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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Cランク編
29/78

アルvs戦闘狂 ①

 朝。宿の部屋を出てエミールと合流。三人で朝食を食べにいく。


 エミールの手には、昨日買ったばかりの杖が握られていた。杖の長さは1メートル50センチくらいで、先端には緑色の魔石がはめ込まれている。ミルグの商店で見た物よりも大きい。直径20センチくらいの綺麗な球体だ。いかにも高価そうに見える。


 杖を持つエミールはいつもより嬉しそうだった。朝の挨拶もテンション高め。杖が手に入ってさぞ嬉しいのだろう。早く使いたくてウズウズしているのが分かる。


 まあ、そりゃそうか。俺も1000ガランの武器が手には入ったら嬉しいもんな。それに比べて、俺の装備はなんだ。40ガランの弓と、一本1ガランの矢。そして、無料で作ってもらったレザータのチョッキ。驚異の激安セットだ。何、この差。俺、Dランク冒険者の中で一番安い装備なんじゃないの?


 と、どうにもならない不満を腹に抱えながら朝飯を食べる。その後、ギルドへ。


 昨日、俺達はピロキスを倒したので、ついにCランクの依頼を受けられるようになった。


 Cランクは七つあるランクの真ん中に位置する。だからどうしたって話だが、なんだか感慨深い。


 俺は掲示板の前に立ち、依頼書に目を通した。最初に見るのはもちろん報酬の金額だ。


 ざっと見たところ、Cランクの報酬は210ガランから500ガランまでらしい。もし最高報酬500ガランの依頼を二回達成すれば、もう一本エミールの杖が買える計算になる。


 高ランクは正義だ。たかが1000ガランくらいで落ち込んでいた自分が馬鹿みたいに思える。そんなに金が欲しいなら、上の依頼を達成して金を稼げばいいだけじゃないか。


 しかも、エミールが杖を手に入れたことで、モンスターの攻略がさらに簡単になった。1000ガランの出費は、さらなる高額報酬を得るために必要だったのだ。


 ということで、さっそく500ガランの依頼に挑戦したいところではあるが、いきなりは怖いので、ここは欲を出さず、堅実に300ガランくらいの依頼で小手試しをしよう。


 俺は報酬が300ガランの依頼書を探した。最初に目にとまったものを読んでみる。


 依頼内容はお尋ね者の拘束(こうそく)だった。犯人の男は道でDランク冒険者を襲い、殺害したという。


 犯人の特徴も書かれている。赤い髪の男で、歳は二十代。背丈は190から200センチ程度。職種は剣士。


 エミールの時と同様、達成条件は犯人を拘束して治安署に連れていくことで、それが難しいのであれば犯人を殺害しても良い、と書かれている。ただし、その場合報酬は半分になる。


 今までのお尋ね者と違う点は、人殺しだと明記されていることだ。過去のお尋ね者は殺人までは犯していなかった。この犯人はかなり凶悪らしい。


 俺はアルに尋ねた。


「なあ、このお尋ね者系の依頼、どう思う? 難しいかな?」


「うーん……」アルが悩ましそうに言う。「危険だな。Dランク冒険者を殺してるってことは、犯人は相当の手練(てだ)れだ。しかも、殺害の動機が分からないのも気味が悪い。盗みが目的じゃないとすれば、殺すこと自体が目的だったのかもしれない。襲われたのは冒険者だから、犯人は強い奴と戦いたいだけの戦闘狂かもな」


「アルの同類か。そりゃ強いな」


「だからオレは戦闘狂じゃないって言ってるだろ。ていうか、最近オレの呼び方が勇者から戦闘狂に変わってきてるぞ。格下げしすぎだろ」


「だってエミールに負けちゃったんだもん。最初会った時の勇者オーラはだいぶ薄れちゃってるよね。まあ、相手が魔王だから負けるのも仕方ないんだけどさ。伝説の勇者も一人で魔王を倒したわけじゃないし。早く名誉挽回(ばんかい)して、あの頃の輝きを取り戻してくれよ」


「最初から輝いているつもりなんてないが、その挑戦、受けて立とうじゃないか。この依頼でオレの名誉を挽回しよう」


「おっ、今回の依頼はアルがやってくれるのか?」


「いや、それだとさすがに二人の力にならない。メインで動くのはゼラとエミールだ。ただ、犯人の生け捕りが難しい場合は、オレが前線に出て捕縛しよう。エミールの時にはできなかったからな」


「なんだそんなことか。でも、それならいろいろ安心だな。犯人が強すぎてもアルに任せられるし、いくら人殺しだからって殺すのも嫌だし。これにしょう。エミールもこれでいいよな?」


「はい。凶悪な犯人を私達で捕まえましょう!」


 いつもより返事に力がこもっている。杖があるので自信満々だ。


 俺は依頼書を剥がし、裏側を見た。犯人の絵は描かれていない。冒険者じゃないから当然か。


 手続きを済ませてギルドを出る。敵が出没するのはミルグと隣町を繋ぐ街道らしい。


 というわけで、馬車に乗ってまずはミルグに向かった。町に到着すると、隣町に繋がる街道を歩く。隣町はロズレールという名前らしい。


 三人で歩いていると、向こうから歩いてきた若い男に声をかけられた。


「ちょっと、あんた達、待ってくれ」


「何か?」とアル。


「この道を通るなら、剣は置いていった方がいいぜ。赤髪の剣士に襲われるからな」


「……そのこと、詳しく教えてくれませんか? 私達は冒険者なんです。ギルドの依頼で、その男を捕まえに来ました」


「ああ、そうだったか。いや、俺もそんなに詳しくは知らないんだが、赤髪の剣士ってのは、最近この辺りに現れたチンピラ剣士のことだ。この間、そいつに剣士が一人殺されたんだよ。他にも殺される前に逃げた剣士が何人もいるらしいな」


「剣士だけが狙われるのですか?」


「そうみたいだぜ。一般人や魔術師が襲われたって話は聞いたことがねえ」


「……そうですか。教えていただきありがとうございました」


「いいってことよ。それより、あんたも襲われたら無理せずに逃げなよ。えらく強いらしいからな。じゃあな」


 男はそう言ってミルグへと歩いていった。


 俺はアルに言った。


「犯人の狙いは冒険者じゃなくて、剣士みたいだな。どういうことだろう」


 アルが神妙な顔をして答える。


「……おそらく、腕試しだろうな」


「腕試し?」


「ああ。他流試合を挑んで、自分の剣の腕を試してるんだ」


「要するに戦闘狂の変態ってことだな。迷惑な奴め」


「そうだな。変態って言い方はどうかと思うが」


「とにかく、剣士しか狙わないってことは、俺とエミールには興味を示さないってことだ。今回は俺達の出番は無いみたいだな」


「かもな。迷惑な話だ」


 俺達は道を進んだ。両側が森の木々に囲まれた場所まで来る。盗賊を捕まえた街道を思い出す。


 周囲を警戒しながら歩いていると、右の木の陰から誰かが出てきた。俺達の前に立ち塞がる。


 赤い髪の男だった。顔の彫りが深く、ワイルド系のイケメンだ。上半身裸で、驚くほど筋肉が鍛えられている。しかも、背丈が2メートル近くあった。筋肉と背丈のデカさがともにアルを上回っており、恐ろしく強そうに見える。そして、腰には剣を下げていた。間違いない。こいつが例の殺人犯……。


「そこの剣士」と、敵がアルを指さして言った。「俺の噂は知ってるだろ? それでこの道を通るとは、いい度胸だな」


「ああ、ギルドの依頼なんでね。お前を捕まえに来た」


 敵が笑みを浮かべて言う。


「捕まえに? 殺しにきたんじゃないのか?」


「いいや、お前を生け捕りにして、治安署に突き出す」


 敵は大笑いした。


「あはははははは。舐められたもんだな。それとも、お人好しの馬鹿ってだけか? お前、冒険者だろ。ランクは?」


「Dだ」


「ひっく。そんなんで俺を生け捕りにできんのかよ。俺はAランクの冒険者だって殺したことがあるんだぜ?」


 俺はその言葉に背筋が凍った。Aランク冒険者を殺したってことは、実力はSランクに匹敵するってことだ。いや、でも、この敵が言ってることは本当だろうか。嘘なんじゃねーの?


 突然、敵が俺を睨んで言った。


「おい、そこの黒髪。今俺が嘘をついてるって思っただろ?」


 図星を突かれ、どぎまぎして答える。


「えっ、いや、その、あの、えっと…………はい、思いました」


 敵がまた大笑いした。


「あはははははは、ビビりすぎだろ。さすがはDランクの雑魚だな。心配すんな。俺は剣士との戦いしか興味がない。お前と、そこの魔術師は殺さないでおいてやるよ」


「ありがとうございます!」


 俺は大声でお礼を言った。あー、良かった。Aランク殺せる奴に勝てるかっての。頑張れよアル。


 と暢気に思っていたのだが、敵が不機嫌そうに言った。


「いや、やっぱ殺そっかな」


「ええっ!?」


「で、そこの魔術師は俺の女にする」


「俺を殺す意味は!?」


「なんとなくムカつくから」


 エミールが横から言う。


「ちょっとゼラ様。アル様と私がどうなってもいいんですか?」


「良くないよ。でも俺が死ぬのはもっと良くないから」


「そんな、酷い! ゼラ様は自分さえ良ければいいんですか?」


「それの何が悪い! じゃあエミールは他人のこともちゃんと優先して考えるっていうのか? だったら自分優先にしか考えない俺みたいな奴のこともちゃんと優先して考えろよ!」


「え、どういう意味ですか?」


 敵が怒鳴った。


「うるせえ! お前らは黙って俺とお仲間の戦いを見てろ! じゃなきゃ斬り捨てるぞ!」


「すみませんでした。そうします」と俺は敵に謝ってから、アルに言った。「じゃ、俺達そこで見てるから、頑張れよアル。危なくなったら俺がライムケニオンで助けてやるからな」


「使えないだろ」とアルが食い気味でツッコむ。


 俺とエミールは道の外に出て、木の陰から戦いを見守ることにした。


 敵が舌打ちする。


「チッ、調子が狂うトリオだな。これから真剣勝負をするってのに緊張感が無え。よっぽど余裕があるのか、それとも油断してるだけの馬鹿なのか」


 アルが短く返す。


「後者だ」


「そーいうとこだよ! 俺を馬鹿にしてんのか!」


「別に馬鹿になんかしてない。油断もしてないしな。ただ、残念ながらオレの仲間は油断してるって言いたいんだ。経験に乏しくてな」


「ほう、お前は経験が豊富だとでも言うのか? お前だってまだガキだろう?」


「いい歳こいて辻斬りやってる奴に言われたくないね」


「ほざけ」


 二人はそこで沈黙し、同時に腰の剣を抜いた。


 その瞬間、場の空気が一気に張り詰めた。見ているこっちが緊張して体が強ばる。これが殺気というものだろう。固唾を呑んで二人を見つめる


 二人は3メートルほどの間合いで立っていた。剣を構え、睨み合っている。


 そういえば、敵は服はおろか、鎧も身につけていない。アルですら軽鎧を身につけているというのに。まさか、鎧に頼らずAランク冒険者を斬り捨てたのだろうか。だとしたら、かなりの強敵だ。でも、アルなら勝てる……よな?


 静寂の時が流れる。先に動いたのは敵だった。静かに剣を上げ、勢いよく振り下ろす。


 その瞬間、アルは横に飛んだ。それまでアルがいた場所に突風が吹き、なんと地面が細い線状に(えぐ)れた。


 おそらく、敵は剣から魔力の斬撃を放ったのだろう。アルもよく使う技、波動斬だ。


 敵がにやりと笑って言う。


「どうだ? 本物の波動斬は」


 本物? いったいどういう意味だ?


 アルが敵に尋ねる。


「本物の?」


「ああ。俺は剛魔(ごうま)流の剣士だ。そして、波動斬は元々、剛魔流の技だった。それを他流派の奴らがパクったせいで、多くの剣士が技の起源を知らずにいる。それどころか、波動斬は自分の流派の技だと思い込んでいる馬鹿すらいる始末だ」


「オレは知っていたぞ。波動斬を編み出したのが剛魔流の開祖だと」


「おお、そうか。それで? 褒めてほしいのか?」


「……お前は他人を見下して嫌味を言うことしかできないんだな。使い手の精神が軟弱だと、剛魔流の名が泣くぞ」


「はっ、ほざけ!」


 敵がまた波動斬を放つ。アルはそれを避け、呪文を唱えた。


「ライムキース」


 光の鎖が現れ、敵の体を縛り付けた。両腕が胴体ごとグルグル巻きにされる。これでもう敵は剣を振れない。


 敵は苦笑して言った。


「剣士の戦いに魔法を使うとは。卑怯者め」


 アルが淡々と答える。


「波動斬も魔法みたいなもんだろ。それに、オレはお前を捕縛しに来たんだ。殺しに来たんじゃない。さ、治安署に行くぞ」


「勝手に勝負を終わらせるな」


 そう言うと、敵を縛る鎖からギチギチと音がしだした。


 まさか、腕力だけで鎖を断ち切ろうとしてんのか? 俺も縛られたことはあるが、光の鎖は鉄と同じくらい硬さがあった。魔王化エミールだって、自分で解除できないからアルの波動斬で斬らせたんだ。腕力だけで切れるわけがない。


 しかし、俺の予測とは裏腹に、鎖は呆気なく砕け散った。鉄の鎖が千切れるような金属音が辺りに響き、敵の両腕が鎖から解き放たれる。鎖はバラバラになって地面に落ち、消失した。


 敵が自慢げに言う。


「どうだ、俺の筋力は。お前みたいなヒョロガリには真似できないだろ?」


 アルが平然と答える。


「嘘だな。普通の筋力でオレの鎖は断ち切れない。魔力で筋力を増強したんだろう? 剛魔流の基本戦術だ」


「ほう、その通り。よく知ってるな。まさかお前も剛魔流の使い手か?」


「いいや、違う」


「では、何の流派だ」


「神命流」


「神命流? ああ、あの開祖が勇者だと嘘をついている流派か」


 アルの表情がぴくりと動いた。どことなく不機嫌そうに見える。


 え? どういうこと? 嘘なの? 


《②に続く》

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