風使いの小人 ②
結界が解かれる。振り向くと、当然ながらアルとエミールが立っていた。エミールは心配そうな顔をしているが、アルは冷たい無表情。説教されそうだ。
俺はアルの目の前まで行き、何か言われる前にこう言った。
「無様だな」
アルが驚きすぎて咳き込む。
「カッハゴホッゴッホ……はぁ? それはこっちのセリフだろ? なんでゼラが言うんだよ」
「言われる前に言った。先に言われたら心が持たない」
「そんな繊細さがゼラにあるとは思えないが、まあ、そんなことよりも、どうやってハウベールを倒すんだ? 手も足も出なかったようだが」
「ズケズケ言うな! 落ち込んでるんだから!」
「悪い悪い。だが、いつも解決策を思い付くじゃないか。こういう時でも」
「んー、まぁ、そうなんですけどー」
そうだ、ふてくされている場合ではない。早急に解決策を考えなければ。俺は腕を組んで目をつむった。
今回の敵はすばしっこい。猿型モンスターのウーニャと同じだ。ウーニャはエサを食べて油断している時に攻撃できたが、今回の敵はエサを盗めば即座に逃走する。じっとしていてくれないから、影から攻撃するのは難しい。
しかも空を飛ぶことまでできるから、影からの攻撃はまず成功しないだろう。
さらにさらに、敵は風をまとい、矢も無力化してしまう。三重苦だな。
とにかく、あの厄介な風魔法をなんとかしなければならない。となると、まず思い付くのはエミールの眠り魔法だ。それで奴を眠らせればいい。
が、これは危険な策だ。敵にエミールを接近させなければならない。昨日のダンドンは裏世界から接近したが、今回の敵は動きが素早く、裏世界から近づくのは難しい。かといって地上から近づけば、当然エミールが攻撃を受ける可能性がある。
そうなったら恐ろしい魔王が復活してしまう。この方法は却下だ。
うーん……、万策尽きたか? いやいや、そう思ってからがスタートだ。今までもなんだかんだ打開策を見つけてきたじゃないか。諦めるのはまだ早い。
あの風魔法を封じる方法はないだろうか? まあ、魔法を封じる魔法なんてのもありそうだが、当然俺は使えない。
風魔法を封じるのは諦めるしかなさそうだ。となると、風魔法を使わせた上で状況を打開するしかない。
敵の技をおさらいしよう。最初に俺は敵の魔法で宙に浮かせられた。まずはこれをなんとかできないだろうか……。
重りでも持つか? いくら魔法でも、重い物は浮かせられないだろう。仮に浮かせられるとしても、相当な魔力が必要になりそうだ。小さいアイツには難しいのではないだろうか。
俺はこの仮説を確かめるため、アルに尋ねた。
「なあ、アル。敵は風魔法で物を浮かせてたけど、重い物ほど難しくなるよな?」
アルが頷く。
「ああ。重い物を浮かせようとするほど多くの魔力が必要になる」
「やっぱりそうだよな……」
仮説は正しかった。ということは、俺が石でも持って体重を増やせば、敵に浮かせられなくなるかもしれない。敵の魔法を結果的に封じられるわけだ。
よしよし、考えが進んだぞ。重りの石はできるだけたくさん持ちたいから、大きな籠にでも入れて背中に担ぐか。
いや、待てよ。それでも増える重さはたかが知れてるな。せいぜい2、30キロくらいだろう。それ以上重いと俺が担げなくなるし。この程度だと敵の魔法で持ち上げられるかもしれない。
うーん、敵の限界を知らないから、どれだけの重りが必要なのか計算できないな。さすがに樹木とかだったら浮かせられないだろうけど。
そうだ。俺の体を縄で木の幹にくくりつけようか。そうすれば間違いなく敵に飛ばされなくなるだろう。
だが当然、そうなると俺の動きが制限される。木に縛られたままでも一応矢は打てるが、矢は風魔法で防がれてしまう。攻撃はアルから剣を借りて行った方がいいかもしれない。しかし、それだと敵に接近できないといけない。
もっと俺の動きが制限されずに、風魔法を無力化できる方法はないだろうか。要は俺の体がその場に固定されればいいんだ。そして、その固定を自由に解除できればいい。
俺が自由に操れるのは、やはり潜影能力だ。潜影能力を活かして、俺の体を固定するには……。
「あっ」
俺は良い方法を閃き、間抜けな声を出した。
「思い付いたか?」とアル。
「うん、思いつぃあああああ!」
続けざまにアイデアが閃き、素っ頓狂な声を上げる。
アルが心配そうに尋ねた。
「おい、大丈夫か。頭おかしくなったんじゃないだろうな」
「いや、また良いアイデアが浮かんだもんだからさ。俺、このままだったら勝っちゃうぞ?」
「じゃあいいじゃねーか」
「やりましたね。ゼラ様」とエミール。
「ああ。次こそはカッコいいとこ見せられるよ」
ということで、作戦が思い付いたので、俺達三人はひとまず馬車に乗って帰ることにした。再戦は明日だ。
馬車の中でエミールに作戦を訊かれたが、秘密にしておく。答えは明日になってのお楽しみだ。
ああ、俺も楽しみだな。あいつをぶっ倒すの。
その後、パレンシアに到着すると、俺は弓の稽古、エミールは魔法の稽古、アルは二人の指導をして時間を過ごした。
あっという間に時間が過ぎ、宿に帰って眠りについた。
翌日、俺達三人は再び馬車でミルグに向かった。
町に到着する。まずは作戦に使う道具を買わなければならない。必要なのは袋と縄だ。
俺は町の小道具屋を覗いた。袋は小さい方が良く、口を閉じるための紐が付いていないといけない。
ということで、財布用の袋を二つ購入した。なるべく丈夫そうな物を選ぶ。
ついでに縄もその店で買った。縄は丈夫で、かつ結びやすいように細い物でなくてはならない。
これで必要な物は買いそろえた。一応、まだ必要な物はあるが、それはタダで手に入る。石ころだから。
俺は道端に転がっている拳大の石を拾い、さっき買った小袋に入れた。二つの袋にそれぞれ一つずつ入れる。それから紐をきつく縛って口を閉じた。
次に、アルから剣を借りて、縄を切る。ちょうどいい長さの縄を二本つくり、それを袋の紐に一本ずつ結び付る。そして、反対側を俺の足首にくくりつけた。袋が二つ必要なのは、両脚に取り付けなければならないからだ。
これで、両脚に石が入った袋を縄で結びつけた形になった。足と袋を繋ぐ縄は、ちょうど地面から踝までの長さにしておく。短すぎても長すぎてもいけない。
さて、準備完了だ。これさえあれば風魔法で飛ばされることはない。
俺達は魔道具屋の前で敵を待ち伏せすることにした。昨日、敵が出没した地点で待つと警戒されるので、あえて離れた場所で待機しておく。
30分ほど待っていると、女の声が聞こえてきた。
「出たよー、ハウベールだぁ!」
声がした方へ走る。今日、敵のターゲットに選ばれたのは肉屋だった。切り分けられた肉の塊が宙に浮かんでいる。肉が飛んでいく方向には、やはり敵の姿があった。
俺は敵を追いかけて走った。昨日と同様に、あえて追いつかないようにする。作戦は人がいない場所で決行しなければ。
人通りが少ない町外れまで来る。俺は作戦に移った。
「キャキャキャキャ」
敵の笑い声を真似て声を出す。それから両手を頭上で叩いた。挑発の動作だ。
敵が後ろを振り向く。狙い通りだ。これなら矢を使わずとも敵の注意を惹くことができる。
俺は挑発を続けた。敵は不快そうに顔を歪め、指を一本立てる。
今だ!
俺は自分の足下にゲートを開き、石の袋を影に沈めた。すかさずゲートを縄だけが通る広さに狭める。
敵が指をくいっと上に動かした。俺の周囲に風が巻き起こる。だが、俺の体は宙に浮かない。なぜなら石の袋が裏世界にひっかかっているからだ。ゲートを広げない限り、俺が宙に浮くことはない。作戦は大成功だ。
敵は驚いた表情を見せた。
へっへーん、どうだ。これが人間様の知恵よ。
俺は挑発を続けた。両手を頭上で叩き、笑い声を上げる。
「キャキャキャキャキャ」
敵の顔色が緑から茶色に変わっていった。頭に血が昇っているのが分かる。どうやら相当怒っているようだ。
俺を包む風の勢いが増した。だが、縄が千切れでもしない限り、体が浮くことはない。
一つ問題があるとすれば、足首の痛みだ。浮かぼうとする足に縄がぎゅうぎゅう食い込んでいる。
敵が魔法を強めるほど、痛みも強くなっていく。頼むから早く終わってくれ。じゃないと縄より先に俺の足首が千切れる!
こうなったら根比べだ。俺は懸命に敵を挑発した。
「キャキャキャキャキャ」と、痛みを堪えて笑う。本当は笑う余裕なんて無いのだが。
敵は両手を俺に向けて出し、風の勢いをさらに強化する。
痛い痛い痛い痛い! 足が千切れる!
もう我慢できないかも、と思った時、風が止んだ。それと同時に、敵が四つん這いになって地面に伏した。はぁはぁと息を切らしている。周囲に浮かんでいた盗品の肉も、べちゃりと地面に落ちた。
この時を待っていた!
俺はすかさず敵の真下にゲートを開き、裏世界に沈めた。狙い通り、敵はまんまと影の中に沈み、風で浮かんでくることはなかった。首の部分でゲートを狭め、頭だけ沈まないようにする。
ウーニャの時に使った戦法と同じだ。これで敵は肩と顎がひっかかり、体を地上に出ることも、頭を裏世界に沈めることもない。完全に動きを封じることができた。
俺が痛みに耐えて敵を挑発し続けたのはこのためだ。敵に魔法を連発させて、魔力を消費させる。そうすれば魔力切れを起こし、風魔法が使えなくなる。
敵に魔法を使わせたくなければ、逆に使わせまくればよいのだ。これでどんな魔法でも封じられる。
作戦は成功した。俺は石の袋を裏世界から出し、悠々と敵に近づくと、弓を構えた。この距離なら確実に矢を当てられる。じゃあな、ハウベール。人間様を馬鹿にした報いを受けるがいい。
俺は筒から矢を取り出そうとした。
ん? あれ? 無いぞ?
筒を見ると、十本あったはずの矢が一本も無かった。どういうことだ……。
その時、アルが叫んだ。
「ゼラ、後ろに下がれ!」
俺はとっさに地面を蹴って後退した。その瞬間、目の前に矢が降ってきた。俺が立っていた地点に突き刺さる。
「キャキャキャキャ」
敵が愉快そうに笑った。クソッ、まだ魔力を温存してやがったか。こいつは風魔法でこっそり俺の筒から矢を抜き、頭上から降らせたのだ。
なんて頭の良い奴。でも、考えてみればそうだ。もし本当に魔力が枯渇していれば気絶するはず。こいつにはまだ意識があるから、魔力は残っている。勝負はまだ終わっていない。
俺は地面に刺さった矢を回収しようとした。だが、触れようとした瞬間に地面から矢が抜かれ、空中に浮かんだ。十本の矢が俺の方に向けられる。
魔力が無いため、昨日のように勢いをつけてから放つつもりはないらしい。だが、まともに当たれば致命傷になるだろう。あれだけ地面に深々と刺さっていたのだから。
俺は後ずさりするしかなかった。
どうしよう。影に潜って逃げるか? しかし、それだと後ろにいるエミールに攻撃が向かう知れない。下手をすれば呪いが発動する。
ここはアルにまたライムケニオンで助けてもらった方が無難だろう。その後、矢が使えないならアルに剣を借りて敵を殺そう。
「キャキャキャキャ」
敵が盛大な笑い声を上げた。そして、矢が動き出す。
その瞬間、俺の周囲に光の結界が張られた。アルのライムケニオンだ。
これは予想通り。だが、俺の目の前で、信じられない事態が起こった。
エミールが走って敵に接近していく。いつの間に回り込んだのだろう。敵の横からなので、幸い敵はそれに気づいていない。
エミールは眠り魔法の呪文を叫んだ。
「ヒュプミーレ!」
すると、こちらに飛んできた矢は、結界に当たることなく地面に落ちた。
敵は目をつむって眠っている。
なんて危険なことをするのか。エミールに言ってやりたいことがたくさんあるが、今はそれどころじゃない。
俺は地面に落ちた矢を一本拾い、弓につがえると即座に敵に放った。矢は敵の額に命中した。勝負ありだ。
俺は敵の死体を引っ張り上げ、裏世界から出した。
「やりましたね、ゼラ様」
こっちの気も知らず、エミールが嬉しそうに言う。
俺はカッとなって言った。
「何やってるんだエミール! 危ないだろ!」
エミールの笑顔が消え、申し訳なさそうに言う。
「すみません。ですが、ゼラ様を助けたくて」
「嘘だな。もし矢が飛んできても、アルが助けてくれるって知ってたはずだ。エミールはただ自分が役に立ちたかっただけだろう。そんなんだからレザ姐達にも迷惑をかけたんだ。うちのパーティーにも同じ迷惑をかける気か?」
エミールは何か言いたそうに口を動かしたが、諦めたように謝った。
「……すみませんでした。二度と出すぎた真似はしません」
「ったく。当然だ」
俺は次にアルを見て言った。
「それからアルもだ! どうしてエミールを止めなかった! 敵に近づくのが見えてただろ!」
アルが平然と言う。
「止めるも何も、オレがエミールに言ってゼラを助けに行かせたんだ」
「なんだと!?」俺はいよいよ腹が立って怒鳴り散らした。「何を考えてる! エミールの呪いが発動したらどうするんだ!」
アルは俺の怒声を聞いた後、静かに言った。
「……聞け、ゼラ。オレ達はパーティーだ。少しは協力して戦うことを考えろ。一人で戦って勝てばいいというわけじゃない」
「は? 一人で戦って勝てれば上等だろ? 何言ってんだ?」
「メンバー全員が経験を積むことが大事だと言ってるんだ。経験の独り占めは止めろ。だいたい、エミールが助けに入ったのは、ゼラが追い詰められたからだろう。それとも、あれも計算のうちか?」
「……いや、違うけど」
「だったらゼラの責任だな。ゼラが反撃を受けずに敵を倒せていればこうはならなかった」
「それは屁理屈だ! アルの方が安全に俺を助けられただろ! どうしてエミールに助けさせた!」
「もし、オレがいなかったらどうする?」
「え?」
「忘れたのか? オレが戦いに参加しないのは、ゼラを強くするためだ。今はそこにエミールも加わってる。オレに守られる前提で作戦を立てるのは止めろ。ゼラを助けてくれるのはオレじゃなく、エミールだと思え。いいな」
悔しいが、アルの言葉はもっともだ。これから先、依頼の難易度が上がれば、アルの力を借りられない局面も出てくるかもしれない。今のうちにエミールと二人で戦うことに慣れておかなければ。
俺はしぶしぶ答えた。
「……了解」
「よし、他に何か言うべきことがあるんじゃないのか?」
「……」
俺は後ろで話を聞いていたエミールに言った。
「ごめん、エミール。怒ったりして。せっかく助けてくれたのに」
エミールは笑って言った。
「いいんですよ。ゼラ様は事情を知らなかったんですから。それに、私がいきなり飛び出していったら、驚くのも無理はありません」
「うぅ、エミールは優しいな。アルと違って」
「そうだ」とアル。「オレはエミールと違って厳しいぞ。これからもビシビシしごくから覚悟しておけ」
「はい、勇者様」
「私も頑張ります!」とエミール。
こうして、俺達は無事にハウベールを倒すことに成功した。俺はハウベールの死体を引きずるようにして運び、町の人々に見せた。人々は皆、口々に俺達の仕事を称え、感謝の言葉を投げかけてくれた。その言葉が、仲間を怒鳴ってしまった俺の心を、少しだけ癒やした。
その後、俺達は馬車に乗り、パレンシアへと帰った。
《風使いの小人 完》




