三人の盗賊
朝。今日も今日とて仕事に向かう。今回は弓矢を使わない予定なので、宿に置いていくことにした。受付でこの日の分の宿代を先払いする。
今日の仕事場は城下町ラグールに繋がる街道だ。俺が幽霊になりすまして金を騙し取っていた場所でもある。
馬車に乗ってラグールに向かう。道中で昨日考えた作戦をアルに伝えた。
30分ほどでラグールに到着し、馬車を降りる。目的地はまだ先だが、まずはここで作戦に使う道具を買わなければならない。縄と、花束だ。この二つは俺ではなく、アルが使う。
今回の作戦はアルも協力してくれる。ただし、戦闘には参加せず、魔法も使わない。それがアルの出した条件だった。鬼勇者め。ま、それも想定して作戦を立てたんだけどね。
準備ができたら二つの道具をアルに預け、俺はアルの財布を受け取った。この財布も作戦に使う大事なアイテムだ。それを持って町を出て、街道を歩きだす。
アルには離れた場所から俺を追跡させた。俺一人で歩いている方が盗賊をおびき寄せやすいからだ。アルは見るからに強そうなので、囮役に向かない。弓を置いてきたのも、盗賊に狙われやすくするためだ。
しばらく街道を歩いていると、森に差し掛かった。依頼書によると、盗賊が現れるのはこの辺りらしい。森の中の一本道は、木々に囲まれているので身を隠しやすい。人目にも付きにくいので、盗賊にとっては絶好の仕事場となる。
盗賊を引き寄せるため、俺は財布を左手から右手、右手から左手へと投げながら持ち替え、ジャラジャラと音を立てた。
さあ、金を持つ弱そうな男が、一人でのこのこ狩り場にやって来たぞ。さっさと出てこい、盗賊ども。
そんなことを考えながら先を進む。
5分ほど歩いた時だった。前方の茂みから音がしたかと思うと、背丈が2メートルはあろうかという大男がぬっと道に出てきた。手には大きな斧を持っていて、前方に立ち塞がる。
さらに、後ろの茂みからも音がして、見ると二人の男が退路を塞いでいた。一人は痩せこけた男で弓を持っている。もう一人は背丈が150センチくらいの小男で、剣を持っていた。
三人の特徴は依頼書に書かれていたものと完全に一致する。間違いない。コイツらがターゲットの盗賊だ。まんまと出てきてくれた。
細男が弓を構えてこちらに向ける。小男が言った。
「おい、ガキ。死にたくなけりゃ、その金こっちに渡してもらおうか」
前後の逃げ道を塞ぎ、いい気になっている。潜影族の俺からすれば何も怖くないのだが、ここは怖がっている演技をしなくてはならない。
「そ、そんな。このお金が無くなったら生活できません」
「状況が分かってないようだな」と小男。「金を渡さなかったら、どのみちお前は俺達に殺されて死ぬんだよ。大人しく渡せば見逃してやるがな。さあ、どうする」
「うぅ……」
俺が金を渡すのを躊躇する演技をしていると、大男が言った。
「ねえ、やっぱりこんな子供から金を取るのは止めようよ」
嘘だろ!? 俺は耳を疑った。コイツ見た目が怖いくせに優しい奴なのか。でも、それで止められたらこっちが困る。さっさと金を盗んでもらわないと、次の段取りに進めない。
俺が心配していると、小男が言った。
「歳なんて関係ねーよ。金は奪える奴からトコトン奪う。奪えない奴からは1ガランも奪わねー。それが俺たちの信条だ。分かったか?」
「で、でも」
「なんだ、リーダーの俺に逆らうのか?」
お前がリーダーかよ! と、心の中でツッコまずにはいられない。お前、一番弱そうじゃねーか。なんだこの盗賊。
「いや、そんなつもりは……」
大男が弱々しく答える。お前はお前でもっと強気でいけよ。本気で戦ったらこの中で一番強いだろ。なんならアルよりも強そうじゃねーか。
「だったら黙ってろ」と小男が偉そうに言う。「リーダーの言うことは絶対だ。いいな」
「はい、リーダー」
小男が俺に視線を移して言う。
「そういうわけだ。後ろのデカブツに助けてもらおうなんて考えるなよ。さっさと金をこっちに寄越せ」
「はい……」
俺は財布を渡した。小男が受け取って言う。
「よし。約束通り、命は助けてやろう。さっさと行け。ただし、このことラグールの衛兵どもにチクるなよ? あと、冒険者ギルドにもな。もしそんなことをすれば、お前の家を突き止めて家族全員殺す。いいな?」
「はい、そんなことしません」
「よろしい。良い子だ。さっさと家に帰れ」
「……」
俺は意気消沈した感じで、道をとぼとぼと歩いた。後ろを見ると、三人が財布の中を覗いて何か話している。誰もこっちを見ていない。チャンスだ。
俺は自分の影に潜った。裏世界に入り、さっきの小男の影にゲートを開く。そこから三人に声をかけた。できるだけ、悲しく、恨めしそうに。
「返して……返して……」
ゲートの向こうから小男の声が聞こえる。
「ん、なんだ? さっきのガキの声が聞こえないか?」
「うん、聞こえる」と大男。「でも、あの子どこにもいないよ?」
「何? さっきまでそこにいただろ」
俺がまた声を出す。
「返してよお。返してよお」
「や、やっぱりだ。ガキの声が聞こえる。しかも……地面から」
「リーダー、これが噂の幽霊かも」
「街道の幽霊か? あんなもんただの嘘話だ。幽霊なんて本当にいるわけ――」
「返してよう。返してよう。返してよう」
「ひぃぃぃ」と、大男が悲鳴を上げる。「やっぱり、あの子、幽霊だったんだよ。財布を返そう、リーダー」
「わ、分かった。財布は返す。だから許してくれ」
小男は威勢良く言ったが、声が震えている。よしよし、相当ビビってるな。
俺は小男の影から地上に出た。といっても、出したのは上半身だけだ。それで小男の足にしがみつく。
「返して、返して」
「うわああああああ」
小男が叫び声を上げた。
「返す! ほら、財布だ!」
俺は財布を受け取って言った。
「ありがとう。おじさんは優しいね。僕と一緒に来て。ひとりぼっちは寂しいんだ」
そう言いながら小男の足を引っ張る。小男の足先が影に沈んだ。
「うわおわああお! 許してくれ頼む嫌だ死にたくないいいいい!」
大男は必死で祈りの言葉を繰り返した。
「神よお助けください。神よお助けください。神よお助けください」
細男はというと、大男の後ろに隠れてガタガタと震えている。
「暗いよう、怖いよう」
俺はそう言いながら小男を膝まで影に沈めた。
「嫌だあああああああああ」
小男が叫んだ時、アルの声が聞こえた。
「何をしてるんですか?」
これで俺の役目は終わりだ。急いで裏世界に引っ込み、小男の足を出してゲートを閉じる。
俺は木の影にゲートを開き、こっそりそこから地上へ出た。アルが三人の注意を引きつけているうちに、急いで木の後ろに隠れる。そこから三人の様子をうかがった。
アルは花束を持って立っている。小男が答えた。
「いや、その、さっきここに子供が……」
「子供? いくつくらいの?」
「えっと、11か12くらいの男の子だった」
14じゃい! 子供扱いすんな!
俺の怒りをよそに、アルが神妙な面持ちで答える。
「そうですか。あなたが見たのは、おそらくここで死んだ男の子の幽霊です」
「ああ、やっぱりぃ」と大男が情けない声を出す。
「どうしてそんなことを知ってる?」と小男。
「その男の子は私の知り合いだからです。名前はテラ・エヴァンチュール。とてもいい子でした。だからこの道を通る際には、必ず花を供えるようにしてるんです」
アルはそう言うと、道の脇に花束を置き、両手を組んだ。目をつむり、祈りを捧げるポーズをとる。それが終わると、三人に向き直って言った。
「あなたたち、盗賊でしょう?」
「え、どうして分かったの?」
「馬鹿! 自分からバラすな!」
あっさり自白した大男を小男が叱りつける。
「やはりそうですか。あの子は盗賊に殺されたんです。だから、この道に出没する盗賊に取り憑いて……」
「……なんだよ。取り憑いて、どうするんだ?」
「……あの世に引きずり込むんです」
大男が叫ぶ。
「ひぃぃぃ、だからは僕は言ったのに。幽霊が出るから違う場所で仕事をしようって」
「今更そんなこと言っても仕方ねーだろ。なあ、兄ちゃん。この際白状する。俺達はたしかに盗賊だ。そんで幽霊とは知らずに男の子から財布を奪った。でもその財布はもう返したんだ。だから、殺されたりしないよな?」
「それは私にも分かりません。ただ、この道に出没していた盗賊が、何人か行方不明になっていることは知っています」
「なあ、兄ちゃんはその子と仲が良かったんだろ? 俺たちを許してくれるように頼んじゃくれねーか?」
「……いいでしょう。ただし、もう盗賊からは足を洗うと約束してください。そうすれば、あの子も許してくれるかもしれません」
「分かった。命が助かるなら、それくらいお安い御用だ」
「では……」
アルは花束を供えた場所に行き、またお祈りのポーズをした。しばらくそうしてから、男達に言う。
「今、私にテラの声が届きました。あなた達を許さないと言っています」
「そんな! 盗賊は止めるって言ってんじゃねーか! 嘘じゃねえ、本当だ」
「ただし、あの子はこうも言っています。自首をして、罪を償うのであれば、許してもいいと」
「自首? 自分から治安署に行けってのか?」
「そうです」
治安署とは、政府が治安維持のために置いている施設のことだ。そして、そこに勤務する役人は治安官と呼ばれる。治安官は犯罪の被害報告を受けると、衛兵と連携しながら事件の解決に当たる。
依頼の達成条件は盗賊を治安署に突き出すことなのだが、小男は悩ましそうに言った。
「……自首は……無理だ」
「なぜです?」
「なぜって、死刑になるかもしれないだろ? それじゃあ結局死ぬじゃねーか」
「人を殺したことがあるんですか?」
「いや、それはない。金さえ盗めればそれでいいからな」
「それなら大丈夫ですよ。人殺しじゃなければ死刑にはなりません」
「ほんとか? それは貴族限定の話じゃないだろうな?」
「身分は関係ありません」
「……そうか。なら、自首するしかないみたいだな。お前達もそれでいいよな?」
「うん、早くそうしようよ」と大男。
細男も無言でこくりと頷く。
「ただ」と今度はアルが悩ましそうに言う。「このまま自首すれば、確実に怪しまれますね」
「何?」とリーダーがアルを睨む。
「だって、そうでしょう? 盗賊が自首することなんてまずありません。しかも、その理由が幽霊に言われたからなんて説明すれば、間違いなく治安官は怪しみます。下手をすれば、他国のスパイか何かと疑われるかもしれません。そうなれば最悪死刑の可能性も」
「なんだって!? じゃあやっぱりダメだ。自首するわけにはいかねえ」
「待ってください。私が協力しますよ。一芝居打つんです。私が皆さんを縄で縛って治安署に連れて行き、治安官にこう報告します。『街道で盗賊に襲われたので、返り討ちにして捕まえました』と。そうすれば治安官も怪しまないでしょう」
「なるほど。そりゃいい考えだ。ぜひともそうしてくれ」
「ではさっそく」
アルは予め用意していた縄をバッグから出し、三人の手を縛った。縛られながらリーダーが言う。
「おい、なんで兄ちゃんは縄なんか持ってるんだ?」
「実は私、冒険者なんですよ。駆除したモンスターを運ぶ時に使うので、縄はいつも持ってるんです」
「そうか、兄ちゃん強そうだもんな。なるほど冒険者だったか。それなら、俺達を返り討ちにしたって言っても信じてもらえるだろうな」
「ええ。ただ、返り討ちにあったはずのあなた達が怪我をしていないのはおかしいので、治安官にそのことを訊かれたら、こう返事をしてください。三人とも武器を持っていたが、私の剣で切られて使えなくなった。それで大人しく捕らえられた、と。」
「なるほど。頭いいな兄ちゃん。武器はここに捨ててきゃいいから、嘘だってバレないもんな」
「その通りです。さ、できました。お二人も手を出してください」
アルは三人の手をすべて縄で縛り、その後、三人の武器を森の奥に捨てた。大男の斧も軽々と運ぶ。さすがはアルだ。
「これで武器が見つかる心配もないでしょう。さ、ラグールの治安署に向かいましょうか」
「おう、世話になるな」と小男。
「ありがとうね、お兄さん」と大男。
細男は無言で頭を下げる。お前ずっと喋らねえな。最後くらい喋れよ。どんな声してんだお前。
アルは三人を引き連れ、ラグールへの道を引き返していった。あとは奴らをラグールの治安署に引き渡せば任務完了となる。
アルによると、依頼書をギルドに渡せば、ギルドの職員が治安署に行って事実確認を行うらしい。治安官は盗賊を届けたアルの名前を報告するので、依頼は達成と見なされるというわけだ。
この時、もし盗賊達が自首するだけだと、こちらの手柄と見なされないので、依頼は失敗となる。だから、スパイの疑いがかかると言って、アルに連れて行かせる必要があったのだ。
ここまで策を練るのは大変だったが、上手くいってくれた。あとは役目を終えたアルと合流し、馬車に乗って帰るだけだ。
俺はアルと盗賊達を尾行した。イタズラ心で、あえて姿を隠さず、道の真ん中に立つ。すると、小男が振り返った時に悲鳴を上げた。面白い。
こうして、俺は盗賊達を治安署に入るまで見守った。三人が振り返っては怯えた顔で俺を見るので、笑いを堪えるのが大変だった。
治安署の前で待っていると、アルが出てきた。意気揚々《いきようよう》と声をかける。
「どうだ俺の作戦! 完璧だろ?」
「ああ。あんまり上手くいきすぎるから、笑いを堪えるのに必死だった」
「俺も俺も。てか、アルも笑いたくなる時ってあるんだな」
「当たり前だ。今までにも笑った時あっただろ」
「ふっ……ていうキザな笑いだけじゃん」
「キザじゃない」
俺たちは話しながら馬車乗り場に向かった。そこから馬車に乗ってパレンシアへと帰る。
まずはギルドに行って依頼書を出すが、治安署での確認作業がまだなので、報酬は貰えなかった。明日には受け取れるらしい。その代わり、昨日運んだウーニャの売上げとして20ガラン貰えた。
その後、いつもであれば昼飯を食ってからの読み書きの授業になるが、もう依頼書はだいたい読めるので、授業はこれで終了となった。
その代わり、今日からアルに弓の稽古をつけてもらうことにした。遠くの的にも矢を当てられるように訓練する。
日が暮れるまで稽古をし、それが終わると晩飯を食べて宿に帰り、眠りについた。
《三人の盗賊 完》




