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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Dランク編
28/79

走る魚 ③

 エミールは両手を敵に向かって突き出しており、その手はぷるぷると震えている。いかにも限界ギリギリといった感じだ。


 俺は早口で言った。


「まだ3分くらいしか経ってないぞ! どうしてもう切れるんだ!」


「も、申し訳、ありま……」


「ああ、喋らなくてもいい! 魔法に集中してくれ!」


 クソッ。雷魔法が5分以上持つと聞いていたから、てっきり水魔法も同じくらい持つと思っていた。考えてみれば魔法の属性が違うんだから、持続時間が違っても当たり前だ。計算が甘かった!


 敵は苦しそうにもがいてはいるが、それは体を動かす余力があることも示している。窒息死するにはまだ時間がかかりそうだ。もし魔法が解けてしまったら振り出しに戻ってしまう。


 何かいい策はないか。何か何か何か。


 俺は敵を凝視しながら頭を高速回転させた。そして、一つの策が思い浮かんだ。策と呼ぶにはかなり強引だが、もはやこの方法しかない。


 俺は周囲を見渡し、アルを探した。アルは海から離れた位置に立ち、こちらを見ていた。アルに叫ぶ。


「アル、剣をここに投げてくれ!」


「りょーかーい」


『了解』がなんだか間延びした言い方だったので少し苛ついたが、怒っている暇はない。アルが剣を放り投げ、目の前の砂浜に突き刺さる。


 俺はそれを掴み取り、敵の元へと全速力で走った。


「エミール、もうちょっと待ってくれ。今、俺がトドメを刺す」


 そう叫びながら敵の前まで来る。間近で見ると迫力が増して恐ろしかった。


 敵の口元にだけ水がない。ということは、ここからなら攻撃が通るということだ。


 幸い、敵は水を取り込もうと口を開けっ放しにしているので、口内に剣を突き刺すのは容易い。


 反撃をもらいそうで怖いが、躊躇している時間はない。


 俺は意を決し、口内から脳に向かって剣を突き刺した。


 その瞬間、敵を覆っていた水が地面に落下した。大量の水が砂に吸われて消えていく。トドメを刺すことに成功したようだ。


「よかったー、悪あがきしてこなくてー」


 俺はほっと安心してその場にへたり込んだ。


「ありがとうエミール。助かったよ」


 そう言ってエミールが立っていた場所を見る。しかし、彼女はそこに立っておらず、仰向けに倒れていた。その側にはアルが座っている。


 俺は急いでエミールに駆け寄った。アルに事情を訊く。


「エミールはどうしちゃったんだ? なんで倒れてる?」


 アルが静かに答えた。


「心配するな。魔力を使い切って気絶しただけだ。しばらくすれば目を覚ます」


「ああ、そういうことか。怪我がないならいいんだ。それにしても、エミールは相当頑張ってくれたみたいだな。トドメが間に合って良かった」


「ゼラもよく頑張ったな。さっきの作戦、上手くいったじゃないか」


「そうでもないよ。エミールの限界を計算に入れてなかった。もうちょっと魔力が持つと思ってたんだけど……」


「作戦なんてそんなもんだ。完璧な作戦なんてあり得ない。予想外の事象は当たり前のように発生する。大事なのは、それにどう対処するかだ。今回、ゼラはとっさに敵の急所を突くことで対処した。それで充分だ」


「なんだよ。今日は珍しくベタ褒めしてくれるんだな」


「オレは素直に思ったことを言ってるだけだ」


 アルと話していると、眠っていたエミールが目を覚ました。


「うっ………んん……あっ!」


 突然声を上げ、上半身を起こす。俺とアルの顔を見て言った。


「ゼラ様、アル様、敵はどうしたんですか?」


 俺はふんぞり返って言った。


「えっへん、俺が倒したぞ!」


「凄い! さすがゼラ様です!」


「でしょでしょ? まっ、今日一番頑張ったのも貢献したのはエミールだけどな。気絶するまで魔法を使ってくれたんだから」


「とんでもないです。だって、全然維持できなかったですし……」


「あっ、そうだ。なんで雷魔法は10分も持つのに、水魔法は5分も持たないんだ?」


「実は、水魔法はあまり得意ではないんです。それに、動かす水の量によって消費魔力が大きく変わるので、私でもどれだけ持つのかは分かりませんでした。でも、まさか5分も持たないなんて。自分で自分が情けないです……」


「ああ、またネガティブモードになった。どうして勝ったのに落ち込むんだよ。今は勝ったことを喜ぼうぜ?」


「は、はい。そうですよね」


「ただ、アルはダメな? 今日もサボってるだけだったから」


「今日はサボってないだろ。ピロキスを岸に上げてやったじゃないか」


「『今日は』って。やっぱりサボってる自覚あるんじゃないか!」


「仕方ないだろ? オレがサボらないと二人の出番が無くなっちまうんだから」


「どうだか。魔王化エミールにボロ負けしてたじゃん。ほんとはそんなに強くないんじゃないの?」


 アルが不敵に笑って言う。


「ふっ、じゃあ試してみるか? 手合わせしてやってもいいぞ?」


「うっ……遠慮しときます……」


「なんだ。つまらないな」


「やっぱり戦闘狂じゃないか」


「試合はまともな戦闘じゃないだろ? 楽しんだって罰は当たらないさ」


「負ける方は楽しくないですぅー」


 アルと言い合っていると、誰かが声をかけてきた。


「ピロキス倒したみてえだなあ。お見事」


 声がした方を見ると、魚屋のおじさんがこっちに来ていた。ベンジャガニを売ってくれた人だ。俺達の側まで来て言う。


「なあ兄ちゃん達、あのピロキス、俺に売ってくれねえか?」


「いくらでです?」とアル。


「そうだなぁ。ちょうど1000ガランでどうだ?」


 俺は金額に度肝を抜かれて言った。


「せ、せ、1000ガラン!?」


 おじさんが事も無げに言う。


「安いか? 1000ガランじゃ」


「いや、逆、逆。あの魚そんなに高いのか?」


「そりゃあ、あれだけデケーからな。見たところ綺麗に仕留めてるし、1000ガラン払っても惜しくないね。それ以上の額で売りさばいてやらぁ」


「あんなキモい魚が、1000ガランもするのか……」


「ゲテモノは美味いって相場が決まってんのよ。さては兄ちゃん、ピロキス食ったことねーな? 騙されたといっぺん食ってみな。うめーぞー。特にあの脚が絶品なんだ」


「一番キモいところじゃん……」


 俺はピロキスの死体に目を向けた。海岸に倒れているのだが、両脚をピタリとくっつけ、膝を曲げている。まるで女性が座っている時の脚だ。キモい……。


「で、どうだい」とおじさん。「1000ガランで売っちゃくれないかい?」


 アルが答える。


「別に売っても構いませんが、頭部はいただかないと困ります。駆除した証拠としてギルドに見せないといけないので」


「ああ、そうかい。頭は頭で売れるんだけどなあ。ま、仕方ねーか。特別に頭抜きでも1000ガランでいいぜ」


「ありがとうございます。では、売りましょう」


「交渉成立だな。今、若い奴ら呼んでピロキスを回収させる。金も持ってくるから待っててくれ。あと、それまで頭は切らないでくれるか。できるだけ鮮度が落ちるのを遅らせたい」


「分かりました」


「5分くらいで戻ってくるからな」


 そう言っておじさんは店に帰っていった。


 俺はウッキウキでアルに言った。


「やったなアル! 100ガランもカニに使った時は大損した気分だったが、簡単に元が取れたな! アルの言う通りだ! 道具をケチると碌なことにならない。あの人からカニ買って、良かったあああああ」


 アルが苦笑して言う。


「そういう意味で言ったわけじゃないが、まあ、結果的にはそうだな。カニのおかげで、あの魚屋さんと縁ができた」


「うひひひ。1000ガランだから、三人で分けても300ガランくらいだな。あー、何に使おっかなー。コチャックのケーキ100人前とか頼もっかなー」


「……なぁ、一つ提案なんだが」


「ん? どうした? 今の俺なら何でも聞いちゃうぞ?」


「1000ガランで、エミールの杖を買わないか?」


「な、何ですと!?」


「魔術師の杖は高いが、1000ガランもあれば買える。そうすればエミールでも中級魔法が使えるようになるだろう。どうだ?」


「えぇ……」


 アルの提案に一言で答えるなら、『やだ』。いくらエミールのためとはいえ、1000ガランもの大金をすべて使うのは、俺の金銭欲が許さない。


 ふと、エミールに視線を移すと、うるうるとした瞳で俺を見ていた。なんだその目は。捨て犬みたいな目で俺を見るのは止めろ! 情に訴えかけてくるな!


 アルが冷たい声で言う。


「そうか、嫌か。なら仕方ない。エミールの杖を買うのは諦めよう。もし買えば、戦力が大幅に上がるんだがな」


 俺は慌てて言った。


「おい、待て! まだ買わないって言ってないだろ!」


「じゃあ買っていいのか?」


「…………俺には答えられない」


「なんでだよ。そんなに難しいことじゃないだろ」


「俺に訊くなってことだよ。アルの独断で強引に買ってくれ! 300ガランの取り分を失うなんて決断、俺には下せない」


 エミールが遠慮がちに言う。


「あ、あのぉ、ゼラ様が嫌なら、私は買わなくていいと思います。でも、それで私の戦力に不足があるというなら、杖を買った上で、私が300ガランを後からゼラ様にお支払いします。それでどうでしょう?」


「俺を見くびるな、エミール! そんな金、受け取れるわけないだろ! 俺はそんな心が狭い男じゃない!」


「狭いだろ」とアルが呆れながら言う。「買うなら買う、買わないなら買わないでハッキリしろ。1000ガランはパーティーの金だ。ゼラの許可が無ければ使わない」


「ぐぅ、簡単に言ってくれるな。俺にとってこの状況はなぁ、例えるなら悪い奴らに捕らえられて、『家族の命を助けてほしければ自殺しろ』って脅されてるようなもんなんだ。そりゃ俺の中では自殺するって結論は出てる。でもな、俺も人間だ。簡単に自分の胸にナイフを突き立てられるかって話なんだよ。だからひと思いに殺してくれって頼んでるんじゃないか!」


「愚か者。300ガランと家族の命を同列に語るな」


「例え話に揚げ足とってんじゃねえ! ああ、分かったよ! 1000ガランでも2000ガランでも持ってけよ! それで家族の命が助かるなら安いってもんだな! これでいいか!」


 エミールがぱっと明るい顔になって言った。


「ありがとうございます、ゼラ様」


 反面、俺は泣きそうになりながら呟く。


「バイバイ、300ガラン……。また会おうね……」


 その時、遠くから足音と話し声が聞こえてきた。魚屋のおじさんが戻ってきたのだ。8人の若い男達を引き連れている。彼らは網でできた担架(たんか)を持っていた。それでピロキスを運ぶつもりだろう。


 彼らはピロキスを囲んで立ち、口々に言った。


「こいつは大物だ」


「よく倒したもんだな」


「こりゃ、高値で売れるぞ」


 おじさんが男達に言う。


「おう、運ぶ前に、冒険者さんが頭を切るから待ってくれ」


 アルがピロキスの近くまで行く。腰の剣を抜き、軽く振った。スパッと頭部が切断される。


 おじさんが感嘆して言った。


「ほう、さすが剣士だな。魚切るだけだったら俺達よりも上手ぇな」


「恐縮です」


「若いのに礼儀正しい兄ちゃんだな。おっ、そうそう。金も持ってきた。受け取ってくれ。1000ガランだ」


 おじさんはアルに銀貨を手渡した。急いで俺も覗きに行く。アルの手の平には、しっかり10枚の銀貨が置かれていた。たしかに1000ガランだ。夢みたい。俺の取り分は0枚だけど。


 そう思うと急に虚しくなってきて、銀貨から目を逸らした。これ以上見ていると気が変わってしまう。早く財布に仕舞ってくれ!


 堅く目をつむっていると、ジャラジャラと金を財布に入れる音が聞こえてきた。なんていい音だこと。


 その時、金の音に混じって、男達の声が聞こえてきた。


「おいっ、こいつメスだぞ! 卵だ!」


「わっ、ほんとだ!」


 俺は目を開け、ピロキスを見た。死体の股から、黒い球がコロリと出てくる。大きさは拳くらい。


 その球から、なんと二本の脚が突き出て、砂浜を疾走した。もの凄い速度で海へと向かい、水の中へ飛び込む。


 俺は鳥肌が立って叫んだ。


「キモッッ! なんだあれ!」


 おじさんが平然と言う。


「ありゃ、ピロキスの卵だ。残念だが、硬くて食えねえよ?」


「いや、全然残念じゃないよ。あんなキモいの食いたいわけないじゃん」


 そんなことを言っているうちに、死体から出てくる卵の数が増えていった。次から次へと黒い卵が股から飛び出し、二本脚で海に走っていく。なんともユニークでグロテスクな光景だ。


 オヤジさんに尋ねる。


「ねえ、あの卵、今のうちに駆除しておかなくていいの? 大きくなってからだと厄介でしょう?」


「いいや、ほっといていい。ピロキスも海の生態系を守るのに役立ってるからな。人間の都合でむやみに駆除したらいけねえ」


「ふーん、そんなもんか」


 ピロキスは二、三十匹の卵を産卵し、その死体は男達に運ばれていった。


 おじさんが別れ際に言う。


「じゃあ、兄ちゃん達。またいい魚売ってくれや」


「おじさんもまた銀貨ちょうだいねー」と、俺は軽い感じで言った。が、その思いは切実だ。


 その後、俺達は町に戻った。馬車に乗る前に、釣具屋に寄って使った道具を売ることにした。糸と浮きは状態が良かったので、買った時の半分の値段で売れた。ついでにその金で網の袋を買い、そこにピロキスの頭を入れて運ぶことにした。


 生臭い頭と共に、俺達は馬車に乗ってパレンシアに帰った。


 まずはギルドで報酬を貰い、それから遅めの昼食を取る。


 その後、アルとエミールは杖を買いに魔道具屋へ向かった。が、俺はあえてついていかず、いつもの原っぱで弓の稽古をした。300ガランのことを頭から振り払い、無心で矢を放った。そう、ひたすら、無心で。


《走る魚・完》

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