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55 あと二つ

 回想のうちに王城へと戻ったブリジッドは、さっそくロビンを呼ぶように命じた。

 しかしその返答は素っ気なく、レオナードと散歩に行くから会えないという。

 我が子に対して嫉妬したブリジッドの狂気はソフィアへと向かった。


「ねえ、ソフィア。その子は私が産んだの。あなたの子は死んだでしょう? 返してよ」


 レオナードを抱いたロビンが気色ばんだが、ソフィアはあっさりと言い返した。


「ええ、でもねお義姉様。赤ちゃんって誰かが世話をしないと死ぬのよ? 産めば終わりじゃないの。産んでからの方が大変なの」


「そんなことメイドにさせれば良い事でしょう! 早く返しなさいよ!」


 掴みかかろうとするブリジッドを止めたのは、ナタリーがつけていた女性騎士達だった。

 彼女たちもブリジッドに思うところがあったのだろう、拘束する手に力がこもっている。


「痛いわ! 放せ! 早く放しなさい! 不敬よ! 私は王族よ! 控えなさい!」


 騒ぎを聞きつけてやってきたアランの指示によって、ブリジッドは自室に戻された。

 

「二度とブリジッドを外出させてはならない。これは皇太子命令である」


 次期王として人気も実力も兼ね備えているアランに逆らう者などいるはずもなく、ブリジッドは敢え無く軟禁されることになった。

 レモンから報告を受けたシフォンはすぐに動きだした。

 苛立って大声で叫ぶブリジッドの部屋に近づくものはおらず、外からかけられた南京錠を外す術もない。

 烏に身を変えて王城に入ったシフォンは、魔法を唱えてブリジッドの部屋へと忍び込んだ。

 物という物は全て壊れ、ブリジッドは素っ裸でロビンの名を呼んでいる。


「さすが悪魔の子だねぇ。見事な汚れっぷりだ。さあ、そろそろ楽にしてやろう。辛いだろう? 悪魔の子はサキュバスだと相場が決まっているからねぇ」


「誰よあんた……ああ、悪魔ね? 悪魔なら丁度いいわ。わたしのロビンを連れてきてちょうだい。言うことを聞くなら何でもあげるわ。何が欲しいの? お金かしら? それとも宝石? ああ、もう男なら誰でも良いわ。とにかく早くしてちょうだい! 気が変になりそうよ」


「なんでもくれるというなら取引をしようじゃないか。望み通りお前に群がる男だけの時空に送ってやろう。その代わり私にはお前の心臓をおくれ」


「心臓? それじゃあ死んじゃうじゃないの」


「死ぬ? ああ、この世界では死ぬね。でも淫乱と快楽だけの世界へ行けるんだ。惜しくはあるまい?」


「淫乱と快楽……」


「ああ、それが望みだろう? では決まりだね」


 言うが早いか、シフォンはブリジッドの左胸に手を突っ込んで心臓を取り出した。

 すでにその魂は別の時空に飛んだのか、ブリジッドの顔は笑っている。

 飛び去るシフォンの後を、小鳥になったレモンが追った。


「うまくいったの? 母さん」


「ああ、大丈夫だ。温かいうちに鍋に入れないといけないからね、少し急ぐんだ。お前はもうお帰り。明日の朝は大騒ぎだろうから」


「うん、わかった」


 闇夜に消える烏と、王城の灯りに向かう小鳥。

 レオを救うための『魔消し薬』の材料は、これであと二つとなった。

 そして翌朝、ブリジッドの部屋へ朝食を運んできた騎士により発見されたブリジッドは、全裸のまま床に倒れていたという。

 傷は無く、その顔は微笑みさえ浮かべていたという。

 すぐに王宮医が呼ばれたが、密室状態であったことから事件性は疑われることもなく、葬儀は粛々と取りおこなわれた。


「まさか心臓麻痺だなんてね」


 黒いドレスに身を包んだナタリーが、ソフィアに近づいた。

 ソフィアと揃いの喪服を纏ったロビンに抱かれたレオナードはすやすやと眠っている。


「お義姉様、もしもドロウ侯爵が子供を要求したらどうしましょう」


「そんなものは突っぱねれば済む話よ。その子は間違いなく王家の子だもの」


 ロビンが徐に口を開いた。


「レオ兄上には僕から知らせるよ。この子は僕たちで育てるって」


 一瞬眉を顰めたナタリーだったが、父親はロビンなのだからと思い直し、ソフィアの顔を覗き込んだ。


「あなたはそれで良いの?」


「もちろんです。むしろそうお願いしたいと思っていました」


「そう、あなたがそれで良いのなら私は何も言わないわ」


 ナタリーの横に立っていたアランは、眉間の皺を戻そうともせずロビンに向かって声を出した。


「感謝の心を忘れるなよ、ロビン」


「うん、わかってる」


 ナタリーの手を腕にのせて去っていくアランの後ろ姿を見ながら、ロビンが呟くように言う。


「アラン兄さんは全部知っているのかな」


「どうなのかしら。まあ皇太子殿下ですもの。全てを把握しておられても不思議ではないわ」


「そうだよね……だとしたら恥ずかしくてもう顔を見れないな」


「済んだことよ。もう全部終わったの、ブリジッドのことはね」


「うん、そうだった。僕は死ぬまで精一杯生きるって決めたのだったね」


「帰りましょうか」


「そうだね、そろそろレオナードにミルクをあげなくちゃ」


 昼間は乳母が育て、夜はロビンとソフィアが添い寝しているレオナードの瞳は薄い金色だ。

 王家にその色は無く、焦ったドロウ侯爵が先祖返りだと言い訳したが、王家の者たちは気にも留めていなかった。

 なんと言ってもレオナードには王家の痣があるのだ。

 これ以上の証拠はないのだから。


 結局レオはブリジッドの葬儀にも帰っては来なかった。

 アランに届いた手紙によると、魔物の出現が増え続けているらしい。

 思ったよりもリミットは早いのかもしれないとソフィアは暗澹たる気分になった。


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