凶暴な美少女 ⑤
地面を見ると、生々しい戦いの傷跡が残っていた。俺達が転移する前に立っていた場所は、広範囲の草が燃え尽き、地面が剥き出しになっている。
もし転移が間に合っていなかったら……。そう思うと、ゾッとせずにはいられなかった。
歩きながらエミールに尋ねる。
「なあ、エミールは魔王状態の時のことは覚えてるのか?」
「はい、覚えています」
「そうなのか。じゃあ、アルが水魔法を止められた時、どんな顔をしてたのか教えてくれないか?」
「いいですよ。では、私の顔で再現しますね」
エミールは一旦無表情になり、その表情を徐々に崩し始めた。その時、アルの声が響いた。
「ライムキース」
俺の顔に光の鎖が巻き付く。目の前が塞がれ、エミールの顔が見えなくなった。
「ぐあ、アル、何すんだ」
「余計なことを訊くな」
「わ、分かった。だから鎖を解いてくれ」
鎖が弾けて消滅する。
チクショウ、せっかくテンパったアルの顔が見れると思ったのに。こんな機会は二度と来ないかもしれない。来たら来たで俺も絶体絶命の時だろうし。
平和な不満を抱きながらラグールへ入る。俺とアルは馬車乗り場に向かおうとしたが、レザ姐が言った。
「私はエミールと病院に行くよ。クレラに今回のことを伝えてやらないと」
「そっか。じゃあ、俺達も一緒に行くよ。いいよなアル」
「ああ」
俺達はラグールの病院に向かった。病院は大きな教会のような建物だった。
中に入ると、広い室内にベッドがずらりと並んでいる。宿屋のように個室で分けられていない。
レザ姐は部屋の奥にあるベッドの側に行った。ベッドには茶色い長髪の女性がいて、本を読んでいる。顔からも体型からも、大人の色気が溢れていた。特に胸。でけぇ……。
レザ姐が彼女に言う。
「クレラ、見舞いに来たよ」
やはりこの人がクレラさんのようだ。レザ姐は全身に火傷を負ったと言っていたが、どこにも包帯は巻かれておらず、素肌にも火傷の跡は無かった。ここの医師はかなり腕がいいらしい。
クレラさんは本から目を離し、こちらの顔を順番に見ていった。そして、端の方で小さくなっているエミールに目を止め、口を開いた。
「あら、エミール。ごきげんよう。治安署には行かなくてもいいの?」
冷たい皮肉だ。レザ姐がたしなめる。
「そんな意地悪なこと言うんじゃないよ。この子にも事情があったんだから」
「事情? どんな?」
レザ姐はエミールの呪いのことを話した。そして、凶暴化したエミールを俺達が止めたことも。
話が終わると、エミールが謝罪した。
「申し訳ありませんでした。アミューンさんを傷つけてしまって。それから、呪いのことを隠していて」
クレラさんは明るい声で答えた。さっきの冷たい態度とは正反対だ。
「いいっていいって。呪いにかかってるんなら仕方ないわ。それに、見て分かると思うけど、私はすっかり元気になったから。火傷の跡も残ってないし。さすが王立病院ね」
「治療費は私がお支払いします。今すぐには無理ですけど」
「いいわよ、別に。治療費なんて」
エミールが慌てて言う。
「そんな、1500ガランもかかったんですよね」
「だからこそよ。私に払う分があるなら、他の人に払ってちょうだい。他にもたくさんいるんでしょう? 迷惑をかけた人が」
「……はい。では、その人達にお金を払ったら、最後にアミューンさんの治療費を払います」
「しつこい子ねぇ。こっちがいらないって言ってるのに。まあ、いいわ。そんなに言うならそれでも」
「ありがとうございます」
レザ姐が尋ねる。
「いつ頃退院できそうなの?」
「明後日。私は今すぐにでも退院したいんだけどね、医者が経過観察が必要だって」
「そう。でも良かったわね。それくらいで仕事に復帰できるんだから」
「悪いわねハリス。あと二日待たせちゃうわ」
「いいのよ。お金にはまだ少し余裕があるから。あ、そうそう。エミールはパーティーを外れることになったよ。私達がじゃ暴走したこの子を止められないからね。代わりに、この二人のパーティーに入れてもらえることになった」
アルが自己紹介をする。
「アルジェント・ウリングレイといいます」
俺も続けて名前を言う。なるべくダンディな声で。
「俺はゼラ・スヴァルトゥル。俺の能力ならエミールの暴走を止められます。ご安心を」
レザ姐が鼻で笑う。
クレラさんは微笑を浮かべて言った。
「頼もしいボウヤだこと」
今がチャンス。俺は自分の胸の内をクレラさんにぶつけた。
「あの、クレラさん。もし俺がSランクに……いやAランクに……いやDランクに昇格できたら、お付き合いしていただけませんか。お願いします!」
クレラさんが笑って言う。
「ずいぶん下げたわね。こういう時は無理だと思ってても、絶対Sランクに昇格するって言うものよ」
「クレラさんには嘘をつきたくないんです。俺の気持ち、受け取ってください!」
「ごめんなさいね。私は年下の男に興味ないの。諦めてちょうだい」
「俺、こう見えても35歳です」
「テキトーな事ほざくんじゃないわよ! 私を馬鹿だと思ってるの?」
レザ姐が呆れた様子で言う。
「コイツはいっつもこんな感じさ。でも根は悪い奴じゃないから、エミールは心配いらないよ」
「まあ、そんな感じはするわね」
クレラさんはそう言った後、アルに尋ねた。
「あなた、ウリングレイ君だったわよね」
「アルでいいですよ」
「分かったわ。アルは剣士よね? 流派は何?」
「神命流です」
「神命流? 若いのにずいぶん渋い流派を学んでるのね。私は王華流よ」
「王華流ですか。一度、王華流の使い手と試合をしたことがあります。実戦性が高く、それでいて技の型が美しかったことを覚えています」
「あら、そう言ってもらえると嬉しいわね。アルの階級はいくつ? 私は中級剣士だけど」
「上級です」
「上級!? その若さで? 歳はいくつ?」
「17です」
「17……天才なのね、あなた」
レザ姐が言う。
「それだけじゃないわよ。アルは最上級の水魔法だって使えるの。しかも杖無しで。剣士としても魔術師としても一流よ」
「信じられない。凄い才能ね。……あ、分かったわ。アルがエミールを止めた方法が。三の型を使ったのね」
アルが少し驚いた顔で言う。
「そうです。よくご存じですね」
「私の知り合いにも神命流の剣士がいるのよ。なるほど、神命流は相手を傷つけないから、たしかにエミールを止めるのに打ってつけね」
「アルに任せておけば大丈夫だよ」と、レザ姐も保証する。
俺は横から口を挟んだ。
「いや、ちょっとちょっと、俺は? 俺も重要だろ?」
「そうだね。ゼラも頑張ってアルをサポートするんだよ」
「助っ人みたいに言うな! 俺も主役だ!」
「はいはい」
レザ姐は俺を軽くあしらいやがった後、クレラさんに言った。
「じゃあ、私らはこの辺で失礼するかね。明日は果物でも持ってくるよ」
「ありがとう。楽しみにしてるわ」
「失礼します」とアル。
「じゃあね、クレラさん」と俺。
最後にエミールが言う。
「本当にすみませんでした。1500ガラン、必ず稼いできますからね」
クレラさんが心配そうに言う。
「無理してまた暴走したらダメだからね」
「はい。もう無理はしません。アル様とゼラ様のサポートに徹します」
「それがいいわ。そういうことだから、二人ともエミールを頼んだわよ」
「はい。善処します」とアル。
「うん。任せて」と俺。
こうして、俺達はクレラさんと別れ、病院を出た。そのまま馬車に乗ってパレンシアに帰る。まずは昼飯、と言いたいところだが、その前にギルドに行かなくてはならない。
アルが受付で依頼のリタイアを申請した。その後、レザ姐が依頼の取り下げを申請する。これでエミールはお尋ね者ではなくなった。
さて、これでようやく昼飯にありつける。俺はエミールとレザ姐にいつも通っている飯屋を紹介した。
中に入って、四人で同じテーブルにつく。俺はお勧めのグナメナを四人分注文した。
「ここのグナメナ美味しいのよね」とレザ姐。
「あ、レザ姐分かってるねぇ。エミールは食べたことある?」
「いいえ。名前は聞いたことありますが」
「じゃあ、楽しみにしててよ。安いのにめちゃくちゃ美味いから」
少し経って、テーブルにグナメナが運ばれてきた。
「いっただっきまーす」
俺はさっそくグナメナの肉を大きく切ってかぶりついた。何度食っても美味い。
「美味しいわねぇ」
レザ姐も嬉しそうに食べている。あれ、なんだか今のレザ姐、すごい美人に見える。どうして? 俺と気が合うからか? それとも幸せそうだから?
ま、なんでもいいや。それより、エミールはどうかな? レザ姐が美人になるんだから、エミールはもっと美人になってるんじゃないか?
そう思って向い側に座るエミールを見た。無表情でグナメナを噛んでいる。あまり美味しそうに見えない。
俺はエミールに感想を訊いた。
「どうエミール。美味しい?」
「ええ、とても美味しいですよ」
「ふふん、そうだろ?」
俺は上機嫌でまたグナメナを口に運んだ。が、アルがエミールに言う。
「無理をするな。本当のことを言え」
エミールが慌てた様子で言った。
「う、嘘なんてついてませんよ。本当に美味しいです」
「オレ達はもう仲間だ。気を遣わなくたっていい。本心で話してくれ」
「……すみません。この料理、今まで食べた物の中で一番マズいです。もう二度と口に入れたくありません」
俺はショックを受けて言った。
「そ、そんなに?」
「はい。ゼラ様はよくこんな料理を食べられますね。すごいです。私みたいな軟弱者にはとても食べられません」
レザ姐が笑って言う。
「料理に強者も弱者もないよ。ただ口に合わなかっただけでしょうに。ほんとにこの子は何でもネガティヴに考えるんだから」
俺もエミールを慰めた。
「そうそう。誰にだって好き嫌いはあるんだから。マズいならそう言ってくれればいいのに。そのグナメナ俺が食べるからさ、エミールは違う料理を頼みなよ。グナメナのお代も俺が払うし」
「いいんですか? では、お言葉に甘えて」
「俺もどうせおかわりしようと思ってたから、気にしなくていいよ」
俺はエミールの前に置かれた皿をこちらに引き寄せた。内心ほっとしている。アルのおかげで助かった。もし、無理してエミールがグナメナを食べたら、魔王化した時に怒りを買うかもしれない。今後も気をつけなければ。
エミールはメニューを眺め、グングルの煮付けを注文した。俺が頼んだことのない料理だ。
運ばれてきた料理を見る。一匹の魚が緑色のスープに浸かっていた。この魚がグングルという名前なのだろう。
それをエミールは実に美味しそうに食べた。あー、良かった。ぞんぶんにお口直しをして、俺にグナメナを勧められたことは忘れてくれ。
料理を食べながら、俺はふと気になっていたことを思い出し、アルに尋ねた。
「なあ、アル。病院でクレラさんに上級剣士って言ってたけど、それってどれくらい凄いんだ?」
「剣士は強さと技の熟練度ごとに四つの階級に分けられる。下級、中級、上級、聖級だ。俺は上から二番目の上級。ちなみに、俺が冒険者になったのは、聖級に上がるための試験だからだ。Sランク冒険者に昇格すれば、俺は師匠から神命流の聖級剣士として認めてもらえる」
「そんな理由だったのか。俺はてっきり、アルが強敵と戦いたがってる戦闘狂だからだと思ってた」
「誰が戦闘狂だ。変なことを言うな」
「あ、あとこれも気になってたんだ。エミールの呪いを解いたすげぇ技、三の型っていうんだな。どうしてそんな名前なんだ? 正式な名前じゃないんだろ?」
「本当はちゃんとした技名があったんだが、もう失伝してるんだ。だから神命流の剣士は仮の名前として三の型と呼んでいる。クレラさんも言ってただろう。若いのに神命流を学んでるのは珍しいって。それは、神命流が千年も前に創られた古い流派だからだ」
「千年か。よく技が残ったな」
「ちなみに、創ったのは誰だと思う? ゼラも知ってる人だぞ」
「俺も……まさか、伝説の勇者か!」
「その通り」
「ほらな!」俺はアルの背中をバシバシ叩きながら言った。「やっぱりアルは勇者なんだよ。俺の目に狂いは無かったな。ま、エミールには負けたけど」
「だからオレは勇者じゃないんだって。勇者に比べれば、まだまだ未熟だ」
「そうだな。魔王を封印して、エミールを救えたのは、俺がその未熟さを補ってやったからだ。……あっ!」
俺は重大なことを思い出した
「そうだ、アル。どうしてあの時、さっさとゲートから出てこなかったんだ! どう考えてももっと早くに出られただろ! 俺があの風の刃物でスパーンって切られてたらどうするつもりだ!」
「隙が大きくなるタイミングを計ってたんだ。攻撃のチャンスは一度きりだからな。ゼラに交渉を持ちかけられて、エミールが考え込んだ瞬間を狙った。それにしても、ゼラはやっぱり口が上手いな。あそこで『潜影族』なんて聞き慣れない言葉を聞けば、誰だって話に食いつく。しかも、話を魔法に結び付けて相手の関心を惹きつけた。見事だよ。オレには真似できない」
俺は上機嫌で言った。
「だろだろ? あ、でも、もしエミールが潜影族を知らなかったら、どうなってたか分かんないけどな。運も味方してくれた。ほんと、あんな命を賭けたギャンブルはこれっきりにしてほしいね」
エミールが遠慮がちに尋ねる。
「あの、一つ訊いてもいいですか?」
「いいに決まってんじゃん。どうしたの?」
「あの時言っていたことは全部嘘だったんですか? 潜影族が、魔法で滅んだっていうのは」
「ああ、嘘嘘。俺が即興で考えた」
「すごい……。あんな嘘をすぐに考えられるなんて。ゼラ様は頭がいいんですね」
「えへへ、そうかな?」
レザ姐が鼻で笑って言う。
「ふんっ、詐欺師にでもならなきゃいいけどね」
「うっ……」
鋭い指摘を受けてぎくりとする。俺は元々詐欺師みたいなもんだ。レザ姐の人間観察力、恐るべし。
「クククッ」
アルが堪えきれずに笑った。
「こらアル、笑うな!」
「ククッ、すまん」
「うふふ」
アルに釣られてエミールも笑う。
レザ姐も笑みを浮かべて言った。
「みんな、同じこと思ってんだね」
「うるさい。せっかく褒められて気持ち良くなってたのに……」
こうして、四人の時間が和やかに流れていった。だが、楽しい時間は必ず終わりを迎えるもので、俺達は料理を食べ終わり、店を出た。
これでレザ姐とはお別れだ。俺でも寂しいのに、エミールの寂しさはもっとだろう。
レザ姐もまた、寂しそうに言う。
「じゃあね、エミール。頑張るんだよ」
「はい。ガンドラさんには本当にお世話になりました。お元気で」
「ゼラとアルも、エミールをお願いね」
「はい」とアルが頷き、「オレ達もガンドラさんにはお世話になりました。ありがとうございました」
「あ、レザ姐、これ」
俺は指輪を外して渡した。
レザ姐が受け取り、指にはめてエミールに言う。
「私達はいつでも、この指輪で繋がってるからね」
「はい……」
エミールは涙を流して答えた。
「それじゃあね」
レザ姐がこちらに背を向けて歩きだす。
「じゃーなー」
俺はその背に別れの言葉をかけた。なるべく明るい声を作って。
その後、俺達三人はいつもの原っぱに向かった。俺は今日もここで弓の稽古だ。
エミールはというと、アルに魔法の稽古をつけてもらうことになった。アルは教え子が二人に増えて大変だ。
そうしているうちに日が暮れて、また同じ飯屋に行って夕飯を食べた。それから宿に帰り、エミールの新しい部屋を借りた。
俺とアルはというと、まだ所持金に余裕が無いので相部屋だ。これからは報酬をエミールとも分けなければならないから、当分はこのままだろう。ま、仕方ないか。
俺はいつものようにアルと同じベッドに寝転がり、眠りについた。
《凶暴な美少女 完》




