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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Cランク編
38/78

新種のモンスター ④

「いい考えとは?」とルネスさん。


「裏世界から魔素を吸い上げてるんなら、それを遮断すればいいんだよ」


「どうやってそんなことを」


「根っこを結界で覆えばいいんだ。ほら、エミール。ドーブル戦で使った結界、あれなんて言ったっけ」


 エミールがはっとした顔をして答える。


「オクスケニオンですね。たしかに、あれで根を覆えば魔素を遮断できます。闇の魔素であれば、闇魔法と同じように防げるはずです」


 ルネスさんも納得して言う。


「なるほど、いい考えですね。根を覆ってしまえば再生力が弱まるでしょうから、後はその根を炎魔法で焼き払ってしまえばいい。しかも、結界は闇魔法以外は通すので、外から燃やすことが容易にできる」


 俺はうっとりしながら言った。


「我ながら完璧な作戦だぁ……。じゃあエミール。俺と一緒に裏世界に潜ってくれ」


「了解です」


 俺は木の影にゲートを開き、二人で手を繋いで飛び込んだ。裏世界に沈んだ後、エミールに言う。


「エミール、光魔法で辺りを照らしてくれ」


「はい、ライムカロン」


 頭上に小さな光の球が現れた。辺りを優しく照らし出す。光は弱く、木の根を照らすほどの明るさはない。


「その球をあっちの方向に移動させて」


「はい」


 俺が指をさした方向に光球が進んでいく。そして、すぐに木の根にぶつかった。木の根の一部を照らし出す。


 エミールが驚いて言った。


「わあ、すごい。本当に土も無い場所に根を張ってる。どこまで続いてるんでしょう」


 光は根の先端までは照らしていない。俺が代わりに教える。


「かなり長いよ。5メートルくらいかな」


「そ、そんなにですか? すみませんゼラ様。もしかしたら、私の魔力では結界で覆いきれないかもしれません。ルネスさんに任せた方が」


「いや、いいんだよ。だって結界は闇魔法を防ぐだけじゃなくて、吸収もできるんでしょ? だったら闇の魔素でも吸収できるはずだ。それでどんどん大きくすればいい」


「なるほど。さすがゼラ様。やってみますね」


 エミールが杖を構え、呪文を唱えた。


「オクスケニオン」


 紫色の結界が根の周囲に張られる。結界は半球状で、丸い(うつわ)をひっくり返したようになっている。結界は根を囲んでいるが、根元の部分だけで、それより先は結界を突き抜けていた。まだ四分の一も覆い切れていない。


「よし。結界をもっと下に伸ばして」


「……はい」


 結界の形が変わり、下へと伸びていく。それとともに、光球も下へと移動していく。結界は徐々に根を包む範囲を広げていった。


「足りるでしょう? 魔力」


「……正直、分かりません。たしかに、ここには魔素が大量にあるみたいなんですが、なかなか吸収しづらくて」


「えっ、どうして?」


「この結界は闇魔法の吸収には長けていますが、魔素の吸収だとそう上手くは……」


「うっ、そうか。完璧な作戦だと思ったんだけど、甘かったかな……」


 結界がゆっくりと下へと伸びる。エミールは少し苦しそうな声で言った。


「魔力を節約したいので、ライムカロンを解除します。どこまで結界を広げればいいのかゼラ様が教えてください」


「あ、ああ。分かったよ」


 根を照らしていた光球が消える。これでエミールは何も見えなくなった。根も結界も、俺の姿すら見えない状態だ。


 根が半分以上結界に包まれる。あと少し。


「エミール頑張って。あと少しだから」


「はい……」


 消え入りそうな声だ。気絶しなければいいけど。


 てか、俺も人のことを言ってられない。裏世界に入る時間が長引けば、俺まで気絶する。二人も入っているから俺の消耗も早い。エミール急げ!


 結界がほとんどの根を包む。残り1メートル。


 早く早く早く!


 念じながら根の先端を凝視する。結界の伸びがナメクジみたいに遅く見えた。本当に速度が遅くなっているのか、それとも俺の時間感覚がおかしくなっているのかは分からない。


 とにかく、じれったい気持ちを我慢していると、ついに結界が根の先端まで到達した。巨大な根が巨大な結界に覆われている。


 俺はすかさず叫んだ。


「エミール、ストップ!」


 結界の拡大が止まる。


「大丈夫か? エミール」


「はい、なんとか」


 口ではそう言っているが、声にも顔色にもかなり疲れが現れていた。今からでも地上で休ませたいが、まだ根を燃やすという大事な仕事が残っている。


 どうしようか。やはりルネスさんと交代した方がいいかな。でも、できるならそれは避けたい。Cランクの依頼になってからアルに頼りきっている。今回の依頼でそれがルネスさんに変わっても意味が無い。俺とエミール、二人で解決しなければ……。


 俺はエミールを気遣いつつ、最後の作業を頼んだ。


「エミール、辛いだろうけど、炎魔法で燃やしてくれるか? 根の方向は分かるよな?」


「はい」


 エミールは消え入りそうな声で言った後、呪文を唱えた。


「ボーア」


 さっき使ったボアレイルじゃない。これは下級の炎魔法だ。もう魔力が残っていないのだろう。杖の性能にも限界があるようだ。


 小さな火の球が目の前に現れる。エミールが杖を小さく振ると、火はゆっくりと動きだし、根に近づいていった。


 火の球と根の大きさは目眩がするほどに対照的だ。まるでネズミと人間くらいの差がある。こんなんで本当に燃やせるだろうか……。


 火の球が結界を通過し、巨大な根に触れる。


 その瞬間だった。火が根に燃え移ると、瞬く間に根から根へと広がっていった。炎は横へ下へと浸食していく。さっき幹を燃やそうとした時とは大違いだ。


 燃えさかる炎に照らされ、エミールでも根が見えるようになった。疲れを滲ませた声で言う。


「作戦成功ですね。ゼラ様」


 辛そうだが、嬉しそうな声でもある。根を見たところ、再生力は追いついていない。焦げた根はそのままだ。燃え尽きるのは時間の問題だろう。


 俺ははしゃぎながら答えた。


「やったなエミール! 作戦は大成、功……」


 そこまで言って、喋る気力が無くなった。安心したからだろうか。俺にも疲労がぐっと押し寄せてきた。そういえば俺にも余裕が無いんだった。早く地上に出ないと。


 俺は頭上にゲートを開き、最後の力を振り絞って泳いだ。


 二人で明るい地上へと顔を出す。俺の疲れを察してか、アルが抱き上げるようにして俺をゲートから引っ張り出した。


「よくやったぞゼラ。見ろ」


 体を樹木に向けられる。炎が根から幹へと燃え広がっていた。再生もしていない。


 ルネスさんが嬉しそうに言う。


「魔力で育っている分、木の中の水分が少ないのでしょう。あっという間に燃え広がりました」


 アルがエミールに目を向けて言う。


「エミール、炎が全体を覆うまでは結界を維持してくれ」


「はい」


 エミールはそう言い、座りながら目をつむった。地面に杖を立て、それを両手で強く握りしめている。まだ辛そうだ。エミールの魔力が裏世界に届くよう、ゲートは開けたままにしておく。


 ルネスさんが心配そうに言った。


「お辛そうですね。私も手伝います。ボア――」


 俺が慌てて止める。


「あっ、ダメ。手伝わないで」


 ルネスさんは呪文を中断し、首をかしげた。


「なぜです?」


「できるだけ、俺達だけの力でやりたいんだ。ルネスさんがいてくれるのは今回だけだから」


「……」


 ルネスさんは少しの沈黙の後、微笑んで言った。


「それもそうですね。受付係が差し出がましいことを言いました」


「ごめんね。わがまま言って」


「いいえ、めっそうもない」


 その時、樹木がミシミシと音を立て、ゆっくりと後方に倒れた。根が燃え尽きた証拠だ。


「よっしゃー」俺は喜んでエミールに言った。「エミール、もう結界解除していいよ」


「はい、もう、解除、しました……」


 エミールは力なくそう言って、杖を握る力を弱めた。ずるずると両手が下がっていき、最後は杖と一緒に前のめりに倒れた。


「大丈夫かエミール!」と、アルが急いで駆け寄る。


 俺もそうしたかったが、もう気力が無かった。座った状態から上体を倒し、燃えていく樹木を眺める。炎は幹から枝、枝から葉へと(たちま)ち広がっていった。


 その時、後方でアルが呪文を唱えた。


「ルアミネル」


 空中にいくつもの水の塊が現れる。球状の塊は徐々に大きくなり、直径が30センチほどになると、次々に地面へと落下した。


 近くに川があるわけでもないのに、どこから水を集めたのだろう。不思議な魔法だ。


 何十もの水の球は、燃えさかる樹木の周辺を水浸しにした。これで森が火事になる心配はない。


 結局、後処理はアルの手を借りてしまったが、標的を仕留めたのは俺とエミールだ。アルでもルネスさんでもない。これで胸を張ってCランク冒険者を名乗れる。良かったな……。ああ、なんか眠くなってきた。魔力を使いすぎたな。


 瞼が重く、今にも閉じそうになる。ちょっとだけ寝ようか。そう思った時、ルネスさんが声をかけてきた。


「どうしました、ゼラさん。なぜゼラさんも疲れているのですか?」


 なんか(あお)られているように聞こえてムカつく。が、そういえばルネスさんは裏世界の魔力消費について知らないのだった。面倒だと思いながらも説明する。


「裏世界に入ると魔力を消費するんだよ。しかも、入る人数が多いほど、俺の消費魔力だけが増えるんだ。理不尽だろ?」


「なるほど、興味深い原理ですね。そのことは私が読んだ本には書かれていませんでした。いや、私が忘れただけですかね」


「なんでもいいよ。早く宿に帰って寝たい……」


 アルが近づいてきて言う。


「じゃあさっさと立て。帰るぞ」


 俺は即座に上体を起こして文句を言った。


「なんで俺にはそんな冷たいんだよ!」


「ほら、元気そうじゃないか。ゼラはエミールと違って魔力が少ない体質じゃないだろ?」


「それならそれで少しは俺の働きを褒めろよ!」


「分かった」


 アルはそう言うと、俺の目の前に身をかがめ、頭をなでてきた。


「よしよし、よく頑張ったなゼラ。偉かったぞ」


 その手を払って怒鳴る。


「子供扱いしてんじゃねー!」


「どっちなんだよ。褒めてほしいって言ったじゃないか」


「もっと上手く褒めろ! 例えば『頑張ったなゼラ。オレのパーティーにいてくれてありがとう。これからもよろしくな。オレもゼラの足を引っ張らないように頑張るからな』とか言え! 皮肉に聞こえないよう爽やかな感じでな!」


「分かった。……頑張ったなゼラ。オレのパーティーにいてくれてありがとう。これからもよろしくな。オレもゼラの足を引っ張らないように頑張るからな」


 俺は満足して頷いた。


「うんうん、それでいいんだよそれで」


「いいのか」と、ルネスさんが小声で呟く。


 俺は立ち上がって言った。


「さて、早く寝たいし、帰りますか。大丈夫かエミール。立てるか?」


 エミールは座って休んでいたが、返事をして立ち上がった。


「はい。ご心配をおかけしました」


 顔色がずいぶん良くなっている。無理をしているわけではなさそうだ。


 俺はほっとして足下の枝を拾い上げた。これは潜影族の謎を解く重要な手がかりだ。だから自分で大事に持ち帰りたい。


 それはそうと、木の枝には二つの実が付いている。まるで焦げついたかのように黒い……。が、なんだかすごく美味そうに見える。この実の(とりこ)になっていた人々を思い出す。剣士のおっさんに至っては、「この実のためなら死んでもいい」とさえ言っていた。果たしてどれくらい美味いのか……。


 一口ぐらい食べても、大丈夫だよね?


 俺はみんなと一緒に歩きながら、徐々に、そしてさりげなく後ろに下がった。誰にも見られていないことを確認し、そっと禁断の果実へと手を伸ばす。


「食うなよ」


 突然、アルの鋭い声が響いた。が、アルはこちらを見ず、背を向けたまま歩いている。


 クソ。どうして分かるんだよ。気持ちわりいな。


 エミールが振り向いて尋ねた。


「食べようとしてたんですか、ゼラ様?」


「いや、その、調査の一環として、一口だけ……」


「絶対にダメですよ」と、ルネスさんまで冷たい声で言う。


「じゃあ、半口だけでも……」


「ダメです。『じゃあ』って何ですか『じゃあ』って」


「じゃあ、半々口は?」


「何等分したってダメなものはダメです。諦めてください」


「ぐぅ……可哀想な俺……」


「そうですね」


 ルネスさんに適当に流されつつ、帰り道を歩く。しばらくすると無事に森を抜け、ラグールに着いた。そこから馬車に乗り、パレンシアに向かう。


 馬車に揺られながら思う。ルネスさんとはこれでお別れだ。少し寂しい。いや、当然ギルドに行けば会えるんだけど、こうして一緒に冒険できるのはこれが最後だろう。明日からは受付係と冒険者の関係に戻ってしまうのだ。


 アルとエミールも同じことを思っているのだろうか。どことなく寂しげな雰囲気が漂っている。


 俺はその空気をなんとかしたくて、ルネスさんに言った。


「また一緒に冒険できたらいいね」


 すると、ルネスさんが笑顔で返した。


「嫌です」


「ええっ!?」


 なんで? 俺、そんなに嫌われるようなことした?


 うろたえている俺に、ルネスさんが言う。


「お忘れですか? 私は戦いが嫌いなんです。冒険者の仕事はしたくありません」


「ああ、そういえばそんなこと言ってたね。じゃあ、また新種のモンスターの依頼があれば、一緒に行こうよ」


「そういうことなら構いません。むしろこちらからお願いしたいくらいです」


「まっ、その頃、俺達がまだパーティーを組んでるか分からないけどね。俺なんか薄情なアルに見捨てられてるかも」


「それ以前に生きてるかすら分からないけどな」とアルが口を挟む。


「縁起でも無いこと言ってんじゃねーよ!」


 エミールも口を開く。


「パーティーが解散していても、新種のモンスターが見つかったら皆で集まりましょう」


 俺は余計寂しくなって言った。


「なんで解散前提なの? 別れ話に別れ話重ねないでよ」


「もしもの話ですよ」


「ほんとに? 俺のこと捨てない?」


「それはアル様次第ですね」


「そんな、エミールまで」


「ふふっ、冗談ですよ」


 とりとめのない会話をして、賑やかに空気になっていく。ルネスさんと笑って話せるようになった頃、馬車はパレンシアに到着した。


《⑤へ続く》

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