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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライティッシュ
Fランク編
3/65

黄金のトカゲ ①

 翌朝、俺とアルは起きてすぐに、レザータの生息地へ向かうことにした。アルによると、こいつはトカゲのモンスターで、最近は生息数が増えて困っている人が多いのだという。家畜を食べてしまうだけではなく、人も襲うらしい。


 依頼書には川辺に巣くっているレザータを十匹駆除するように書かれている。その川辺はパレンシアに来る前に通った城下町、ラグールの近くにあった。


 俺たちは馬車に乗り、ラグールに向かった。料金は4ガラン。町に着くと、昨日から何も食べていなかったので、アルにねだって屋台のパンを買ってもらった。料金は二人分で2ガラン。これでついに所持金はゼロとなった。なんとしてでも今日中に依頼を達成し、報酬を貰わなければならない。


 パンを食べてから川に向かう。川は町中を通っているが、敵の巣があるのは町からもっと離れた場所だ。上流に向かって川沿いを歩く。


 町から離れ、森が見える所まで来た時、ついに敵が姿を現した。森の茂みから、大きなトカゲが一匹出てくる。頭から尾の先まで2メートルくらいあり、全身がキラキラ光る金色の(うろこ)に覆われていた。


 俺はごくりと唾を飲んだ。見るからに強そうだ。たしかに、一般人がこんなモンスターを倒せるとは思えない。冒険者に頼むのも納得だ。


 かく言う俺も一人で挑むのは怖いが、今は頼もしい仲間がいる。


 俺はアルの方を見た。「さあ、やっちゃてください」という気持ちで。


 俺の心が通じたのか、アルが静かに腰の剣を抜いた。こっちも見るからに強そうだ。いや、あんなデカいだけのトカゲより、アルの方が何倍も強そうに見える。敵を前にしてこの落ち着きよう。一切の緊張や油断が感じられない。やはり、この男には勇者の素質があるのだ。さあ、見せてくれ。勇者の強さを。


 俺が期待を込めた眼差しをアルに送っていると、アルは抜いた剣をこちらに差し出してきた。


「ん?」


 意味が分からずフリーズする。アルが言った。


「この剣を貸してやる。アイツを倒してこい」


「……は?」


 何を言ってるんだコイツは。頭がおかしいのか。


「いやいやいや、なんで俺がアイツを倒すんだよ」


「オレが倒してもゼラが強くなれないだろ」


「いや、俺、剣の使い方なんて知らないぞ」


「安心しろ。それはあのトカゲも一緒だ」


「冗談言ってる場合か! 俺は剣術も魔法も使えないんだぞ。それでどうやって戦うんだ」


「この剣で刺すか切るかすればいいだけだろう。今のゼラでも充分戦える」


 俺はもどかしい気持ちで言った。


「そうだけどそうじゃなくて、戦えるけど、アイツに勝てるか分からないって言ってんだよ」


「そんなの当然だろ。勝てるかどうか分からない相手に挑むから冒険者なんだ。その程度の覚悟じゃ、Eランクに昇格することすらできないぞ」


「ぐぅ……偉そうに言いやがって」


「そんなことより、グズグズしてていいのか? レザータは群で行動する。このままだと敵の数が増えるぞ。今は一匹だけだが、二匹三匹と出てきたら、余計戦いが不利になるんじゃないか?」


「クソッ、分かったよ。やればいいんだろやれば」


「頑張れよ、油断するな」


「あんな化け物相手に油断できるか!」


 俺は重たい剣を受け取り、一歩一歩敵に近づいていった。緊張して膝が震えている。いざとなったら影の中に逃げればいいが、それが分かっていても不安だった。モンスターと戦ったことなんて今まで一度もない。果たして、上手くいくだろうか……。


 俺はアルの方を振り返って言った。


「なんかあったら魔法で助けろよ」


 すると、アルに怒鳴られた。


「敵から目を離すんじゃない! 油断するなと言ったばかりだろう!」


「うぅ……敵が一人増えた」


 なんだよ。怒鳴らなくったっていいのに。ちょっと年上だからって親みたいな面しやがって。


 俺はすぐに視線を敵に戻した。アルの怒声を聞いても、敵は落ち着いたものだった。何食わぬ顔で川の水を飲んでいる。アルに怒られてビビっているのは俺だけだ。この時点で勝敗はもう付いているのではないだろうか。


 だが、これはこちらに好都合なことでもある。向こうがこっちを警戒していないのであれば、不意打ちがしやすい。


 俺は敵の真後ろに移動し、ゆっくりと、静かに近づいていった。だが、悠長にしている暇もない。早くしなければ水飲みを止めてしまうので、慎重に近づく速度を上げていく。


 そして無事、敵に気づかれないまま、剣が届く位置まで接近することができた。


 しめしめ。これなら確実に攻撃が当てられる。しかも、攻撃の直後に影に身を隠せば、反撃を食らう心配もない。


 あれ、意外と簡単じゃね? 冒険者の仕事って。初めてだからってビビりすぎてたな。


 俺は成功を確信してほくそ笑むと、渾身(こんしん)の力を込めて剣を敵の胴体に振り下ろした。


 カンッ


 まるで、金属同士がぶつかったかのような音がした。レザータの鱗は予想以上に硬く、剣は胴体を一切傷つけることなく跳ね返された。


 その瞬間、敵が即座にこちらを振り向き、鋭い牙で噛みつこうとしてきた。咄嗟(とっさ)に剣を盾代わりにして攻撃を受ける。(あご)が剣にぶつかり、なんとか防ぐことができた。


 が、その衝撃で後方に倒れ、尻餅をつく。すかさず敵が追撃を加えようと接近してきた。


「ひやぁあ」


 俺は短い悲鳴を上げ、すぐに自分の影の中へと逃げた。


 カラフルな地上から、黒で塗りつぶされた裏世界へと移動する。俺はほっと一息ついた。裏世界は平和だ。恐ろしい敵も、偉そうなパーティーメンバーもいない。ここなら落ち着いて物を考えられる。


 と、言いたいところだが、時間制限がある。裏世界にいられるのはせいぜい5分だけだ。それ以上いると、疲れるのを通り越して気絶してしまう。


 もし気絶すると、強制的に地上へと戻される。なぜそうなるのかは俺にも分からない。両親は「影神かげがみ様が助けてくださるから」と言っていたが、本当にそんな神様が存在するのだろうか。


 とにかく、気絶すると近場の影に勝手に出されてしまう。敵の近くにでも出されたら最悪だ。面倒だが、解決策は一度地上に出てから考えよう。


 俺はひとまずアルの影から地上に出た。それからアルの後ろに隠れ、敵の様子をうかがう。


 敵はキョロキョロと辺りを見回していた。俺が突然消えて驚いているのだろう。こちらに気づいてはいない。


 アルがどこか冷たい声で言う。


「どうした。もう降参か?」


「違う。作戦を練る」


 俺はそう言って地面にあぐらをかき、腕を組んで考えた。


 うーん……どうしたものか。敵は全身が硬い鱗に覆われている。影から不意打ちを食らわせたとしても、また同じ結果になるだけだろう。


 では、どうするか。鱗が攻撃を通さないのであれば、鱗に覆われていない部位を攻撃すればいい。単純な話だ。


 でも、そうなると目と口の中しか攻撃できないことになる。そこを狙うのはリスキーだ。目と口を狙おうとすれば、当然敵の前方から攻撃を加えなければならず、これでは不意打ちの仕掛けようがない。モンスターに正々堂々、真っ正面から戦いを挑むなんて御免ごめんだ。


 他に攻撃できるところはないだろうか。うーん、無いよなー。全身鱗に覆われてたし。


 ……いや待てよ、本当にそうか? さっき噛みつかれそうになった時、喉の辺りに違和感があった。金色っぽい色なのだが、キラキラ光っていなかったような気がする。もしかしたら、金色の鱗に守られているのは表側だけで、裏側の喉や腹の部分は無防備なのかもしれない。しかも、そこなら影から簡単にねらうことができる。


 ……よし、やってみるか。


 俺は自分の思いつきを信じ、また裏世界に潜ると、敵の真下にゲートを開いた。


 その下まで泳いで移動する。ゲートの向こうは敵の腹部だ。ここから剣を突き上げれば、敵の腹部に当てられる。


「頼むから刺さりやがれよぉ」


 俺は剣のつかを両手で握りしめ、渾身の力をこめて突き上げた。


 剣先に手応えを感じる。跳ね返された時の感触とは明らかに違う。予想通り、腹部は鱗で守られていなかったようだ。作戦成功!


「おりゃあああ」


 俺は体ごと剣を一回転させ、敵の腹部を切り裂いた。さすがにこれで倒せているはずだ。


 俺は敵の死体を確認するため、またアルの影にゲートを開いて地上に出た。


 アルの横に立つ。敵を見ると、黄土色の腹から真っ赤な血を流していた。だが、まだ死んではいない。治るはずもない大きな傷口を、チロチロと長い舌で舐めている。トカゲなので表情は読み取れないが、いかにも苦しそうに見えた。


 そこに、血の臭いをかぎ取ったからか、他のレザータが茂みから姿を現した。新しい個体は二匹で、傷ついた個体の前方に並び、こちらを威嚇(いかく)してくる。仲間をかばっているのだろうか。その目には怒りが(にじ)んでいるように見える。


 俺はアルを見て言った。


「お、俺、酷いことしてないよな?」


 アルはレザータに視線を向けたまま答えた。


「何を言ってる。どう見ても残酷だろ」


「残酷って、俺は依頼があったから仕方なくやっただけで」


「関係無い。モンスターも生き物だ。体を傷つけられれば、人間と同じように苦しむ」


 俺は腹が立って叫んだ。


「じゃあどうすれば良かったんだよ!」


 アルがこちらに手を出して言った。


「剣を貸せ」


「……」


 俺は言われるままに剣を渡した。


 アルが剣を受け取る。そして、静かに振り上げると、勢いよく振り下ろし、切り上げ、また振り下ろした。その速度は凄まじく、剣を目で追えないくらい速かった。三回振るったと分かったのは、風を切る音が三回したからだ。


 俺はその剣技に目を奪われた。呆然としていると、アルが前方に剣を向けて言った。


「見てみろ」


 はっとしてレザータに視線を向ける。驚いたことに、三匹とも頭から尾まで左右に分かれ、真っ二つになっていた。鎧のように硬かった鱗も、綺麗に切断されている。剣は三匹の体に触れてすらいないのに、どうして両断できたのだろうか。


 俺が尋ねる前に、アルが答えた。


「剣から魔力の斬撃を放ったんだ。技の名は波動斬(はどうざん)。この技を使えば、離れた場所の敵を切ることができる。ま、直接切るより威力は落ちるがな」


「……すげぇ、やっぱりアルは勇者だ」


 やはり、アルは強い。見かけ倒しじゃなかった。


 アルはようやく俺の方を向き、こう言った。


「さっきの続きだが、モンスターを駆除するのは残酷な行為だ。といっても、モンスターを野放しにしていたら人間は生活できなくなる。モンスター同士が縄張り争いをするように、人間も自分たちの生活圏を守るために戦わなければならない。だから、モンスターを駆除するのは自然の摂理であって、残酷でも避けられないことだ。だが、モンスターをできるだけ苦しませずに殺すことはできる。その方法を考えるのも、冒険者の務めだとオレは思っている」


「……それは分かるけどさぁ、俺はアルみたいなことできないし」


「別に波動斬が使えなくたっていい。急所を狙えば良かったんだ。影から鱗が無い腹部を狙う作戦は見事だが、下顎から頭を突き刺していれば完璧だった。顎の裏側も鱗に守られてないからな。その方が楽に死なせてやれる。それだけじゃない。早くトドメを刺さなければ、反撃されてこちらがやられる場合だってある。急所を狙うのは基本的かつ重要な戦略だ。上のランクになれば、よりその重要性が増すだろう。分かったか?」


「……はい、勇者様」


「ま、説教臭いことを言ったが、最初にしては上出来だ。傷一つ負わずに敵を仕留められたんだからな。これからも影に潜る能力を最大限に活かしていけ。それがゼラの大きな武器だ。中途半端に剣術や魔法を習得するより、はるかに役立ってくれるだろう」


 俺は突然褒められて嬉しくなった。


「……ほんとに?」


「本当だ。お世辞なんか言っても仕方ないだろ」


「えへへ、勇者様に褒められるなんて照れますねぇ」


「だからオレは勇者じゃないって言ってるだろ。さて、お喋りはここまでだ。残りは七匹。お互い同じ数だけ仕留めよう。ゼラは一匹仕留めたから、あと四匹仕留めてくれ。オレは三匹仕留める」


「了解」


 話しているうちに、また新しい個体がぞろぞろと茂みから出てきた。全部で五匹。


 俺はアルから剣を借りると、また影に潜り、四匹の頭を下顎から突き刺した。コツさえ掴んでしまえば仕留めるのは簡単だ。


 地上に出ると、四匹は既に事切れていた。苦しむ時間は一匹目よりも少なくて済んだだろう。それでも、苦痛をゼロにできたわけじゃないから、残酷なことに変わりない。この世は弱肉強食だ。


 アルは俺の仕事が終わるのを見届けてから、呪文を唱えた。


「ライムパレス」


 アルがそう唱えると、光の輪が現れて残る一匹の首を囲んだ。輪は中心に向かって収縮し、それとともに首が一瞬で切断された。


 ごくりと唾を飲む。恐ろしい技だ。自分に使われたらと思うとゾッとする。やはり戦いは残酷なのだ。


 恐れおののく俺を尻目に、アルは何食わぬ顔で言った。


「じゃあ、俺は残りの二匹を仕留めてくるから、ゼラはそこで待っててくれ」


「は、はい。分かりました」


 思わず背筋を伸ばして答える。アルは俺に剣を預けたまま、森の中へと入っていった。


 その背中を見送りながら思う。魔法を使った時、俺にはアルが勇者ではなく、魔王に見えた。思えば、圧倒的な力をもっているという点で、勇者と魔王は似ている。両者を分けるのは力の使い方でしかない。


 これから先、アルが魔王にならなければいいが。そんな考えが頭を過ぎる。が、これは考えすぎだろう。優しくて賢いアルが、力の使い方を誤るとは思えない。むしろ、心配しなければならないのは俺の方だ。


 レザータの死体に目を向ける。以前の俺なら、こんなモンスターに戦いを挑もうなんて思わなかった。それが、今の俺ならいとも簡単に倒すことができる。


 アルも言っていたが、俺の能力は戦いでかなり役に立つ。つまり、悪用しようと思えばいくらでもできるということだ。それが幽霊の真似事くらいなら可愛いものだが、もっと恐ろしいことに使うことだってできる。例えば、暗殺だ。


 これから先、俺はアルから戦う(すべ)を学んでいくだろう。そのうち金に目がくらんで、悪い仕事に手を染めてしまうかもしれない。そうなったら、アルは俺を止めてくれるだろうか。それとも、俺を殺すだろうか。できるだけ苦しませずに……。


 死体を見つめながら暗い考えを巡らせていると、アルの明るい声が聞こえてきた。


「待たせたな」


 見ると、アルは両腕に尻尾を抱え、二匹のレザータを引きずっていた。まったく重そうに見えない。さすが勇者だ。


《②に続く》

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