風使いの小人 ①
朝。目が覚めると、体調は良好だった。昨日の気持ち悪さが嘘のようだ。これならなんとか戦える。
ベッドにアルはいなかった。外で素振りをしているのだろう。
てか、そんなことよりも腹が減った。昨日は昼飯も晩飯も食ってないからな。その分、がっつり食わないと。
俺は早く飯が食いたくて、アルを呼びに宿の外に出た。すると、ちょうどアルが戻ってくるところに出くわした。
「おう、元気になったか?」とアル。
「なんとかな。辛い冒険だった……」
「大袈裟に言うな。食い意地張って腹壊しただけだろ」
「分かってないねぇ。俺にとって食の探究ってのはそれくらい重要なんだよ。てことで、早く朝飯食いにいこうぜ。もうぺこぺこだよ」
「ああ、少し早いが、エミールを起こしにいこう」
俺とアルは宿の中に戻り、エミールの部屋に向かった。ドアをノックすると、中からエミールが返事をした。
「はい、なんでしょう」
「エミール、飯食いに行こうぜー」
「あ、分かりました。ちょっとお待ちを」
少し待つと、エミールが身支度を整えて出てきた。そして、心配そうに尋ねる。
「ゼラ様、もう大丈夫なんですか?」
「ああ、すっかり元気になった。もう仕事もできる。心配かけてごめんね」
「そうですか。良かった」
俺達は宿を出て、いつもの飯屋に向かった。そこでは俺はパンとスープにグナメナ、それからエミールが食べていたグングルの煮付けも注文する。これが美味かったので、追加でもう一皿頼んだ。
食べ終わって店を出る。ギルドに向かっていると、なんだか気持ち悪くなってきた。どうやら朝飯を食い過ぎたようだ。
「うっぷ」
吐き気を覚えて口を押させる。
それに気づき、アルが言った。
「どうしたゼラ。また症状が出たのか?」
「いや、ちょっと、食い過ぎて気持ち悪いだけ」
「はぁ」アルは大きな溜息をついて言う。「空きっ腹に急いで詰め込むからだ。昨日あんな目に遭ったの懲りない奴だなぁ。その食い意地、どうにかしろ」
「分かってないねぇ。俺にとって食の探究ってのは――」
「それさっき聞いた」
アルがキレ気味で返す。でも、エミールは優しく俺をいたわってくれた。
「ゼラ様、そんなに酷いのでしたら、今日は休んだ方が……」
「大丈夫だよ。消化したら吐き気も収まると思うから。馬車に乗ってるうちに収まるよ。うっぷ」
俺の食い意地のせいで最悪のスタートとなったが、とにもかくにもギルドの入り口をくぐった。
そういえば、俺はもう昨日の依頼達成でDランクに昇格したのだった。少し前までFランクの新人冒険者だったのに。俺の成長速度は凄まじいね。ま、ほとんどアルのサポートと指導のおかげだけど。
三人で掲示板の前に立つ。アルが言った。
「今日はどんな依頼にする?」
「うーん、そうだなぁ」俺は吐き気を堪えながら言った。「昨日は150ガランの依頼を達成できたから、今日は170か180くらいのにしたいね」
俺は依頼書に目を通し、報酬が180ガランのものを見つけた。中身を読む。
依頼内容はハべール一匹の駆除。モンスターでありながらミルグの商店で盗みを働いているらしい。おそらく品物を奪って食べてしまうのだろう。
「これなんかどうだ?」とアルに意見を訊く。
「ふむ、ハウベールか。いいんじゃないか」
言うと思った。これから先、アルが『これは絶対にダメだ』と言う依頼などあるのだろうか。
「私はゼラ様の決定に従いますよ」とエミール。
よし、今日の依頼はこれで決まりだ。俺は依頼書を剥がし、裏を見てハウベールの姿を確認した。緑色の小人で、ゴブリンに似ている。見た目は弱そうだ。
俺は受付で手続きを済ませると、三人でギルドの外へ出た。今日は馬車で目的地に向かう前に、武具屋に寄らなければならない。昨日のダンドンとの戦いで、矢を二本も消費してしまった。残りはたった一本だ。買い足さねば。
ということで、武具屋でとりあえず矢を九本買った。これで全部で十本。無駄打ちしなければまず足りるだろう。
俺達は馬車に乗り、昨日と同じようにミルグに向かった。
目的地に到着する頃には、ぱんぱんに膨れていた俺の腹は引っ込み、吐き気は収まっていた。
馬車を降りると、まずは聞き込みをすることにした。商店が並んでいる場所に行き、敵の被害にあった店がどこなのか尋ねる。
それによると、被害にあっていたのは果物屋と野菜屋と肉屋の三つだった。それらの店の人間に話を訊くと、敵はいつも昼過ぎにやってきて、食べ物を盗んでいくのだという。その際に風魔法を使い、食べ物をあっという間に浮かせて奪っていくので、防ぐことができないらしい。
さっそく有力な情報を掴むことができた。敵が来る場所と時間さえ分かれば、あとは待ち伏せをしていればいい。
俺達は昼過ぎまで時間を潰すことにした。ぶらぶらと店を見て回る。エミールはアクセサリーや服を興味深そうに見ていたが、俺はまったく興味が無かった。
俺が興味あるのは食い物くらいだ。だが、今は腹を壊したばかりなので、さすがに食欲も湧かない。屋台の食べ物を見てもそそられなかった。
アルも俺と同様に興味が無さそうに歩いていたが、魔道具屋を見つけた時には目の色が変わった。店先に並べられた品物をしげしげと見る。
俺も隣に並んで商品を見てみた。カラフルな石ころや杖が並んでいる。
こんな物の何がいいのだろうか。そう思いながらふと値札を見ると、俺は目の玉が飛び出そうになるほど驚いた。
「よ、400ガラン!?」
最初は見間違いなのかと思った。目の前に置かれた拳大の石ころが400ガラン。今受けている依頼を二回達成しても買えない。何でこんなに高いんだ?
驚く俺に、アルが説明した。
「別に高くもないさ。魔石は普通これくらいする」
「魔石ってなんだ?」
「魔力が込められた石だ。そして、魔石をはめ込んで作られるのが、魔術師用の杖。魔石の杖を使えば、魔術師の消費魔力が少なくて済む。ただし、石の魔力が切れれば、新しく買い換えないといけない」
「へぇー、そうなんだ。じゃあ、エミールに持たせた方がいいんじゃないか? 魔力が少ないみたいだし」
「そうだな。もし杖を持てば、エミールでも中級の攻撃魔法くらいは使えるようになろうだろう。ただ、杖も魔石も、今のオレ達には買えないけどな」
「だな。もっと上のランクに行って稼げるようにならないと」
「あ、あの、すみません」と、エミールが遠慮がちに言う。「お二人は私が中級の攻撃魔法を使える前提で話していますが、杖があっても使えるようになるか分かりませんよ」
俺は笑って言った。
「何言ってんだよエミール。もっと自分に自信持てって。中級くらい使えるに決まってんじゃん。魔王化してる時に最上級バンバン打ってたんだから」
「そう単純な話ではないが、オレもゼラと同意見だ」とアル。「たしかに、魔法は魔力さえあれば使えるというわけじゃない。属性や階級ごとに適性がある。だが、中級くらいなら問題ないさ。そう卑屈になるな」
「はい。その時は、ご指導のほどよろしくお願いします」
「ああ。オレが知ってる魔法なら全部教えてやるよ」
俺は頷いて言った。
「うんうん。エミールが攻撃魔法を使えるようになったら、俺達もっと強くなるんだろうな。俺なんか足手まといになるかもなってなるわけねーだろ! 調子乗んな!」
と、俺がノリツッコミをした時だった。向こうから男の声が聞こえてきた。
「ハウベールが出たぞー」
俺達は会話を中断し、急いで現場に駆けつけた。声を出していたのは果物屋の主人。店の前で大小様々な果物が宙に浮かんでいた。全部で20個はあるだろうか。
それらがすーっと空中を移動していく。その先に、敵の姿があった。ここから20メートルほど離れた場所に、緑色の肌の小人がいる。背丈は1メートルもない。人間でいうと三歳児くらいの背丈だろう。
腰蓑をつけ、首には獣の牙でできたネックレスをかけている。
依頼書に書かれていた絵とまったく同じだ。ただ、絵では敵の大きさまでは分からなかったが、実際に見ると思ったよりも小さく、そして弱そうだった。
敵は浮かんだ果物を自分の元に引き寄せ、その場を離れていく。
「待て!」
俺は敵を追いかけた。
走る敵はすばしっこいが、歩幅が小さいので追いつけないほどではない。
だが、ここで戦闘を行えば町の人に迷惑がかかってしまう。そこで、あえて追いつかないように速度をゆるめながら走った。
周りの商店や民家が無くなっていく。人通りも少なくない町外れまで来たところで、俺は本気で走った。敵との距離がぐんぐん縮んでいく。
5メートルくらいの位置まで近づくと、俺は腰の筒から矢を取りだし、弓につがえた。立ち止まって矢と弦を引き、狙いを定めて打つ。
だが、矢は狙いから逸れ、敵の頭上を通り抜けた。掠りもしていない。
やはり敵が動いていると矢を当てるのは難しい。しかも悠長に狙いを定めている時間もないので、心理的にも焦りに焦って落ち着かない。
まあ、まだ矢はたくさんあるし、一発は当たるだろ。
そう思って走りだそうとすると、敵の方が立ち止まった。そしてこちらを振り返る。矢で攻撃されたことに気づき、反撃するつもりらしい。
俺は急いで新しい矢を弓につがえた。その矢を放つ前に、敵は俺を指さし、その指をくいっと上に向けた。
すると、俺の体が宙に浮かんだ。風魔法だ!
「うおっぅおうぉおうぉう」
空中でバランスが取れずにあたふたする。敵はそれを見てキャッキャッと人間のように笑った。そして、両手を頭の上で叩く。
おそらく挑発しているつもりなのだろう。ウーニャの時も同じ挑発をされた。モンスターの中では共通の挑発動作なのだろうか。
クソが。舐めやがって。
俺は矢を引き、敵めがけて放った。矢の軌道は悪くない。敵の胴体に向かってまっすぐ飛んでいく。
だが、矢はあり得ない動きを見せた。敵に当たる前に軌道が右に急変し、その後くるくると敵の周囲を回った。
風魔法で矢の軌道を変えられたのだ。こんなことをされてはどんな名人でも矢を当てられない。卑怯だぞ!
「キャキャキャキャッ」
敵がまた笑って両手を叩く。
こぉんのクソ野郎が……。
今すぐ敵に接近してどつきまわしてやりたい。体格なら俺の方が上だ。魔法さえなけりゃ素手でも倒せるのに。クソがっ。
腹が立ってもどうしようもないが、今の俺は風魔法で浮かされている。どうあがいても身動きが取れない。その場で無様にもがくだけだ。ひっくり返った虫みたいに。
「早く俺を降ろせ、このヤロー」
俺は仕方なく敵に叫んだ。それで敵が「はい、分かりました」と降ろしてくれるわけもないが。。
俺に返事をするかのように、敵が動いた。指を一本立て、くるくると回す。すると、浮かんでいた矢が勢いを増し、敵の周囲を高速で回転し始めた。
あれ、これマズいんじゃないの? もしかしてその矢、俺にぶっさそうとしてる? で、今の状態だと俺は影にも逃げられないし。……俺、死ぬな。
ヤバいヤバいヤバいヤバい。早く対策を考えないと。ああ、そうだ。
俺はとっさに敵の足下にゲートを開いた。これで裏世界に沈め、閉じ込めてしまえばいい。どうしてもっと早く気づかなかったのか。
敵がずぶっと影に沈む。が、それも最初の一瞬だけだった。敵は裏世界に沈みきることなく、空に舞い上がった。
クソッ、これも風魔法だ。そりゃそうだわな。俺を浮かせられるんだから、自分の体も浮かせるわな! クソクソクソクソオッ!
敵は上空5メートルくらいの高さまで飛んだ。そこで俺を偉そうに見下ろしながら、「キャキャキャキャ」と笑う。勝者の笑みだ。
その間にも矢の高速回転は続いている。
……終わった。俺は負けたのだ。こんな弱そうな奴に。
だがね、俺は負けても、俺のパーティーは負けてないんだよね。残念だったな。
高速の矢が俺に向けて放たれる。
その瞬間、俺の周囲を光の結界が覆った。矢が結界に弾かれる。
「キャキャ……」
敵の笑い声が唐突に止まった。
驚いたかい、ボウヤ。君の敵は俺一人じゃないんだよ。
結界は当然、アルの防御魔法だ。名前なんだっけ。ライムケニオンだったかな。
俺は一転して余裕の笑みを浮かべた。反対に敵の笑みは消え、訝しそうにこちらを見る。
どうした? 攻撃してこないのか? まあそうだろうな。お前の攻撃はもう俺には効かない。それとも魔王化エミールみたいに風の刃でも出してくるか? 無理だろ? なんたってあれは上級魔法だからな。お前ごときに使えまい。ま、仮に使ってもアルの結界が守ってくれるだろうけど。
俺は敵の声真似をして嘲笑した。ついでに両手を頭の上で叩く。
「キャキャキャキャ」
すると、敵は不快そうな顔をして指を下げた。その瞬間、俺の体は地面に落下した。
「痛っ!」
尻と腰を強打して悶絶する。敵が魔法を解除したらしい。いきなり解くんじゃねー!
敵は空を飛んだまま逃げていった。盗んだ果物を周囲に浮かべて。
俺は何もできず、遠ざかっていく敵を眺めていた。
《②に続く》




