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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Dランク編
21/78

凶暴な美少女 ⑤

 地面を見ると、生々しい戦いの傷跡が残っていた。俺達が転移する前に立っていた場所は、広範囲の草が燃え尽き、地面がき出しになっている。


 もし転移が間に合っていなかったら……。そう思うと、ゾッとせずにはいられなかった。


 歩きながらエミールに尋ねる。


「なあ、エミールは魔王状態の時のことは覚えてるのか?」


「はい、覚えています」


「そうなのか。じゃあ、アルが水魔法を止められた時、どんな顔をしてたのか教えてくれないか?」


「いいですよ。では、私の顔で再現しますね」


 エミールは一旦無表情になり、その表情を徐々に崩し始めた。その時、アルの声が響いた。


「ライムキース」


 俺の顔に光の鎖が巻き付く。目の前が塞がれ、エミールの顔が見えなくなった。


「ぐあ、アル、何すんだ」


「余計なことを訊くな」


「わ、分かった。だから鎖を解いてくれ」


 鎖が弾けて消滅する。


 チクショウ、せっかくテンパったアルの顔が見れると思ったのに。こんな機会は二度と来ないかもしれない。来たら来たで俺も絶体絶命の時だろうし。


 平和な不満を抱きながらラグールへ入る。俺とアルは馬車乗り場に向かおうとしたが、レザ姐が言った。


「私はエミールと病院に行くよ。クレラに今回のことを伝えてやらないと」


「そっか。じゃあ、俺達も一緒に行くよ。いいよなアル」


「ああ」


 俺達はラグールの病院に向かった。病院は大きな教会のような建物だった。


 中に入ると、広い室内にベッドがずらりと並んでいる。宿屋のように個室で分けられていない。


 レザ姐は部屋の奥にあるベッドの側に行った。ベッドには茶色い長髪の女性がいて、本を読んでいる。顔からも体型からも、大人の色気があふれていた。特に胸。でけぇ……。


 レザ姐が彼女に言う。


「クレラ、見舞いに来たよ」


 やはりこの人がクレラさんのようだ。レザ姐は全身に火傷を負ったと言っていたが、どこにも包帯は巻かれておらず、素肌にも火傷の跡は無かった。ここの医師はかなり腕がいいらしい。


 クレラさんは本から目を離し、こちらの顔を順番に見ていった。そして、端の方で小さくなっているエミールに目を止め、口を開いた。


「あら、エミール。ごきげんよう。治安署には行かなくてもいいの?」


 冷たい皮肉だ。レザ姐がたしなめる。


「そんな意地悪なこと言うんじゃないよ。この子にも事情があったんだから」


「事情? どんな?」


 レザ姐はエミールの呪いのことを話した。そして、凶暴化したエミールを俺達が止めたことも。


 話が終わると、エミールが謝罪した。


「申し訳ありませんでした。アミューンさんを傷つけてしまって。それから、呪いのことを隠していて」


 クレラさんは明るい声で答えた。さっきの冷たい態度とは正反対だ。


「いいっていいって。呪いにかかってるんなら仕方ないわ。それに、見て分かると思うけど、私はすっかり元気になったから。火傷の跡も残ってないし。さすが王立病院ね」


「治療費は私がお支払いします。今すぐには無理ですけど」


「いいわよ、別に。治療費なんて」


 エミールが慌てて言う。


「そんな、1500ガランもかかったんですよね」


「だからこそよ。私に払う分があるなら、他の人に払ってちょうだい。他にもたくさんいるんでしょう? 迷惑をかけた人が」


「……はい。では、その人達にお金を払ったら、最後にアミューンさんの治療費を払います」


「しつこい子ねぇ。こっちがいらないって言ってるのに。まあ、いいわ。そんなに言うならそれでも」


「ありがとうございます」


 レザ姐が尋ねる。


「いつ頃退院できそうなの?」


「明後日。私は今すぐにでも退院したいんだけどね、医者が経過観察が必要だって」


「そう。でも良かったわね。それくらいで仕事に復帰できるんだから」


「悪いわねハリス。あと二日待たせちゃうわ」


「いいのよ。お金にはまだ少し余裕があるから。あ、そうそう。エミールはパーティーを外れることになったよ。私達がじゃ暴走したこの子を止められないからね。代わりに、この二人のパーティーに入れてもらえることになった」


 アルが自己紹介をする。


「アルジェント・ウリングレイといいます」


 俺も続けて名前を言う。なるべくダンディな声で。


「俺はゼラ・スヴァルトゥル。俺の能力ならエミールの暴走を止められます。ご安心を」


 レザ姐が鼻で笑う。


 クレラさんは微笑を浮かべて言った。


「頼もしいボウヤだこと」


 今がチャンス。俺は自分の胸の内をクレラさんにぶつけた。


「あの、クレラさん。もし俺がSランクに……いやAランクに……いやDランクに昇格できたら、お付き合いしていただけませんか。お願いします!」


 クレラさんが笑って言う。


「ずいぶん下げたわね。こういう時は無理だと思ってても、絶対Sランクに昇格するって言うものよ」


「クレラさんには嘘をつきたくないんです。俺の気持ち、受け取ってください!」


「ごめんなさいね。私は年下の男に興味ないの。諦めてちょうだい」


「俺、こう見えても35歳です」


「テキトーな事ほざくんじゃないわよ! 私を馬鹿だと思ってるの?」


 レザ姐が呆れた様子で言う。


「コイツはいっつもこんな感じさ。でも根は悪い奴じゃないから、エミールは心配いらないよ」


「まあ、そんな感じはするわね」


 クレラさんはそう言った後、アルに尋ねた。


「あなた、ウリングレイ君だったわよね」


「アルでいいですよ」


「分かったわ。アルは剣士よね? 流派は何?」


神命(しんめい)流です」


「神命流? 若いのにずいぶんしぶい流派を学んでるのね。私は王華(おうか)流よ」


「王華流ですか。一度、王華流の使い手と試合をしたことがあります。実戦性が高く、それでいて技の型が美しかったことを覚えています」


「あら、そう言ってもらえると嬉しいわね。アルの階級はいくつ? 私は中級剣士だけど」


「上級です」


「上級!? その若さで? 歳はいくつ?」


「17です」


「17……天才なのね、あなた」


 レザ姐が言う。


「それだけじゃないわよ。アルは最上級の水魔法だって使えるの。しかも杖無しで。剣士としても魔術師としても一流よ」


「信じられない。凄い才能ね。……あ、分かったわ。アルがエミールを止めた方法が。三の型を使ったのね」


 アルが少し驚いた顔で言う。


「そうです。よくご存じですね」


「私の知り合いにも神命流の剣士がいるのよ。なるほど、神命流は相手を傷つけないから、たしかにエミールを止めるのに打ってつけね」


「アルに任せておけば大丈夫だよ」と、レザ姐も保証する。


 俺は横から口を挟んだ。


「いや、ちょっとちょっと、俺は? 俺も重要だろ?」


「そうだね。ゼラも頑張ってアルをサポートするんだよ」


すけみたいに言うな! 俺も主役だ!」


「はいはい」


 レザ姐は俺を軽くあしらいやがった後、クレラさんに言った。


「じゃあ、私らはこの辺で失礼するかね。明日は果物でも持ってくるよ」


「ありがとう。楽しみにしてるわ」


「失礼します」とアル。


「じゃあね、クレラさん」と俺。


 最後にエミールが言う。


「本当にすみませんでした。1500ガラン、必ず稼いできますからね」


 クレラさんが心配そうに言う。


「無理してまた暴走したらダメだからね」


「はい。もう無理はしません。アル様とゼラ様のサポートにてっします」


「それがいいわ。そういうことだから、二人ともエミールを頼んだわよ」


「はい。善処(ぜんしょ)します」とアル。


「うん。任せて」と俺。

 

 こうして、俺達はクレラさんと別れ、病院を出た。そのまま馬車に乗ってパレンシアに帰る。まずは昼飯、と言いたいところだが、その前にギルドに行かなくてはならない。


 アルが受付で依頼のリタイアを申請しんせいした。その後、レザ姐が依頼の取り下げを申請する。これでエミールはお尋ね者ではなくなった。


 さて、これでようやく昼飯にありつける。俺はエミールとレザ姐にいつも通っている飯屋を紹介した。


 中に入って、四人で同じテーブルにつく。俺はお勧めのグナメナを四人分注文した。


「ここのグナメナ美味しいのよね」とレザ姐。


「あ、レザ姐分かってるねぇ。エミールは食べたことある?」


「いいえ。名前は聞いたことありますが」


「じゃあ、楽しみにしててよ。安いのにめちゃくちゃ美味いから」


 少し経って、テーブルにグナメナが運ばれてきた。


「いっただっきまーす」


 俺はさっそくグナメナの肉を大きく切ってかぶりついた。何度食っても美味い。


「美味しいわねぇ」


 レザ姐も嬉しそうに食べている。あれ、なんだか今のレザ姐、すごい美人に見える。どうして? 俺と気が合うからか? それとも幸せそうだから?


 ま、なんでもいいや。それより、エミールはどうかな? レザ姐が美人になるんだから、エミールはもっと美人になってるんじゃないか?


 そう思って向い側に座るエミールを見た。無表情でグナメナを噛んでいる。あまり美味しそうに見えない。


 俺はエミールに感想を訊いた。


「どうエミール。美味しい?」


「ええ、とても美味しいですよ」


「ふふん、そうだろ?」


 俺は上機嫌でまたグナメナを口に運んだ。が、アルがエミールに言う。


「無理をするな。本当のことを言え」


 エミールが慌てた様子で言った。


「う、嘘なんてついてませんよ。本当に美味しいです」


「オレ達はもう仲間だ。気をつかわなくたっていい。本心で話してくれ」


「……すみません。この料理、今まで食べた物の中で一番マズいです。もう二度と口に入れたくありません」


 俺はショックを受けて言った。


「そ、そんなに?」


「はい。ゼラ様はよくこんな料理を食べられますね。すごいです。私みたいな軟弱者なんじゃくものにはとても食べられません」


 レザ姐が笑って言う。


「料理に強者も弱者もないよ。ただ口に合わなかっただけでしょうに。ほんとにこの子は何でもネガティヴに考えるんだから」


 俺もエミールを(なぐさ)めた。


「そうそう。誰にだって好き嫌いはあるんだから。マズいならそう言ってくれればいいのに。そのグナメナ俺が食べるからさ、エミールは違う料理を頼みなよ。グナメナのお代も俺が払うし」


「いいんですか? では、お言葉に甘えて」


「俺もどうせおかわりしようと思ってたから、気にしなくていいよ」


 俺はエミールの前に置かれた皿をこちらに引き寄せた。内心ほっとしている。アルのおかげで助かった。もし、無理してエミールがグナメナを食べたら、魔王化した時に怒りを買うかもしれない。今後も気をつけなければ。


 エミールはメニューを眺め、グングルの煮付けを注文した。俺が頼んだことのない料理だ。


 運ばれてきた料理を見る。一匹の魚が緑色のスープに浸かっていた。この魚がグングルという名前なのだろう。


 それをエミールは実に美味しそうに食べた。あー、良かった。ぞんぶんにお口直しをして、俺にグナメナを勧められたことは忘れてくれ。


 料理を食べながら、俺はふと気になっていたことを思い出し、アルに尋ねた。


「なあ、アル。病院でクレラさんに上級剣士って言ってたけど、それってどれくらい凄いんだ?」


「剣士は強さと技の熟練度ごとに四つの階級に分けられる。下級、中級、上級、聖級だ。俺は上から二番目の上級。ちなみに、俺が冒険者になったのは、聖級に上がるための試験だからだ。Sランク冒険者に昇格すれば、俺は師匠から神命流の聖級剣士として認めてもらえる」


「そんな理由だったのか。俺はてっきり、アルが強敵と戦いたがってる戦闘狂せんとうきょうだからだと思ってた」


「誰が戦闘狂だ。変なことを言うな」


「あ、あとこれも気になってたんだ。エミールの呪いを解いたすげぇ技、三の型っていうんだな。どうしてそんな名前なんだ? 正式な名前じゃないんだろ?」


「本当はちゃんとした技名があったんだが、もう失伝してるんだ。だから神命流の剣士は仮の名前として三の型と呼んでいる。クレラさんも言ってただろう。若いのに神命流を学んでるのは珍しいって。それは、神命流が千年も前に(つく)られた古い流派だからだ」


「千年か。よく技が残ったな」


「ちなみに、創ったのは誰だと思う? ゼラも知ってる人だぞ」


「俺も……まさか、伝説の勇者か!」


「その通り」


「ほらな!」俺はアルの背中をバシバシ叩きながら言った。「やっぱりアルは勇者なんだよ。俺の目に狂いは無かったな。ま、エミールには負けたけど」


「だからオレは勇者じゃないんだって。勇者に比べれば、まだまだ未熟みじゅくだ」


「そうだな。魔王を封印して、エミールを救えたのは、俺がその未熟さをおぎなってやったからだ。……あっ!」


 俺は重大なことを思い出した


「そうだ、アル。どうしてあの時、さっさとゲートから出てこなかったんだ! どう考えてももっと早くに出られただろ! 俺があの風の刃物でスパーンって切られてたらどうするつもりだ!」


(すき)が大きくなるタイミングを計ってたんだ。攻撃のチャンスは一度きりだからな。ゼラに交渉を持ちかけられて、エミールが考え込んだ瞬間を狙った。それにしても、ゼラはやっぱり口が上手いな。あそこで『潜影族』なんて聞き慣れない言葉を聞けば、誰だって話に食いつく。しかも、話を魔法に結び付けて相手の関心をきつけた。見事だよ。オレには真似できない」


 俺は上機嫌で言った。


「だろだろ? あ、でも、もしエミールが潜影族を知らなかったら、どうなってたか分かんないけどな。運も味方してくれた。ほんと、あんな命をけたギャンブルはこれっきりにしてほしいね」


 エミールが遠慮がちに尋ねる。


「あの、一つ訊いてもいいですか?」


「いいに決まってんじゃん。どうしたの?」


「あの時言っていたことは全部嘘だったんですか? 潜影族が、魔法でほろんだっていうのは」


「ああ、嘘嘘。俺が即興そっきょうで考えた」


「すごい……。あんな嘘をすぐに考えられるなんて。ゼラ様は頭がいいんですね」


「えへへ、そうかな?」


 レザ姐が鼻で笑って言う。


「ふんっ、詐欺師さぎしにでもならなきゃいいけどね」


「うっ……」


 鋭い指摘を受けてぎくりとする。俺は元々詐欺師みたいなもんだ。レザ姐の人間観察力、恐るべし。


「クククッ」


 アルがこらえきれずに笑った。


「こらアル、笑うな!」


「ククッ、すまん」


「うふふ」


 アルに釣られてエミールも笑う。


 レザ姐も笑みを浮かべて言った。


「みんな、同じこと思ってんだね」


「うるさい。せっかく褒められて気持ち良くなってたのに……」


 こうして、四人の時間がなごやかに流れていった。だが、楽しい時間は必ず終わりを迎えるもので、俺達は料理を食べ終わり、店を出た。


 これでレザ姐とはお別れだ。俺でもさみしいのに、エミールの寂しさはもっとだろう。


 レザ姐もまた、寂しそうに言う。


「じゃあね、エミール。頑張るんだよ」


「はい。ガンドラさんには本当にお世話になりました。お元気で」


「ゼラとアルも、エミールをお願いね」


「はい」とアルがうなずき、「オレ達もガンドラさんにはお世話になりました。ありがとうございました」


「あ、レザ姐、これ」


 俺は指輪を外して渡した。


 レザ姐が受け取り、指にはめてエミールに言う。


「私達はいつでも、この指輪でつながってるからね」


「はい……」


 エミールは涙を流して答えた。


「それじゃあね」


 レザ姐がこちらに背を向けて歩きだす。


「じゃーなー」


 俺はその背に別れの言葉をかけた。なるべく明るい声を作って。


 その後、俺達三人はいつもの原っぱに向かった。俺は今日もここで弓の稽古だ。


 エミールはというと、アルに魔法の稽古をつけてもらうことになった。アルは教え子が二人に増えて大変だ。


 そうしているうちに日が暮れて、また同じ飯屋に行って夕飯を食べた。それから宿に帰り、エミールの新しい部屋を借りた。


 俺とアルはというと、まだ所持金に余裕が無いので相部屋だ。これからは報酬をエミールとも分けなければならないから、当分はこのままだろう。ま、仕方ないか。


 俺はいつものようにアルと同じベッドに寝転がり、眠りについた。


《凶暴な美少女 完》

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