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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Eランク編
11/78

親玉のトカゲ ②

 アルは呆れた様子で言った。


「そんなことを堂々と言うんじゃない」


「いや、だって敵が強すぎて逆に清々しいだろ。負けて当然だ。完敗! 敵ながら天晴(あっぱ)れ!」


「……まだできることはあるんじゃないのか?」


「無い! 俺はアルと違って剣術も魔法も使えないし。この槍が効かないなら負けだ」


「本当に槍だけか? ゼラの武器は」


「どういう意味だよ」


「オレに全部訊こうとするな。できるだけ自分で考えるんだ」


「うーん、んなこと言われたって。槍以外の武器っていうと、潜影能力か?」


「それもある。他には?」


「他? えっと、アルジェント・ウリングレイ?」


「なんでフルネームなんだよ。まあ、でも惜しいぞ」


「惜しい!? 冗談で言ったつもりなのに。アルに力を借りていいってことか?」


「そういうことじゃない。戦うのはあくまでゼラだ」


「なんだよそれ。……アルの剣を使えってことか?」


「まあ、試してみてもいいが、たぶんこの剣でも無理だろうな」


「だよな。槍で無理なら剣でも無理だろうし……他にアルに関する武器って……あっ!」


「気づいたか?」


「ファンビーヴァの袋!」


「そうだ。よく気づいた。自分の武器だけではなく、モンスターの武器も活かす。戦いの基本だ」


「そうか。あれを使えばガルムレザータの皮を溶かせる。なんたって俺のチョッキも溶かしたからな。アル、あの瓶を貸してくれ」


「おう」


 アルがウエストバッグから瓶を取りだした。中にはピンク色の袋が入っている。これがあればもう勝ったも同然。


 俺は瓶を受け取り、もう一度裏世界に入った。敵の影にゲートを開く。ゲートから顔だけを出し、場所をチェック。ここまではさっきと一緒だ。違うのは、強力な武器に頼れること。


 瓶の蓋を開け、そこに槍を突っ込む。袋を破くと、中から緑色の液体があふれ出した。


 これを槍の刃によくり、下顎に突き刺してやればいい。一瞬でレザータチョッキを溶かすほどの強力な酸だ。下顎の皮くらい簡単に貫くだろう。


 俺はよーく刃に液体を付けた。すると、ジューッと瓶の中から音がし始めた。


 ん?


 と思って槍を抜いてみると、なんと、刃が全部溶けて無くなっていた。


「んなっ!?」


 とんでもない失態を犯してしまった。考えてみれば当たり前だ。強力な酸なのだから、鱗だろうが鉄だろうが溶かすだろう。どうして武器は溶けないと思い込んでいたのか。


 依頼達成は確実だと思い、油断してしまった。こんなくだらない凡ミスをするとは。不覚!


 こうなれば下顎を攻撃するのは諦めて、背中に酸をぶっかけるしかない。それで溶けた箇所をアルの剣を借りて突き刺せばいい。影から攻撃できないので大変だが、こうなれば仕方ない。


 俺は裏世界から地上に出た。敵の様子を見ていたアルに声をかける。


「アル」


「ん、どうした。なんで攻撃しない」


「これを見てくれ」


 俺は刃が溶けた槍を見せた。アルが言う。


「……おい、まさか、槍に酸を付けて攻撃しようとしたのか?」


「そのまさかだ。笑いたければ笑えよ」


「あはははは、バッカじゃねーの? 槍が溶けたら意味ないだろ」


 腹を抱えて大笑いするアルに、俺はローキックをかました。


「痛っ。なんだよ、ゼラが笑えって言ったんだろ?」


「だからってほんとに笑うな! それでも勇者か!」


「それはゼラが勝手に言ってるだけだ」


「うるさい! とにかく、もう槍は使えない。剣を貸してくれ」


「今更剣でどうやって攻撃するんだ?」


「背中に酸をかけて、溶けた部分をアルの剣で刺す。もうそれしかない」


「そんなに上手くいくかな」


「やってみなきゃ分からないだろ」


「じゃあ、やってみろ。ほれ、剣だ」


 俺は使い物にならなくなった槍を捨て、アルから剣を受け取った。敵と距離を取りながら、後ろに回り込む。一旦剣を地面に置き、瓶の蓋を取った。


 鉄の刃すら一瞬で溶かす液体だ。くらいやがれ!


 俺は瓶を敵の背中に投げた。大きな背中の上を瓶が転がり、液体が外へ流れる。


 そこまでは上手くいった。だが、液体はあのジューッという音を立てなかった。耳を済ますと、シュワシュワと小さな音は聞こえる。液体がかかった部位をよく見ると、泡だってはいるものの、鱗はほとんど溶けていなかった。敵も痛がっている様子はない。


 結局、すぐに泡立ちは止まり、鱗はほとんど溶けなかった。大きく尖った鱗は元の形のままだ。変わった所といえば、金色の輝きが失せ、ただの黄土色になったことくらいだ。


 俺はアルがいる場所に戻り、原因を尋ねた。


「どういうことだ? なんでコイツには酸が効かないんだ?」


「酸が薄まったからだろう。刃を溶かしたせいでな」


「クソッ、無限に溶かせるわけじゃないのか」


「その通り。万策尽きたな。もうゼラに有効な武器は無い。あとはオレ一人でやる。剣を返してくれ」


「……いや、まだ俺には武器がある」


「何?」


「言ってただろ? モンスターの武器を活かすのが戦いの基本だって」


「どういう意味だ?」


「全部訊こうとするなよ。自分で考えろ」


 俺はそう言って足下の石を拾うと、敵の顔に思いっきり投げつけた。石がぶつかり、敵が俺の方を見る。


「やい、クソデカレザータ。こっちに来い」


 あえて敵の前に出て挑発する。敵もこちらを敵と認識し、大きく口を開けて襲いかかってきた。


 俺は全速力で森を駆け抜けた。敵は図体がデカいせいで、追いつかれる程のスピードはない。


 後ろを見つつ、川の右沿いを走る。川上の方向に走っていると、前方に崖が見えた。


 壁際に追い込まれるとマズいので、右斜め前に進路を変える。右へ右へと移動していると、崖の中ほどに巣が見えた。卵が二つある。昨日見たパレラの巣だ。


 後ろを見ると、敵はまだ追ってきている。よしよし。そのまま追って来いよ。


 俺はそう思いながら崖の下で影に潜った。裏世界に移動し、巣の近くにゲートを開く。そこまで移動して昨日と同じように卵を一つ取ると、地上へと戻った。


 卵を抱えて敵の前に出る。真っ正面から向き合うと、凄まじい迫力だ。まともにやりあえば、こちらの命は無いだろう。


 俺は卵を敵の前に置いて言った。


「怒らせてごめん。お詫びにこの卵をやるから、許してくれ」


 だが、当然言葉など通じるわけもなく、俺が敵の前からずらかろうとしても、敵は卵ではなく、俺に視線を向け続けた。卵に興味は無いようだ。いや、まずは俺を片付けてから食べようとしているのかもしれない。


 俺はそそくさと後退しながら、必死で許しをうた。


「いやいや、だから俺は敵じゃないって。その印にほら、そこに卵があるだろ? それやるって」と、卵を指さながら言う。


 すると、まるで言葉が通じたかのように、敵の視線が俺から卵に向けられた。俺がひたすら距離を取るので、大した敵ではないと判断したのかもしれない。


 敵が俺そっちのけで卵に近づいていく。だが、もう遅い。


 上空には頼もしいパレラの姿があった。強風と共に敵の側に降り立つ。地面が少し揺れた。


 敵が突然現れたパレラに目を向ける。俺はパレラに言った。


「ほら、このトカゲ、パレラ様の卵を食べようとしてますよ! やっちまってください!」


「キョアアアアアアア」


 俺の言葉に呼応するように、パレラは一声上げると、全身に炎を纏いだした。戦闘モードだ。


 敵もパレラに向かって口を開け、威嚇する。だが、所詮はEランクモンスター。強さも迫力も明らかにCランクのパレラの方が上だ。パレラが炎の羽をばたつかせながら、敵に近づいていく。


 実力差は敵も分かっているのだろうか。威嚇を続けながらも後退し、パレラと卵から離れていく。


「おい、逃げるな腰抜け!」


 このままだとパレラは敵と戦わず、卵を持ち帰ってしまう。


 俺は卵を影に沈め、裏世界で移動させて敵の目の前に出した。


 パレラが頭を上げ、首を天に伸ばす。火炎攻撃の構えだ。


 敵は口を大きく開け、健気にも無意味な威嚇を続けている。


 パレラの細い首が膨らんだ。顔を敵に向ける。クチバシが開き、ついに大量の炎が放射された。


「よっ、待ってました!」


 大声でパレラに声援を送る。


 火炎攻撃は敵に直撃した。敵は手も足も出ない様子で、ただただ火炎を浴び続けている。


 パレラは容赦ようしゃしない。炎を吐きながら距離を詰め、火炎を敵の全身に浴びせかけていく。離れて見ているこっちにまで熱気が届いた。


 攻撃は3分ほど続いたのち、ようやく止んだ。それでも、敵の体はまだパチパチと音を立てて燃えている。


 パレラは戦闘モードを解き、黒い姿に戻った。悠々と卵に近づいていく。敵の近くにあった卵も攻撃の巻き添えを食らっていたが、見た目は変わっていなかった。なんたって火の鳥の卵だ。あれくらいで中の(ひな)は死んだりしないのだろう。


 パレラは卵をクチバシに挟み、巣の上へと飛び立っていった。


「お疲れ様でしたー」


 俺はパレラにねぎらいの言葉をかけた後、敵に目を向けた。黄金の鱗は見るも無惨むざんに焼け焦げ、全身真っ黒になっている。ガルムレザータの丸焼き、いっちょ上がりだ。


 さすがにもう死んでいるだろう。いや、モンスターの生命力はあなどれない。もしかしたら、まだ生きているかも……。


 俺は恐る恐る近づき、アルの剣で体を突っついた。その時、後ろから声がした。


「お見事だな」


「うわ!」


 驚いて振り向くと、アルが手を叩いて立っていた。


「びっくりさせんなよ」


「すまんすまん。しかし、オレもびっくりしたよ。こんな方法でガルムレザータを倒すとは。パレラとまともに対峙たいじした経験がないと思い付かない戦法だ。素晴らしい」


「ふん、偉そうに言うな」


 と、言いつつ、俺はアルに褒められて内心嬉しかった。それを悟られたくないので、すぐに話題を他に移す。


「もうコイツ死んでるかな?」


「さすがに死んでるだろうが、一応トドメを刺してやろう。剣を貸してくれ」


 アルは俺から剣を受け取ると、敵の隣に立ち、首元に剣を振るった。そして、剣を鞘に収めた後、首と胴体の間に指を入れ、左右に開いた。首と胴がぱっかりと離れる。見事に真っ二つだ。


 剣は軽く振ったようにしか見えなかったのに。さすが勇者様。この実力だと、Eランクのモンスターも簡単に倒せそうだ。さっきも自分が倒すと言っていたし。アルならまだまだ上を目指せるだろう。


 そして、俺も今日からEランク冒険者になることが確定したのだ。心の底から嬉しい。こんな気持ちになれたのはいつ以来だろう。


 俺が小躍りしたくなるほど喜んでいると、アルが切断した頭部を持ち上げた。頭部だけで全長1メートルはある。


「持ち帰るのか?」


「ああ。駆除したことを証明するためにな。今回はペロンの筒が無いから、こうやって体の一部を持ち帰るしかない」


「でも、黒焦げじゃん。ギルドに渡してもガラムレザータの頭って分かるのかよ」


 頭部は表面がこんがりと黒くなっていた。鮮やかな桃色の断面とは対照的だ。こんなものを見せられても、ギルドの職員は困るのではないだろうか。


「それなら心配いらない。ギルドの職員はその道のプロだからな。モンスターの身体特徴は誰よりも熟知している。よほど状態が悪くない限り、どのモンスターの部位かは判別してくれるさ。例えば、炎魔法でモンスターを駆除した場合に、『死体が焼けてるから駆除を証明できません』なんて言われたら(たま)ったもんじゃないだろ?」


「ああ、たしかにそうだな」


「さて、立ち話はこれくらいにして、さっさと帰るぞ。今日は馬車に乗れないから、早くしないと日が暮れる」


《③に続く》

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