黄金のトカゲ ②
「はい、剣」
俺は剣をアルに返した。
「おう」
アルが剣を鞘に戻す。
死体は二匹とも頭が無かった。さっきと同じ魔法で殺したのだろう。アルに剣なんか必要無いのかもしれない。
俺はアルに尋ねた。
「依頼はこれで達成だけど、この死体はどうするんだ?」
「ギルドの職員に渡す」
「ま、まさか、これを全部ギルドまで運ぶんじゃないだろうな? 馬車も使えないのに」
「まあ、それも一つの手だが、今回はこれを使う」
アルはウエストバッグから小さな筒を取りだした。
「これに火をつけて狼煙を上げれば、ギルドのモンスターが来て死体を回収してくれる」
「え、人じゃなくてモンスターが来るのか?」
「もちろん。人間だと時間がかかるからな。ま、それは後から分かる。今はまず、死体の皮を剥ごう」
「おっ、売るんだな? 金ぴかだから高く売れそうだと思ってたんだ」
「いや、それはギルドが死体を回収した後に勝手にやってくれる。売った金は後で受け取れるんだ。皮を剥ぐのは防具を作るため。ゼラのな」
「ああ、たしかに鎧みたいに硬いもんな。コイツの鱗」
「そうだ。モンスターの皮は防具に、爪や牙は武器になる。武具屋に持っていけば素材に応じて加工してくれるんだ。オレが一匹剥いでみせるから、その後はゼラがやってくれ」
「何匹剥げばいいんだ?」
「二匹で充分だろう。あとはギルドにそのまま渡す」
「了解」
アルは剣を使い、柔らかい腹部からレザータの皮を剥いだ。血なまぐさい作業だ。
その後、俺も見よう見まねで皮を剥いだ。かなり力を使う作業で、アルの倍以上時間がかかった。
作業が終わると、川で手と剣についた血を洗い流した。そして、アルが小さな筒を持って魔法を唱えた。
「ボーア」
空中に小さな火の球が現れ、筒の先端に吸い込まれていく。すると、そこから虹色の煙がもくもくと湧き立った。
アルが筒を地面に刺して立てる。それからわずか5分ほどで、巨大なモンスターが空に現れ、地面に降り立った。
全長は4メートルほどで、両腕が大きな翼になっている。そこだけ見ればドラゴンのようだが、どちらかといえばドラゴンよりも犬に近かった。全身がもふもふの毛に覆われ、顔は完全に犬だ。背中には大きな鉄の箱を担いでおり、首にはバッグを付けている。
アルが言った。
「これがさっき言ってたギルドのモンスターだ。名前はペロン」
「デカいけど可愛いなあ。撫でもいいか?」
「ああ」
俺はペロンに近づき、頭を撫でてやった。気持ちよさそうにしている。
「お利口さんだなぁ」
頭が大きいので、腕全体でもしゃもしゃと撫でる。
後ろからアルが指示を出した。
「ペロン、さっそくだが仕事をしてくれ。運んでほしいのはコイツらだ」
「バウッ」
ペロンが返事をした。突然至近距離で鳴かれ、尻餅をつく。鼓膜が破けそうになった。体も鳴き声もデカい。
ペロンはアルの前で伏せた。アルが背中に担がれた鉄箱の蓋を開ける。すると、ペロンは死体の元まで歩き、それを咥えて軽々と背中の箱に放り投げた。十匹すべて箱に入れ終わると、また伏せ、アルが蓋を閉める。
アルはぺロンの首に巻かれているバッグを開け、中から紙とペンを取り出した。俺に説明する。
「ぺロンのバッグには紙とペンが入っている。紙には依頼のランクと駆除したモンスターの名前と数、それから依頼主と自分の名前も書く。誰がどの依頼で死体を送ったのか分かるようにな」
アルはそれらの情報を書き、バッグに用紙を戻した。
「これで良し、と。ちゃんと運んでくれよ」
「バウッ」
ペロンは一声返事をし、空に飛び立っていった。
俺はその姿を眺めながら言った。
「便利だなぁ、ペロン」
「そうだな。だが、ぺロンを呼ぶ筒は安くない。一本30ガランもする」
「高っ! Fランク冒険者にはキツいな」
「その通り。だからできるだけ頼らないようにしたい。死体はペロンに運ばせずとも、自分でギルドに持っていってもいい。しかも、駆除した個体数が証明できればいいから、見せるのは死体の一部だけでもいいんだ。例えば頭だけ、とかな」
「ぺロンの筒はあと何本残ってるんだ?」
「無い。今ので全部だ」
「とほほ、貧乏だな、うちのパーティーは」
「新米なんだから当たり前だ。さて、皮を持ってギルドに行こう。到着する頃にはぺロンが死体を運び終わってるはずだから、報酬が貰えるだろう」
「歩いていくんだろ?」
「もちろん。もう馬車を使える金はない」
「うへぇ」
ということで、俺とアルは生臭いレザータの皮を持ちながら、城下町からパレンシアまでの道のり、10キロを歩いた。
到着した頃には昼を過ぎていた。アルは終始涼しい顔をしていたが、俺はもうクタクタだ。
ギルドに入ると、アルが受付で依頼の達成を報告した。そして、報酬の50ガランが支払われた。レザータの売上金が貰えるのは明日以降らしい。
これでようやく金欠から脱することができた。だが、俺にはもうはしゃぐ余力もない。早く宿屋に行って寝たかった。
だが、まだ休めない。
俺とアルは宿屋ではなく、まずはパレンシアにある武具屋に行った。店内の壁には剣や槍などの武器が所狭しと飾られている。また、様々な鎧も置かれていた。
店主は強面で、いかにも腕っ節が強そうなオヤジだった。アルが店主に言う。
「オヤジさん、この皮でチョッキを作ってくれませんか?」
「おっ、レザータの皮か。だが、チョッキってのはどういうことだ? うちは服屋じゃねーぞ」
「金が無いんです。だからちゃんとした鎧じゃなくていいので、チョッキに加工してくれませんか?」
「そういうことか。兄ちゃん達、新米冒険者だな? チョッキなら無料で作ってやろう」
「ほんとか?」と俺が横から言う。
「おうよ、ボウズ。俺は服屋じゃねーからチョッキで金は取れねえ。その代わり、もっと大物になって、うちでまともな武具を作ってくんな」
「ありがとうございます」とアル。
「オヤジさん顔怖いのに優しいな」と俺。
「顔怖い奴ってのはみんな優しいんだ」とオヤジさん。「一番怖いのはそこの兄ちゃんみたいな色男だ。覚えとけ」
俺は不思議に思って尋ねた。
「どうして色男が怖いの?」
「そりゃあ、ボウズがもっと大きくなったら嫌でも分かることだ」
オヤジさんはそう言った後、アルに尋ねた。
「ところで、そのチョッキてのは誰が着るんだ? 兄ちゃんか? それともボウズか?」
「ボウズの方です」
「分かった。寸法を測るから待ってろ」
オヤジさんは巻尺を持ってきて、俺の体の寸法を測った。チョッキは今日中に作れるらしいので、俺達は夕方にまた来ることにして、それまでに宿屋を探すことにした。店の外に出て、宿屋を見て回る。
アルによると、パレンシアは冒険者用の宿屋で賑わっているが、客のランクごとに建物が大きく異なるらしい。俺は実物を見ながらアルに説明を受けた。
Bランク以上の冒険者が泊まる宿屋は高級志向で、建物は貴族のお屋敷のように大きく、そして美しい。C、Dランク向けの宿屋は、華美な装飾が施されていないだけで、大きさは高ランク向けの宿屋と同じくらいある。そして、E、Fランク向けの宿屋は、ちっぽけな一軒家だ。普通の民家と違うのは、二階建てなことくらいしかない。
外観さえ見れば、どのランクに向けた宿屋なのかすぐに分かる。もし俺みたいな低ランク冒険者が、うっかり上のランク向けの宿屋に入れば恥をかくだろう。
俺とアルは当然、低ランク向けの安宿に部屋を借りた。食事抜きで一部屋10ガラン。節約のため二部屋は借りず、二人で一部屋に泊まることにした。
宿屋で受付を済ませて外に出る。次は飲食店を探すことにした。朝にパンを食べただけなので腹ぺこだ。宿屋と同じで、低ランク冒険者向けの安そうな店に入る。ここでかなり遅めの昼食を取ることになった。
テーブル席につき、アルにメニューを読んでもらう。だが、そもそも知らない料理の名前ばかりなので、とりあえずアルと同じ物を頼むことにした。
老夫婦が営む店で、お婆さんが料理を運んできた。パンと野菜スープ、そらからグナメナという肉料理だ。アルによると、グナというモンスターの肉を煮込んだものらしい。見た目は灰色をしていて、味が想定できない。正直不味そうだ。
アルを見ると、パクパクと料理を口に運んでいる。美味そうにも不味そうにも見えない。
「美味い?」と聞くと、「ああ」という素っ気ない返事。
俺はナイフで肉を小さく切り、フォークに刺した。恐る恐る口の中に運ぶ。
「んんー」
思わず感嘆の声を上げる。美味い、美味すぎる。今まで食った料理の中で一番美味い。腹が減っていることもあるのだろうが、それにしても美味い。
「めちゃくちゃ美味いなあ、これ」
「おっ、そうか。良かったな」
「毎日これでもいいな」
パンと一緒に食べると、これまた絶妙に合う。俺はあっという間に料理を平らげた。まだ食べ足りない。
俺はアルに頼んで、グナメナをおかわりした。
グナメナを二皿完食し、ようやく満足する。料金は二人分で10ガラン。こんなご馳走を食べてたった10ガラン。なんて良心的なんだろう。
店を出ると、今度は町外れの原っぱに行き、そこで読み書きの授業を受けることになった。アルが言う。
「昨日教えた言葉を地面に書いてみろ」
「了解」
俺は木の棒を拾い、自分の名前を書いた。完璧だ。惚れ惚れする。
「よし、ちゃんと合ってるぞ」とアル。「他も書いてみろ」
「了解」
俺はアルのフルネームを書いた。それを見てアルが言う。
「おい、なんだ『アルアルト・アルアル』って。オレの名前はアルジェント・ウリングレイだ」
「いいじゃん、これでも。アルはアルなんだから。フルネーム使う機会なんてないし」
「オレの名前は使わなくても文字は使うだろ。ちゃんと覚えろ。これも明日までの課題だ。あと、もう一つは?」
俺はもう一つの課題だった、『冒険者ギルド』の文字を地面に書いた。アルが不服そうに言う。
「なんでこっちはちゃんと覚えるんだよ! オレの名前も覚えようとしろよ!」
「だって冒険者ギルドは使う機会多いだろ?」
「んん、まあ、それはそうだが……」
アルは腕を組み、少し考えてから言った。
「ゼラは実用的な知識を覚えたがるみたいだな。これからは使う頻度が高い言葉を優先的に教えよう。そっちの方が効率がいいかもしれない」
「そのプランでお願いします。勇者様」
アルは次の課題を地面に書いた。今日覚えればいい言葉は五つ。『依頼書』『モンスター』『駆除』『報酬』『ランク』だ。
「この五つは冒険者のキーワードだ。頻出するから絶対に覚えておいた方がいいぞ」
「うん、頑張って覚える」
「それから、この言葉も教えてやろう」
アルはもう一つ地面に言葉を書いた。
「これはなんて読むんだ?」
「これはな」
アルが俺の耳元に口を寄せ、こう言った。
「これは、『おっぱい』だ。アハハハハハ」
大笑いしながら俺の背中をバシバシ叩く。俺が沈黙していると、アルが言った。
「笑えよっ!」
「いや、スベるのが好きなのかと思って」
「そんな奴いるわけないだろ! オレだけ笑ってて恥ずかしいじゃねーか!」
「自分の冗談で笑うって絶対にやっちゃいけないことだよね」
「……あのなぁ」アルが溜息をついて言う。「オレは本気で笑わせたくて冗談を言ったんじゃないんだよ。ゼラともっと仲良くなりたいから言ったんだ。こういう時は面白くなくても笑ってやるのが優しさだし、礼儀ってもんだぞ。それに、これからはオレ以外の冒険者と話すことも増えるだろうから、作り笑いくらいできるようになっておけよ」
「嫌だ。作り笑いはギャグへの冒涜だ。そんなことをするくらいなら嫌われる方がマシだね」
「なんで笑いにそんなストイックなんだよ」
「あと、俺からもアルに説教だ。安直な下ネタで笑いを取ろうとするな。下ネタってのは一番簡単そうで、その実一番難しい笑いの取り方なんだ。いい歳して気安く下ネタに頼ろうとするのは止めろ。その程度の覚悟じゃ、Eランクにすら昇格できないぞ」
「なんのランクだよ。冒険者に笑いのセンスは関係無いだろ」
アルはそうツッコミを入れた後、優しく笑って言った。
「……まあ、どんな生き方をするかはゼラの自由だから、好きにすればいいさ。仕事のことはパーティーメンバーとして厳しく言うが、それ以外のことまで煩く言わないよ」
「さすが勇者様。物分かりがいいね」
「どうも。じゃあ、そろそろ武具屋に行くか。もうチョッキが出来てる頃だろう」
授業が終わった時にはすっかり夕方になっており、俺達は武具屋に行った。チョッキはちょうど完成したところだった。さっそく着てみると、ぴったりの大きさだった。着心地も良く、あれだけキツかった血の臭いが消えている。すごい技術だ。
俺の渾身の一撃を防いだ敵の鱗が、今は俺の身を守っている。心強いなんてもんじゃない。これなら上のランクの依頼も楽々達成できるのではないだろうか。
俺たちは武具屋のオヤジさんにお礼を言い、絶対にまたこの店を利用すると約束した。
店を出ると、宿に戻った。借りた部屋に入る。中は狭いが、安宿なので仕方ない。問題はベッドだ。小さなベッドが一つしかなかった。
アルが言う。
「一つしかないから、同じベッドで寝るぞ」
「波動斬でベッドを二つに分ければいいんじゃない?」
「……それは誰が弁償するんだ?」
「アルジェント・ウリングレイ」
「なんでフルネームなんだよ。とにかく同じベッドで我慢するぞ。昇格して金に余裕ができるまでは節約だ」
「了解」
こうして、俺の冒険者生活一日目は終わった。俺はアルと同じベットに寝ながら、昨夜と同じように課題の復習をした。暗い天井に文字を書くように、指先を宙に走らせる。スラスラと書けるようになってから、ようやく眠りについた。頭も体も疲れている。眠りに落ちるのは一瞬だった。
《黄金のトカゲ 完》




