8 予定外の出来事
「ごめんなさいお義姉さま、ちょっとお仕事のことを考えていましたの。申し訳ございません、聞き逃してしまいました」
これも前回通り。
ただ自分の思考内容が違うだけで、行動も発言も全く同じだ。
「もう! ソフィアったら。私が話をしているのだから、ちゃんと聞いてくれなくてはダメよ! 本当に失礼だわ」
「申し訳ございません」
「まあまあ、ブリジッド。ソフィアも慣れない仕事で頑張っているのだから、そう言わないでやってちょうだい。それよりどうなの? 私はいつ二人目の孫を抱けそうなのかしら?」
この発言がブリジッドの癇癪を引き起こす。
すべて前回通りだ。
ブリジッドがガシャンと音を立てて立ち上がり叫ぶ。
「お義母様、私もソフィアも嫁いできてまだふた月ですわ。そのように言われても困ります」
ナタリーが間に入る。
「ブリジッド、王妃陛下はそのようなおつもりで仰ったのではないわ。仲良くやっているかとご心配下さっているのよ? それがわからないあなたではないでしょう?」
まさにこの発言がブリジッドの怒りの炎に油を注ぐ。
さあ、今度は自分の出番だ。
「ブリジッドお義姉さま。私が遅れてしまったのがいけなかったのです。どのようにでも謝りますので、どうかご機嫌を直していただけませんか?」
よし、数秒後に来る平手打ちは甘んじて受けよう。
ソフィアは衝撃に備えて歯を食いしばった。
「そうよ! あなたが全部悪いの! だからこれは教育よ!」
さあ来い!
「止めないか!」
えっ? なぜ? なぜレオがここに?
しっかりと前回通りに振る舞っていたはずのソフィアは混乱した。
「レオ、これは教育よ! ソフィアは一番下の義妹なの。義姉である私がちゃんと教えないといけないわ」
「では言葉で教えるんだな」
「レオ!」
ブリジッドの言葉をまるで無視したレオが、王妃陛下に礼をした。
「母上、申し訳ございません。私がきちんと言い聞かせますので、今日のところは許してやっていただけませんか」
啞然としてブリジッドを見ていた王妃が肩の力を抜いた。
「レオ……わかったわ。今日はもうお開きにしましょう。頭が痛いわ」
ナタリーが席を立って美しいカーテシーで了承の意志を示す。
ソフィアも同じように席を立って最大限のカーテシーをした。
「ブリジッド、あなたは子供の頃からいつもそうね。その短気は直らないのかしら」
「お義母様まで! 酷いです!」
王妃の言葉にかみついたブリジッドを、ナタリーがキッと睨み返してから、王妃の手を取ってテーブルを離れた。
予定と違い平手打ちを喰らわなかったソフィアは呆然としている。
「もういいわ! 私、帰る! 気分が悪い!」
このセリフは前回と同じだ。
レオの登場で崩れたかと思ったが、元に戻ったのだろうか。
ある程度の脱線は修正されるのかもしれない。
「ソフィア、ブリジッドが済まなかったね」
ソフィアはまた予定とは違う行動をとるレオの顔を見た。
「い……いいえ、遅れた私が悪いのですから」
「遅れてなどいなかったではないか。ブリジッドが勝手に怒っただけだ。それに君が最後になった理由もわかっている」
わかっている? どういう意味?
混乱するソフィアは何も返事ができないでいた。
「今日はもう終わりにして休むと良い。補佐官たちには私の方から言っておこう」
「ありがとうございます。お言葉に甘えますわ」
去っていくレオを見送ったソフィアは、そのまま椅子に体を投げ出した。
もしかすると、レオにも記憶があるのかもしれない。
だとすると、自分の計画が崩れてしまうのではないだろうか。
ソフィアは深い溜息を吐き、それでもなんとか流れを引き戻そうと、前回と同じように王妃とナタリーの後を追った。




