新種のモンスター ③
敵が威勢よく言う。
「はっ、油断したな」
そうです。油断しました。ごめんなさい。と、内心思いながら仲間に目で謝る。
「もう呪文は唱えるなよ」と敵。「唱えれば、こいつの命は無い。もちろん他の奴らもだ。変な真似はするな」
そう言って俺の顔に剣先を近づける。敵は片方の腕で俺の首をがっちりロックしているので、簡単に逃げられそうにない。
「さあ、お前達はここから立ち去れ。そうすればこいつの命は助けてやる」
「くっ……」
ルネスさんが悩ましげな顔で呟く。どうやらさすがのルネスさんでも解決策が見つからないらしい。
エミールは心配そうな顔で俺と犯人を交互に見つめている。今にも「言う通りにするからゼラ様を殺さないで!」と懇願しそうな顔だ。ありがいたいねぇ。
それに比べてアル、お前はなんだ。どうしてこんな状況でも無表情なんだ。この状況、『面倒くせーな』くらいにしか思ってないんじゃないだろうな。それとも、俺が脱出できるって分かってんのかな。
仕方ないね。人前ではあんまり使いたくないが、この際、潜影能力を使って脱出するか。
俺は犯人の体にゲートを開いた。俺の背中が密着し、日光を防いでいるので、地面と同様にゲートを開くことができる。
俺は犯人に倒れかかるようにして、ゲートの中に身を投げた。
作戦は難なく成功。俺は裏世界へと脱出した。犯人の奴、さぞかしびっくりしてるだろうな。
さて、そいじゃ、どこから地上に出ようかな。あからさまに影から出ると、潜影族ってバレそうだな。ま、ルネスさんだったらまだいいんだけど、あのおっさんにバレるのは避けたいしな……。
そんなことを考えながら、なんとなく辺りを見渡した時だった。
「んぎゃああああああああ」
俺は驚きのあまり叫び声を上げた。
なんと、俺の視線の先には、巨大な木の根っこが伸びていたのだ。根の色が白いところを見ると、これは標的の樹木で間違いない。
根は複雑に絡み合いながら、裏世界の奥深くに向かって伸びていた。先端までの長さは5メートルくらいだろうか。
いったいどいうわけだ? 裏世界に根を張る植物なんて見たことも聞いたこともない。夢でも見てるみたいだ。
樹木は裏世界に根を張り、そして幹と枝葉を地上に出している。
こんなものが自生してるってのか? いや、それは考えにくい。人が手を加えたとしか思えない。でも、いった誰が……。
こんなことができる人間は、潜影族しかいない。まさか、俺以外にも生き残りがいるってことか? でも、それならなぜこんな木を植えた? いや、そもそも、この木はどういう原理で育ってるんだ?
考えたところで答えなど出るわけない。俺はとりあえず、地上にゲートを開き、皆の元に戻ることにした。最初に身を隠していた雑草エリアにゲートを開く。
そこからこそこそと地上に出て、仲間達を観察した。どこを探しても、あのおっさんがいない。どうやらルネスさんの魔法で逃げ出したようだ。見たかったな。自信満々のおっさんが逃走するところ。
いや、そんなことよりもあの根っこのことを伝えないと。
俺は何やら話し込んでいる三人の元へ行った。
「お待たせー」
アルと話し込んでいたルネスさんがこちらを向く。
「ああ、ご無事でよかった」
「えっへん、俺はあれくらいで捕まらないのだ。ところで、あのおっさんはどこに行ったの?」
「魔法で怖がらせたら逃走しました」
「やっぱりそうか。さすがルネスさんだね」
「それより、いったいどうやって脱出したのですか?」
「えっと、ちょっと魔法でね」
「なんの魔法です?」
「転移魔法だよ。それであそこまで移動したの」
「魔法の名前は?」
「う……」
なんだ、しつこいな。名前なんてどうだっていいじゃん。テキトーに答えるか。
「えっと……ゼラ・スペシャル」
「嘘が下手だな」と横からアルが言う。
「嘘とか言うな! お前、俺の仲間じゃないのか!」
ルネスさんは疑わしそうな顔をしつつ、図星を突いてきた。
「もしかしてゼラさんは、潜影族ではないんですか? さっきの脱出は、潜影能力を使ったのでは? アルさんは違うと言っていますが」
「……」
さすがルネスさん。あれだけの情報でもう答えにたどり着くとは。
俺はルネスさんの目をまっすぐに見つめ、こう返した。
「違います」
「そうですか」とルネスさんは悲しそうな顔をして、「これだけ貢献しても、私には本当のことを教えてくれないのですね。残念です……」
俺は手の平を返して言った。
「ほんとは潜影族です。嘘ついてすみませんでした」
エミールが感心して言う。
「今日もスピーディな手の平返しですね、ゼラ様」
「だってルネスさんが可哀想なんだもん」
「教えていただきありがとうございます」とルネスさん。「潜影族は絶滅したと聞いていましたが、生き残りがいてもおかしくないと思っていました。世界中の潜影族が一晩で滅ぶとは考えにくいですから。それにしても、どうしてそのことを隠しているのですか?」
「潜影族は誰かに殺されたのかもしれないだろ? だからそいつに見つからないように隠してるんだ」
「……ということは、ゼラさんもなぜ潜影族が滅んだのか分からないということですね」
「そうだよ。俺が冒険者をやってるのは、その謎を解き明かすためでもあるんだ」
「なるほど、そうでしたか。たしかに、ギルドマスターにでも訊けば、何か分かるかもしれませんね」
「え、そうなの?」
「ギルドマスターの情報網は全世界に及びます。あの事件について、何か知っているかもしれません」
「マジで? どうやったらギルドマスターと話せるんだ?」
「そうですねえ……。私もギルドマスターの素性については詳しく知らないので、正確なことは分かりません。彼らの情報はギルド内でも極秘扱いなので。ですが、Sランク冒険者になれば、彼らから声がかかるという噂は聞いたことがあります」
「どうして声がかかるの?」
「おそらく、仕事の手伝いをさせるためでしょう。ギルドマスターのパーティーメンバーになれるというわけです」
「なるほどねぇ……でも厳しい道だな」
「そうです。私が挫折した道です」
「ルネスさんは一人でSランクを目指したの?」
「ええ。ギルドマスターになりたければ、仲間に頼ってはいられません」
「じゃあ、俺はまだ大丈夫かな。仲間がいるから」
「……はい。うらやましいです」と、ルネスさんはニコリと笑って言った。
「いいでしょう? 強い敵は全部アルに倒してもらえばいいんだ」
ルネスさんの笑顔が消える。
「そ、それはずいぶん、意識が低い発言ですね」
「だって俺は情報と報酬の分け前さえ手に入ればいいんだもん。地位と名誉なんておまけだね、おまけ」
アルが口を挟む。
「仕事しない奴に報酬の分け前は無いぞ」
「もー、分かってるって。冗談じゃん」
「じゃあ、そろそろ仕事に取りかかるぞ。この木を撤去しよう」
「了解って、あああああ」
俺は重大なことを思い出して叫んだ。
「そうだ! 俺、とんでもないもん見たんだった!」
「とんでもないもの? 裏世界でか?」とアル。
「そう! さっき、剣士のおっさんに捕まって裏世界に逃げただろ? そしたらな、裏世界の中に、この木の根っこが伸びてたんだ」
さすがのアルも驚いて言う。
「何!? どういうことだ!」
「そんなの俺だって分かんないよ。でも、たしかにそうなってた。この木は幹だけ地上に出して、根っこだけ裏世界に伸ばしてる。こんなの、人間がやったとしか思えない」
「だろうな。てことは、この木を植えたのは潜影族か?」
「うん。そうとしか考えられない。でも、その潜影族はなんでこんなことをしたんだろう。……ルネスさんには何か心当たりとかある?」
「……ありません。それより、私には正直信じられないのですが。裏世界というのは、潜影族が移動する異世界のことですよね? この木はそこに根を張っているというんですか?」
「そうだよ。見てみる?」
「よろしいのですか?」
「いいよ、それくらい」
俺は木の影にゲートを開いた。
「さ、ここにゲートを開いたから覗いてみて。向こう側が裏世界だよ」
「では……」
ルネスさんは地面に手をつき、ゲートに頭だけを入れた。
「おお、これが裏世界ですか。本で読んだことはありますが、まさか実際に入れるとは。……しかしゼラさん、真っ暗で何も見えませんが」
「あ、そうだった。光魔法で照らさないと見えないんだ。俺は使わなくても見えるんだけど」
「分かりました。ライムカロン。……おお、これはすごい。たしかに木の根が……いったいどこまで……」
ルネスさんがゲートの奥へと身を乗り出し、裏世界に落ちそうになる。俺は慌ててルネスさんを引っ張った。
「それ以上潜ったら落ちちゃうって」
ルネスさんはゲートから顔を出して謝った。
「失礼しました。つい興奮してしまって」
「俺の言ったことは本当だったでしょ?」
「はい。これは興味深い植物です。早くギルドの調査機関に検体を渡して調べさせましょう。そうすれば、潜影族のことも何か分かるかもしれませんよ」
俺は頷いて言った。
「うん。それで何か分かれば、もしかしたらSランクに昇格しなくてもいいかもしれない。だけど、俺が潜影族ってことはギルドの人達に言わないでね?」
「分かりました。絶対に言いません。約束しましょう」
「約束だからね。俺の命がかかってるんだから」
俺はルネスさんにそう言ってから、アルに頼んだ。
「なあ、アル。この木の枝を波動斬で切ってくれ。ギルドに渡す用に。それくらいはいいだろ?」
「ん、まあ、いいだろう」
アルは剣を抜き、上空に向かって振った。枝が切断され、地面に落ちる。長さは1メートルくらいで、実も付いているので丁度いい。枝の断面は真っ黒だった。皮は白くても、内側は黒いらしい。
「よっしゃ。後は燃やすだけだな。ささ、エミール様、燃やしちゃってください」
「了解です。皆さん、離れてください」
エミールが杖を構え、呪文を唱えた。
「ボアレイル」
杖の先から炎が放射された。木の幹に直撃する。
俺達は木から離れ、様子を見守った。そして、おかしなことに気づいた。
木が一向に燃え広がらないのだ。いくら水分を含んでいたって、これだけの炎を受けたら幹全体に燃え広がるはずなのに……。
アルも同じことに気づいたようで、エミールに声をかけた。
「エミール、一旦、魔法を止めてくれ」
「は、はい。分かりました」
杖から出されていた炎が消える。炎が当たっていた部位は、白い皮が燃えて黒い内部が剥き出しになっていた。が、見る見るうちに再生し、また白い皮に覆われてしまった。
唖然とする俺の横で、ルネスさんが呟く。
「んん、これは興味深い……」
「興味深いって、面白がってる場合じゃないでしょ! なんで木のくせに燃えないんだ!」
「この木は再生力が高いようですね。植物型のモンスターには多い特徴ですが、ただ、ここまでのものは珍しい……。これは、魔力が絡んでいると見て間違いなさそうです」
「魔力? こんな植物が魔法を使うってのか?」
「まあ、ある種の魔法とも呼べますが、魔力をそのまま使っていると言った方が正しいですかね。問題は、どこからその魔力を得ているのか、ですが……」
「ま、まさか、裏世界か?」
「かもしれません。そこに根を張っているようですから」
「でも、裏世界には何も無いはずだけど」
「いいえ、それはあり得ません」
「え? なんでルネスさんがそんなこと分かるんだよ」
「考えれば分かることです。通常、植物は地面から水を吸収しなければ生きていけません。ですが、この木は地面に根を張らずとも生きています。ということは、裏世界には水に変わる物質がある、ということに他なりません。私が思うに、それが魔力なのです。いや、正確に言えば、魔力の源である魔素でしょうね」
「な、なんか難しいこと言ってるけど、要するに裏世界にはその魔素とやらがあるってことだな。そんな風に感じたことないけど」
「いや、一応あるだろ」とアルが口を挟む。「ドーブルだ」
「ドーブル? ……あっ、そうか! アイツが急激に強くなったのって、裏世界の魔素を吸収したかからか!」
「そうだ。これで謎が一つ解けた」
「ちょっと待ってください」とルネスさん。「ドーブルとこの木にいったい何の関係があるのですか?」
俺が説明する。
「あのね、ドーブルと戦ってる時に、裏世界に沈めたんだよ。そしたら、ドーブルが急に強くなったんだ。強さだけじゃなくて、体までデカくなってた」
「あれは明らかにCランクの強さではありませんでした」とアルが補足する。
「なるほど……。ということは、裏世界に存在する魔素は、闇の魔素ということですね」
「ん? 何が『ということは』なの?」
「ドーブルが吸収できるのは闇の魔素だけだからですよ。だから、裏世界に存在するのは闇の魔素だと特定できます。どの属性であれ、魔素は形を持たない空気のようなものです。だからゼラさんは、裏世界に存在する魔素に気づかなかったのでしょう」
「そうか。裏世界は闇の魔素が空気みたいに満ちてるのか。なるほどね……」
言われてみれば、思い当たる節がたくさんある。例えば裏世界を泳いで移動できるのは、水に変わる何かがあるからだ。おそらくそれが闇の魔素なのだろう。ということは、裏世界はかなり大量の魔素で満たされていることになる。
他にも、裏世界の物は直接触れずに動かすことができるが、それも魔素の働きなのだろう。魔法で物を動かすのと同じだ。
長年、なんとなく抱いていた疑問が解消された。そうか、俺は魔術師じゃないけど、裏世界の魔素を無意識に利用してたんだな。
ルネスさんが樹木に目を向けて言う。
「さて、どうしましょうか。この木が魔力に守られているとすれば、相当厄介ですよ。魔法で処分するとなれば、この木に魔力量で打ち勝たなければなりません。ですが、この木が裏世界から大量の魔素を吸収し、魔力に変換できるとすれば、私達では手に負えない可能性があります……」
「はいはーい」と、俺は手を挙げて言った。「俺にいい考えがあるよ」
《④に続く》




