新種のモンスター ⑤
四人で馬車を降りる。ルネスさんと打ち解けたからか、ギルドへの道のりも寂しくない。
ギルドの中に入ると、三人の受付係がこちらを向いた。二人は顔見知りだが、一人は知らない人だ。髪が紫色の女性で、歳はルネスさんと同じくらいだろう。
その人がルネスさんに言った。
「やっと来た。遅いよ、エマ」
「ごめんごめん。今代わるから」
俺達と違ってルネスさんの態度は気さくだ。紫髪の人は友達なのだろう。……ってことは、俺達は友達認定されてないの? もっとフレンドリーでもいいのよ?
ルネスさんはカウンターに入り、紫髪の友達と少し話すと、受付の仕事をバトンタッチした。友達は二階に上がっていく。
その後、俺達はルネスさんのカウンターに依頼書を出した。それと一緒に検体の木の枝も出す。
ルネスさんがかしこまった態度で言った。
「はい、たしかに受け取りました。この枝は責任を持って調査機関に送らせていただきます。調査結果は分かり次第報告しますね。それから、報酬の500ガランです。お受け取りください」
カウンターに五枚もの銀貨が置かれた。うっとりと眺めていると、アルがしれっと回収した。それを目で追いつつ、ルネスさんに尋ねる。
「ほんとに報酬はいらないの? 四等分してもいいけど」
「はい。私は同行できただけで満足です。ありがとうございました」
「……ならいいんだけどさ、その言葉遣いはもう止めてよ。堅苦しいから。さっきの友達みたいな感じで話そうよ」
「友達? ああ、レムのことですか。あの子は友達というより腐れ縁の関係ですよ。あと、言葉遣いはこのままでいかせてください」
「えー、なんで?」
「この方が楽だからです。職業病ですね」
「そっか。でも、他人行儀に戻る感じで寂しいね」
「それを言うなら、エミールさんだって言葉遣いが堅いじゃないですか。私よりも、エミールさんに変えてもらった方がいいのでは?」
「あ、たしかに」
エミールが手を振って言った。
「い、いえ、私も今のままでいいですよ。こっちの方が話しやすいので」
「そお? いつでも普通の話し方にしていいんだからな?」
「だから変えないって言ってるじゃないですか。話聞いてなかったんですか?」
「えっ、どうしたの急に……」
「ふふっ、冗談ですよ冗談」
「なんだ。驚かせないでよ」
ルネスさんもエミールとともに笑う。
その時、アルが後ろから言った。
「そろそろ行こう。ルネスさんにも仕事があるんだ。これ以上邪魔しちゃいけない」
「それもそうだな」と俺。「バイバイ、ルネスさん。しばらくお別れだね」
ルネスさんが不思議そうに言う。
「お別れ? 明日また会えるでしょう?」
「でも、会えるのは冒険者のルネスさんじゃないから」
「ああ、そういうことですか。私も久しぶりに冒険者になって疲れました。皆さんも今日はゆっくり休んでください」
「うん、そうする。今日はすぐ寝る。すぐにな」
「あ、あの」とエミール。「今日は助けていただいてありがとうございました。あの時に見せていただいた闇魔法、素晴らしかったです。私もルネスさんみたいな魔術師を目指します」
「ふふっ、それは嬉しいですね。よければ私が魔法を教えて差し上げますよ。忙しくてなかなか難しいですが」
「ほ、ほんとですか? ありがとうございます!」
アルが一礼して言う。
「では、俺達はこれで失礼します。お世話になりました」
「アルさん、これからもお二人を守ってくださいね」
「ええ、必ず」
俺達はアルに促されるままギルドを出た。
別れ際、なぜルネスさんはあんなことを言ったのだろう。今日、アルは戦いにほとんど参加しなかったはずだ。それなのに、どうしてアルが一番強いと知ってるんだ? それを知ってないと、あんなセリフは出てこないはず。
たぶん、俺が剣士から逃げて影に潜っている間に、二人で何か話したのだろう。いったい何を?
『オレ、めちゃくちゃ強いんで、二人の子守役なんすよ』とか、かっこつけて言ったのかな。ルネスさんを口説くために。気になる……。
俺は宿への道を歩きながら、エミールに尋ねた。エミールならアルが話しづらいことでも教えてくれるはずだ。
「なあ、どうしてルネスさんはアルにあんなことを言ったんだ? アルが強いって知らないはずなのに」
「え? それは、あれですよ。アル様が見るからに強そうだからじゃないですか?」
「えー、そんなふわっとした理由じゃないと思うけど」
「じゃあ逆に、私とゼラ様が見るからに弱そうだからじゃないですかね?」
「ぐふっ、ど、どうして突然毒を……」
「あ、ごめんなさい。そんなつもりじゃ」
「いや、いいんだ。エミールの言う通りかもしれないし」
アルが口を挟む。
「たぶんだが、オレが森で何もしようとしなかったからじゃないか? あえて力を貸さないことで、二人に経験を積ませていると見抜いたんだ」
「あ、なるほど。ルネスさんは鋭いからそれくらい考えるだるな。そう思うことにしておこう。うん、きっとそうに違いない」
「もしくは、二人の働きぶりを見て、Cランク冒険者の実力が無いと判断したからか。その場合、少なくともオレにはCランク以上の実力があると分かる」
「ぐふっ。なんだよ、みんなして毒吐きやがって。俺とエミールはたしかにあの厄介な樹木を燃やしてやったんだ。絶対にCランクの実力があるね」
「どうだかな。それはオレにも分からない。ルネスさんの方が詳しい。なんなら、今からでもギルドに戻って訊いてみるか?」
「いや、止めとこ。怖いから」
「……その程度の度胸じゃ、訊くまでもなさそうだな」
「うるせー! 結果がすべてだ。俺とエミールはCランクの、しかも最高報酬の依頼を達成したんだ。誰がなんと言おうとCランク冒険者だ!」
「自信を持つのは結構だが、いいのか? オレ達はもうCランクの依頼を三つ達成した。次からはBランクだ。必要とされる実力がまた上がる」
「んっ……そりゃあ、俺も心配してるけど」
「おっ、ほんとか? 意外だな」
「馬鹿にすんな! 俺だってちゃんと考えてるんだ」
俺がそう言うと、アルは突然立ち止まり、俺達の方を向いた。俺とエミールも立ち止まる。
アルが神妙な顔つきで言う。
「ということで、Bランク昇格に向けて、特別訓練をしたいと思う」
俺は唾を飲み込んで言った。
「な、なんだよいきなり。俺、厳しい特訓とか嫌だからな」
「厳しくはない。今日から弓の稽古は特別訓練に当てるぞお」
「うん、分かった……って今日!? 今日からやるのか?」
「そうだ。何か問題でも?」
「今日はもう疲れてるんだ。明日からにしようぜ?」
「明日じゃ間に合わない。Bランクの依頼に挑むんだからな」
「じゃあ明日は仕事休もう」
「これくらいで何を言ってる。ゼラが疲れているのは魔力を消耗したからだろう? 魔力は体力と違って回復が早い。これくらいでサボろうとするな」
「うぅ……鬼勇者」
「……前にも聞いたなソレ」
というわけで、俺達は一旦宿屋で昼食を済ませてから、いつも稽古場に利用している原っぱに向かった。
アルが偉そうに言う。
「では、これからBランク昇格に向けた特訓を開始する」
「何すんの?」
「それは、新技の習得だ」
「できるだけ習得が楽なのでお願いします」
「甘ったれたことを言うんじゃない。が、今回教える技はそれほど難しくないはずだ。特に、ゼラにとってはな」
「……どういうこと?」
「今日の冒険で、裏世界の大気には闇の魔素が大量に含まれていることが判明した。これを利用しない手はない」
俺は興奮して尋ねた。
「なるほど! 俺も魔素を吸収して、ドーブルみたいに超絶強くなれたりするのか?」
「いや、さすがにそこまでの技術は俺も知らない。というか、あれはモンスター以外にはできない芸当だろう。もし人間が真似すれば、急激な変化に体がついていけないはずだ。下手をすれば死ぬ」
「じゃあ、あの樹木みたいに高速で回復する技も無理?」
「ああ。あれこそもはや人間業じゃないな。もしできれば化け……」
そこで言葉を切り、アルは『しまった』という顔でエミールを見た。エミールは魔王化すれば傷を高速で治せる。それを本人の前で「化け物」呼びしようとしたのだ。
「ゴホンッ」
アルは誤魔化すために咳払いした。
俺もちらりとエミールの顔を見る。幸い、機嫌を損ねている様子はない。なぜアルが咳払いしたのかも分かってないようだ。
俺はニヤリと笑ってアルをからかった。
「良かったなアル」
「うるさい」
「……え、なんの事ですか?」とエミール。
アルが慌てて誤魔化す。
「いや、なんでもないんだ。気にしないでくれ。とにかく、今からゼラには闇の魔素の活用方法を伝授する」
「どうやって? 闇魔法でも使うのか?」
「その通り。闇の魔素は闇魔法の源だ。他の属性の魔法には使うことができない」
「ふーん。ついに俺も魔法デビューか。いよいよ冒険者らしくなってきたな。で、どんな闇魔法を教えてくれるんだ?」
「まずは下級の闇魔法を教える。が、その前に、基本的な魔力のコントロール方法から教えよう」
そう言うと、アルは地面の砂を摘まんだ。
「両手を出してくれ」
言われた通りにする。アルは俺の両手に一摘まみの砂を乗せた。
「この砂を動かすんだ」
「動かすって、どうやって?」
「強く念じるだけでいい。これは初歩的なトレーニングだから、呪文もいらない」
「って言われてもねぇ」
俺は両手の砂を見つめた。『動け、動け』と、心の中で念じてみる。だが、砂は一向に動く気配が無かった。
「目に力を入れても意味無いぞ」とアル。「手から魔力を流し込むんだ。魔力は全身を流れている。それを胴から腕、腕から手の平、そして手の平から砂に流すようにイメージしろ」
「……ん、了解」
体に魔力が巡ってるなんて実感は無いが、とにかく言われた通りにやってみる。
「頑張ってゼラ様」と、エミールが応援してくれた。
こんなところで躓いていたらかっこ悪い。これくらいできなければ……。
俺は必死で両手から魔力を出すイメージをした。だが、砂に変化は無い。
そこから1分経っても、2分経っても、砂はちっとも動かなかった。
痺れを切らし、口から空気を送った。砂が少し動いたが、アルにツッコまれる。
「それは魔力じゃない。息だ」
「うぅ、分かってるって」
それから5分間、砂とにらめっこしたが、結局砂は動かなかった。
「もうダメだぁ」
俺は泣きそうになりながらその場にへたり込んだ。砂が地面に落ちる。
アルが叱ってきた。
「これくらいでへこたれるんじゃない」
「疲れてるから無理なんだって」
「言い訳をするな。ゼラは手が疲れたからって砂粒すら持てなくなるのか? 魔力だってそれと同じだ。疲れは関係無い」
「じゃあ、俺には才能が無いんだよ」
「ああ、そうだな」
「あっさり認めんなよ!」
「だが、事実だ。オレはこれくらい四歳の時にできたぞ。しかも数秒でな」
「しれっと自慢してんじゃねー! そりゃアルは天才だろうな。なんたって最上級魔法が使えるんだから。でも、俺みたいな凡人には無理なんだよ」
「凡人? ゼラは自分が凡人だと思ってるのか?」
「……違うの?」
アルがエミールに視線を移す。
「エミールはどれくらいで砂を動かせるようになった」
「私は五歳の時です」
「何秒で?」
「たしか、1分くらいでした」
俺は絶望して叫んだ。
「嘘だ! それって魔王化したからだろ!」
「魔王の呪いをかけられたのは六歳の頃です。その前にできました」
「そ、そんな。エミールは人より魔力が少ないはずなのに……」
アルが残酷な宣告する。
「つまり、ゼラの魔法の才能は凡人以下ということだ」
俺は言葉の矢を刺され、絶命しそうになった。『凡人以下』。なんて恐ろしい言葉だろう。凡人以下、凡人以下、凡人以下……。
「ああ、もう立ち直れない」
俺は力なくその場に横たわった。凡人以下なら、特訓なんてやっても意味無いじゃないか。クソが。もう何もかもどうでもいい。みんな死んじゃえ。いや、死ねは言い過ぎだな。ほんとに死んだら嫌だから訂正しとこ。みんな俺と同じくらい無能になれ。うん、これでいい。
やる気を無くした俺の耳に、アルの声が降ってくる。
「そう落ち込むな。人には誰しも、他人より劣っている部分がある。オレだってそうだ。さっきゼラはオレに魔法の才能があるといったが、得意なのは水魔法と光魔法だけだ。闇魔法に至っては下級魔法すら使えない。あと魔法とは関係無いが、この歳になっても暗闇が怖くて仕方ない。ゼラも知ってるだろ」
「ふんっ、水魔法と光魔法が得意なら充分だね。暗闇も光魔法で照らせば怖くないし、そんなもん自虐になるかよ。こんな初歩的な所で躓くってことは、俺は全部の魔法が不得意ってことだろ? 綺麗事言ったってそれが現実だ」
「子供みたいに拗ねるんじゃない。それを言うならエミールだって魔力が少ないのに頑張ってるじゃないか」
「エミールは偉いもん。俺偉くないもん。得意なことしかやりたくない」
「いい加減にしろ!」
アルは怒鳴って俺の首根っこを掴んだ。強引に引っ張って俺を立たせる。
「ひぃ、暴力は止めて勇者様」
アルが服を離し、溜息をつく。
「はぁ。ゼラ、よく聞け。人には誰しも劣ったところがある。それをなんとかしたいと思うなら、取るべき対策は二つだ。一つは努力で劣った部分を克服すること。才能が無くても、努力さえすれば人並みくらいにはなる。そして、もう一つは他の部分でカバーすること。この場合、得意分野で補うのが常套手段だな」
「だからなんだよ」
「それをゼラもやればいいんだ。さっき自分で言ってただろ? オレは暗闇が怖くても光魔法で照らせばいいって。ゼラにしたって同じことだ。得意分野を活かして、不得意な分野を補え。努力が面倒だと思うなら尚更な」
「俺の得意分野ってのは?」
「もちろん、潜影能力だ。裏世界にある豊富な魔素を活かせれば、人並み以上に闇魔法が得意になるかもしれない」
「でも、その活かすことに才能が無いんじゃん。砂粒すら動かせないのにどうすんだよ」
「それくらいは努力でなんとかしろ」
「ほらな、結局努力だろ? 五歳児にすら負けてるってのに、ほんとに努力でどうにかなるんだろうな?」
「それはやってみないと分からない」
「やっぱり。だから嫌なんだよ。ただでさえ努力なんて嫌なのに、無駄になるかもしれない努力なんてもっと嫌だね。あーあ、裏世界の中なら砂くらい楽に動かせるんだけどな。どうして地上だとこうも上手くいかないもんかね」
「ん、どういう意味だ? 裏世界なら動かせる?」
「あれ、言ってなかったっけ? 俺は裏世界にある物なら自由に動かせるの。手で触れなくても」
「それを早く言えよ!」
《⑥に続く》




