表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Fランク編
4/78

黄金のトカゲ ②

「はい、剣」


 俺は剣をアルに返した。


「おう」


 アルが剣を鞘に戻す。


 死体は二匹とも頭が無かった。さっきと同じ魔法で殺したのだろう。アルに剣なんか必要無いのかもしれない。


 俺はアルに尋ねた。


「依頼はこれで達成だけど、この死体はどうするんだ?」


「ギルドの職員に渡す」


「ま、まさか、これを全部ギルドまで運ぶんじゃないだろうな? 馬車も使えないのに」


「まあ、それも一つの手だが、今回はこれを使う」


 アルはウエストバッグから小さな筒を取りだした。


「これに火をつけて狼煙(のろし)を上げれば、ギルドのモンスターが来て死体を回収してくれる」


「え、人じゃなくてモンスターが来るのか?」


「もちろん。人間だと時間がかかるからな。ま、それは後から分かる。今はまず、死体の皮を剥ごう」


「おっ、売るんだな? 金ぴかだから高く売れそうだと思ってたんだ」


「いや、それはギルドが死体を回収した後に勝手にやってくれる。売った金は後で受け取れるんだ。皮を剥ぐのは防具を作るため。ゼラのな」


「ああ、たしかに鎧みたいに硬いもんな。コイツの鱗」


「そうだ。モンスターの皮は防具に、爪や牙は武器になる。武具屋に持っていけば素材に応じて加工してくれるんだ。オレが一匹剥いでみせるから、その後はゼラがやってくれ」


「何匹剥げばいいんだ?」


「二匹で充分だろう。あとはギルドにそのまま渡す」


「了解」


 アルは剣を使い、柔らかい腹部からレザータの皮を剥いだ。血なまぐさい作業だ。


 その後、俺も見よう見まねで皮を剥いだ。かなり力を使う作業で、アルの倍以上時間がかかった。


 作業が終わると、川で手と剣についた血を洗い流した。そして、アルが小さな筒を持って魔法を唱えた。


「ボーア」


 空中に小さな火の球が現れ、筒の先端に吸い込まれていく。すると、そこから虹色の煙がもくもくと湧き立った。


 アルが筒を地面に刺して立てる。それからわずか5分ほどで、巨大なモンスターが空に現れ、地面に降り立った。


 全長は4メートルほどで、両腕が大きな翼になっている。そこだけ見ればドラゴンのようだが、どちらかといえばドラゴンよりも犬に近かった。全身がもふもふの毛に覆われ、顔は完全に犬だ。背中には大きな鉄の箱を担いでおり、首にはバッグを付けている。


 アルが言った。


「これがさっき言ってたギルドのモンスターだ。名前はペロン」


「デカいけど可愛いなあ。撫でもいいか?」


「ああ」


 俺はペロンに近づき、頭を撫でてやった。気持ちよさそうにしている。


「お利口さんだなぁ」


 頭が大きいので、腕全体でもしゃもしゃと撫でる。


 後ろからアルが指示を出した。


「ペロン、さっそくだが仕事をしてくれ。運んでほしいのはコイツらだ」


「バウッ」


 ペロンが返事をした。突然至近距離で鳴かれ、尻餅をつく。鼓膜が破けそうになった。体も鳴き声もデカい。


 ペロンはアルの前で伏せた。アルが背中に担がれた鉄箱の蓋を開ける。すると、ペロンは死体の元まで歩き、それを咥えて軽々と背中の箱に放り投げた。十匹すべて箱に入れ終わると、また伏せ、アルが蓋を閉める。

 

 アルはぺロンの首に巻かれているバッグを開け、中から紙とペンを取り出した。俺に説明する。


「ぺロンのバッグには紙とペンが入っている。紙には依頼のランクと駆除したモンスターの名前と数、それから依頼主と自分の名前も書く。誰がどの依頼で死体を送ったのか分かるようにな」


 アルはそれらの情報を書き、バッグに用紙を戻した。


「これで良し、と。ちゃんと運んでくれよ」


「バウッ」


 ペロンは一声返事をし、空に飛び立っていった。


 俺はその姿を眺めながら言った。


「便利だなぁ、ペロン」


「そうだな。だが、ぺロンを呼ぶ筒は安くない。一本30ガランもする」


「高っ! Fランク冒険者にはキツいな」


「その通り。だからできるだけ頼らないようにしたい。死体はペロンに運ばせずとも、自分でギルドに持っていってもいい。しかも、駆除した個体数が証明できればいいから、見せるのは死体の一部だけでもいいんだ。例えば頭だけ、とかな」


「ぺロンの筒はあと何本残ってるんだ?」


「無い。今ので全部だ」


「とほほ、貧乏だな、うちのパーティーは」


「新米なんだから当たり前だ。さて、皮を持ってギルドに行こう。到着する頃にはぺロンが死体を運び終わってるはずだから、報酬が貰えるだろう」


「歩いていくんだろ?」


「もちろん。もう馬車を使える金はない」


「うへぇ」


 ということで、俺とアルは生臭いレザータの皮を持ちながら、城下町からパレンシアまでの道のり、10キロを歩いた。


 到着した頃には昼を過ぎていた。アルは終始涼しい顔をしていたが、俺はもうクタクタだ。


 ギルドに入ると、アルが受付で依頼の達成を報告した。そして、報酬の50ガランが支払われた。レザータの売上金が貰えるのは明日以降らしい。


 これでようやく金欠から脱することができた。だが、俺にはもうはしゃぐ余力もない。早く宿屋に行って寝たかった。


 だが、まだ休めない。


 俺とアルは宿屋ではなく、まずはパレンシアにある武具屋に行った。店内の壁には剣や槍などの武器が所狭しと飾られている。また、様々な鎧も置かれていた。


 店主は強面で、いかにも腕っ節が強そうなオヤジだった。アルが店主に言う。


「オヤジさん、この皮でチョッキを作ってくれませんか?」


「おっ、レザータの皮か。だが、チョッキってのはどういうことだ? うちは服屋じゃねーぞ」


「金が無いんです。だからちゃんとした鎧じゃなくていいので、チョッキに加工してくれませんか?」


「そういうことか。兄ちゃん達、新米冒険者だな? チョッキなら無料で作ってやろう」


「ほんとか?」と俺が横から言う。


「おうよ、ボウズ。俺は服屋じゃねーからチョッキで金は取れねえ。その代わり、もっと大物になって、うちでまともな武具を作ってくんな」


「ありがとうございます」とアル。


「オヤジさん顔怖いのに優しいな」と俺。


「顔怖い奴ってのはみんな優しいんだ」とオヤジさん。「一番怖いのはそこの兄ちゃんみたいな色男だ。覚えとけ」


 俺は不思議に思って尋ねた。


「どうして色男が怖いの?」


「そりゃあ、ボウズがもっと大きくなったら嫌でも分かることだ」


 オヤジさんはそう言った後、アルに尋ねた。


「ところで、そのチョッキてのは誰が着るんだ? 兄ちゃんか? それともボウズか?」


「ボウズの方です」


「分かった。寸法を測るから待ってろ」


 オヤジさんは巻尺を持ってきて、俺の体の寸法を測った。チョッキは今日中に作れるらしいので、俺達は夕方にまた来ることにして、それまでに宿屋を探すことにした。店の外に出て、宿屋を見て回る。


 アルによると、パレンシアは冒険者用の宿屋で賑わっているが、客のランクごとに建物が大きく異なるらしい。俺は実物を見ながらアルに説明を受けた。


 Bランク以上の冒険者が泊まる宿屋は高級志向で、建物は貴族のお屋敷のように大きく、そして美しい。C、Dランク向けの宿屋は、華美な装飾が施されていないだけで、大きさは高ランク向けの宿屋と同じくらいある。そして、E、Fランク向けの宿屋は、ちっぽけな一軒家だ。普通の民家と違うのは、二階建てなことくらいしかない。


 外観さえ見れば、どのランクに向けた宿屋なのかすぐに分かる。もし俺みたいな低ランク冒険者が、うっかり上のランク向けの宿屋に入れば恥をかくだろう。


 俺とアルは当然、低ランク向けの安宿に部屋を借りた。食事抜きで一部屋10ガラン。節約のため二部屋は借りず、二人で一部屋に泊まることにした。


 宿屋で受付を済ませて外に出る。次は飲食店を探すことにした。朝にパンを食べただけなので腹ぺこだ。宿屋と同じで、低ランク冒険者向けの安そうな店に入る。ここでかなり遅めの昼食を取ることになった。


 テーブル席につき、アルにメニューを読んでもらう。だが、そもそも知らない料理の名前ばかりなので、とりあえずアルと同じ物を頼むことにした。


 老夫婦が営む店で、お婆さんが料理を運んできた。パンと野菜スープ、そらからグナメナという肉料理だ。アルによると、グナというモンスターの肉を煮込んだものらしい。見た目は灰色をしていて、味が想定できない。正直不味そうだ。


 アルを見ると、パクパクと料理を口に運んでいる。美味そうにも不味そうにも見えない。


「美味い?」と聞くと、「ああ」という素っ気ない返事。


 俺はナイフで肉を小さく切り、フォークに刺した。恐る恐る口の中に運ぶ。


「んんー」


 思わず感嘆の声を上げる。美味い、美味すぎる。今まで食った料理の中で一番美味い。腹が減っていることもあるのだろうが、それにしても美味い。


「めちゃくちゃ美味いなあ、これ」


「おっ、そうか。良かったな」


「毎日これでもいいな」


 パンと一緒に食べると、これまた絶妙に合う。俺はあっという間に料理を平らげた。まだ食べ足りない。


 俺はアルに頼んで、グナメナをおかわりした。


 グナメナを二皿完食し、ようやく満足する。料金は二人分で10ガラン。こんなご馳走を食べてたった10ガラン。なんて良心的なんだろう。


 店を出ると、今度は町外れの原っぱに行き、そこで読み書きの授業を受けることになった。アルが言う。


「昨日教えた言葉を地面に書いてみろ」


「了解」


 俺は木の棒を拾い、自分の名前を書いた。完璧だ。惚れ惚れする。


「よし、ちゃんと合ってるぞ」とアル。「他も書いてみろ」


「了解」


 俺はアルのフルネームを書いた。それを見てアルが言う。


「おい、なんだ『アルアルト・アルアル』って。オレの名前はアルジェント・ウリングレイだ」


「いいじゃん、これでも。アルはアルなんだから。フルネーム使う機会なんてないし」


「オレの名前は使わなくても文字は使うだろ。ちゃんと覚えろ。これも明日までの課題だ。あと、もう一つは?」


 俺はもう一つの課題だった、『冒険者ギルド』の文字を地面に書いた。アルが不服そうに言う。


「なんでこっちはちゃんと覚えるんだよ! オレの名前も覚えようとしろよ!」


「だって冒険者ギルドは使う機会多いだろ?」


「んん、まあ、それはそうだが……」


 アルは腕を組み、少し考えてから言った。


「ゼラは実用的な知識を覚えたがるみたいだな。これからは使う頻度が高い言葉を優先的に教えよう。そっちの方が効率がいいかもしれない」


「そのプランでお願いします。勇者様」


 アルは次の課題を地面に書いた。今日覚えればいい言葉は五つ。『依頼書』『モンスター』『駆除』『報酬』『ランク』だ。


「この五つは冒険者のキーワードだ。頻出するから絶対に覚えておいた方がいいぞ」


「うん、頑張って覚える」


「それから、この言葉も教えてやろう」


 アルはもう一つ地面に言葉を書いた。


「これはなんて読むんだ?」


「これはな」


 アルが俺の耳元に口を寄せ、こう言った。


「これは、『おっぱい』だ。アハハハハハ」


 大笑いしながら俺の背中をバシバシ叩く。俺が沈黙していると、アルが言った。


「笑えよっ!」


「いや、スベるのが好きなのかと思って」


「そんな奴いるわけないだろ! オレだけ笑ってて恥ずかしいじゃねーか!」


「自分の冗談で笑うって絶対にやっちゃいけないことだよね」


「……あのなぁ」アルが溜息をついて言う。「オレは本気で笑わせたくて冗談を言ったんじゃないんだよ。ゼラともっと仲良くなりたいから言ったんだ。こういう時は面白くなくても笑ってやるのが優しさだし、礼儀ってもんだぞ。それに、これからはオレ以外の冒険者と話すことも増えるだろうから、作り笑いくらいできるようになっておけよ」


「嫌だ。作り笑いはギャグへの冒涜だ。そんなことをするくらいなら嫌われる方がマシだね」


「なんで笑いにそんなストイックなんだよ」


「あと、俺からもアルに説教だ。安直な下ネタで笑いを取ろうとするな。下ネタってのは一番簡単そうで、その実一番難しい笑いの取り方なんだ。いい歳して気安く下ネタに頼ろうとするのは止めろ。その程度の覚悟じゃ、Eランクにすら昇格できないぞ」


「なんのランクだよ。冒険者に笑いのセンスは関係無いだろ」


 アルはそうツッコミを入れた後、優しく笑って言った。


「……まあ、どんな生き方をするかはゼラの自由だから、好きにすればいいさ。仕事のことはパーティーメンバーとして厳しく言うが、それ以外のことまで(うるさ)く言わないよ」


「さすが勇者様。物分かりがいいね」


「どうも。じゃあ、そろそろ武具屋に行くか。もうチョッキが出来てる頃だろう」


 授業が終わった時にはすっかり夕方になっており、俺達は武具屋に行った。チョッキはちょうど完成したところだった。さっそく着てみると、ぴったりの大きさだった。着心地も良く、あれだけキツかった血の臭いが消えている。すごい技術だ。


 俺の渾身の一撃を防いだ敵の鱗が、今は俺の身を守っている。心強いなんてもんじゃない。これなら上のランクの依頼も楽々達成できるのではないだろうか。


 俺たちは武具屋のオヤジさんにお礼を言い、絶対にまたこの店を利用すると約束した。


 店を出ると、宿に戻った。借りた部屋に入る。中は狭いが、安宿なので仕方ない。問題はベッドだ。小さなベッドが一つしかなかった。


 アルが言う。


「一つしかないから、同じベッドで寝るぞ」


「波動斬でベッドを二つに分ければいいんじゃない?」


「……それは誰が弁償するんだ?」


「アルジェント・ウリングレイ」


「なんでフルネームなんだよ。とにかく同じベッドで我慢するぞ。昇格して金に余裕ができるまでは節約だ」


「了解」


 こうして、俺の冒険者生活一日目は終わった。俺はアルと同じベットに寝ながら、昨夜と同じように課題の復習をした。暗い天井に文字を書くように、指先を宙に走らせる。スラスラと書けるようになってから、ようやく眠りについた。頭も体も疲れている。眠りに落ちるのは一瞬だった。


《黄金のトカゲ 完》

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ