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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Dランク編
26/78

走る魚 ①

 朝。今日も三人でギルドへ行く。


 昨日でDランクの依頼を二回達成したので、今日の依頼を達成できればCランクに進むことができる。張り切っていこう。


 俺は掲示板の依頼書を眺めた。ハウベールの依頼の報酬が180ガランだったので、次はDランク最高報酬、200ガランに挑戦しよう。


 200ガランの依頼は一つしかなかった。依頼内容はピロキス一匹の駆除。魚のモンスターらしく、生息域は海と書かれている。


 俺はアルに意見を尋ねた。


「アル、この依頼、どう思う」


「ふむ、ピロキスか……。ゼラには向いてないと思うぞ?」


「な、なに!? いつもなら『ピロキスか。いいんじゃないか?』って言うとこだろ? なんで向いてないんだ?」


「こいつは魚のモンスターで、海の中にいるからだ。海中だと潜影能力を活かせないだろう?」


「ああ、そういうことか……」


 たしかに、海中で影に潜ろうとすれば、海底まで移動しなければならない。それに、水の中でゲートを開くと、大量の水が裏世界に浸入することになる。そうなれば最悪気絶し、しかも陸ではなく水中なので、溺死(できし)する可能性がある。


 しかし、それなら海の中じゃなく、陸で戦えばいいだけの話だ。俺はその考えをアルに伝えた。


「でもさ、海の中じゃなくて、陸で戦えばいいだけじゃないの? てか、陸に上げちまえば魚なんだから勝手に死ぬんじゃない?」


「どうやって陸に上げるつもりだ?」


「えっと、釣りで」


「無理だな。ピロキスは全長3メートルの巨大魚だ。釣り竿なんかで釣れる獲物じゃない」


「うへぇ。じゃあ、やっぱり海の中で戦うしかないのか。潜影能力に頼れないけど」


「いや、それは止めておいた方がいい。海中のピロキスはかなり強い。だから報酬も高いんだ」


「へぇ、アルが言うなら相当だな。うーん……なら諦めるしかないか。でも、報酬が200ガランの依頼はこれしかないんだよなぁ……」


「そんなにやりたいなら、オレが海から引きずり出してやってもいいぞ?」


「え、マジで?」


「特別にな。ただし、陸に上げてからの戦闘はゼラとエミールでやるんだぞ?」


「分かった。陸に上がった魚なんて簡単に倒してやるぜ。……ん、待てよ。陸に上げて終わりじゃないのか? 相手は魚だぞ?」


「どうだかな。それは見てのお楽しみだ」


「ふん、何がお楽しみだ。こっちは命がけだってのに。とにかくこれにするか。頑張ろうな、エミール」


「はい、ゼラ様」


 俺は依頼書を剥がし、裏側のモンスターの絵を見た。


「うわっ、キモッ!」


 思わず叫ぶ。ピロキスの見た目は異様だった。その姿はほぼほぼ普通の魚で、全身が青い鱗に覆われている。が、問題なのは『脚』だ。魚のくせに二本の脚が生えている。脚は(ひざ)で折れ、その上下に太ももとふくらはぎがあった。鱗に覆われてはいるが、形は人間の脚にそっくりだ。


 また、足の先には長い四本の指が伸び、その間には水かきがある。一応、学者に言わせればヒレの一種なのかもしれない。


 とにかく、その姿はキモいの一言だった。


 俺は絵をエミールに見せて言った。


「なあ、エミール。今回の敵はめちゃくちゃキモいぞ?」


 エミールは大笑いした。


「あははははは、面白い姿ですね。なんだか弱そうです」


「だよな。こんな奴ちゃちゃっと倒して、200ガランゲットだ」


 俺達は受付で手続きを済ませ、外に出た。今回の戦場は海だ。海は一度だけ、両親に連れて行ってもらったことがある。ちょっと楽しみだな。


 馬車に乗り、ゲアルゴという港町へと向かう。敵が出没するのはこの町の近くにある海岸らしい。


 海までは遠く、目的地に着くまで四時間もかかった。


 ずっと座っていたのでお尻が痛い。俺は馬車から降りると自分の尻を叩いた。そして、町の景色へと目を向ける。


 ゲアルゴは数々の魚屋がひしめいていた。どこも客で一杯で、大いに賑わっている。おそらく近隣の町から魚を求めて商人達が大勢やってくるのだろう。俺がパレンシアで食べる魚も、ここで仕入れているのかもしれない。


 が、今はそんなことはどうでもいい。早く海岸に向かわねば。


 そう思って町を歩いていたのだが、アルが「ちょっと待ってくれ」と言い、立ち止まって魚屋の主人に声をかけた。


「すみません、我々は冒険者で、ピロキスを駆除しに来たのですが」


 魚屋のおじさんが答える。全身が日に焼けて茶色かった。


「おお、そうかい。助かるねえ。アイツは人も魚も見境無く食っちまうから困ってたんだ。で、何が訊きたいんだい?」


「ピロキスを海岸におびき寄せたいんですが、何かいい方法はありませんかね?」


「それなら、アイツの好物を海に浮かべておけばいい。すぐに食いつく」


「その好物というのは?」


「なんといってもカニだな。次にウミガメ」


「カニはどんなものでもいいんですか?」


「まあ、そうだが、その中でもベンジャガニが特に食いつきがいい。デカいし匂いが強いからな。ピロキスを引き寄せやすい」


「では、それをください」


「はいよ。一杯50ガランだ」


 横で聞いていた俺は驚いて言った。


「50ガラン!? そんな高級なカニをモンスターなんかに食わせるのか?」


「別にいいだろ。ピロキスを倒せば200ガラン手に入るんだから」


「んん、まぁそうだけど、なんかもったいねーな」


「道具をケチると(ろく)なことにならないぞ」


 アルは料金を支払い、魚屋からベンジャガニを受け取った。横幅が50センチはある。たしかにデカい。まだ生きていて脚が動いている。


 カニは網に入っていて、そのまま渡された。網には持ち手になる紐の輪っかがついている。


 その後、海岸に行く前にアルがまた別の店に寄った。今度は釣り具店だ。


 俺はまさかと思ってアルに尋ねた。


「おいアル、まさか釣り竿でピロキスを釣るつもりじゃないだろうな。3メートルの巨大魚なんだろ?」


「釣り上げるんじゃない。糸と浮きが欲しいんだ。それをカニに繋げておけばピロキスを引き寄せられる」


「で、その後は?」


「そこからは水魔法で無理やり陸に放り込む。その後はゼラとエミールの仕事だ」


「結構強引だな」


 そういうわけで、アルは丈夫そうな糸と、黄色くて丸い浮きを買った。二つで20ガラン。カニと合わせると70ガランだ。高い。これじゃあ実質的な報酬は130ガランになる。これじゃあ昨日のハウベールよりも安いじゃないか。


 これから先、依頼の難易度が上がるほど出費も多くなるのかもしれない。これじゃあ依頼書の報酬額はあまり当てにならないな。


 そんな金勘定をしながら歩いていると、ついに町を抜け、海岸についた。


「はぁぁ、綺麗だなぁ」


 思わずそう呟く。青い海がどこまでも広がっている。潮風が気持ちいい。


 仕事なんかせずにずっと見ていたいところだが、そうも言っていられない。なんとしてでも70ガランの元を取らねば。


 アルは糸をカニの網に結び付け、反対側は流木にくくりつけた。糸には浮きも通してある。その状態でカニと浮きを海に放り投げた。


 これで、浮きが沈めば敵がエサに食いついたと分かる。それまでは待機だ。


 俺は敵がかかる間、砂浜にしゃがみ、ぼーっと海を眺めた。取り留めのないことを考える。


 俺が冒険者になってまだ一ヶ月も経ってない。それなのにもうDランク。しかもこの依頼を達成できれば、Cランクの依頼に手が届く。ここまであっという間だったな。でも、アルと出会ったあの日が、遠い昔のようにも感じる。


 考えて見れば幸運だった。最初はアルに面倒事を全部押しつけようとしてたんだっけ。で、それが叶わなくてガッカリしたけど、結果的には良かったな。潜影能力の活かし方を学べたんだし。これで俺が一人になっても仕事が続けられる。


 ……このパーティーー、いつまで続くのかな。アルが冒険者になった目的は聖級剣士になるためらしい。てことは、目的が達成されれば冒険者は引退するんだろう。


 アルが抜けたら、このパーティーは俺とエミールだけになる。エミールだって、迷惑をかけた人達にお金を払えば引退するだろうし。


 あれ、てことは最後は俺一人になんのか? もし一人だと、Eランクくらいの依頼しか達成できなくなるんじゃないのか?


 それはマズいな。冒険者ランクの肩書きがあったって、同ランクの依頼を達成できないんじゃ意味が無い。


 クソ、こうなったらアルが意外と弱くて、Sランクに手が届かないのを祈るしかないな。それでずっとAランク冒険者で止まったらいい。それでも充分報酬は高いだろうし。Aランクの実力しかないことを祈ろう。


 いや、待て。アルが弱かったとしても、俺が協力してやったら話は変わってくるぞ。それこそ、俺はアルと協力して魔王化エミールも倒せたんだから、Sランクの依頼も同じように達成できてしまうかもしれない。


 どうしようか。これからはあんまりアルに協力しないようにしようかな。いや、それでパーティーを外されたら元も子もないか……。


 やっぱり、いつまでもアルとエミールに頼ってばかりじゃダメなんだ。今のうちに俺一人でも戦えるように強くなっておかないと。なんだかんだで魔法や剣術も習得しておかないといけないかもな。今ならアルとエミールに教えてもらえるし。


 いや、でも、それで俺が強くなっちゃったら、パーティー解散の時期も早まっちゃうんじゃないか? 高難易度の依頼を突破しやすくなるんだから。いくら俺が付け焼き刃の戦闘術で強くなっても、一人になったら戦力は大幅に落ちる。そしたら結局、高難易度の依頼は達成できなくなる。その時期を自分から早めてどうするんだよ。


 なあ、海よ。教えてくれ。俺はこれからどうすればいい? 強くなった方がいいのか? それとも弱いままの方がいいのか?


 俺の問いに、海は小波だけを返した。俺はその返事に頷き、こう思う。


 そうか。答えは無いってことか。未来の事なんて誰にも分からないもんな。それなのに最適な行動を決めるなんて不可能だ。


 俺は視線を海からアルの背中に移した。アルは浮きを凝視して立っている。


 なあ、アル。お前にも訊かせてくれ。結局のところ、お前ってどれくらい強いの? やっぱSランクくらいの実力はあるの? そういえば魔王化エミールも言ってたよな。Sランクの実力があるっていうのはハッタリじゃないって。でもお前、その後ボロ負けしてんじゃねーかよ。実際はどうなんだよ。なあ、お前は海じゃないから答えられるだろ。はっきりしろよオラァ!


 内心でアルにやり場のない怒りをぶつけていると、アルがこちらを振り向いて言った。


「来たぞ、ゼラ、エミール」


「何!?」


 俺は意識を仕事モードに切り替え、すぐさま立ち上がった。


「ルアフルフィウス」


 アルが呪文を唱える。聞いたことのない呪文だ。いったい何をするつもりだ?


 そう思っていると、海面が盛り上がり、巨大なたこの触手のような形になった。長さは5メートルくらいだろうか。よく見ると、触手の先端には謎の生物が絡め取られている。今回の標的だろう。


「それ、ピロキスだ」


 アルがそう言うと、触手がしなり、敵を海岸に向かって放り投げた。ドスンと音を立てて海岸に落下する。


「キモッ!」


 (じか)に見ると、そのキモさは格別だった。アルの言う通り、全長は3メートルほどで、腹の部分から二本の脚が伸びている。脚はムキムキで(たくま)しい。見れば見るほど人間に似ている。脚だけ。


 不思議なことに、敵は全身が水に(おお)われていた。大きな水の塊の中に、その巨体がすっぽりと収まっている。


 おそらく魔法の力だろう。なるほど、コイツは水で全身を覆うことで、陸でも活動できるのだ。


 俺は腰の筒から矢を取りだし、弓につがえた。すぐさま敵に向けて放つ。


 矢はまっすぐな軌道で敵に向かっていった。敵の胴体に命中する……と思われたが、矢は水の中に入った瞬間、勢いを失った。そして、刺さらずに水の中から吐き出された。ぽとりと地面に落ちる。


 どういうことだろうか。矢が水にぶつかって勢いが落ちたとしても、あそこまで低威力になるとは考えにくい。おそらく、あの水は特殊なバリアの役割も果たしているのだ。これでは普通の攻撃は通用しない。厄介極まりない魔法だ。


 矢はまったくダメージを与えなかったが、敵はこちらに気づいた。突如として巨大な体を曲げて俺を見る。魚の目に睨まれるというのはなんとも不気味だ。


 それだけではなかった。なんと、敵は二本の脚を駆使し、こちらに走ってきたのだ。


「うわああああああ、怖いキモい怖いキモい」


 俺は叫びながら走って逃げた。しかも、敵は意外にも脚が速い。足音がどんどん接近してくる。


 俺は後ろを振り返った。敵の走りを見ると、なんとも美しいフォームだった。完璧な脚さばき!


「なんでそんなに走るの上手いんだよ! 魚だろお前!」


 文句を言っても仕方がない。敵との距離がぐんぐん縮んでいく。このままでは追いつかれる。


 俺はこれまでだと思い、急いで足下の影に潜った。綺麗な砂浜から、殺風景な裏世界へと移動する。


 いやぁ、危なかった。ひとまずはこれで安心……いや、安心じゃねー! エミールが狙われる!


 俺は急いで頭上にゲートを開き、頭だけ地上に出した。心配していた通り、敵は俺がいなくなったことで、今度はエミールを追いかけていた。エミールも必死で走っているが、追いつかれるのは時間の問題だ。


 クソ、どうせならアルの方に行けばいいのに。


 俺はエミールに叫んだ。


「エミール、眠り魔法だ!」


 俺の声を聞き、エミールは立ち止まった。そして、敵が魔法の有効範囲に入るまで待ち、呪文を唱えた。


「ヒュプミーレ!」


 エミールの声が海岸に響く。だが、敵の勢いはまったく衰えなかった。同じスピードでエミールに近づいていく。


 魔法が効いていない。おそらく、これも敵を守る水のせいだろう。


 俺は敵と接触する寸前で、エミールの足下にゲートを開き、彼女を裏世界に避難させた。エミールの体がすとんと影に落ちる。


 俺はそれを見届けると、地上から出てアルに言った。


「アル、作戦を立てるから、一旦アイツを海に戻してくれ」


「……了解」


 アルは『仕方ねーな』といった顔で返事をすると、ルアフルフィウスを唱えた。水の触手が海から伸び、敵を絡め取る。敵はそのまま海の中へと引きずり込まれていった。


《②に続く》

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