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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Dランク編
23/78

デ亀 ②

 すると驚いたことに、敵はまだ俺達を追いかけてのそのそ歩いていた。しかも、警戒を怠らず、首は引っ込めたままでいる。


 あの足で追いつけるわけがないのに、なんという闘志だろう。その意気や良し!


 敵は俺の姿が視界に入ると、すぐさま攻撃動作を取った。前足を振り上げ、地面に叩きつける。


「エミール、行くよ」


「は、はい」


 俺はエミールと手を繋ぐと、影の中へと沈んだ。


 裏世界に移動する。エミールが手を強く握り返してきた。何も見えなくなって不安なのだろう。俺は安心させるためにこう言った。


「何も見えないだろうけど大丈夫だからね。俺には出入口もエミールの姿も見えるから」


「は、はい」


「それじゃあ、俺が引っ張る方向についてきて。水中を泳ぐ感じで」


「分かりました」


 俺はエミールを連れて泳いだ。泳ぎながら敵の真下にゲートを開く。


 一旦、そこから顔だけを出して位置を確認した。目と鼻の先に甲羅の裏面がある。位置取りは完璧だ。


 俺は顔を引っ込め、エミールに伝えた。


「準備完了だ。ここで敵を眠らせる魔法を使って」


「あの、敵の位置を教えていただいても」


「真上だよ」


「距離は」


「すぐ近く。1メートルも離れてない」


「分かりました。では」


 エミールは息を吸うと、大きな声で呪文を唱えた。


「ヒュプミーレ」


 エミールの声が裏世界に響く。さて、地上にも届いているはずだが、敵に効いているだろうか。


 俺は確認のためゲートから頭を出そうとした。だが、何かがゲートを塞いでいて顔を出すスペースが無い。敵が眠って地面に伏しているのだ。作戦成功だ!


「エミール、敵が眠ってる! 地上に出よう!」


「はい」


 エミールが嬉しそうに返事をする。


 俺は敵の影がかかっている地点にゲートを開き、そこから地上に出た。まず俺が最初に出て、エミールを引き上げる。


 敵の甲羅が真横にある。なかなかの存在感。あとは眠った敵の頭に矢を刺せばいい。


 俺は嬉々として敵の頭がある方に回った。だがそこには、信じられない、いや信じたくない光景があった。


 敵は頭を引っ込めたまま眠っているのだが、甲羅の穴が硬い(ふた)のような物で閉ざされていたのだ。よく見れば足も同じように引っ込め、蓋に隠れている。コイツは眠る時にこうやって体を守る習性があるのだろう。


 蓋は頑丈で、手で叩くとコツコツ音がした。矢を撃てば、刺さるどころか折れてしまうだろう。


 なんで亀にこんな特徴があるんだ! 貝じゃねーんだぞ! 完全に計算外だ! 


 クソ、どうしようか。このままだと敵は起きて、また同じ事の繰り返しになる。とにかく、そうならないように、またエミールに魔法を唱えてもらえわないと。


 俺はできるだけ早口で言った。


「エミール、作戦失敗だ。こいつが目を覚ましたら、また魔法をかけられるように準備しといて」


 エミールも早口で答える。


「む、無理です。ごめんなさい。眠り魔法は連続で使えないんです」


「何!?」


 あーあーあー、もう1分経つぞ。急いで対策を考えろ。じゃないとあの地魔法が襲ってくる。コイツに地面を叩かれたら終わりだ。


 ……あ、いいこと思い付いた。


「エミール、コイツをひっくり返すぞ! 手伝ってくれ!」


 俺は敵の右側面に回り、甲羅の下に手を入れた。全身の力を込めて持ち上げようとする。エミールも隣に並んで手伝った。だが、ほんの少し傾くだけで、とてもひっくり返せそうにない。


 その時、いつの間に近づいていたのか、アルが俺の隣に並んだ。


「手伝うぞ」とアル。


 アルが加わったおかげで、甲羅は一気に動き出した。充分な隙間ができたので、下に肩を差し入れ、足と腕の力で横に倒す。


 甲羅は見事ひっくり返った。これで敵は腕を出しても地面を叩けない。


 俺は急いで二人に言った。


「ありがとう。後は俺がやるから、二人は離れててくれ。敵が警戒して首を出さないかもしれないから」


「はい」


 エミールが返事をし、アルは黙って頷いた。二人とも走り去って行く。


 俺はひっくり返った敵の上に立ち、弓を構えた。敵が体勢を立て直すために首を伸ばした瞬間、この矢をお見舞いしてやる。


 矢と弦を思い切り引く。この至近距離なら確実に命中するだろう。


 頭の中でシュミレーションしていると、敵が首を伸ばし、薄茶色い下顎を晒した。


 今だ!


 俺は即座に矢を放った。矢が敵の下顎に深々と突き刺さる。敵はその一撃で絶命したのか、動かなくなった。


 敵の上から飛び降りる。地面から頭部を確認すると、矢は下顎から脳天を突き刺しているようだった。貫通まではしていなかったが、殺せたのだから上出来だ。


「アル、エミール、仕留めたぞおおお!」


 俺は大声で二人を呼んだ。エミールが真っ先に駆け寄ってくる。敵の死体に目を向けた後、嬉しそうに俺の手を握り、ぴょんぴょん飛び跳ねた。


「やったやった。やりましたね、私達」


「あ、ああ。やったな」


 お(しと)やかなエミールのハイテンションに少し驚く。おそらく、彼女は敵を倒したことというより、自分の魔法によってそれを為し得たことが嬉しいのだろう。


 俺はそれを察して、彼女をねぎらった。


「エミールが眠らせてくれたおかげだよ。俺一人じゃ倒せなかった。ありがとう」


「は……いえ、そんな。ゼラ様一人でも倒せましたよ。ゼラ様は機転が利くから」


 エミールは元気よく「はい」と言いかけて、慌てて取り消した。別に気を遣わなくてもいいのに。俺が言ったことは本当なんだから。


 それから、サボり魔君の功績も称えなくてはなるまい。


「アルもありがとうな。すぐに助けてくれて。アルの力が無ければひっくり返せなかったよ」


 アルが小さく笑って言う。


「ふっ、あれくらいはしてやってもいいさ。攻撃じゃないからな」


 今日は三人とも力を発揮できた。これぞパーティーって感じだな。敵もただ倒しただけじゃなくて、状態もすこぶる良いし。依頼主も文句は無いだろう。何もかも上出来だ。


 俺達なら、もっと上までいけるんじゃないの?


 俺がダンドンの死体を見つめながら内心喜んでいると、アルが言った。


「じゃあ、ペロンを呼ぶぞ」


「ああ、頼む」


 アルはウエストバッグから筒を取りだし、炎魔法で点火した。筒から虹色の煙がもうもうと上がる。


 その煙に呼ばれて、ペロンが空から舞い降りた。


「きゃー、ペロンちゃん可愛いー」


 エミールが黄色い声を上げてペロンに近寄り、頭を撫で回した。ぺロンは気持ちよさそうにして、その場に伏せた。


 エミールは可愛い動物が好きらしい。俺と同じだ。


 微笑ましく思いながらその光景を眺めていると、突然、エミールが奇怪な行動を取り始めた。ペロンの首筋に顔を埋め、息を荒げだしたのだ。


「スゥー、ハァハァ、スゥー、ハァハァ」


 まるで変態みたいだ。俺はどん引きして尋ねた。


「エ、エミール、何やってんの?」


 エミールはこちらを振り向いて答えた。平然とした表情をしているが、顔が紅潮している。


「何って、ペロ吸いですよ」


「ペロ吸い? 何それ」


「ペロンちゃんを吸う行為です。これをすると幸せになれるんですよ。ゼラ様もどうですか?」


「い、いや、俺はいいよ」


「そうですか」


 言い終わるや否や、エミールはまたペロ吸いを開始した。

『これをすると幸せになれる』と言っていたが、どういう意味だろうか。……宗教?


 なんだかよく分からないが、エミールは変わり者のようだ。


 後ろから見ていたアルもペロンに近づいていく。


 まさか、アルもペロ吸いを?


 と、思っていたが、アルはペロンが背中に担ぐ鉄箱の蓋を開けに来ただけだった。


 それが済むと、ペロンに指示を出した。


「ペロン、この死体を運んでくれ」


「バウッ」


 ペロンが吠えて返事をする。相変わらず鼓膜が破れるかと思うほど声がデカい。だが、エミールはお構いなしだ。


「あ~、元気いっぱいでちゅね~」


 エミールの可愛い物好きは筋金入りらしい。


 伏せていたぺロンは立ち上がると、ダンドンの死体に近づき、首元に噛みついた。ダンドンを咥えて持ち上げると、勢いよく背中の箱に放り投げる。


 2メートルもあるダンドンの巨体が宙を舞う姿は圧巻だった。てかこれ、ペロンに戦わせた方がいいんじゃね? 絶対戦っても強いだろ。そう思わずにはいられない。


 アルは鉄箱の蓋を閉めると、ペロンの首のバッグから紙を取りだし、依頼内容を書いた。それをバッグに戻して言う。


「ご苦労。運んでくれ」


「バウッ」


 ペロンは翼をはためかせ、空の彼方へ飛んでいった。


「じゃあねペロンちゃーん」


 エミールが名残惜しそうに手を振る。


 俺は飛んでいくペロンを見つめながら言った。


「すげぇなペロンは。ダンドンを担いでるのに空を飛べるなんて」


 アルが答える。


「ああ、風魔法を使ってるからな」


「あっ、そうなの? なーんだ。意外と身近なモンスターでも魔法を使ってるんだな。呪文を唱えないから気づいてないだけで」


 どうやらモンスターの強靱な能力は、魔法に支えられているらしい。


 俺はついでにさっきの疑問を尋ねてみた。


「なあ、ペロンをモンスターと戦わせることってできないのか? 人間なんかよりもよっぽど強いだろ?」


 エミールが悲痛な顔をして言う。


「えー、ゼラ様、そんなことさせたらペロンちゃんが可哀想ですよ」


「でも人間ちゃんだって可哀想だろ? ペロンの方が低ランクの冒険者よりも強そうだし」


「うーん……」アルは少し考えてから、こう答えた。「難しいだろうな。ペロンはモンスターの中では賢い方だが、あらゆる状況に対応できるほど知能は高くない。冒険者の仕事を完璧に肩代わりするのは無理だ。仮に一部をやらせるにしても、調教するのに膨大な手間暇がかかるだろう。ただ世話するだけでも金がかかるらしいし。それなら、人間がやった方が安いしてっとり早いってわけだ」


「ふーん……」俺はイマイチ納得できずに言った。「でも、いい考えだと思うんだけどな。モンスター同士を戦わせるのって。別にペロンじゃなくてもいいから、他のモンスターでできないもんかね」


「一応、できるぞ。モンスターを操って戦う冒険者がいると聞いたことがある。ただし、その方法は極秘扱いで、一部の人間しか知らない。だから、オレ達が真似しようとしても無理だな」


「へぇー。俺が思い付くことなんて、他の人間がとっくの昔からやってるんだな。斬新なアイデアだと思ったんだけどねぇ」


「アイデアを出すことは大事だぞ。それが上手くいくかどうかに関係無くな。……さて、お喋りはこの辺にして、もう帰るぞ」


「ああ、待ってくれ。あの赤い実を食べてから帰ろう」


 俺はずっとダンドンが食べていた赤い果物に興味があった。喉も渇いているし、ぜひとも食べたい。


 アルが心配そうに言う。


「おい、ゼラはあの実が何なのか知ってるのか?」


「いや、知らない。アルは知ってるのか?」


「知らん。ただ、知らない食い物は食べない方がいいぞ。毒でも入ってたらどうする」


「だったらダンドンが食べないって。エミールはあの実が何なのか知ってる?」


「いえ、知りません。でも、アル様の言う通り、食べない方がいいのでは?」


「いいや、俺は冒険者だからな。危険を冒してでも挑戦する」


「食いしん坊なだけだろ」とアルが呆れて言う。


 俺は近くの木を見上げた。枝に数個の赤い実がついている。木の背丈は低く、幹は細い。足で蹴飛ばすと、震動で実が落ちてきた。


「さぁて、お味はどうかなぁ」


 実を拾い、一口(かじ)った。


「う、うまぁ」


 口から(よだれ)がこぼれるほど美味い。濃い甘みと、爽やかな酸味と風味、そしてトロリとした食感。こんな美味い果物をタダで食べれるとは。


「なあ、アル、エミール、これすげぇ美味いぞ! 二人も食え!」


「オレはいい」


「私も」


「なんだよ。ビビりすぎだぞ?」


 戦いで喉が渇いていたこともあって、いくらでも食える。


 俺はあっという間に一つ完食すると、木の幹を蹴りまくって実を落とした。それを五個拾い、左腕に抱える。もっと拾いたいが、これ以上は持てない。


 俺は果物を食いながら二人と歩いた。ミルグへの道中で考える。この実はただで取れるから、パレンシアに運んで売ったら大儲けできるんじゃないだろうか。たしか、あれを売ってる店は無いみたいだったし。そういえばラグールにも無かったな。


 あれ、もしかしたらみんな、この果物が美味いって知らないんじゃないか? みんな、アルみたいに警戒して食わないんだ。だから、ダンドンみたいなモンスターしかこの美味さを知らない。……これは金の匂いぷんぷんしやがる。冒険者なんて危ない仕事は辞めて、商人にでもなっちゃおうかな。


 俺は金儲けの妄想をしながら、五個あった果実をすべて平らげた。


 ミルグに到着し、そこから馬車に乗ってパレンシアに向かう。


 馬車に揺られながら、俺はさっき食べたあの果実の味を思い出していた。


 もっと食べたい。これからは弓の稽古なんかに時間を使わずに、あの果物を食べるのに時間を使おうかな。いや、どうせならたくさん取って町のみんなに売ろう。店舗なんか無くたって道端で売ればいい。いくらになるかな。


 そんなことを考えながら景色を眺めていると、突然、俺の腹が唸り出した。


 グリュ、グリュ、グリュ


 聞いたこともないような音だ。それと同時に、腹の中もおかしくなった。まるでヘソに手を突っ込まれて、中をもみくちゃにされているような感覚だ。


「おっぷ」


 俺は強烈な吐き気を覚えて口を押さえた。


 アルがそれに気づき、御者に言う。


「すみません、ちょっと止めてください。仲間の具合が悪いみたいで」


 馬車が止まった。俺は急いで降りると、草むらに四つん()いになって嘔吐(おうと)した。


「オロロロロロロロロ」


 さっき食べた果物がすべてゲロとなって放出される。毒だったのだろうか。


 後ろから御者の声が聞こえる。


「どうする? 一旦ミルグに戻って医者に診せた方がいいんじゃないかい?」


 アルが答えた。


「それがいいかもしれませんね。あいつ、雑木林になってる赤い果物を食べたんですよ」


「ああ、そりゃグリュリュだ。食べるとああやって腹を下す。でも死にはしないから安心しろ。嘔吐と下痢を繰り返すが、一日で治る」


 一日も続くのかよ! 地獄じゃないか!


 俺が絶望していると、エミールの明るい声が聞こえてきた。


「あれ? なんだかとってもいい匂いがしませんか?」


 御者が言う。


「ゲロの匂いだ。グリュリュを食った奴のゲロは、それはもういい香りを放つんだ。ゲロよりも下痢の方がもっと良くてな、高値で買う貴族がいるくらいだ」


 アルが嘲笑気味に言う。


「だってよゼラ、良かったな。これから貴族の家にでも行くか?」


「行くわけなオロロロロ」


 馬鹿にしやがって。仲間が苦しんでるってのに。


 それにしても、これじゃあ金儲けはできないな。道理で美味いのに売る奴がいないわけだ。


 やっぱり俺が思い付くことは、みんな思い付くらしい。その上でやってなかっただけだ。


 ひとしきりゲロを吐いてから、馬車に戻った。


 エミールが言う。


「とってもいい匂いでしたよ。ゼラ様のゲロ」


 褒めているつもりだろうか。てか美少女がゲロとか言うな。


 ただ、馬鹿にしている感じではなかったので、「ありがとう」とお礼を言っておいた。なんだよ、ありがとうって。俺は馬鹿なのか?


 その後も、俺は何度も馬車を止めては嘔吐を繰り返した。


 パレンシアに到着する頃にはヘトヘトになっており、今日は弓の稽古をせずに宿屋で休むことにした。しかし、そこからも地獄で、今度は下痢を繰り返すことになった。これではベッドで寝ていることもできない。トイレとベッドを何往復もした。


 当然、そのような体調では晩飯を食うこともできず、アルとエミールの二人だけで飯屋に向かった。俺は一人、ベッドで寝ていることしかできない。


 幸い、症状は夜更けには収まり、俺は精魂尽き果てて眠りに落ちた。


《デ亀・完》

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