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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Dランク編
27/78

走る魚 ②

 俺はしばらく海を見守った。敵が浮上してくる気配はない。海に帰っていったようだ。


 俺は安全を確認すると、ゲートを開いてエミールを裏世界から地上に押し出した。出てきたエミールは驚いた顔をしている。


 俺はエミールに声をかけた。


「怪我はないかエミール」


 エミールがこちらに駆け寄ってきて答える。


「ええ、大丈夫です。助けていただいてありがとうございました。あの、それで、どうして私は地上に出てこられたのでしょう。裏世界でじっとしていたのに」


「それも俺の能力。俺は裏世界にあるものを触れずに動かせるんだ」


「ああ、そうだったんですか。ゼラ様はやっぱり凄いです!」


「えへへ、照れるねぇ。でも、肝心の敵は逃がしちまったけどな」


「敵はどうなったんですか?」


「アルが海に戻してくれた」


「そうでしたか。アル様もありがとうございました」


 エミールがアルを見て感謝する。アルもこちらに来て答えた。


「どういたしまして。それで、これからどうするんだ? どうやって奴を倒す?」


「うーん……」俺は腕を組んで、「敵を覆ってる水が厄介だな。あれのせいで矢も魔法も通らない。まさか魚相手に陸地でこれだけ手こずるとは。どうしよう……」


 悩んでいると、エミールが手を上げた。


「あの、いいですか?」

 

「おっ、エミール。いい案があるのか?」と俺。


「いい案かどうかは分からないんですが、雷魔法を使うのはどうでしょう?」


「雷魔法? 雷って、あの空がピカって光る、あの?」


「そうです。私は魔法で雷を出せます。といっても、空からではなく手からですけど」


「すげぇ! 魔術師ってのはほんと何でもできるんだな」


 エミールが慌てて言う。


「凄くはないですよ。私は下級の雷魔法しか使えないので」


「俺はその下級も使えないんだよ。充分凄いって」


 エミールが顔を赤くして言う。


「えへへ、そうですかね?」


「そうそう。さてと、エミールも喜んだことだし、帰るとするか」


「おい、待て待て」とアルが止める。「なんでそうなる。エミールの提案を聞いてないだろ。雷魔法を使ってどうやって敵を倒すんだ?」


「あの、雷は水の中でも通るので、水の守りでは防げないと思うんです。これなら敵にもダメージを与えられるのではないでしょうか?」


 俺は頷いて言った。


「うん、たしかにそうだな。アルはどう思う? これで奴は倒せるか?」


「それをオレが言ってしまったら意味が無い。ゼラはどう思う?」


「いや、俺に訊かれたって分かんねーよ。魔法の知識なんか無いんだから」


「じゃあエミールに訊けばいい」


「むっ、回りくどいこと言う奴だな。エミール、その雷魔法ってどれくらいの威力なんだ?」


「威力は、下級なのであまり高いとは言えませんね」


「じゃあ、その雷魔法で人は殺せるか?」


「……そうですね、仮にまともに当たったとしても、痛いだけで、死ぬことはないと思います。下級魔法で人が死んだという話は聞いたことがありません。ただ、よっぽど長時間受け続ければ、さすがに死ぬかもしれませんが」


「エミールは雷魔法をどれだけぶっ続けで発動できる?」


「最大威力で発動した場合、5分くらいです。威力を抑えれば10分に伸ばせます」


「うーん、そうか。じゃあ、雷魔法であのピロキスを殺せるとは思えないな。人間でも無理なんだから」


「そ、そうですよね……。つまらない案を出してしまいました」


 エミールがしょんぼりして言う。俺は慌てて慰めた。


「いやいやいや、まだその案を活かせないって決まったわけじゃないよ。敵を殺せなくても、弱らせることくらいはできるかもしれないし。それに、雷魔法がダメだったとしても、他の魔法なら活かせるかもしれない。何か無いかな? 他にいい魔法が」


「えっと、そうですね。ヒュプミーレは効かなかったので、おそらく他の闇魔法も効かないでしょう。闇魔法以外だと、すべての属性の魔法を使えますが、全部下級魔法です。雷魔法と一緒で、敵に通用するかどうか」


 アルが感心して言う。


「ほう、全属性の魔法が使えるのか?」


「はい、私は魔力が少なくて中級以上を目指せないので、せめて下級の範囲で扱える魔法を増やそうと思いまして。器用貧乏ですけどね」


「そうでもないさ。その戦略は正しい。武器は多いに越したことはないからな。さ、その豊富な武器を駆使して、どうやって敵を倒す? 今回はゼラだけじゃなくて、エミールも頭を使わないといけないな」


「わ、私もですか?」


「頑張れエミール!」と俺も応援。


「でも、どうすれば」


「とりあえず、魔法を一個一個挙げて、使えるのか考えていこうぜ?」


「そうですね。えっと、相手は水使いなので、炎魔法はもちろん効かないでしょう。当然、水魔法も相性が悪いですね。水をぶつけても、敵はむしろ喜びそうです。雷魔法はさっき言った通り、攻撃は通りますが殺すまではいかないでしょう」


「うんうん、続けて続けて」


「ええっと、あとは地魔法。これは砂浜の砂がさらさらなので、攻撃には活かせないでしょう。魔力で固めるのが難しいので。あと、氷魔法は敵を覆う水を凍らせるので、ある程度は有効でしょうが、すべてを凍らせるほどの威力はありません。まともなダメージは与えられないでしょう。光魔法は眩しい光を放って目つぶしができますが、攻撃にはなりませんね。闇魔法は水の守りに防がれることが分かっています。……こんなところでしょうか」


「え、他にはないの?」


「あることにはありますが、他は治療魔法とか結界魔法などの補助魔法なので、攻撃には活かせないと思います」


「そうか……。とりあえず、活かせそうなのは雷と光と氷だな。でも、それだけじゃ殺せない。俺の潜影能力と組み合わせてなんとかできないかな。うーん……」


 俺は目をつむって考えた。潜影能力で何ができる? まずは影からの不意打ち。当然これは水の守りに防がれる。次に敵を影に沈めること。だが、あんなデカ物を閉じ込める魔力は俺に無い。てか、閉じ込めたところで攻撃が通らなけりゃどうしようもないし。


 万策尽きたか。いや、まだまだこれから。準備に70ガラン使ったんだ。失敗しましたじゃ済まされない。


 さて、やはり厄介なのはあの水の守り。あれを引っぺがすことができれば矢も魔法も通るようになる。


 ハウベールの時は魔法を使わせまくって封じた。ピロキスにも同じ戦法が使えないだろうか。


 いや、無理だな。あの脚力の前では俺もエミールも無力。逃走し続けることは難しい。裏世界に隠れ続ける魔力も無いし。


 いや、待てよ。逃げるのに潜影能力を使うんじゃなくて、足止めに使えばいいんじゃないか? 敵の足だけを沈めて、ゲートを狭めればいい。そうすれば足がゲートから抜けなくなって動きを封じられる。


 ただ、それで足止めできる時間はたかが知れているな。魔力が枯渇するまでの足止めは難しいだろう。やってみないと分からないけど。もっと成功確率が高い作戦がいいな。


 うーん、雷魔法で痛がらせれば水の守りを解かないかな? いや、そんな都合のいい展開にはなってくれないだろう。むしろ防御を固めるために水の守りを強化するかもしれない。そうなったら最悪だ。


 もっと他にいい魔法はないか。氷魔法は一部の水しか凍らせられないし、光魔法は目つぶしにしかならない。地魔法は環境的に活かせないし。炎と水魔法に関しては論外……。


 ちょっと待て。ほんとに論外か? 例えば炎魔法で敵を覆おう水を沸騰(ふっとう)させれば、殺せるんじゃないか? 直接炎で焼き殺す必要はないんだ。それに、もし沸騰までいかなくても、水温を上昇させるだけで魚にとっては大ダメージかもしれない。


 よしよし。悪くない考えだ。思い込みで物を判断しちゃいけないな。ただ、下級の炎魔法でどれだけ水温を上昇させられるかは疑問だ。1度や2度じゃ話にならない。


 じゃあ、水魔法はどうだ? こっちも意外に活かせるんじゃないの? いや、でもさすがに無理か。水の守りに水ぶつけたって意味ないし…………ん?


「ああああああああ」


 俺の頭に雷のような閃きが落ちた。


「ど、どうされたんですか?」とエミール。


「いいこと思いついた! エミール、水魔法を使えばいいんだ!」


「水魔法? ピロキスに水の攻撃が効くとは思えませんが」


「いいや、めちゃくちゃ効く。水をぶつけるんじゃなくて、()がせばいいんだ。水魔法は水を動かす魔法だろ? だから敵の体を覆う水を魔法で剥がせばいいんだよ。どうしてこんな単純なことに気づかなかったんだろう」


 エミールが言いづらそうに言う。


「あ、あの、申し訳ないんですが、私の魔力では、あれだけの水を動かすことはできません。水の守りを充分に剥がすことは難しいかと」


 俺は自信満々で言った。


「ふっふーん。そう言うと思ってたよ。でも、いいだよそれで」


「どうしてですか?」


「あのな――」


 俺は作戦の全貌を二人に語った。話を聞いた後、エミールが言う。


「さすがゼラ様。いい作戦ですね。ただ、そんなに上手くいくでしょうか?」


「それはやってみないと分からない。でも、これが一番倒せる確率が高いと思う。とにかくやってみよう。頼んだよ、エミール」


「はい。ゼラ様の足を引っ張らないように頑張ります!」


 横で聞いていたアルが言う。


「じゃあ、オレはまたベンジャガニを買ってこよう。それまで待機しててくれ」


「な、何!? まだ50ガランも使うのか?」


「当然だ。これしか方法がないんだから。作戦が失敗するほど出費がかさむからな。次で仕留めろよ」


「ぐぬぬ、今回の敵はいろんな意味で厄介だな……」


 こうして、アルはさっきの店でまたベンジャガニを買ってくると、同じように海に仕掛けた。


 獲物が掛かったのは、そこから30分後だった。


「ゼラ、エミール、獲物を送るぞ!」


 アルがそう叫び、水魔法で敵を海岸に放り投げた。敵が地面に落下する。


 作戦通り、エミールがすぐさま水魔法の呪文を唱えた。


「ルーア」


 すると、敵が(まと)う水に変化が起きた。口の部分の水だけが移動し、そこだけが空気に触れるようになった。これだけ狭い範囲の水なら、エミールの魔力でも動かすことができる。


 これこそ、俺が一生懸命考えた()()だ。魚は水がないと呼吸できない。こうやって口を覆う水だけをどかしてしまえば、敵は息ができなくなって死ぬ。なんていい作戦だろう。


 敵は魚なので表情は読み取れないが、口をぱくぱくと開け閉めし、苦しそうに見える。所詮、モンスターといえども魚だ。頭が悪いので、そう簡単に解決策は思いつかないだろう。


 俺は威勢良く言った。


「おら、苦しいだろ美脚野郎!」


 そう言って弓に矢をつがえ、敵に放つ。


 当然、矢は水の守りに防がれて刺さらない。だが、これでいい。


 敵は俺の攻撃に気づき、襲いかかってきた。


「よしよし、来い来い来い来い」


 俺は敵から走って逃げた。敵は速く、すぐに追いつかれそうになる。さすがの脚力だ。


 追いつかれそうになると、俺は足下にゲートを開き、裏世界に逃げた。


 そこで少しだけじっとし、頭を地上に出して様子をうかがう。敵はエミールにターゲットを変更し、襲いかかっていた。


 俺は裏世界を出て地上に立つと、敵に矢を放った。矢は水の守りに防がれる。すると、敵はこちらに意識を向け、また襲いかかってきた。


 呼吸を止めた状態での全力疾走だ。これを繰り返していれば、敵はすぐに息切れを起こすだろう。


 予想は的中。敵は俺との追いかけっこの途中で、明らかに足が遅くなった。これなら裏世界に潜らずとも逃げられる。


 幸いここは広大な海岸なので、逃げ道はいくらでもあった。


「どうした、おせーぞー」


 俺は余裕がでてきて、後ろを振り向き挑発した。敵の動きは見る見るうちに遅くなっていく。最初は人間よりも美しかったフォームも、今ではヘナヘナだ。体全体が不自然に上下左右に揺れている。体を支える力が残っていないのだろう。これなら小走りで逃げられる。


「オラオラ、どうした? もう限界か?」


 俺はまた敵を挑発した。


 その時、敵の動きがピタリと止まった。それを見て俺も立ち止まる。


 お、死んだか?


 と期待したが、敵はくるりと体の向きを変え、海に向かって動き出した。どうやら息をするために、海へと逃げようとしているらしい。


「させるか!」


 俺はすかさず敵の足下にゲートを開いた。敵の左足だけを沈める。敵は盛大にずっこけた。


 すぐさまゲートを狭める。これで、大きな水かきがひっかかり、足が抜けなくなった。


 敵は砂浜に倒れ込んだまま、もがき苦しんでいる。息ができずにさぞ苦しいのだろう。死ぬのも時間の問題だな。てか、別に死ぬところまでいかなくてもいい。気絶でもしてくれれば、さすがに水の守りが解かれるだろうから、そうなればトドメを刺すのは容易い。


 これでもう勝ったも同然だ。俺は悠々と敵に歩み寄っていった。


 その時、エミールの苦しそうな声がした。


「ゼラ様、魔力が切れそうです」


「何!?」


《③に続く》

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