デ亀 ①
朝。俺はアルと、それから新しく仲間になったエミールと共に、ギルドへと向かった。中に入り、掲示板の前に立つ。
俺は張り切って言った。
「さぁて、今度こそDランクを達成して昇格するぞ。あと、150ガランもゲットだ」
「いや、待て」とアル。「エミールはDランクの依頼を受けられるのか?」
「あ……」
そういえば、そうだった。エミールは俺達と同じEランクだが、同ランクの依頼を三回達成しているのか分からない。もし一回も達成していなかったら、かなり遠回りをすることになる。
俺は不安に思いながらエミールを見た。エミールはおずおずとした様子で答えた。
「受けられますよ。Eランクの依頼は三回達成しているので。ただ、ほとんどガンドラさんとアミューンさんのおかげですが……」
俺はほっとして言った。
「あー、良かった。それなら、いいんだよ。どうせメインで戦うのは俺なんだし。どーんと150ガランの依頼を受けよう」
俺は依頼書から報酬が150ガランのものを探した。最初に見つけたものを読んでみる。
依頼内容はダンドンというモンスターの狩猟と書かれていた。いつもの「駆除」ではない。この依頼は必ずダンドンの死体をギルドに送らないといけないらしい。死体の一部分ではなく、すべてをだ。また、生け捕りでなくとも良いが、極力死体を傷つけないようにすること、と書かれている。
初めてのタイプの依頼だが、特に問題はないだろう。一応、アルに意見を訊いておく。
「なあアル、これ、駆除じゃなくて狩猟なんだけど、大丈夫かな」
「ふむ、ダンドンの狩猟か……。やることは駆除と大差無い。大丈夫だろう。ただ、今回はペロンを呼んで回収してもらわないといけないな」
「ペロンの筒ってどこで買えるんだ?」
「ギルドの受付だ」
「そっか、じゃあ手続きのついでに買えばいいか。エミールはこの依頼でいい?」
「私は、お二人が良ければなんでも」
「よし。俺達三人の初仕事はこれに決定だ」
俺は依頼書を剥がした。裏を見ると、茶色い亀のモンスターの絵が描かれている。どんくさそうなモンスターだ。こんなの、魔王化エミールに比べれば可愛いもんだろう。
俺は依頼書を受付に持っていき、手続きを済ませた。それから、忘れずにペロンの筒も買っておく。
ギルドを出て、馬車乗り場に向かった。今回の敵の生息地は今までで一番遠い場所にある。ミルグという町の近くにある雑木林らしい。
俺達は馬車に乗り、目的地に向かった。ミルグに着いたのは出発してから3時間も経った後だった。ただ、町から雑木林までは近く、数分で到着した。
雑木林、と呼ばれているわりにはあまり木が生えていない。雑草も少なく、乾いた砂の地面がむき出しになっている。
俺達は馬車を降り、生気が薄い林を進んでいった。そして、すぐに敵を発見した。
茶色い巨大な亀が、地面に落ちた赤い果物を食べている。全長は頭から尻尾まで2メートルくらいだ。盛上がった大きな甲羅が目立つ。
まあまあデカい。が、モンスターを見慣れた俺の目には、それほど威圧感があるようにも映らなかった。
敵はここから50メートルほど離れた場所にいる。当然、矢を当てられるような距離ではない。
俺はエミールをその場に残し、自分だけ敵に近づくことにした。うかつに近づいて、魔王化されたら堪ったもんじゃない。敵にバレないよう声を潜め、エミールに伝える。
「エミールはここにいて。俺だけ近づくから」
「は、はい」
その時だった。突然敵が首をもたげ、こちらを見た。俺とバッチリ目が合う。これだけ距離が開いているというのに、声で気取られたらしい。
俺は一瞬身構えたが、敵は甲羅に首と足を引っこめ、そのまま動かなくなった。防御することしか考えていないようだ。
拍子抜けして「ぷっ」と噴き出す。今までの敵に比べてなんと可愛いことか。
俺は悠々と敵に近づいていった。すると、敵もまた動き出した。首は引っ込めたまま、足だけ出して近づいてくる。臆病な奴だが、逃げるつもりはないらしい。ということは、何か攻撃する手段も持っているということだ。
俺は敵の攻撃を警戒しながら、一歩一歩、慎重に間合いを詰めていった。
今の俺が矢を命中させられる距離は5メートル。矢はウーニャを倒した頃から買い足していないので、本数は三本しかない。できるだけ距離を詰め、確実に命中させたかった。
敵との距離が10メートルを切る。俺は立ち止まって腰の筒から矢を取りだし、弓につがえた。敵に向かけて構える。矢を引き、狙いを甲羅に引っ込んだ頭部に定めた。
所詮、敵は亀。接近してくる速度は遅いので、焦る必要はない。落ち着いて引きつければいい。
敵が5メートルの位置にまで来る。稽古の成果を見せる時だ。この距離なら絶対に当たる!
そう思い、矢を離そうとした瞬間、敵の動きが大きく変化した。左の前足を大きく振り上げ、勢いよく地面に叩きつける。ドゴンッ、という強烈な音がし、砂煙が上がった。
地面を震動させるほどの衝撃で、矢の標準が大きくブレる。驚いた拍子に集中力も途切れた。
仕方なく弓の構えを解く。ここは一旦、敵の動きを観察した方がいい。いったい何がしたいのだろうか。まさか、弓を使いづらくするために地面を揺らしているのか? そんな馬鹿な……。
敵は続けざまに右の前足も上げ、同じように振り下ろした。それを左右交互に繰り返す。
もしかして威嚇のつもりだろうか? 攻撃してこないなら、こちらとしては好都合。多少狙いづらいが、矢を当ててやろう。
そう思い、また弓を構えた時、後ろからアルが叫んだ。
「ゼラ、後ろに下がれ! 早く!」
訳が分からなかったが、とりあえずアルに従って後方に飛ぶ。その瞬間、さっきまで俺が立っていた地面から、巨大なトゲが飛び出した。長さは1メートルくらいで、先端が鋭利に尖っている。地面の土がトゲの形になって突出したのだ。
アルがまた叫ぶ。
「走れ!」
俺は状況を把握する間も無く、その場から駆けだした。すると、俺を追跡するようにして、続けざまに地面からトゲが突出した。刺さったら大怪我を負うだろう。
なぜ敵はこんな攻撃ができるのだろうか。まるで人間の魔術師と戦っているみたいだ。
俺は魔王化エミールが地面を塔のように突き上げたことを思い出した。まさかこの亀も、それと同じような魔法を使っているというのだろうか。モンスターのくせに、そんなことできるのか?
とにかく、今はひたすら逃げるしかない。エミールがいる場所に行くわけにもいかないので、とりあえず敵の周囲をぐるぐると走り回った。
敵はその間もずっと地面を叩き続けている。おそらくあれが攻撃動作なのだろう。動作を止められれば地面の突出も収まるだろうが、いい方法が思い付かない。
体力が尽きる前に安全地帯を見つけなくては。そこから矢を放って反撃だ。
そう考えて辺りを見渡す。すると、安全地帯はあっさり見つかった。敵の甲羅の上だ。どうしてもっと早くに気づかなかったんだろう。
俺は敵の周囲を走りながら近づいていき、真後ろに回ったところで甲羅に飛び移った。
甲羅のてっぺんに登る。これでトゲ攻撃を受ける心配はない。問題は反撃の仕方だ。ここからだと甲羅に引っ込んだ頭に矢を当てることはできない。
いや、これだけ接近できたのだから、わざわざ弓を使う必要はないだろう。矢を手で握って、直接頭にぶっ刺してやる。
俺はそう考え、矢を一本握りしめた。頭部を狙うため姿勢を低くする。
その時、甲羅からバリバリという不気味な音が響いた。
直感的に危険を察知し、急いで甲羅から飛び降りる。着地してから振り返ると、甲羅から大きなトゲが突き出していた。コイツは地面だけではなく、自分の甲羅からもトゲが出せるのだ。
俺はまた走ることになった。再びトゲの追跡が始まる。
このままでは埒が明かない。俺は仕方なく、撤退することに決めた。
「アル、エミール、逃げるぞ!」
叫びながら二人の元へと走る。二人も俺に従って走り、三人で敵から逃げた。
その後もトゲの追跡は続いたが、敵が見えなくなる場所にまで来るとさすがに収まった。
俺はほっとしてその場にしゃがみ込んだ。息を切らせながら呟く。
「はぁ、はぁ、死ぬかと思った」
呼吸を整えた後、気になっていたことをアルに尋ねた。
「アル。まさかとは思うが、あの地面のトゲって魔法か?」
アルが平然と答える。
「そうだ。見て分かる通り、地属性の魔法だ」
「やっぱりか。でも甲羅からもトゲが出たぞ。甲羅は地面じゃないのに」
「いや、おそらくダンドンの甲羅は土と同じ成分で出来ている。だからトゲを作れるんだろう」
「よく出来てるな、アイツの体は。てか、そもそもなんでモンスターが魔法なんか使えるんだよ」
「その発想はむしろ逆だな。人間が扱う魔法のほとんどはモンスターの模倣に過ぎない。モンスターの方がよっぽど魔法を操るのが上手いんだ。呪文に頼らずに使えるのが何よりの証拠だな」
「そうだったのか。あんなにデカくて魔法まで使えるとか。最強じゃん」
「その最強の敵とどう戦う? 降参するか?」
「……いや、絶対に150ガランを手に入れる。これくらいでへこたれて堪るか」
……と、言ってはみたのの、敵を倒す手段が思い付かない。敵は愚鈍そうに見えてかなり鋭敏だ。こちらが敵を見つければ、敵もこちらに気づく可能性が高い。いや、むしろ敵が先に気づく可能性の方が高いとすら言えるだろう。となれば、影からの不意打ちは難しい。一度気づかれれば頭を引っ込められるので、下からの攻撃を当てることができなくなってしまう。
かといって、不意打ちを狙わず、正々堂々戦って倒せるほど敵は弱くない。それはさっきの戦闘で嫌というほど分かった。かくなる上は……。
「エミール、力を貸してくれないか?」
エミールは一瞬驚いた表情を見せた後、嬉しそうに言った。
「はい、私にできることなら何だってします」
エミールはなるべく前線で戦わせたくはない。理由は当然、呪いが発動するからだ。なるべくサポーターとして力を貸してもらおう。
「エミールはどんな魔法が使えるんだ?」
「えっと、下級魔法であれば、だいたいは使えます。中級だと、攻撃型以外の闇魔法ですね。上級は一つもできません」
「闇魔法でどんなことができるの?」
「闇魔法は、基本的に精神操作をする魔法が多いです。敵を怒らせたり、怖がらせたりできます。あと、戦いの場合は眠らせる魔法が有効ですね。ただし、敵に近づかないと使えません」
「どれくらい?」
「私の場合、2メートルが限界です。それ以上離れると、魔法がかけられません」
「そうか……」
敵を眠らせる魔法はたしかに強い。実質的に一撃必殺みたいなもんだ。技が決まれば無防備な敵を攻撃できる。
「その眠らせる魔法は、どれだけの持続時間があるんだ?」
「そうですね。敵によって変わりますが、普通のモンスターであれば、1分くらいは眠らせられます」
「よし、1分もあれば仕留めるのに充分だ。それで行こう。俺がエミールを裏世界に連れて行って、影から魔法をかけさせる。それで眠らせたところを一気に仕留める」
「あの……裏世界というのは」
「あ……」
そういえば、エミールには俺が潜影族ということを伝えてなかった。他言は極力避けたいが、もうエミールは大事な仲間だ。隠し事をすべきではないだろう。
俺は自分が潜影族であると打ち明けることにした。
「実は俺、潜影族なんだ」
「え! 本当ですか?」
エミールは驚き、両手で開いた口を押さえた。
「うん、本当。潜影族は影に潜る能力を持ってるんだけど、潜ると裏世界って場所に移動するんだ。そこにいれば敵の攻撃は当たらないから、エミールは魔法を安全にかけられる」
「……作戦は分かりましたが、どういうことですか? たしか、潜影族は滅んだはずでは? どうしてゼラ様は助かったのですか?」
「それが分からないんだよ。集落で助かったのは俺一人なんだ。みんな死んじゃった。どうして俺だけ助かったのかも分からないし、そもそもなんで皆が死んだのかも分からない」
「……すみません、悲しい記憶を思い出させてしまって……」
「いやいや、いいんだよ。もう慣れてるし、それに仲間には言っておかないといけないことだからさ。それで、エミールにお願いしたいんだけど、俺が潜影族であることは隠してほしいんだ。もしかしたら、潜影族は誰かに殺されたのかもしれない。だから、犯人に生き残りがいるってバレたらマズいんだ」
「はい、約束します。ゼラ様が潜影族であることは誰にも言いません。神に誓います」
エミールが真剣な眼差しで俺を見つめる。性格を考慮しても、彼女が嘘をつくことは絶対にないだろう。
だが、心配なのは魔王化した場合だ。魔王化エミールは面白がって、潜影族の生き残りがいることを周りに言いふらすかもしれない。そして、犯人を見つけだして潜影族を殺した方法を聞き出そうとするかも……。
ま、その時はその時だな。あまり気にしても仕方ないか。すぐに悪い方向で物を考えるのは俺の悪い癖だ。今はまず、目の前の作戦を成功させることを考えよう。
俺は立ち上がって言った。
「じゃ、リベンジに行きますか。頼んだよ、エミール」
「はい。頑張ります」
「くれぐれも魔王化させるなよ」とアル。「オレも極力魔法でエミールを守るが」
「大丈夫だって。影から近づくから」
俺達はそう言い交わし、敵の元へと引き返した。
《②に続く》




