7 魔道具の回収2
最大限の笑顔を浮かべてソフィアが言う。
「でも忘れ物をしたというのは本当ですのよ? 学生時代から使っている栞を挟んだままでお貸ししてしまいましたの」
「ああ、あの本か。いろいろ忙しくてまだ読んでいないから、きっとそのままだよ。だったら問題ないね」
「ですから一人でも大丈夫と申し上げましたのに」
「なんだ、本当のことだったの? 僕はてっきり……ね?」
ロビンのニヤけた顔に吐き気を覚えたが、ソフィアは妖艶な笑みを浮かべ続ける。
「もう……殿下ったら」
「ロビンと呼んでくれよ」
「ロビン?」
「うん、そう呼ばれたいのは愛しい君だけさ」
部屋に入るなり、ソフィアをベッドに運ぶロビン。
なんとわかりやすい男だろうか。
でもこれで良い。
そのためにわざわざ自分でも着やすいスリップドレスを着てきたのだから。
「ああ……ソフィア。君は最高だな」
ロビンの息遣いが荒くなっていく。
この姿も映像として残るのかと思うと、ソフィアは泣きたい気分になっていた。
じっと時間が過ぎるのを待つ苦痛は果てしないほど長く感じた。
「無邪気なものね。今のうちに回収しましょう」
満足したロビンは、そのままスウスウと寝息を立てていた。
起こさないように注意しながら、ソフィアは手早くドレスを身につける。
回収した本型の箱を胸に抱え、ロビンに貸した詩集から栞を抜き取った。
「ロビン? 起きて。もう仕事に戻らなくちゃいけないわ」
「ん? ああソフィア……僕は寝ちゃったのか……」
ロビンが伸ばしてくる指先をギュッと握り、ソフィアは甘い声で言った。
「私は王妃陛下とお義姉様方とのお茶会があるの。先に出るわよ? 早く起きてね」
「そうなの? 残念だけれど母上たちとのお茶会なら仕方が無いね」
「起きれそう? 誰か呼ぶ?」
ロビンが頷く。
「着替えたいから侍従を呼んでくれ」
「わかりました。じゃあ行くわね。本は一度持ち帰るわ」
「ああ、わかった。凄く素敵だったよ、愛しいソフィア」
寝ぼけたような顔で手を振るロビンを置き去りにして、焦らないように慎重に自室に戻ったソフィアは、ドレスを選ぶ振りをして素早く回収したものをクローゼットの中に隠した。
回収のためとはいえ、昼間からあれほど好き勝手を許したのだ。
疲れたと言えば、今夜はひとりで眠らせてもらえるだろう。
ソフィアはタオルを水で絞り、急いで体を清めた。
「王子妃殿下、もうこちらにおいででしたか。遅くなって申し訳ございません」
時間通りメイドが着替えの手伝いにやってきた。
回収作戦は無事に成功した。
「良いのよ。それにせっかくドレスを選んでくれていたのに悪いのだけれど、こちらに替えてくれない?」
「はい……お気に召しませんでしたか?」
「いいえ、違うわ。ロビンがいたずらをしたの」
そう言いながら、首筋に残る鬱血痕を見せた。
「まあ! それはそれは。仲のよろしいことでございますわ」
「ええ、だって私たちはまだ新婚ですものね」
「畏まりました、それでは首元まで隠れるデザインのものに致しましょう」
まさかここまでするとは思っていなかったので、ドレスを前回とは違うものにしなければならなくなったが、まさかドレスが違うだけで流れが大きく変わるとは考えにくい。
手早く着替えたソフィアは自室に鍵をかけて、南のガゼボに向かった。
前回は仕事が立て込んで遅刻したのだから、今回も少し遅れていかなくてはいけない。
ソフィアはわざとゆっくり歩いて、庭を眺めたりしながら時間を調整した。
「遅くなりました」
すでに三人の高貴な女性たちは揃っている。
「大丈夫よ。まだ始めていなかったから」
王妃が優しそうな顔で前回と同じセリフを口にする。
そしてフォローするように王太子妃ナタリーが声を出した。
「ソフィアは本当によく頑張っているもの。たとえ遅れたとしても誰も機嫌を損ねたりなどしませんわ、ねえ? ブリジッド」
「ええ、勿論ですわ」
ブリジッドの声は明らかに機嫌を損ねていた。
「ありがたいお言葉でございます」
「どうかしら? 二人とも新婚生活は」
この言葉を聞いて、ソフィアは順調にトレースできていることを確信し胸をなでおろす。
この席でブリジッドが爆弾発言をして場を荒らすのだ。
そこまで考えてふとソフィアは思った。
もしかすると、昂った感情のままブリジッドはロビンに会いに行くのかもしれない。
前回の自分は、王妃陛下を宥めるのに忙しく、席を立ったブリジッドを追うことはしなかったのだから、今回も追うことはできない。
魔道具の回収は少し早まったかもしれないが、あれほど吐き出したのだから、さすがのロビンも、すぐには復活しないだろうとソフィアは考えた。
「ねえ、聞いているの? ソフィア」
ブリジッドが機嫌の悪いままの声を出した。