散した。疲れてほっと一息つく。


 達成感が心地よかった。ついに、ついに、俺は魔法を使ってしまった。魔術師みたいに。俺、これ以上強くなってどうなっちゃうんすかね。


 強者の余韻に浸っていると、アルが訊いてきた。


「どうだ、疲れたか?」


「ん、まあ、疲れてるっちゃ疲れてるけど、それほどでもないな。まだ裏世界に潜った方がよっぽど疲れるよ」


「そうか。どうやらゼラは体内の魔力を使うのは下手でも、体外の魔力を使うのは上手いらしい。普通、逆なんだがな。潜影族に共通した特徴なのか、それともゼラが特別なのか」


「俺だけの特徴だといいねぇ。俺は影神様に愛されているのかもしれない」


「影神様? なんだそれは?」


「ああ、潜影族が信仰してる神様。裏世界にいるらしいけど、誰も見たことない。だから実在するのかも分からないんだ」


「ふーん。もしかしたら、ゼラが生き残ったのは影神様の加護があったからかもしれないな」


「だといいな。ま、その場合、他の潜影族も助けろって話だけど」


「ふっ、そりゃそうだな。神には神の事情があるのかもしれない。……さてと、話を本題に戻すぞ。ゼラは下級魔法のオクスを使えた。次は中級魔法のオクスヘッツだ。これは武器に闇の魔力を宿す技で、魔法でもあり、武器術でもある」


「武器が強くなるのか?」


「ん、まあ、そうだな。闇魔法の特性は侵蝕(しんしょく)と吸収なんだが、武器に闇の魔力を宿すことで、敵の防御魔法を無効化できる」


「ドーブルがアルのライムケニオンに穴を開けた感じでか」


「その通り。あれも侵蝕の作用によるものだ」


「防御貫通能力か。いいね、強そう。もしそれができれば、ピロキスの水の守りも、ハウベールの風の守りも貫通できるわけだ。戦いが一気に楽になる」


「その通り。だが、注意点もあるぞ。オクスヘッツは万能じゃない。強力な防御魔法は貫通できないからな」


「ふーん、所詮は中級か。でも、絶対に使えた方がいいな。教えてくれ」


「オクスヘッツの原理はほとんどオクスと同じだ。まずは裏世界から闇の魔力を引き出す。その後、魔力をゼラの矢に宿す。以上だ」


「以上って、どうやって宿すんだよ」


(やじり)の部分に魔力を固めるだけでいい。さっき球体を作っただろ? それを鏃を包むように作るんだ。ただ、形は丸にこだわらなくてもいい」


「おっ、簡単そうでいいねぇ」


 俺はさっそくやってみることにした。魔力をゲートから引き出す。すると、さっきよりも早い速度で魔力が湧き出た。コツを掴んできたみたいだ。


 俺は集中力を維持しながら、腰の筒から矢を一本取り出した。次に、その先に魔力を滞留させる。


 黒い魔力が鏃を覆う。大きさはさっきのオクスよりも小さく、形は(いびつ)だ。だが、アルも形はなんでもいいと言っていたいし、こんなもんでいいだろう。


 俺は慎重に矢を弓につがえようとした。ここで厄介なのは、矢を魔力とともに移動させることだ。矢だけが動き、魔力の塊がその場に残ってしまいそうになる。そうならないように、魔力の流れをコントロールしなければならい。


 ゆっくりゆっくりと動作を進め、なんとか矢をつがえることに成功した。あとは矢を放つだけだ。


 俺はいつも練習に使っている樹木に狙いを定め、矢から手を離した。


 放たれた矢が、まっすぐに的に向かって飛んでいく。そして見事に命中した。魔力の塊を目の前に残して。矢に置いていかれた魔力が、虚しくぷかぷか浮かんでいる。


 クソッ、どうせこうなるんじゃないかと思っていた。さすが中級。簡単にはいかないか。


 そう思いながら魔力の塊を霧散させると、エミールが助言をくれた。


「ゼラ様、呪文を唱えればきっと上手くいきますよ」


「呪文か……」


 これも呪文でなんとかなるもんかな。試してみるか。


 さっきと同じように魔力をゲートから引き上げ、取り出した矢に集中させる。そのタイミングで呪文を唱えた。


「オクスヘッツ」


 するとどうだろう。魔力の形が変わった。滞留の速度が上がり、鏃の周辺を高速で回転する。さらに、鏃の中心部分に向かって収縮していった。


 やる前から成功するのが分かる。さっそく矢を木の幹に向かって放つと、鏃は黒い魔力を纏ったまま、的に突き刺さった。予想通りだ。


 魔法を解除してエミールに言う。


「これが呪文の力か。呪文様々だね」


「はい。でもゼラ様もすごいです。私は呪文ありでも、オクスをまともに使えたのは10歳の頃でしたから」


「えっへん。エミールは褒めるのが上手いね。ほら、アルも褒めて」


 アルがしらけた目で言う。


「……元々、褒めるつもりだったが、今ので褒める気が無くなった」


「なんでだよ。照れ屋さんなんだから」


「別に照れてない」


「んなことより、今のは実戦で通用すると思うか?」


「充分通用するだろう。心配いらない」


「よっしゃあああ! これで俺もBランク冒険者だ!」


「気が早い。オレは実戦で通用すると言っただけで、Bランクのモンスターを倒せるとは言ってないぞ。明日は油断するなよ」


「分かってるって。でも、これでエミールと協力すれば怖いもの無しじゃないかな」


「ほんとに分かってるんだろうな……」


「それは明日になってのお楽しみってことで。そんで、アル。今日の特訓はここまでか?」


「そうしておこう。一度にたくさん教えても吸収しきれないだろうからな。まずはオクスヘッツを完璧に使いこなせるようになってくれ。慣れればもっと早く使えるようになるはずだ」


「了解。あっ、でも、もう一個試してみたいことがあるんだけど、いい?」


「なんだ?」


「最上級魔法って奴を使ってみたいんだ!」


「ええっ」と、エミールが口を押さえて驚く。


 アルは驚き、呆れるような顔をした後、笑って言った。


「ふっ、ずいぶん大きく出たな。無理に決まってるだろ」


「なんだよー。なんでも試してみろって言ったのはアルだろ?」


「たしかにそうだが、最上級はさすがに無理だ」


「別に無理でもいいの。やってみることに価値があるんだ」


「……ゼラは成功した途端に積極的になるな。いや、調子に乗ってると言うべきか」


「俺のいいところだな。で、最上級闇魔法の呪文はなんて言うんだ?」


「オクスセルピエンテ。黒い大蛇を出す攻撃魔法だ」


「うひょー、カッコよさそ。絶対に出してやる」


 俺はゲートから魔力が出るように念じ、すぐに呪文を唱えた。


「オクスセルピエンテ」


 その瞬間、俺の体に変化が起こった。力が吸い取られているような感覚がする。まるで裏世界に気絶ぎりぎりまでいた時のような感覚。どうやら大量の魔力が消費されているようだ。最上級魔法だから無理もない。


 変化はそれだけではなかった。裏世界の奥で、何かがうごめいている。目で見ずとも感覚で分かった。これがアルの言う大蛇だろうか。


 なんだか嫌な予感がする。コイツを地上に出したら、とんでもないことになるんじゃないか?


 不安を感じてアルを見る。アルも何かの気配を察知したのか、ゲートを覗き込んで警戒している。いや、もはや警戒を通り越して、恐怖を感じているような顔だ。


 やっぱりヤバいかな? でも、一度でいいから使ってみたい。最上級魔法というものを。てかもう魔力も限界だ。早くしないと気絶する。迷っている時間は無い。


 俺は意を決し、裏世界にうごめく何かをゲートから押し出した。


 どぷんっとゲートから黒い魔力が溢れる。そして、その中から細くて短いヒモのようなものが飛び出した。色は黒で、長さは人差し指くらいだ。それが地面に落下し、うねうねとのたうちまわっている。よく見ると、小さな蛇の形をしていた。


「これが、最上級?」


 拍子抜けして呟くと、アルが大笑いした。


「あははははは。どうなることかと思ったが、ずいぶんちっぽけな最上級だな」


 エミールも覗き込んで言う。


「ぴちぴちしてますね、ゼラ様」


 俺は恥ずかしくなって言った。


「うるさい! 今日は疲れてるんだからこれくらいで上等だろ! それに見ろ! ちっちゃくて可愛いだろ!」


 俺はそう言うと、小さな蛇に手を差し出した。


「よしよし、俺の最上級ちゃん。いい子でちゅよー」


 蛇をすくって手の平に乗せる。すると、蛇が俺の小指に噛みついた。


「イッッタい!」


 咄嗟に噛まれた手を振る。蛇はゲートの中へと落ちていった。それとともに蛇の気配が消える。


 見ていたアルが更に笑った。


「あはははははは。さすが最上級。気位が高い」


「だからってご主人様に噛みつく奴があるか!」


「ゼラらしくていいじゃないか」


「いいや、俺はもっとお利口さんだね」


「どうだか」


 二人で言い合いをしていると、エミールが嬉しそうに言った。


「初めて見ました。アル様が本気で笑うところ」


「あっ、たしかにそうだな。俺も初めて見た。アルにも人の心があるんだな」


「当たり前だろ。変なことを言うな」


 冗談を言い合っているうちに日が暮れてきた。今日の稽古はここまでにして、宿に帰る。


 帰り道を歩きながら、晩飯のメニューを考えた。魔力を消費したからか、特別腹が減っている。三人前くらいは食えるんじゃないかな。何を食べよっか。一皿目はグナメナ・デラックスで確定として、あと二皿は、うーん……。


《新種のモンスター・完》

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