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67 終息

 どのくらいそうしていただろうか。

 まだしゃくりあげているレモンの横に、人が立つ気配がした。


「大丈夫かい? よく頑張ったねぇ、偉かったよ」


「母さん!」


 シフォンに駆け寄ったレモンは大声をあげて泣き出した。


「ソフィアもレオも大丈夫だ。死んじゃいないから、安心しなさい」


「うん」


「さあ、そろそろ兵たちが戻ってくるよ。怪我を治療してやらなくちゃいけないね」

 

 レモンの顔を拭いているシフォンの横に、どこに潜んでいたのか緑色の美女が立った。


「終わったな。よくぞ成し遂げた」


「母上さま……」


 シフォンの声に緑色の美女がクスッと笑った。


「隠し通すのではなかったのか? クローバー……いや、今はシフォンか」


「ずっと隠れていてごめんなさい」


「いいさ。知れると連れ帰られるとでも思ったのだろう? それにしてもレナードは今回もあっぱれだったな」


「はい、彼は何度生まれ変わってもレナードのままです」


「良き伴侶じゃ。魂は上手く回収できたか?」


「ええ、無事に取り戻しました」


「それは私が預かろう。修復して新しい命にしてお前に返してやる」


 頷いたシフォンが懐から光の玉をとり出した。


「おお……確かにレナードの魂じゃ。相変わらず美しいのう」


 ニコッと微笑んだ緑の美女がそれを飲み込んだ。


「レモン、全員をこの場に集めよ。応援が到着するのは明日の早朝じゃ。医師も救護隊も医薬品もたっぷり届くから忙しくなるぞ」


「はい」


「命を落とすほどの傷を負っている者の処置はシフォンに任せて、今日はソフィアとレオに付いておれ」


「わかりました」


 緑色の美女がシフォンに言う。


「レナードもクローバーも良き末裔を持ったようだ。誇らしいぞ」


「ええ、母上様。みんなとってもいい子ですわ」


「偶には顔を見せてくれ」


「はい」


「奴の残滓は宝玉となりこの地に埋没するであろう。百年の後に掘り出せば透明に輝く石となっておるはずじゃ」


「大悪魔がダイヤモンドになるのですか?」


「奴らの悪意は全て魔消しの者が吸い取ったが、その残滓でできる宝石は、人々を惑わせ狂わせるかもしれんな」


 レモンが驚いた顔をした。

 

「あの赤ちゃんが? あの大きな悪意を全部食べちゃったの? 凄いね、レオナード」


「ああ、あの子の父親もそれなりに頑張っておったぞ。魂だけとなっても、我が子を庇うように寄り添い続け、最後の瞬間まで励ましておったわ」


「ロビンって立派なお父さんになったんだねぇ」


「共に散ったお前の甥っ子の勇気も素晴らしかった。あやつは最後まで親子を守るように抱き続けておった。最後に吐いた一息は母親の名じゃった」


「ワンダ……そうね、ワンダも頑張ったんだね」


 浄化のために歩き出した緑色の美女が振り返って言った。


「この地に石碑を建て、王家の地として百年は守れと王に伝えよ」


「はい、母上様。必ず伝えます」


「良きかな」


 緑色の美女が消えると、同時に音と色が戻ってきた。


 それを見送ったシフォンが、ニカッと笑ってレモンに明るい声で言う。


「さあ、最後の仕上げだよ。もうひと踏ん張りだ」


「うん!」


 まだ気を失ったままのレオとソフィアの体を軽々と抱き上げたシフォンが、ゆっくりと歩き出す。

 レモンはちょこまかと動き回り、布を敷いて怪我人を受け入れる態勢を整えていった。

 ぞくぞくと兵士たちが戻ってくる。

 命のある者は全員退避できたようだ。


「ソフィア!」


 先に目を覚ましたのはレオだった。

 まだ目を閉じているソフィアの体を抱き寄せようと手を伸ばす。


「まだ動かさない方がいい。はい、あんたはお水を飲んで。次はこのお茶ね」


 レモンが淡々とコップを渡し、レオは言われたままに飲んだ。


「終わったのか?」


「うん、きれいさっぱり終わったよ」


「みんなは?」


「もう戻ってきてる。母さんが手当しているから安心しな」


「そうか」


「ソフィアももうすぐ目覚めるだろうって母さんが言ってた。怪我は無いから大丈夫だって」


「よかった」


「それとこれ」


 レモンが差し出したのは、リーブ伯爵家の紋章が浮き彫りにされたブローチだった。

 装飾の金と銀がところどころ溶けていて、端の方は焦げたのか黒ずんでいる。


「落ちてたんだ。悪魔が消えた穴の側に」


 レオはそれを握りしめた。


「ワンダ……許してくれ」


「許すも許さないもないさ。それとこれも一緒に落ちてたよ」


 レモンが差し出したのは、ロビンとレオナードが揃いで誂えたプラチナの腕輪だった。

 爆発の凄まじさを物語るように、二つの腕輪は溶けて一つに重なっている。

 歪な形となりながらも、くっついて離れないその腕輪を額に押し当て、レオは咽ぶような嗚咽を漏らした。


「私は……私はどうすれば良かった? なあレモン、教えてくれないか?」


 少し考えた後、レモンがゆっくりと口を開いた。


「逝った者たちの思いを背負って生きるしかないさ。そんな辛い役目はレオ殿下にしかできないだろう? だからあんたが残ったんだよ」


「そうか……私が残った理由は……それか」


「そうさ、あんたまでいなくなっちまったらソフィア様はどうすれば良いんだい? そんな辛いことを全部押し付けるのかい?」


「いや、それはダメだ。辛いのは全て私が引き受けよう。ソフィアをこれ以上辛い目に合わせるなど有り得ない」


「だったら頑張りな。あんたならできるよ。多分?」


 レオがレモンの顔を見た。


「ははは……なんだよ、多分って。しかし少女の君に教えられるとは」


「何言ってるんだ、私はこう見えても二百五十六歳だよ? 生意気いうんじゃないよ、このひよっ子が」


 啞然とした顔のレオに、レモンがニカッと笑ってデコピンをした。


「ソフィア様を必ず幸せにしておくれよ。ソフィア様は私の最推しだからね!」


 フンスッと鼻を広げて、レモンが去って行った。


「ああ、必ず成し遂げると誓おう」


 まだ目を覚まさないソフィアの体を、レオが優しく抱き寄せた。


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