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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Eランク編
15/78

潜影族、敗れたり ③

 朝。草のベッドで目覚めた俺は、アルと飯屋で5ガラン分の朝食を取り、徒歩でガセウス村に向かった。面倒だが、寝ぼけた頭を()ますには丁度良い運動だ。


 村に着くと、村人達が集まって何やらさわいでいた。その中にはニャロメさんもいて、こっちに気づくとすっ飛んできた。


「丁度良いところに。今、ウーニャが畑にいます。昨日と同じ場所です」


「分かりました。すぐに向かいます」とアル。


 俺達は急いで畑に向かった。走りながら思う。敵が畑に来た時間帯は昨日とだいたい同じだ。これは俺に対する挑戦なのだろう。望むところだ。


 畑に着き、納屋の後ろに身を隠す。様子をうかがうと、畑の中心に敵が座り、ガッタを掘り起こして食べていた。


 俺は小声で言った。


「作戦を決行する。剣を貸してくれ」


「ん、弓だけじゃダメなのか?」


「当てられる矢は一本だけだからな。心もとない」


「分かった」


 俺はアルから剣を受け取り、自分の影に身を沈めた。敵の影にゲートを開く。その真下まで移動し、剣を手放して弓を構えた。昨日、アルから教わったことを念入りに思い返す。矢筒から矢を抜き、弦にひっかける。矢は口元まで引き、持ち手をほおに当てて固定した。


 緊張で心臓が高鳴っている。呼吸を整え、慎重に標準を地上に合わせた。


「当たってくれよ……」


 俺はそう呟くと、矢を掴む手を離した。


 矢がまっすぐにゲートの外へと飛んでいく。次の瞬間、地上から敵の鳴き声が聞こえてきた。昨日聞いた余裕よゆうたっぷりの鳴き声ではない。明らかに悲鳴だった。


「当たった!」


 弓を手放して剣を掴む。敵の影から地上に出ると、茶色い背中が見えた。その背に剣を振り下ろす。


 敵がすぐさまこちらに気づき、両手の長い爪をクロスして俺の剣を受け止めた。


 狙い通りだ。太ももにさっきの矢が刺さっている。これで素早く動くことはできない。しかも手がふさがっているから、足下のゲートから逃れるすべもない。


「終わりだ」


 俺は勝利を確信し、敵の真下にゲートを開いた。敵の体が裏世界に沈む。見る見るうちに足も胴も沈んでいき、地上に出ているのは剣を受け止めている両腕と、首だけになった。


 そこですかさずゲートをぎりぎりまで(せば)める。こうすれば(あご)が引っかかって頭部が裏世界に沈まなくなる。しかも、裏世界側では肩が引っかかり、体を地上に出すこともできない。腕もゲートに固定されているので、ほとんど動かせない状態だ。これで逃げも隠れもできなくなった。


 敵も自身の負けを悟ったのだろう。「オホホ、オホホ」と、弱々しい声で鳴いた。そして俺の目を見つめてくる。俺は直感した。命乞いのちごいをしているのだと……。


 途端に、敵のことが可哀想になってきた。殺す前に敵がやってきた挑発をやり返してやろう。昨日はそう考えていたが、今となってはそれも幼稚ようちな発想に思えてくる。


 できれば助けてやりたい。俺がまた一歩強くなれたのは、このウーニャのおかげなのだから。でも、村の人達のために、それはできない。


 俺は後方に飛び、敵の腕が届かない位置にまで下がった。そこから敵の後方に回り込む。後ろからなら、こちらの攻撃を腕で防がれることもない。


「ごめんな」


 俺は一言謝り、敵の後頭部に剣を突き刺した。


 勝負が決した。


 敵から剣を引き抜く。それと同時に、頭から大量の血が流れ出した。


 なんだかウーニャの顔を見るのが怖い。そう思い、俺は死体をうつ伏せになるように地上へと引き上げた。それから裏世界に放置していた弓も取り出す。


 納屋の方から足音が聞こえてきた。見ると、アルが満足げな顔でこちらに歩いてくる。立ち止まって言った。


「潜影族の勝利だな。よくやった」


「……ああ」


「……なんだ、嬉しそうじゃないな」


「だってコイツ、人間に似てるからさ。後味悪くて」


「……その感情は大切だが、あまり思いめるのも良くないぞ。ゼラは正しいことをしたんだからな。それに、コイツはゼラを殺したって、思い詰めたりはしないと思うぞ」


「……それもそうだな」


 ウーニャは昨日、本気で俺を殺そうとしていた。そこには一切のなさけなど感じなかったし、それが正しいのだ。どちらかが生きるか死ぬかの戦いにおいて、敵に情けをかけすぎるのは良くない。逆にこっちが殺される。


 俺は死体を仰向あおむけにし、ウーニャの顔を直視した。目も口も開いたままだ。やはり、苦しそうに見える。


 アルが死体を見下ろして言った。


「これだけ状態が良ければ金になる。そのままギルドに持って帰ろう」


「無神経な奴だな! しんみりしてんのに金の話すんな!」


「……欲しくないのか? 金?」


「めちゃくちゃ欲しい! でもそういうことじゃないんだよ。こういう時は『ウーニャを倒したって村の人達に伝えてあげよう。きっとみんな喜ぶぞ』とか、気のいたことを言えよ!」


「ウーニャを倒したって村の人達に伝えてあげよう。きっとみんな喜ぶぞ」


「うん、そうだな。早くそうしよう」


「死体はゼラが持ってくか?」


「当然だ。俺の手柄てがらなんだからな」


「ふっ、じゃあそうしろ」


「あ? なんで笑ったんだよ! 馬鹿にしてんのか!」


「いや、いつもの調子に戻ったから」


「ふん、これくらいで落ち込んでたら冒険者なんて務まるか」


「そうだな」


「さてと、じゃあ運ぶぞー。アルはこれ持っててくれ」


 俺は剣と弓をアルに渡すと、長いウーニャの腕を背中から担いだ。村人達の元へ向かい、ニャロメさんに声をかける。


「やったよ、ニャロメさん」


「おっ、お疲れ様。ありがとうね」


 ニャロメさんはお礼を言った後、他の村人にもこのことを大声で伝えた。


「冒険者さんがウーニャを倒してくれたぞー」


 仕事をしていた村人達が一斉いっせいにこちらを見る。そして、口々に喜びと俺への感謝を伝えてくれた。


「えへへ、どうもどうも」


 俺は照れ笑いを浮かべながらその言葉を受け取った。


「では、オレ達はこれで失礼します」


 アルが冷めた感じで言う。いつもこんな感じだ。せっかくみんなが歓声かんせいを上げてるんだから、もっと喜べよ。まあ、今回もアルは戦わなかったけど。


 ニャロメさんが言う。


「本当にありがとうございました。また何かあればお願いしますね」


「まかせとけい」と俺が胸を張る。


「今回も倒したのはゼラ君なのかい?」


「いかにも」


「そりゃすごい。その歳でウーニャを倒せるなんて。村の男達が十人がかりでも無理だったのに」


「えへへ、そんな褒めないでくださいよ」


 そうか。俺は普通の男十人以上の力を持っているのか。すごすぎるな俺。このままじゃ調子に乗っちゃう。まあ、隣のアルはもっと化け物なんだけどな。いやいや、このまま強くなれば、アルだって越えるじゃないの?


「それでは、これで」とアルが頭を下げる。


「じゃあね、ニャロメさん」


「お二人ともお元気で」


 俺たちはニャロメさんと別れ、村を後にした。


 背中に担いだウーニャが重かったが、ガルムレザータの頭に比べれば可愛いものだった。これも鍛錬の成果だろうか。


 昼過ぎにパレンシアに到着。ギルドに行き、受付係にウーニャを渡した。こうすればギルド側で解体し、商人に売りさばいてくれるらしい。そして、その金は後日貰える。レザータの時と同じだ。


 依頼の達成が認められ、カウンターに報酬金が置かれる。80ガランだ。これで飯が充分に食えて、宿にも泊まれる。


 報酬を受け取ると、掲示板の前に移動した。今日も読み書きの授業のために、依頼書を先に選んでおく。


 Eランクの依頼は既に二つ攻略した。次の依頼を達成すれば、Dランク昇格のチャンスが得られる。あっという間だな。


「次はどんな依頼にする?」とアル。


「そうだな。次で三回目だから、思い切って報酬が100ガランのやつにしよう」


 ついに銀貨レベルの依頼に挑戦する時が来た。庶民は普通銀貨なんて持たないし、使わないから、ここが一つの区切りになる。ここを越えれば庶民卒業だ。今までは庶民以下の貧乏人だったのに、なんだかステップアップが早すぎて夢を見ているように感じる。


 報酬が高い分、依頼の難易度もそれなりに高そうに思えるが、今の俺に怖いものはない。なんたってあのウーニャを仕留めたのだ。俺に勝てない敵なんていない。そんな自信であふれている。


 俺とアルは依頼書の中から報酬が100ガランのものを探した。100ガランがEランクの最高報酬だからか、なかなか見つからない。ほとんどが70ガラン以下のものばかり。


 しかし、一つだけ、100ガランの依頼が存在した。


「これしかないな」とアル。


「ああ」


 俺は中身を確かめる前に掲示板から剥がした。


「おい、ちゃんと中身を読んだのか?」


「いいんだよ。どんな内容だろうと受けるから」


「すごい自信だな」


 その通り。今の俺は自信満々だ。どんな依頼だろうとビビらない。ま、結局中身は確認するんだけどね。


 俺は手に取った依頼書の文を読んだ。アルの授業のおかげで、もうほとんどの文字を読むことができる。そして、奇妙な記述を見つけた。


「なあこれ、もしかして人間が相手なのか?」


「見せてくれ」


 アルに依頼書を渡す。


「お尋ね者系の依頼だな。達成条件は三人の盗賊を捕まえること。ただし、モンスターの駆除と違って、殺してはならない。生け捕りだ」


「なーんだ。盗賊くらい、今の俺なら簡単に倒せる。こんなんで100ガランも貰えるんなら、早くやっとけば良かった。ウーニャよりよっぽど楽だろ」


「それはどうかな。たしかに普通の盗賊ならすぐに倒せるだろう。魔法も武術もたいして使えないだろうしな。ただ、生きたまま捕まえるとなると難しい」


「そうか? 影に沈めて縄で縛っちまえばいいだけじゃね?」


「一人ならそれでもいいだろう。だが、三人同時にそれができるか?」


「うっ、言われてみれば」


 三人も裏世界に入れたら魔力があっという間に無くなってしまう。だからといって一人だけ沈めると、他の二人に逃げられるかもしれない。


「うーん……。これは頭を使わないとダメそうだな」


「ゼラの得意分野じゃないか」


「そうそう、俺、頭いいから」


「足し算できないけどな」


「うるせー」


 アルに言い返し、依頼書を持って受付に向かう。今日こそ一人で手続きを済ませてやる。


 俺は出された用紙に自分とアルの名前を書いた。次に依頼の内容を書き込む。


 なんとかアルの力を借りずにできた。授業の成果が出てるな。


 無事に手続きが完了し、俺達はギルドを出た。飯屋に行ってお待ちかねの昼食を取る。80ガランもあるので、当然デザート付きだ。


 次に読み書きの授業。原っぱに移動し、依頼書を正確に読み取れているかアルに確認してもらう。おまけに文字のつづりも覚えなければならない。


 その後、アルは鍛錬をしに行き、俺は原っぱに残って授業の内容を復習した。ついでに次の依頼をどう達成するかの策を練る。


 そこからはいつもと一緒だった。日が暮れた後、アルと集合して晩飯を食べに行く。その後は宿屋で部屋を借りて眠りについた。やはり地面よりもベッドがいい。夢心地で夢の中に落ちていった。


《潜影族、敗れたり 完》

【後書き】


 お読みいただきありがとうございます。文字数が少ないので、おまけにモンスターの定義について説明しておこうと思います。興味の無い方は読まなくても大丈夫です。


 この世界におけるモンスターの定義はずばり「人間にとって危険性が高い動物」です。


 ただし、モンスターとそれ以外の動物の区別は曖昧(あいまい)で、民族や国ごとに違います。


 例えば、スズメバチがこの世界にいると仮定すると、「危険だが、所詮は小さな虫。モンスターじゃない」と定義づける民族もいれば、「二回以上刺されたらアナフィラキシーショックで死ぬかもしれないからモンスター」と定義づける民族もいます。


 また、作中でギルドの運び屋として働いているぺロンは、家畜化しているので人間に危害を加えませんが、野生のぺロンは危険ということで、一応モンスター扱いされています。


 他にも、「体が大きくて危険そう」「種族がドラゴンだから危険そう」というように、実際の危険性とは関係無く、憶測でモンスター扱いされている動物もいます。


 こんな感じで、この世界の人々はモンスターと普通の動物の区別をふわっと行っています。かなりテキトーですね。

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