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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライティッシュ
プロローグ
2/66

冒険者ギルド

 目的地に着き、馬車を降りる。アルによると、この町はパレンシアという名前らしい。小さな町だが、冒険者向けの商店で賑わっている。


 俺たちは町の中心に(そび)える冒険者ギルドへと向かった。ギルドの施設は、石のレンガでできた城のような外観だった。見たのはこれが初めてだ。城といっても、王様が住む本物の城に比べれば(はるか)かに小さいが、まあ、立派な外観と言えるだろう。普通、庶民の住居は一階までしかないが、この建物は三階まである。広さは庶民の住居の十倍はありそうだった。


 アルによると、この建物はあくまで支部であって、本部はもっと大きいらしい。


 アルに続いてギルドの中に入る。まず目に映ったのは巨大な掲示板だった。壁の一面全体が掲示板になっており、そこに依頼内容が書かれているであろう紙が何枚も貼られている。


 部屋には二十人くらいの冒険者がいた。掲示板を見ながら何やら相談したり、談笑したりしている。備え付けのテーブルに地図を広げ、作戦会議をしているパーティーもいた。剣を持った剣士や、杖を持った魔術師など、職種は様々だ。


 アルは部屋の左手奥にある受付カウンターに向かった。カウンターには三人の受付係が並んで座っている。一人は男、二人は女だ。


 アルはウエストバッグから紙を取り出し、女の受付係に渡した。黒髪で眼鏡をかけている。クールで知的な感じの美女だ。


「依頼を達成しました。確認してください」


「お疲れ様です。ふむ……」


 受付係が依頼書に目を通す。読み終わると、眉をひそめて言った。


「本当に幽霊なんていたんですか?」


「いや、幻覚を見せるモンスターの仕業でした。もう退治したので、しばらくは大丈夫です」


 もちろん、これは嘘だ。バレなければいいが。


 受付係が尋ねる。


「なるほど。では、そのモンスターの死体を見せてください」


「いやいや、あんな汚いもの持ち運びたくありませんよ。モンスターの駆除依頼じゃないんで、こっちは運ぶ準備もしてませんでしたし。死体が無くても信じてもらえませんか?」


「……で、そのモンスターの名前は?」


「分かりません。珍しいモンスターだったもので」


「……」


 受付係が鋭い目でアルを(にら)む。俺はハラハラした気持ちで横から眺めていた。少しの沈黙の後、受付係が口を開く。


「……まあ、いいでしょう。依頼者には解決したと報告しておきます。ただし、報酬をすぐにお渡しするわけにはいきません。五日間様子を見ます。その間にまた同様の被害報告が出れば、依頼は失敗したとみなし、報酬はお渡しできません。もし何もなければ、依頼達成とみなし、報酬をお渡ししましょう。それでよろしいですか?」


「ええ、そうしてください」


「かしこまりました。では五日後にまた依頼書を見せてください。お疲れ様でした」


 俺は安心して胸をなで下ろした。よかった、嘘がバレなくて。


 アルが()ました顔で言う。


「それから、もう一つやってほしいことがあるんですが」


「なんでしょう?」


「こいつの会員登録です」


 アルはそう言って俺の肩に手を置いた。


「かしこまりました」


 受付係は後ろの棚の中から一枚の用紙を出し、カウンターに置いた。


「こちらの用紙に必要事項をお書きください」


 俺の目の前にペンが置かれる。だが、俺には何もできなかった。


「なあ、アル。代わりに書いてくれ」


「ん? なんでだ?」


「……言っても馬鹿にしないか?」


「なんだ? もしかして字が書けないとか?」


「…………」


「いや、黙るなよ。別に馬鹿になんてしないさ。だいたい読み書きできない人なんていくらでもいるし」


「……そうなの?」


「ああ、庶民にはいらない能力だからな」


「それを早く言えよ! 俺ずっと恥ずかしいことだと思ってたんだからな」


「そんなこと知らねーよ。まあいい。オレが代わりに書いてやろう」


代筆だいひつの場合、代筆者の名前も書いてくださいね」と、受付係が付け加える。


 俺は名前や出身地などの必要事項を伝え、アルに代筆してもらった。書き終わると、受付係は用紙を裏返して言った。


「では、お顔を念写させていただきます」


 そう言って俺の顔をじっと見つめ、手を用紙にかざす。すると、手から緑色の光が発せられ、用紙に俺の顔が浮かび上がった。画家顔負けの肖像画で、色もちゃんと付いている。


 俺は感心して言った。


「はぇー、鏡みたいにそっくりだ。なんだこれ」


 アルが答える。


「念写魔法だ。いつ見てもすごいな」


「ありがとうございます」と、受付係が無愛想に言う。全然嬉しそうじゃない。言われ慣れているのだろうか。それとも彼女の性格だろうか。


 会員登録はこれで終わり、俺たちは受付から掲示板の前に移動した。アルが説明してくれる。


「ここに張られているのは依頼書だ。依頼の内容と報酬が書かれてる。担当したい依頼があれば、その依頼書を受付に持っていって手続きをすればいい。依頼書は依頼を達成した後も必要だから、無くさないように注意すること。ここまでで何か質問はあるか?」


「ない」


「よし、じゃあ先に進むぞ。ここにある依頼はすべて受けられるわけじゃない。それぞれにランクがある。ランクはFからA、それから最上級のSだ。全部で七つだな。Fランクの依頼が一番簡単で、E、D、Cの順に難しくなっていく。Fランクの依頼書は掲示板の左端に張られて、右側に行くほどランクの高い依頼書になる。ここまでは大丈夫か?」


 覚えることがたくさんあって大変だ。俺は頭を抑えて言った。


「うーん、なんとか」


「あと少しだから頑張れ。で、ランクは依頼だけじゃなく、オレたち冒険者にも付けられている。最初はFから始まって、最高ランクはS。冒険者が受けられるのは、自分のランク以下か、もしくは一つ上のランクの依頼だけだ。例えば、Fランク冒険者は、FとEランクの依頼しか受けられない。ただし、Eランクの依頼を受けるには、Fランクの依頼を三回達成する必要がある。そうすればEランクの依頼に挑戦できるようになり、それを達成すれば、晴れてEランク冒険者に昇格できるというわけだ。あとは同じことを次のランクでも繰り返していく感じだな。ここまでで何か質問は?」


「んん……ない」


「ほんとか? じゃあテストだ。ゼラの冒険者ランクは今いくつだ?」


「S!」


「違う、堂々と外すな。会員登録したばっかりなんだからFに決まってるだろ」


「冗談だって。Sは一番上のランクだろ? そんで一番下はF。昇格したければ自分と同じランクの依頼を三回こなして、上のランクの依頼を達成すればいい」


「その通り。よくできました。では最後に、依頼の失敗について説明する。依頼は三日以内に達成できないと、自動的に失敗扱いになるから注意が必要だ。報酬は受け取れず、依頼は他の冒険者に回される。ちなみに、受付で申請すれば棄権(リタイア)することも可能だ。依頼の達成が難しいと思ったら、棄権して他の冒険者に任せるといい」


「ふーん、なるほどねぇ」


「説明は以上だ。何か質問はあるか?」


「はい」と俺は手を上げて言った。「さっきの幽霊の依頼は何ランクなんだ?」


「Fだ」


「ふーん、まあそんなとこだろうな。……ん、待てよ? てことは、アルの冒険者ランクは?」


「Fだ」


「F!? またまたぁ、俺がランクを盗むと思ってってランクなんて盗めるわけねーだろ馬鹿野郎! どういうことだ!」


「そっちこそどうしたんだ。自分で自分のボケにツッコんだりして」


「お前その見た目でFランクなのかよ! どう見てもSか、S寄りのAだろ! この見かけ倒しの擬人化がっ!」


「オレだって会員登録したばかりなんだ」


「いつしたんだ?」


「昨日」


「……ああ、なんだそういうことか。どれだけ強くても、最初はFランクだもんな。ごめんごめん、質問が悪かった。実際のランクじゃなくて、実力が知りたいんだ。アルの強さは何ランクに匹敵するんだ?」


「そんなことは知らん。オレがこなした依頼はさっきの奴だけだからな。上のランクはまだ受けたことがない。オレの実力が何ランクまで通用するかは、やってみてのお楽しみだな」


 何がお楽しみだ、と俺は内心で毒づいた。こっちからすれば死活問題だ。アルが本当に勇者と呼ぶに相応しい男なのか、それともクソ雑魚勇者モドキなのか。もし後者なら、俺は命がけで依頼をこなさなければならなくなる。武術も魔法も習得していないのに!


 おそらく険しい顔をしていただろう俺に、アルはふっと小さく笑って言った。


「ゼラが何を考えてるのか分かるよ。オレが弱いんじゃないかと思って不安なんだろう? 心配しなくても、Fランクの依頼なら問題無くこなせるさ」


「ほんとかよ」


「嘘かどうかはすぐに分かる」


「ふん、嘘がバレるからって逃げ出すなよ」


「そんなことはしない。ところで、どうする。次に受ける依頼を決めてしまおう」


「ん、ああ。つってもなあ……」


 選ぶとすれば一番安全で一番報酬が高い依頼だが、俺には依頼書の文字が読めない。ここはアルに決めてもらうしかなかった。


「アルはどれがいいと思う?」


「どれでもいい。見たところ、全部達成できそうだし」


「ほんとだな? その言葉信じるぞ。じゃあ、一番高い報酬の依頼はどれだ?」


「えっと……これだな。レザータ十匹の駆除。報酬は50ガラン」


「50ガランか。悪くないな。……あ、そういえば、幽霊の報酬はいくらだったんだ?」


「15ガランだ」


「ふーん、そっちはイマイチだな」


 15ガランはだいたい俺の一日分の生活費だ。あくまで貧乏な俺の生活費なので、庶民の一日分であればその二倍はかかるだろう。俺の悪事も安く見られたものだ。


 まあ、それはともかく、レザータとやらの報酬は50ガランだから、なかなかの金額だ。ただ……。


「冒険者の仕事にしては物足りなくないか?」


「Fランクなんてこんなもんだ。もし冒険者の仕事だけで飯を食っていきたいなら、Eランク以上の依頼をこなさないと厳しいな」


「Eランク冒険者になれれば、庶民クラスの生活は送れるってことか?」


「ん、まあ、さすがに送れるだろうな」


「じゃあ、Eより上のランクになったら、どれくらい(かせ)げるんだ?」


「うーん、そうだな。Eが庶民クラスだとすれば、DとCがお役人や兵隊クラス。BとAが貴族クラス。Sともなれば、王族クラスじゃないかな」


「お、王族!? それ本当か? 大袈裟おおげさじゃなくて?」


「ああ、それくらい貰えたって不思議じゃない。ただし、ほんの一握りの冒険者しかなれないけどな。当たり前だが」


「Sランクには貴族じゃなくてもなれるのか?」


「なれる。実力さえあれば身分は関係ない」


「はぇー、庶民でも王族クラスか。すげーな……」


 俺の冒険者に対する印象が変わった。今までは金のために危険を冒す、命知らずな奴らだと思っていたが、血筋に関係無く王族クラスの金を得られるとなれば、たしかに命を賭けても惜しくないかもしれない。……俺、どうして今まで冒険者を目指さなかったんだろう。


 俺はやる気に満ちあふれて言った。


「アル、早く昇格しような。そんで二人でSランク冒険者になろうぜ」


「どうした? 急にやる気を出したな」


「そりゃ、やる気も出るだろ。俺みたいな貧乏人でも大金持ちになれるなんて、冒険者は漢のロマンだな」


「まあ、それはそうだが、Sランクになるには相当な努力が必要になるぞ。それだけじゃない。命を危険に晒すことも多々あるだろう。ゼラにその覚悟はあるか?」


「無い! でも、俺はともかくアルならSランクになれるよ。俺はその手助けをする」


 アルは呆れ顔で言った。


「……手助けって、どんな?」


「皿洗いとか、洗濯とか。俺、何でもやります!」


「それは冒険者じゃない。召使いだ。何でもって言うなら、依頼を手伝ってくれ」


「ああ。雑魚モンスターの相手くらいはするよ」


「そんな奴パーティーにいらねーよ。まあ、無理して強敵と戦う必要もないけどな。これから少しずつ強くなればいい」


「そうだな。それでまずはEランクに昇格だ。頑張ってね、アル。期待してるからね」


「なんで他人事なんだよ。頑張るのはゼラも同じだ」


「分かってるって。俺も頑張るよ、ほどほどに。それで、これからどうする? もう遅いけど」


「今日はもう休もう。夜中に依頼をこなすのは危険だしな」


「じゃ、宿屋を探すか」


「いや、今夜は野宿だ」


「野宿! なんで!」


「決まってるだろ。金がないんだ。さっき10ガランしかないって言っただろう。馬車に4ガラン払ったからあと6ガランだ。これじゃあ安宿にも泊まれない」


「いやいやいやいや、じゃあ俺がおごるよ、一晩くらい」


「それは誰かから騙し取った金だろ。そんな金は使っちゃいけない」


「使っちゃいけないって、使わずに持ってたって仕方ないだろ? じゃあ元の持ち主に返せとでも言うのか?」


「それが一番いいが、無理なら他人のために使え。これからは自分で稼いだ金しか使うな」


「……チェ、勇者様はまじめだねぇ。分かったよ」


「よし、じゃあ俺は依頼書を受付に見せてくるから待っててくれ」


「え? 明日でいいだろ」


「いや、他の冒険者に先取りされたら困る」


「ああ、そりゃそうか」


 アルは掲示板の依頼書を剥がし、受付に持っていった。手続きが終わると、俺とアルは外に出た。


 もう日が沈み、外は薄暗くなっている。アルはギルドの近くで野宿をしようと言ったが、俺は他の冒険者に見られると恥ずかしいので反対した。そこで、町から少し離れた場所にある、雑木林で野宿することに決まった。ここならあまり目立たず、奥に入らなければモンスターもいない。


 寒くないし、食料も無いので、焚き火をつける必要はなかった。場所さえ決めればあとは寝るだけだ。だが、アルが俺に提案した。


「せっかくだから、寝る前に文字を教えてやろう」


「……マジで?」


 俺は内心嬉しかった。文字を読める奴はカッコいい。これからは依頼書を読むためにも使うし、ぜひとも習っておきたい。


「授業料はいくらだ?」


「そんなのいらねーよ」


「さすが勇者様。太っ腹だね」


「どうも」


 アルはそう言い、呪文を唱えた。


「ライムカロン」


 目の前の空中に、小さな光の球が現れた。眩しすぎない、優しい光を放っている。夜中でも周囲がよく見えた。


 アルは木の枝を拾い、地面に文字を書いた。


「まず名前から教えよう。これが『ゼラ』だ。家名は何だったっけ?」


「スヴァルトゥル」


 アルが文字を付け足す。


「ス、ヴァ、ル、トゥ、ルっと。これがゼラのフルネームだな」


「これが、俺の……」


 地面に自分の名前が刻まれている。俺はそれを見て、涙が出そうになるほど感動した。どうしてこんなに感動するのか、自分でもよく分からない。たぶん、運命的な何かを感じたのだろう。


「ありがとう、アル」


 俺は無意識にそう言っていた。そう言わずにはいられなかった。


「あ、ああ」


 素直にお礼を言われて、アルは少し戸惑っていた。よほど俺が喜んでいると思ったのだろう。アルは嬉しそうに次の文字を書いた。


「で、これがオレの名前だ。ア、ル、ジェ」


「あ、アルの名前はいいや」


「なんでだよ! パーティーーメンバーの名前くらい覚えろ!」


 その後、俺は自分とアルのフルネーム、それから『冒険者ギルド』の書き方を教えてもらった。まずはこの三つを覚えるようにとアルに課題を出され、今日の授業は終了した。


 あとは寝るだけとなり、俺は草むらをベッド代わりに寝転がった。


 その隣で、アルが立ったまま呪文を唱える。


「ライムケニウス」


 すると、俺とアルがいる地面に光る魔方陣が浮かび上がった。だが、光はすぐに消え、魔方陣は見えなくなった。


「なんの魔法?」


「防御型の罠魔法だ。魔方陣が見えただろう? 今は見えなくなってるが、まだ魔方陣は地面に残っている。それを外部から来た者が踏めば、瞬時にそいつを弾き飛ばす結界が張られる」


「ふーん、盗人対策か。でも、この町はそんなに治安が悪くないだろ?」


「ああ。ギルドがあるからむしろ治安はいい。これは念のためだ。気にせず寝てくれ」


 そう言って、アルは俺の隣に寝転んだ。同時にライムカロンの光が消える。二人とも話さなくなり、暗闇と静寂が辺りを包んだ。


 俺は寝る前に、何度も自分の名前を星空に書いた。それがスムーズにできるようになってから、ようやく眠りについた。

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