親玉のトカゲ ②
アルは呆れた様子で言った。
「そんなことを堂々と言うんじゃない」
「いや、だって敵が強すぎて逆に清々しいだろ。負けて当然だ。完敗! 敵ながら天晴れ!」
「……まだできることはあるんじゃないのか?」
「無い! 俺はアルと違って剣術も魔法も使えないし。この槍が効かないなら負けだ」
「本当に槍だけか? ゼラの武器は」
「どういう意味だよ」
「オレに全部訊こうとするな。できるだけ自分で考えるんだ」
「うーん、んなこと言われたって。槍以外の武器っていうと、潜影能力か?」
「それもある。他には?」
「他? えっと、アルジェント・ウリングレイ?」
「なんでフルネームなんだよ。まあ、でも惜しいぞ」
「惜しい!? 冗談で言ったつもりなのに。アルに力を借りていいってことか?」
「そういうことじゃない。戦うのはあくまでゼラだ」
「なんだよそれ。……アルの剣を使えってことか?」
「まあ、試してみてもいいが、たぶんこの剣でも無理だろうな」
「だよな。槍で無理なら剣でも無理だろうし……他にアルに関する武器って……あっ!」
「気づいたか?」
「ファンビーヴァの袋!」
「そうだ。よく気づいた。自分の武器だけではなく、モンスターの武器も活かす。戦いの基本だ」
「そうか。あれを使えばガルムレザータの皮を溶かせる。なんたって俺のチョッキも溶かしたからな。アル、あの瓶を貸してくれ」
「おう」
アルがウエストバッグから瓶を取りだした。中にはピンク色の袋が入っている。これがあればもう勝ったも同然。
俺は瓶を受け取り、もう一度裏世界に入った。敵の影にゲートを開く。ゲートから顔だけを出し、場所をチェック。ここまではさっきと一緒だ。違うのは、強力な武器に頼れること。
瓶の蓋を開け、そこに槍を突っ込む。袋を破くと、中から緑色の液体があふれ出した。
これを槍の刃によく塗り、下顎に突き刺してやればいい。一瞬でレザータチョッキを溶かすほどの強力な酸だ。下顎の皮くらい簡単に貫くだろう。
俺はよーく刃に液体を付けた。すると、ジューッと瓶の中から音がし始めた。
ん?
と思って槍を抜いてみると、なんと、刃が全部溶けて無くなっていた。
「んなっ!?」
とんでもない失態を犯してしまった。考えてみれば当たり前だ。強力な酸なのだから、鱗だろうが鉄だろうが溶かすだろう。どうして武器は溶けないと思い込んでいたのか。
依頼達成は確実だと思い、油断してしまった。こんなくだらない凡ミスをするとは。不覚!
こうなれば下顎を攻撃するのは諦めて、背中に酸をぶっかけるしかない。それで溶けた箇所をアルの剣を借りて突き刺せばいい。影から攻撃できないので大変だが、こうなれば仕方ない。
俺は裏世界から地上に出た。敵の様子を見ていたアルに声をかける。
「アル」
「ん、どうした。なんで攻撃しない」
「これを見てくれ」
俺は刃が溶けた槍を見せた。アルが言う。
「……おい、まさか、槍に酸を付けて攻撃しようとしたのか?」
「そのまさかだ。笑いたければ笑えよ」
「あはははは、バッカじゃねーの? 槍が溶けたら意味ないだろ」
腹を抱えて大笑いするアルに、俺はローキックをかました。
「痛っ。なんだよ、ゼラが笑えって言ったんだろ?」
「だからってほんとに笑うな! それでも勇者か!」
「それはゼラが勝手に言ってるだけだ」
「うるさい! とにかく、もう槍は使えない。剣を貸してくれ」
「今更剣でどうやって攻撃するんだ?」
「背中に酸をかけて、溶けた部分をアルの剣で刺す。もうそれしかない」
「そんなに上手くいくかな」
「やってみなきゃ分からないだろ」
「じゃあ、やってみろ。ほれ、剣だ」
俺は使い物にならなくなった槍を捨て、アルから剣を受け取った。敵と距離を取りながら、後ろに回り込む。一旦剣を地面に置き、瓶の蓋を取った。
鉄の刃すら一瞬で溶かす液体だ。くらいやがれ!
俺は瓶を敵の背中に投げた。大きな背中の上を瓶が転がり、液体が外へ流れる。
そこまでは上手くいった。だが、液体はあのジューッという音を立てなかった。耳を済ますと、シュワシュワと小さな音は聞こえる。液体がかかった部位をよく見ると、泡だってはいるものの、鱗はほとんど溶けていなかった。敵も痛がっている様子はない。
結局、すぐに泡立ちは止まり、鱗はほとんど溶けなかった。大きく尖った鱗は元の形のままだ。変わった所といえば、金色の輝きが失せ、ただの黄土色になったことくらいだ。
俺はアルがいる場所に戻り、原因を尋ねた。
「どういうことだ? なんでコイツには酸が効かないんだ?」
「酸が薄まったからだろう。刃を溶かしたせいでな」
「クソッ、無限に溶かせるわけじゃないのか」
「その通り。万策尽きたな。もうゼラに有効な武器は無い。あとはオレ一人でやる。剣を返してくれ」
「……いや、まだ俺には武器がある」
「何?」
「言ってただろ? モンスターの武器を活かすのが戦いの基本だって」
「どういう意味だ?」
「全部訊こうとするなよ。自分で考えろ」
俺はそう言って足下の石を拾うと、敵の顔に思いっきり投げつけた。石がぶつかり、敵が俺の方を見る。
「やい、クソデカレザータ。こっちに来い」
あえて敵の前に出て挑発する。敵もこちらを敵と認識し、大きく口を開けて襲いかかってきた。
俺は全速力で森を駆け抜けた。敵は図体がデカいせいで、追いつかれる程のスピードはない。
後ろを見つつ、川の右沿いを走る。川上の方向に走っていると、前方に崖が見えた。
壁際に追い込まれるとマズいので、右斜め前に進路を変える。右へ右へと移動していると、崖の中ほどに巣が見えた。卵が二つある。昨日見たパレラの巣だ。
後ろを見ると、敵はまだ追ってきている。よしよし。そのまま追って来いよ。
俺はそう思いながら崖の下で影に潜った。裏世界に移動し、巣の近くにゲートを開く。そこまで移動して昨日と同じように卵を一つ取ると、地上へと戻った。
卵を抱えて敵の前に出る。真っ正面から向き合うと、凄まじい迫力だ。まともにやりあえば、こちらの命は無いだろう。
俺は卵を敵の前に置いて言った。
「怒らせてごめん。お詫びにこの卵をやるから、許してくれ」
だが、当然言葉など通じるわけもなく、俺が敵の前からずらかろうとしても、敵は卵ではなく、俺に視線を向け続けた。卵に興味は無いようだ。いや、まずは俺を片付けてから食べようとしているのかもしれない。
俺はそそくさと後退しながら、必死で許しを請うた。
「いやいや、だから俺は敵じゃないって。その印にほら、そこに卵があるだろ? それやるって」と、卵を指さながら言う。
すると、まるで言葉が通じたかのように、敵の視線が俺から卵に向けられた。俺がひたすら距離を取るので、大した敵ではないと判断したのかもしれない。
敵が俺そっちのけで卵に近づいていく。だが、もう遅い。
上空には頼もしい奴の姿があった。強風と共に敵の側に降り立つ。地面が少し揺れた。
敵が突然現れたパレラに目を向ける。俺はパレラに言った。
「ほら、このトカゲ、パレラ様の卵を食べようとしてますよ! やっちまってください!」
「キョアアアアアアア」
俺の言葉に呼応するように、パレラは一声上げると、全身に炎を纏いだした。戦闘モードだ。
敵もパレラに向かって口を開け、威嚇する。だが、所詮はEランクモンスター。強さも迫力も明らかにCランクのパレラの方が上だ。パレラが炎の羽をばたつかせながら、敵に近づいていく。
実力差は敵も分かっているのだろうか。威嚇を続けながらも後退し、パレラと卵から離れていく。
「おい、逃げるな腰抜け!」
このままだとパレラは敵と戦わず、卵を持ち帰ってしまう。
俺は卵を影に沈め、裏世界で移動させて敵の目の前に出した。
パレラが頭を上げ、首を天に伸ばす。火炎攻撃の構えだ。
敵は口を大きく開け、健気にも無意味な威嚇を続けている。
パレラの細い首が膨らんだ。顔を敵に向ける。クチバシが開き、ついに大量の炎が放射された。
「よっ、待ってました!」
大声でパレラに声援を送る。
火炎攻撃は敵に直撃した。敵は手も足も出ない様子で、ただただ火炎を浴び続けている。
パレラは容赦しない。炎を吐きながら距離を詰め、火炎を敵の全身に浴びせかけていく。離れて見ているこっちにまで熱気が届いた。
攻撃は3分ほど続いたのち、ようやく止んだ。それでも、敵の体はまだパチパチと音を立てて燃えている。
パレラは戦闘モードを解き、黒い姿に戻った。悠々と卵に近づいていく。敵の近くにあった卵も攻撃の巻き添えを食らっていたが、見た目は変わっていなかった。なんたって火の鳥の卵だ。あれくらいで中の雛は死んだりしないのだろう。
パレラは卵をクチバシに挟み、巣の上へと飛び立っていった。
「お疲れ様でしたー」
俺はパレラに労いの言葉をかけた後、敵に目を向けた。黄金の鱗は見るも無惨に焼け焦げ、全身真っ黒になっている。ガルムレザータの丸焼き、いっちょ上がりだ。
さすがにもう死んでいるだろう。いや、モンスターの生命力は侮れない。もしかしたら、まだ生きているかも……。
俺は恐る恐る近づき、アルの剣で体を突っついた。その時、後ろから声がした。
「お見事だな」
「うわ!」
驚いて振り向くと、アルが手を叩いて立っていた。
「びっくりさせんなよ」
「すまんすまん。しかし、オレもびっくりしたよ。こんな方法でガルムレザータを倒すとは。パレラとまともに対峙した経験がないと思い付かない戦法だ。素晴らしい」
「ふん、偉そうに言うな」
と、言いつつ、俺はアルに褒められて内心嬉しかった。それを悟られたくないので、すぐに話題を他に移す。
「もうコイツ死んでるかな?」
「さすがに死んでるだろうが、一応トドメを刺してやろう。剣を貸してくれ」
アルは俺から剣を受け取ると、敵の隣に立ち、首元に剣を振るった。そして、剣を鞘に収めた後、首と胴体の間に指を入れ、左右に開いた。首と胴がぱっかりと離れる。見事に真っ二つだ。
剣は軽く振ったようにしか見えなかったのに。さすが勇者様。この実力だと、Eランクのモンスターも簡単に倒せそうだ。さっきも自分が倒すと言っていたし。アルならまだまだ上を目指せるだろう。
そして、俺も今日からEランク冒険者になることが確定したのだ。心の底から嬉しい。こんな気持ちになれたのはいつ以来だろう。
俺が小躍りしたくなるほど喜んでいると、アルが切断した頭部を持ち上げた。頭部だけで全長1メートルはある。
「持ち帰るのか?」
「ああ。駆除したことを証明するためにな。今回はペロンの筒が無いから、こうやって体の一部を持ち帰るしかない」
「でも、黒焦げじゃん。ギルドに渡してもガラムレザータの頭って分かるのかよ」
頭部は表面がこんがりと黒くなっていた。鮮やかな桃色の断面とは対照的だ。こんなものを見せられても、ギルドの職員は困るのではないだろうか。
「それなら心配いらない。ギルドの職員はその道のプロだからな。モンスターの身体特徴は誰よりも熟知している。よほど状態が悪くない限り、どのモンスターの部位かは判別してくれるさ。例えば、炎魔法でモンスターを駆除した場合に、『死体が焼けてるから駆除を証明できません』なんて言われたら堪ったもんじゃないだろ?」
「ああ、たしかにそうだな」
「さて、立ち話はこれくらいにして、さっさと帰るぞ。今日は馬車に乗れないから、早くしないと日が暮れる」
《③に続く》




