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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Dランク編
20/78

凶暴な美少女 ④

 俺は奇妙なことに気づいた。敵を貫く剣の刃が光り輝いている。ライムキースの鎖に近い。特殊な剣技だ。


 敵が笑みを浮かべて言う。


「この程度で、私……が……」


 言葉が途切れるとともに、敵の笑みも消えた。そのまま前のめりに倒れる。


 顔が地面に着く前に、アルが体を受け止めた。


 俺はオロオロしながら尋ねた。


「こ、殺したのか?」


 アルが敵を仰向けに寝かせて言う。


「いや、死んではいない。あの技は使っても人を傷つけないからな」


「え、でも、がっつり胸を貫いてたけど」


「さっきの技は刃を光に変えるんだ。光が貫通するだけで、肉は切れない」


「すげぇ技だな。……傷つけられてないのに倒れたってことは、やっぱり、この子は闇魔法で操られてたってことだよな?」


「まだ断言はできないが、少なくとも闇魔法にかかっていたのはたしかだ」


「まあ、とにかく、俺達の勝ちだ。やったぞ、レザ姐! 倒したぞおおおお!」


 俺は大声でレザ姐を呼んだ。遠くの茂みからレザ姐が出てきて、こっちに駆け寄ってくる。


 最初は嬉しそうな顔だったが、倒れているパトソールを見て表情を(くも)らせた。パトソールの側まで来ると、しゃがんで顔を覗き込む。その後、アルに尋ねた。


「死んだの?」


「死んでません。無傷です」


「じゃあ、この子は闇魔法から解放されたのね?」


「はい」


「ああ、良かった。それで、いつ目を覚ますの?」


「それは分かりません。ですが、目を覚ましたら、いつものパトソールさんに戻っているはずですよ」


「……ほんとに、この子ったら、どれだけ周りを心配させたら気が済むのかしら。ほら、さっさと起きて謝りなさいよ」


 レザ姐がパトソールの肩を軽く揺すった。すると、パトソールが小さく(うな)った。


「んん……」


 俺達は顔を見合わせた。もう意識が回復したらしい。


「エミール、起きなさい、エミール」


 レザ姐が呼びかけながら肩を強く揺さぶる。パトソールの首がぐわんぐわん揺さぶられ、ついにその目が開いた。


 パトソールはハッとした顔で俺達を見回す。そして、その大きな瞳に涙をたくさん浮かべると、泣きじゃくりながら謝罪した。


「皆さん、本当にごめんなさい。ガンドラさんとクレラさんには、もう、どう謝ったらいいのか。それからお二人も巻き込んでしまって、本当に本当にすみませんでした」


 俺は呆気にとられて、敵だった少女の謝罪を聞いていた。あの強キャラの風格は嘘のように消え去り、今は普通の女の子になっている。


 やはり、誰かから操られていたということだろうか。俺はそのことについて尋ねた。


「いや、とりあえず謝罪はもういいからさ、どうしてこんなことになっちゃったのか聞かせてほしいんだけど。やっぱり、君は誰かに操られてたの?」


 エミールはきょとんとした顔で言った。


「操られていた? すみません、どういう意味でしょうか?」


「いや、君がいつもとは別人みたいになったから、てっきり、他の誰かに操られているせいだと思ったんだけど」


「……違うんです。私は誰にも操られてはいません」


「え!? じゃあ、あれが君の本性ってこと?」


「本性、ですか……。まあ、そう言われても仕方がないのかもしれませんね……」


 エミールはそう言って視線を落とす。その(うれ)いを帯びた顔は、なんとも言えないほど美しかった。


 ぽーっと見とれていると、レザ姐が怒鳴った。


「歯切れが悪いね! はっきり言いな! 操られてないなら、なんであんなに暴走したんだい!」


「ひぃっ」「ひぃっ」


 俺とエミールはまったく同じリアクションを同時にした。


 ガチギレしたレザ姐はおっかない。たまらずエミールが早口で答える。


「私が暴走したのは、呪いのせいなんです」


「呪い?」とアル。「ということは、やはり闇魔法ですね」


「はい、これを見てください」


 エミールはこちらに背を向け、服をめくった。彼女の背中が(あら)わになる。そこには、背中全体をおおう黒い魔方陣が刻印こくいんされていた。


「これは……」


 アルは言葉を失うほど衝撃を受けている。


 代わりに俺が感想を言った。


「エッロ」


 アルが俺の頭を叩いた。


「痛ぇ、何すんだ!」


「下品なことを言うな」


「アルだって内心思ってるくせに!」


「思ってない」


「嘘つけぇい!」


 レザ姐が俺とアルのやりとりを止める。


「うるさいねえ! ほんとに男ってのは馬鹿なんだから。で、エミール、これは何なの?」


 エミールが服を降ろして言う。


「これは呪いの刻印です。その名も、魔王の呪い。私にこの呪いをかけた賢者様は、闇魔法の禁術だと言っていました。この呪いは、対象者に膨大な魔力を与えてくれます。その代わりに、性格は冷酷で残忍になるんです」


「でも、いつものあんたはそんな性格じゃないじゃないか」


「それは、賢者様が呪いが発動するタイミングを制限してくれたからです。私にかけられた呪いは、私が死にひんした時にしか発動しません」


「ああ、だからガルムレザータに襲われ時に凶暴化したのね。それで、その賢者様ってのは、いったい何者なの?」


「何年かに一度、私が住んでいた村に来る魔術師です。賢者様はとても腕が立つ魔法使いで、村の悩みを何でも魔法で解決してくれました」


「そんな人が、どうして禁術の呪いなんかを」


「幼い私は病弱で、何度も病に倒れては、生死の境を彷徨(さまよ)っていました。そして六歳の頃、特に病状が重くなって、医師からいつ死んでもおかしくないと言われたんです。その時に、ちょうど賢者様が村を通りかかりました。両親は賢者様に頼みました。私の命を救ってほしいと。そして、賢者様がかけたのが、この呪いです」


 俺は疑問に思って尋ねた。


「なんで呪いで病気が治るんだよ。回復魔法とか使えばいいのに」


「賢者様が言うには、私は魔力をほとんど生み出せない体質らしいんです。だから病気に打ち勝つ力もないのだと。賢者様は、呪いが産み出す膨大な魔力によって、私の虚弱体質きょじゃくたいしつおぎなおうとしたんです」


「とんだ賢者様だな。補う魔力が多すぎだ。もっと上手いこと調整できなかったのかね」


「私が言うのも何ですが、あれでも抑えられてる方なんですよ。私が虚弱体質だから、強い魔法を使うくらいで済むんです。もし普通の人が魔王の呪いを受ければ、過剰かじょう生産された魔力に体が耐えられず、死んでしまいます」


「ふーん、つくづくおっかない呪いだな。でも、今のエミールは呪いの力が無くても元気そうだけど」


「はい、成長するとともに生産される魔力が増えたみたいで、昔みたいに寝込むことはなくなりました。それでも、普通の人に比べればかなり少ないですけどね」


「じゃあ、呪い解けば? 邪魔じゃん」


「それが……できないです。この呪いは、一度かけたら賢者様でも解けません」


「あれ、でも、アルの技で解けたんじゃないの?」


「いいや」とアル。「もし解けたなら、背中の刻印が消えるはずだ。一時的に無効化できただけらしい。あの技をまともに食らって解除できないってことは、相当強力な呪いだ」


「はい」とエミールが頷く。「とても強力で、恐ろしい呪いです……」


 俺は少し苛ついて言った。


「それが分かってんなら、どうして冒険者になんかなろうとしたんだ。一番向かない仕事だろ」


 エミールがうつむいて答える。


「私、この呪いで多くの人に迷惑をかけてきたんです。人を傷つけたり、家を壊したり。だから、その人達に治療費ちりょうひや建物の弁償代べんしょうだいを払わないといけないんです。でも、そんな大金、普通の仕事じゃ稼げなくて。だから、冒険者になるしかないと思ったんです。……今思えば、身の程知らずな考えでしたけどね」


 レザ姐が優しい声で言う。


「ほんとに身の程知らずだよ。あんた一人でそんなことできるわけないだろうに。どうして私達に相談してくれなかったの?」


「もし呪いのことを言えば、パーティーから外されると思って」


「馬鹿だね、この子は。それでこんな大惨事だいさんじを引き起こしてどうするんだい」


「ごめんなさい」


「罰として、あんたはうちのパーティーから外す。いいね」


「……はい。今までお世話になりました」


 エミールが打ちひしがれた様子で言う。


 俺は助け船を出してやった。


「えー、レザ姐冷たい。こんなに謝ってんだから許してやれよ」


「何言ってんだい。あんたらのパーティーに入れるんだよ」


「……は?」


「私とクレラじゃ、この子の暴走を止められないからね。なあ、ゼラ、アル、頼むよ。この子の手助けをしてくれないかい?」


 俺は断固として反対した。


「ゼッッタイに嫌だ! こんな魔王みたいな奴パーティーに入れられるか!」


 それなのに、アルは涼しい顔で言った。


「オレは構いませんが、パトソールさんはいいんですか? こんな男だけのパーティーに入っても」


「パトソールさんなんて止めてください。エミールでいいです。それと、もしお二人に許していただけるなら、私はぜひともパーティーに入れてもらいたいです」


「残念だったなエミール。俺は反対だ。交渉決裂こうしょうけつれつ。国に帰れ」


「待て、ゼラ。さっき呪いの発動条件を言ってただろ。エミールが死にそうにならなければ呪いは発動しない。だったらオレ達でエミールを守ってやればいいんだ」


「守れなかったらどうするんだよ! また恐ろしい魔王が復活するんだぞ! 今回はなんとか封印できたようなもんだけどな、次も上手くいくかは分からない! 俺は絶対反対だ!」


「でも、考えてもみろ。オレ達が守れないってことは、その時戦ってる敵は相当強いってことだ。それを、あの魔王に倒してもらえるかもしれない」


「ん……たしかに、それもそうだな。……いいや、アルの口車には乗せられないぞ。仮にそうなったとして、その後どうやって魔王を封印するんだよ」


 アルがエミールを見て言う。


「エミール、ちょっと訊いていいか?」


「はい、何でしょう」


「呪いの発動条件が死に瀕した時なら、効果が切れる条件はなんだ?」


「眠った時です。意識が途切れれば、呪いの効果は解除されます」


「聞いたかゼラ。いくら魔王でも、眠らなければ死ぬ。また呪いが発動したとしても、エミールが寝るまで逃げ続ければいいんだ」


「それもそうだけど……」


 俺は腕を組んで考えた。悩ましい。たしかにエミールは大きな戦力になる。しかも、眠れば元に戻るのなら、逃げる期間も少なくて済むだろう。が、逃げられるのか、あの魔王から。一日逃げるのも大変なのではないだろうか。


 うーん、でも、あの魔王に勝てない敵がいるとは思えないし、曲がりなりにも味方に付けられれば、Sランク昇格も夢ではないかも……。


 俺が悩みに悩んでいると、エミールが言った。


「お願いです、ゼラ様。足を引っ張らないように頑張りますから、どうか私をパーティーに入れてください」


「……ゼラ様」


 ゼラ様……ゼラ様……ゼラ様……。


 なんて良い響きだろう。決まりだな。


「そんなに言われたら仕方ない。特別に許可するか」


「ありがとうございます」


 エミールが(まぶ)しい笑顔で言う。てか、眩しすぎる。


 レザ姐が嬉しそうに言った。


「良かったじゃないの。あんた達、この子のこと、頼んだからね。あとゼラ、この子に変なことすんじゃないわよ」


「なんで俺にだけ注意すんだよ! アルにも言えよ!」


「ほら、そういうとこよ。もしアルだったら『そんなことしない』って即答するわよ。ほんとに変なことしようと思ってたんじゃないの?」


「思ってねーよ。レザ姐こそ変なこと言うな」


「ふ、ふふっ、あははははは」


 俺とレザ姐のやりとりを聞き、エミールが声を上げて笑った。堪え切れずに笑ったという感じだ。


 俺はゾッとした。エミールが魔王状態だった時の大笑いを思いだしたからだ。あの時、エミールはアルの魔法を無力化し、嘲笑(あざわら)っていた。こんな恐ろしい娘にちょっかいなんてかけられるわけがない。


 アルを見ると、その顔は恐怖で凍り付いていた。アルの方が俺よりも心の傷が深いのだろう。


「ごめんなさい、おかしくてつい笑って……あれ?」


 エミール以外は皆黙りこくり、場は完全にしらけていた。エミールがそれに気づいて謝る。


「ごめんなさい、ごめんなさい。私、変なところで笑っちゃいましたね」


「いや、いいよ。何回謝るんだよ」と俺。


「うん、仲良くできそうね」と、レザ姐が皮肉めいたことを言う。「あんた達なら安心して仲間を預けられるよ。さて、じゃあ、そろそろパレンシアに帰るとするかね」


「良かった、無事に帰れるぞー。頑張ったな俺。偉いねー」


 俺は生きて帰れることを心から喜んだ。そして、ふとあることに気づく。


「あれ? ちょっと待てよ。依頼って、エミールを治安署に連れて行くことだったよな。でも、それができないってことは」


 アルが平然と答える。


「当然、依頼は失敗だ」


「嘘だろ!? こんなに苦労したのにか!」


「ごめんなさい」とエミール。


「いや、だから謝らなくてもいいって。まあ、依頼の失敗はいいとして、そしたら他の冒険者に依頼を回されちゃうんじゃないか?」


「それなら大丈夫だよ」とレザ姐。「依頼はギルドに頼めばキャンセルできるから。依頼人は私だから、次の冒険者に回される前にキャンセルするよ。キャンセル料として20ガランかかるけどね」


 エミールが申し訳なさそうに言う。


「あの、キャンセル料は私が払います」


「当たり前でしょ。あと私とクレラの治療費も払ってもらうからね。私の治療費が200ガラン、クレラは1500ガラン、キャンセル料と合わせて1720ガランだね」


 俺はどん引きして言った。


「うわ、高ぇ……」


「……」


 エミールもあまりの額に言葉を失っている。


 レザ姐が微笑んで言った。


「だから、払うのは今じゃなくていいよ。もっと冒険者ランクを上げて、稼げるようになったら払ってちょうだい」


「……いいんですか?」


「いいも何も、あんたに払えないだろこんな大金。それと、今あんたが持ってる金は、ゼラとアルに迷惑をかけないように使いな。ほんとだったら、二人は依頼の報酬を貰えてたんだからね」


 俺は気づいて言った。


「え、でも依頼人ってレザ姐だよね? 別にギルドを通さなくったって、俺達に直接報酬を渡してくれればいいんじゃないの? 実質達成したようなもんなんだから」


勘弁かんべんしてよ。私だって治療費の支払いをツケにしてもらってるんだから」


「ぐぬぬ、150ガランが……」


 エミールが俺に言う。


「ゼラ様とアル様にも、後で150ガランお支払いしますから」


「ほんとか! 約束だぞ!」


「はい」


 エミールが真剣な眼差しで言う。嘘を言うような子ではないんだろうが、頑張りすぎて魔王にならないことを願うばかりだ。


 レザ姐が言う。


「さて、話もまとまったし、帰りましょうか。とりあえず私の転移魔法で元の場所に戻りましょう」


「頼みます」とアル。


「便利だなぁ。レザ姐の魔法は」


 レザ姐は目をつむって両手を組み、トレケインを唱えた。そして、俺達四人は一瞬で森の外へ移動し、アルとエミールが戦った草原に立っていた。


《⑤に続く》

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