凶暴な美少女 ④
俺は奇妙なことに気づいた。敵を貫く剣の刃が光り輝いている。ライムキースの鎖に近い。特殊な剣技だ。
敵が笑みを浮かべて言う。
「この程度で、私……が……」
言葉が途切れるとともに、敵の笑みも消えた。そのまま前のめりに倒れる。
顔が地面に着く前に、アルが体を受け止めた。
俺はオロオロしながら尋ねた。
「こ、殺したのか?」
アルが敵を仰向けに寝かせて言う。
「いや、死んではいない。あの技は使っても人を傷つけないからな」
「え、でも、がっつり胸を貫いてたけど」
「さっきの技は刃を光に変えるんだ。光が貫通するだけで、肉は切れない」
「すげぇ技だな。……傷つけられてないのに倒れたってことは、やっぱり、この子は闇魔法で操られてたってことだよな?」
「まだ断言はできないが、少なくとも闇魔法にかかっていたのはたしかだ」
「まあ、とにかく、俺達の勝ちだ。やったぞ、レザ姐! 倒したぞおおおお!」
俺は大声でレザ姐を呼んだ。遠くの茂みからレザ姐が出てきて、こっちに駆け寄ってくる。
最初は嬉しそうな顔だったが、倒れているパトソールを見て表情を曇らせた。パトソールの側まで来ると、しゃがんで顔を覗き込む。その後、アルに尋ねた。
「死んだの?」
「死んでません。無傷です」
「じゃあ、この子は闇魔法から解放されたのね?」
「はい」
「ああ、良かった。それで、いつ目を覚ますの?」
「それは分かりません。ですが、目を覚ましたら、いつものパトソールさんに戻っているはずですよ」
「……ほんとに、この子ったら、どれだけ周りを心配させたら気が済むのかしら。ほら、さっさと起きて謝りなさいよ」
レザ姐がパトソールの肩を軽く揺すった。すると、パトソールが小さく唸った。
「んん……」
俺達は顔を見合わせた。もう意識が回復したらしい。
「エミール、起きなさい、エミール」
レザ姐が呼びかけながら肩を強く揺さぶる。パトソールの首がぐわんぐわん揺さぶられ、ついにその目が開いた。
パトソールはハッとした顔で俺達を見回す。そして、その大きな瞳に涙をたくさん浮かべると、泣きじゃくりながら謝罪した。
「皆さん、本当にごめんなさい。ガンドラさんとクレラさんには、もう、どう謝ったらいいのか。それからお二人も巻き込んでしまって、本当に本当にすみませんでした」
俺は呆気にとられて、敵だった少女の謝罪を聞いていた。あの強キャラの風格は嘘のように消え去り、今は普通の女の子になっている。
やはり、誰かから操られていたということだろうか。俺はそのことについて尋ねた。
「いや、とりあえず謝罪はもういいからさ、どうしてこんなことになっちゃったのか聞かせてほしいんだけど。やっぱり、君は誰かに操られてたの?」
エミールはきょとんとした顔で言った。
「操られていた? すみません、どういう意味でしょうか?」
「いや、君がいつもとは別人みたいになったから、てっきり、他の誰かに操られているせいだと思ったんだけど」
「……違うんです。私は誰にも操られてはいません」
「え!? じゃあ、あれが君の本性ってこと?」
「本性、ですか……。まあ、そう言われても仕方がないのかもしれませんね……」
エミールはそう言って視線を落とす。その憂いを帯びた顔は、なんとも言えないほど美しかった。
ぽーっと見とれていると、レザ姐が怒鳴った。
「歯切れが悪いね! はっきり言いな! 操られてないなら、なんであんなに暴走したんだい!」
「ひぃっ」「ひぃっ」
俺とエミールはまったく同じリアクションを同時にした。
ガチギレしたレザ姐はおっかない。たまらずエミールが早口で答える。
「私が暴走したのは、呪いのせいなんです」
「呪い?」とアル。「ということは、やはり闇魔法ですね」
「はい、これを見てください」
エミールはこちらに背を向け、服をめくった。彼女の背中が顕わになる。そこには、背中全体を覆う黒い魔方陣が刻印されていた。
「これは……」
アルは言葉を失うほど衝撃を受けている。
代わりに俺が感想を言った。
「エッロ」
アルが俺の頭を叩いた。
「痛ぇ、何すんだ!」
「下品なことを言うな」
「アルだって内心思ってるくせに!」
「思ってない」
「嘘つけぇい!」
レザ姐が俺とアルのやりとりを止める。
「うるさいねえ! ほんとに男ってのは馬鹿なんだから。で、エミール、これは何なの?」
エミールが服を降ろして言う。
「これは呪いの刻印です。その名も、魔王の呪い。私にこの呪いをかけた賢者様は、闇魔法の禁術だと言っていました。この呪いは、対象者に膨大な魔力を与えてくれます。その代わりに、性格は冷酷で残忍になるんです」
「でも、いつものあんたはそんな性格じゃないじゃないか」
「それは、賢者様が呪いが発動するタイミングを制限してくれたからです。私にかけられた呪いは、私が死に瀕した時にしか発動しません」
「ああ、だからガルムレザータに襲われ時に凶暴化したのね。それで、その賢者様ってのは、いったい何者なの?」
「何年かに一度、私が住んでいた村に来る魔術師です。賢者様はとても腕が立つ魔法使いで、村の悩みを何でも魔法で解決してくれました」
「そんな人が、どうして禁術の呪いなんかを」
「幼い私は病弱で、何度も病に倒れては、生死の境を彷徨っていました。そして六歳の頃、特に病状が重くなって、医師からいつ死んでもおかしくないと言われたんです。その時に、ちょうど賢者様が村を通りかかりました。両親は賢者様に頼みました。私の命を救ってほしいと。そして、賢者様がかけたのが、この呪いです」
俺は疑問に思って尋ねた。
「なんで呪いで病気が治るんだよ。回復魔法とか使えばいいのに」
「賢者様が言うには、私は魔力をほとんど生み出せない体質らしいんです。だから病気に打ち勝つ力もないのだと。賢者様は、呪いが産み出す膨大な魔力によって、私の虚弱体質を補おうとしたんです」
「とんだ賢者様だな。補う魔力が多すぎだ。もっと上手いこと調整できなかったのかね」
「私が言うのも何ですが、あれでも抑えられてる方なんですよ。私が虚弱体質だから、強い魔法を使うくらいで済むんです。もし普通の人が魔王の呪いを受ければ、過剰生産された魔力に体が耐えられず、死んでしまいます」
「ふーん、つくづくおっかない呪いだな。でも、今のエミールは呪いの力が無くても元気そうだけど」
「はい、成長するとともに生産される魔力が増えたみたいで、昔みたいに寝込むことはなくなりました。それでも、普通の人に比べればかなり少ないですけどね」
「じゃあ、呪い解けば? 邪魔じゃん」
「それが……できないです。この呪いは、一度かけたら賢者様でも解けません」
「あれ、でも、アルの技で解けたんじゃないの?」
「いいや」とアル。「もし解けたなら、背中の刻印が消えるはずだ。一時的に無効化できただけらしい。あの技をまともに食らって解除できないってことは、相当強力な呪いだ」
「はい」とエミールが頷く。「とても強力で、恐ろしい呪いです……」
俺は少し苛ついて言った。
「それが分かってんなら、どうして冒険者になんかなろうとしたんだ。一番向かない仕事だろ」
エミールがうつむいて答える。
「私、この呪いで多くの人に迷惑をかけてきたんです。人を傷つけたり、家を壊したり。だから、その人達に治療費や建物の弁償代を払わないといけないんです。でも、そんな大金、普通の仕事じゃ稼げなくて。だから、冒険者になるしかないと思ったんです。……今思えば、身の程知らずな考えでしたけどね」
レザ姐が優しい声で言う。
「ほんとに身の程知らずだよ。あんた一人でそんなことできるわけないだろうに。どうして私達に相談してくれなかったの?」
「もし呪いのことを言えば、パーティーから外されると思って」
「馬鹿だね、この子は。それでこんな大惨事を引き起こしてどうするんだい」
「ごめんなさい」
「罰として、あんたはうちのパーティーから外す。いいね」
「……はい。今までお世話になりました」
エミールが打ちひしがれた様子で言う。
俺は助け船を出してやった。
「えー、レザ姐冷たい。こんなに謝ってんだから許してやれよ」
「何言ってんだい。あんたらのパーティーに入れるんだよ」
「……は?」
「私とクレラじゃ、この子の暴走を止められないからね。なあ、ゼラ、アル、頼むよ。この子の手助けをしてくれないかい?」
俺は断固として反対した。
「ゼッッタイに嫌だ! こんな魔王みたいな奴パーティーに入れられるか!」
それなのに、アルは涼しい顔で言った。
「オレは構いませんが、パトソールさんはいいんですか? こんな男だけのパーティーに入っても」
「パトソールさんなんて止めてください。エミールでいいです。それと、もしお二人に許していただけるなら、私はぜひともパーティーに入れてもらいたいです」
「残念だったなエミール。俺は反対だ。交渉決裂。国に帰れ」
「待て、ゼラ。さっき呪いの発動条件を言ってただろ。エミールが死にそうにならなければ呪いは発動しない。だったらオレ達でエミールを守ってやればいいんだ」
「守れなかったらどうするんだよ! また恐ろしい魔王が復活するんだぞ! 今回はなんとか封印できたようなもんだけどな、次も上手くいくかは分からない! 俺は絶対反対だ!」
「でも、考えてもみろ。オレ達が守れないってことは、その時戦ってる敵は相当強いってことだ。それを、あの魔王に倒してもらえるかもしれない」
「ん……たしかに、それもそうだな。……いいや、アルの口車には乗せられないぞ。仮にそうなったとして、その後どうやって魔王を封印するんだよ」
アルがエミールを見て言う。
「エミール、ちょっと訊いていいか?」
「はい、何でしょう」
「呪いの発動条件が死に瀕した時なら、効果が切れる条件はなんだ?」
「眠った時です。意識が途切れれば、呪いの効果は解除されます」
「聞いたかゼラ。いくら魔王でも、眠らなければ死ぬ。また呪いが発動したとしても、エミールが寝るまで逃げ続ければいいんだ」
「それもそうだけど……」
俺は腕を組んで考えた。悩ましい。たしかにエミールは大きな戦力になる。しかも、眠れば元に戻るのなら、逃げる期間も少なくて済むだろう。が、逃げられるのか、あの魔王から。一日逃げるのも大変なのではないだろうか。
うーん、でも、あの魔王に勝てない敵がいるとは思えないし、曲がりなりにも味方に付けられれば、Sランク昇格も夢ではないかも……。
俺が悩みに悩んでいると、エミールが言った。
「お願いです、ゼラ様。足を引っ張らないように頑張りますから、どうか私をパーティーに入れてください」
「……ゼラ様」
ゼラ様……ゼラ様……ゼラ様……。
なんて良い響きだろう。決まりだな。
「そんなに言われたら仕方ない。特別に許可するか」
「ありがとうございます」
エミールが眩しい笑顔で言う。てか、眩しすぎる。
レザ姐が嬉しそうに言った。
「良かったじゃないの。あんた達、この子のこと、頼んだからね。あとゼラ、この子に変なことすんじゃないわよ」
「なんで俺にだけ注意すんだよ! アルにも言えよ!」
「ほら、そういうとこよ。もしアルだったら『そんなことしない』って即答するわよ。ほんとに変なことしようと思ってたんじゃないの?」
「思ってねーよ。レザ姐こそ変なこと言うな」
「ふ、ふふっ、あははははは」
俺とレザ姐のやりとりを聞き、エミールが声を上げて笑った。堪え切れずに笑ったという感じだ。
俺はゾッとした。エミールが魔王状態だった時の大笑いを思いだしたからだ。あの時、エミールはアルの魔法を無力化し、嘲笑っていた。こんな恐ろしい娘にちょっかいなんてかけられるわけがない。
アルを見ると、その顔は恐怖で凍り付いていた。アルの方が俺よりも心の傷が深いのだろう。
「ごめんなさい、おかしくてつい笑って……あれ?」
エミール以外は皆黙りこくり、場は完全にしらけていた。エミールがそれに気づいて謝る。
「ごめんなさい、ごめんなさい。私、変なところで笑っちゃいましたね」
「いや、いいよ。何回謝るんだよ」と俺。
「うん、仲良くできそうね」と、レザ姐が皮肉めいたことを言う。「あんた達なら安心して仲間を預けられるよ。さて、じゃあ、そろそろパレンシアに帰るとするかね」
「良かった、無事に帰れるぞー。頑張ったな俺。偉いねー」
俺は生きて帰れることを心から喜んだ。そして、ふとあることに気づく。
「あれ? ちょっと待てよ。依頼って、エミールを治安署に連れて行くことだったよな。でも、それができないってことは」
アルが平然と答える。
「当然、依頼は失敗だ」
「嘘だろ!? こんなに苦労したのにか!」
「ごめんなさい」とエミール。
「いや、だから謝らなくてもいいって。まあ、依頼の失敗はいいとして、そしたら他の冒険者に依頼を回されちゃうんじゃないか?」
「それなら大丈夫だよ」とレザ姐。「依頼はギルドに頼めばキャンセルできるから。依頼人は私だから、次の冒険者に回される前にキャンセルするよ。キャンセル料として20ガランかかるけどね」
エミールが申し訳なさそうに言う。
「あの、キャンセル料は私が払います」
「当たり前でしょ。あと私とクレラの治療費も払ってもらうからね。私の治療費が200ガラン、クレラは1500ガラン、キャンセル料と合わせて1720ガランだね」
俺はどん引きして言った。
「うわ、高ぇ……」
「……」
エミールもあまりの額に言葉を失っている。
レザ姐が微笑んで言った。
「だから、払うのは今じゃなくていいよ。もっと冒険者ランクを上げて、稼げるようになったら払ってちょうだい」
「……いいんですか?」
「いいも何も、あんたに払えないだろこんな大金。それと、今あんたが持ってる金は、ゼラとアルに迷惑をかけないように使いな。ほんとだったら、二人は依頼の報酬を貰えてたんだからね」
俺は気づいて言った。
「え、でも依頼人ってレザ姐だよね? 別にギルドを通さなくったって、俺達に直接報酬を渡してくれればいいんじゃないの? 実質達成したようなもんなんだから」
「勘弁してよ。私だって治療費の支払いをツケにしてもらってるんだから」
「ぐぬぬ、150ガランが……」
エミールが俺に言う。
「ゼラ様とアル様にも、後で150ガランお支払いしますから」
「ほんとか! 約束だぞ!」
「はい」
エミールが真剣な眼差しで言う。嘘を言うような子ではないんだろうが、頑張りすぎて魔王にならないことを願うばかりだ。
レザ姐が言う。
「さて、話もまとまったし、帰りましょうか。とりあえず私の転移魔法で元の場所に戻りましょう」
「頼みます」とアル。
「便利だなぁ。レザ姐の魔法は」
レザ姐は目をつむって両手を組み、トレケインを唱えた。そして、俺達四人は一瞬で森の外へ移動し、アルとエミールが戦った草原に立っていた。
《⑤に続く》




