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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Cランク編
35/78

新種のモンスター ①

 朝。ふかふかのベッドで気持ち良く寝ていると、誰かがドアを叩いた。


「おい、ゼラ、そろそろ起きろ。飯を食いに行くぞ」


 アルの声だ。でも起きたくない。


 俺はめんどくせーと思いながら答えた。


「ベッドがふかふかだから嫌だ」


「……」


 アルはしばらく沈黙してから、こう言った。


「そうか。じゃあ今日はオレとエミールだけで依頼をこなす。ゼラの報酬の取り分は無しだ」


「今行くから待ってて!」


 急いで答え、出かける準備をする。俺だけ報酬がゼロなんて耐えられない。宿代だけでも50ガランかかるし、食費だって倍以上になってるんだ。この贅沢な暮らしは高い報酬に支えられている。暮らしも報酬も手放してなるものか。


 俺は意気揚々とドアを開けた。アルとエミールが待っている。


「おはよう、アル、エミール」


「おはようございます。ゼラ様」


「おはよう、ゼラ。なんだ元気そうじゃないか」


「お金のためなら元気も出るよね」


「相変わらず現金な奴だな」


「金だけじゃなくて飯も好きだぞ。今日もレストランで食おう」


 ということで、レストランで朝食を取ると、いつものようにギルドへ向かった。


 三人でギルドの掲示板前に立つ。


 今日はどんな依頼をこなそうか。昨日が400ガランの依頼だったから、順当にいけば500ガランだ。ただ、ローシュもドーブルもアルが倒したようなもの。迂闊(うかつ)に報酬を上げてもいいだろうか。


 しかも、500ガランはCランクの最高報酬額。敵もその分強いだろう。


 さすがに早いか。いや、でもそれは依頼を確認してから決めよう。


 俺は依頼書に目を通し、報酬が500ガランのものを見つけた。


 中身を読む。なんと、モンスターの駆除依頼なのだが、その名前が不明となっていた。どうやら新種のモンスターらしい。しかも、そのモンスターは樹木だという。


 樹木に似たモンスター、ではない。樹木()モンスターなのだ。


 俺はアルに尋ねてみた。


「アル、面白い依頼があるぞ。新種のモンスターの駆除依頼だ。しかも、そのモンスターは樹木なんだって」


「ほう、植物型か。珍しいな」


「植物型のモンスターってどんなのだ? 植物に似てるだけじゃなくて、ほんとに植物なのか?」


「そうだ。植物なのに動いて攻撃してくる奴もいる。ただ、体の構造は植物なんだ」


「へぇ。世界は広いねぇ。そんなモンスター見たことないけど。エミールはある?」


「私もありません。でも、聞いたことならあります」


「そっか。やっぱり珍しいんだな。決めた。面白いからこの依頼にしようぜ」


「おい、待て待て」とアルが止める。「そんな理由で決めていいのか? 旅行じゃないんだぞ?」


「だって見たいんだもん。植物のモンスター。エミールも見たいよな?」


「は、はい。私も気になりますが、でもゼラ様、新種のモンスターですよ? 大丈夫でしょうか?」


 アルが頷いて言う。


「問題はそこだ。新種ということは、ギルドもこのモンスターの生態を把握してないってことだ。つまり、敵がどれだけ強いのかも分からない。一応Cランクになってはいるが、これは一時的なランク設定だろう。結果如何(いかん)によって、今後ランクは上がりも下がりもする。言わばギャンブルだな。敵の強さはFランク級かもしれないが、Sランク級の可能性もあるわけだ」


 俺は興奮して言った。


「尚更面白そうじゃん。敵がFランク級だったら超楽に500ガラン手に入るんだろ? そんでもってSランク級だったらすぐ諦めて逃げればいいし」


「まあ、それもそうだが」


「とにかくやってみようぜ。何事も経験だ」


迂闊(うかつ)な経験は命取りだぞ」


「そんなこと言ってたら冒険者の仕事なんてできないね」


「それは慎重に考えた上で言うセリフだ。エミールはどう思う?」


「そうですね……。敵は樹木ですから、逃げやすいのではないでしょうか? まさか走って追いかけてくることはないでしょうし。ゼラ様の言う通り、危険だと思ったら逃げる作戦でいいかと」


「決まりだな。この依頼にしよう」


 俺は怒って言った。


「おい、なんでエミールの意見はすぐ採用するんだよ!」


「ちゃんと考えてるからだ。ゼラも見習え」


「言われなくても見習いますぅー」


 俺はそう言って依頼書を引っぺがした。裏を見るが、何も描かれていない。本当にギルドも情報を把握していないようだ。少し不安になってきた。


 ま、エミールの言う通り、逃げることくらいはできるだろう。大丈夫、大丈夫。


 そう自分に言い聞かせ、受付に依頼書を出す。出したのはおじさんの受付係だった。胸の名札に『ティオ・ブラッジ』と書かれている。


 ブラッジさんは依頼書に目を通すと、隣の受付係に声をかけた。


「ルネスちゃん。例の依頼を受けたいって」


 ルネスさんは「あ、はい」と返事をし、立ち上がって受付カウンターを出た。そして、俺達の隣に来る。


 ルネスさんは以前ケーキをご馳走してくれた眼鏡美女だ。いったい何だろう。


 不思議に思っていると、彼女が凛とした声で言った。


「今回の依頼は私も同行させていただきます」


「ええ!? なんで?」と、俺は当たり前の疑問をぶつけた。


「まあ、それは目的地に向かう途中に言いますよ。とにかく、お願いします。私も連れて行ってください。足は引っ張りませんし、できる限り協力もします。ですが、報酬の取り分はいりません。お三方だけで分けてください」


 俺は報酬の件を聞き、即快諾(かいだく)した。


「分かりました。いいでしょう」


「ありがとうございます。お二人もよろしいですか?」


「私はいいですよ。よろしくお願いします」とエミールがぺこりと頭を下げる。


 アルも賛成するが、怪訝な顔をしている。


「オレも構いませんが、訳をちゃんと話してくださいね」


「はい。隠すような理由ではありませんから」


 いったい彼女は何を考えているのだろう。ルネスさんはケーキを奢ってくれたいい人だから、変な理由じゃないんだろうけど。


 とにかく、そんなこんなで、今回はルネスさんを加えた四人で冒険することになった。


 四人でギルドを出る。ルネスさんは一時的に他の職員に仕事を任せるらしい。


 今回の敵がいるのはラグール近くの森だ。昨日、ドーブルがいた洞窟の近くでもある。


 依頼書によれば、その樹木に近づいた人が精神異常を起こしているのだという。『精神異常』とはどういうことなのだろうか。詳しくは書かれていなかったが、それだけ聞くと恐ろしい。


 ラグールに行くため、四人で馬車に乗り込む。馬車は四人用なのでギリギリだ。


 馬が動き出すと、アルが尋ねた。


「それで、ルネスさんが同行する理由は」


「はい。単刀直入に言うと、この依頼が危険だからです」


「危険? 他の依頼に比べて、ですか?」


「はい。依頼書に書かれていたでしょう。駆除対象の情報をギルドもよく把握していないと。そのようなモンスターは危険です。本来はCランク冒険者に任せるべきではないんですよ」


「それは、モンスターの強さがBランク級以上かもしれないからですよね」


「その通りです。可能性は低いですが、もしかしたらSランク級かもしれません……」


 そこでルネスさんは顔を伏せ、眉をひそめて言った。


「新種のモンスターの駆除依頼は、一年に一度くらいの頻度であるんです。皆さんを怖がらせたいわけではありませんが、私は、そのような依頼で全滅したパーティーを知っています」


 俺は緊張し、ごくりと唾を飲み込んだ。話が深刻になってきやがった。続きに耳を傾ける。


「ほんの四年前のことです。その依頼を受けたのはCランク冒険者のパーティーでした。メンバーは四人。依頼の受付をしたのは私なので、よく覚えています。皆、少し話しただけですが、いい人達でした。でも、彼らはその日以来、二度と私の前には現れなかった。全員、新種のモンスターに殺されたんです」


「うぅ」俺は思わず唸ってから、恐る恐る尋ねた。「ソイツは、結局どれくらい強かったんだ?」


「そのモンスターは後にノウムと名付けられ、ランクはAに設定されました」


「Aか。そりゃCランク冒険者には無理だな」


「はい。しかも、その後ギルドは、ノウムの依頼をAではなく、Bランクに設定しました」


「え? なんで? Aじゃないの?」


「それは最終的な決定です。新種モンスターの依頼は、担当冒険者が失敗する度に、ランクを一段階ずつ上げていくシステムなんです。それで、Bランク冒険者のパーティーが挑んだのですが、そのパーティーも大きな損害を受けました。依頼に失敗しただけではなく、メンバーの一人が亡くなったんです」


「また死人が出たのか……」


「はい……。結局、ノウムを倒したのはAランク冒険者でした。なので、現在ノウムの依頼ランクはAに落ち着いています」


 ルネスさんは膝に置いている手を握りしめた。言葉に熱がこもる。


「このシステムはもう古いんですよ。新種の駆除依頼はできればSランク、それが費用的、人員的に難しいなら、せめてAランクに設定すべきなんです。そうすればあの事故は防げた。Cランクでは低すぎるんですよ。……たしかに、昔はこのシステムでも仕方がなかったとは思います。ギルドが創設されたばかりの頃は、ほとんどのモンスターが未調査でしたから。そのようなモンスターの駆除に高ランク冒険者を駆り出していたら切りがありません。でも、今は違います。既にギルドができてから200年が経ち、もう未調査のモンスターなんてほとんどいません。Aランク冒険者に任せても問題ないはずです。それで依頼者が報酬金を用意できないのであれば、ギルドが肩代わりすればいいんですよ。それで冒険者の命が救われれば、安いものじゃないですか」


 ルネスさんは一気に(まく)し立てると、そこで一呼吸置いた。


「すみません。興奮して聞かれてもないことを話してしまいました」


「いやいや、めちゃくちゃ重要な情報だからいいんだよ。まさかそんなに危険な依頼だと思ってなかったから」


 アルが尋ねる。


「新種モンスターの依頼が危険ということは分かりましたが、それはルネスさんの同行とどう関係するんですか?」


 たしかに。言われてみればそうだな。気になって彼女の言葉を待つ。すると、信じられないことを言った。


「私、これでも元Aランク冒険者なんですよ」


「ええっ!? 嘘ぉ!」


 驚いて叫ぶ。


 エミールも驚き、開いた口を抑える。アルはいつもの無表情。


 俺はルネスさんに尋ねた。


「どういうこと? だって、ルネスさんは受付係でしょ? なんでそんなに強いの?」


「私の経歴を話すと少しややこしいですが、元々はギルドの職員として働いていたんです。それで、受付の仕事をやっていた時に、例の事件が起きました。私はそれを機に、ギルドを辞めて冒険者になったんです」


「ん、ん、え? なんで? 普通逆じゃない? なんでわざわざ危険な仕事をしようとするの?」


「……恥ずかしながら、ギルドのシステムを変えたいと思ったんです。ギルドマスターになって」


「ギルドマスター? 何それ?」


 ルネスさんは驚いた顔で俺を見た。


「え、知らないんですか? ギルドマスターを。冒険者なのに?」


「……知らないと、恥ずかしいことなの?」


「そんなことはないですが……いや、正直に言うと恥ずかしいですかね」


 アルが横から言う。


「すみません。仕事のことはオレが教えてるんですが、ギルドマスターについては教えてないんですよ。必要無い情報だと思いまして」


 俺は怒って言った。


「じゃあ悪いのはアルだな」


 俺を無視して、アルがルネスさんに言う。


「馬鹿なコイツに教えてやってくれませんか? ギルドマスターのことを」


「分かりました。ギルドマスターというのは、冒険者ギルドを取り仕切る最高幹部です。定員は七人で、特定の条件を満たせばなることができます。条件は二つ。一つはSランク冒険者であること。二つ目はギルドマスターから任命され、その地位を譲り受けることです。二つの目の条件、聞こえはいいですが、実質的にはギルドマスターの椅子を無理やり奪い取ることを意味します。挑戦者がギルドマスターの一人に決闘を挑み、勝てばその地位を得られるのです。この時、挑戦者がギルドマスターを殺しても問題ありません」


「うへぇ、そんな血生臭い方法で決めるのか」


「そうです。この徹底した実力主義のおかげで、ギルドは全世界に拠点を置けるほど成長しました。七人のギルドマスターの戦力は、大国の軍隊すら(しの)ぐと言われています。世界を跨ぐギルドの権限は、このギルドマスターの強さに支えられているのです」


「へぇー。……とにかく、めちゃくちゃ偉いってことだな」


 ルネスさんが小さく笑って言う。


「ふふ、簡単に言うとそういうことです。ギルドマスターになれば、ギルドの全権を担えます。古いシステムを変えることなど造作もない。そう思ったからこそ、私はギルドマスターを目指したんです。元々、戦いは嫌いでしたが、魔法の腕には自信があったので。それで、もしかしたらと夢を抱いたんですが、やはりダメでした。自分なりに努力はしたんですけどね、ギルドマスターどころか、Aランク冒険者になるのが限界で……。その後は冒険者を辞め、元のギルド職員に戻りました。そして、システムを変えられないなら、せめて私が同行することで、悲惨な事故を無くそうと考えたんです」


「なるほどな。偉すぎるねルネスさんは。俺達も嬉しいよ。Aランク冒険者がいれば心強いし」


「はい、私もそう思います」とエミール。


 だが、アルはなぜか何も言わない。見ると、なんとアルが目元を手で押さえていた。コイツ、まさか……。


「おい、アル。まさか、泣いてんのか?」


「……泣いてない」


「いや、どう見ても泣いてんだろ! ルネスさんの話に感動したんだな」


「うるさい」


「いやいや、こりゃ見物だね。いつも無表情のアルがこんなにはっきり感情を表すなんて」


「うるさいと言っている」


「いいじゃん別に恥ずかしいことじゃないんだから。ルネスさんも喜んでくれ――」


「ライムキース」


「ぐへっ」


 俺の顔に光の鎖が巻き付く。喋るどころか息もできない。


「黙れ」


 まともに喋れないが、必死に謝る。


「むぅ、むぅ、むぅ」


「良し」


 アルが鎖を解く。クソが。死ぬかと思った。


 それを見ていたルネスさんが微笑んで言う。


「いつもこんな感じなんですか?」


「いつもこんな感じなんです」とエミール。


 俺とアルの小競り合いのおかげで、しんみりしていた空気が和やかになった。


 その後、ルネスさんと雑談をしているうちに、馬車はラグールに到着した。


《②に続く》

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