54 悪魔の血
産後の肥立ちという言葉などブリジッドには関係ないようで、孤児院通いを再開しようとするのをなんとか止める毎日が続いている。
それを聞いたアランは、さっさと司教の首を挿げ替えた。
本人は無実を訴えていたらしいが、横領と神への冒涜という罪で流刑地にある教会へと送られたのだ。
「私は献金の横領などいたしておりません!」
「誰も献金などとは言っていない。お前はもっととんでもないものを横領しただろう?」
「していない!」
泣き叫ぶ司祭の前に仁王立ちしているアランが、冷たく言い放った。
「ここで全てを言っても構わないのか? そうなるとお前の一族郎党が消えることになるぞ。王家としては別に構わんがどうする? ああ、あの祭壇は廃棄した。汚らわしいからな」
その言葉を聞いた司祭はもう何も言わず、黙って小舟に乗り込んだという。
何も知らないブリジッドが、やっと許されて孤児院へ向かうと、顔も知らないシスターが院長となっていた。
教会は腰の曲がった司祭が取り仕切っており、理由を聞いても人事異動だとしか言わない。
「どうなっているのよ!」
学生のころから懇ろになって、宝石やドレスを貢いでくれた伯爵令息はもういない。
伯爵家の名さえ残さず粛清されたのだ。
乱暴な抱き方が気に入っていた護衛も、レオが辺境の地に連れて行ってしまい、生きているかどうかさえ定かではない。
ねっとりと執拗な愛撫を繰り返してくれた司祭も生きて戻ることはないだろう。
「ロビンよ……ロビンに抱いて貰えばいいわ」
そう考えたブリジッドは王城へと引き返した。
流れる街並みを眺めながら、ふと昔の自分を思い出す。
ブリジッドは十二になった頃から己の性欲を持て余していた。
ベッドに入ると体が火照り、秘所が疼いて眠れないのだ。
侯爵家令嬢としては純潔を守るべきだが、気が狂いそうなほどの欲が身を焦がす。
なぜそうなのかもわからないまま、ブリジッドは十八になるまで必死で我慢し続けた。
「最初はロビンにって決めていたものね」
自分は王族に嫁ぐのだと、幼いころから言われてきたブリジッドにとって、純潔を散らす相手が王族であれば問題ない。
レオはブリジッドに厳しいので苦手だが、同い年のロビンはブリジッドの言いなりだ。
そこに愛があったわけではないはずなのに、一度体を重ねるとロビンのことばかりを考えるようになっていった。
いずれはロビンと結婚するのだと思えば罪悪感もない。
ブリジッドは学園の空き教室や王城の森にロビンを呼び出しては己の欲を発散させた。
そのうちにロビンが断ることが増え、イラついたブリジッドはヤキモチを焼かせようと、銀髪の男を誘い、裏庭や空き教室へと消える姿をロビンに見せつけた。
最初はお喋りをするだけだったが、何のリアクションも起こさないロビンに業を煮やし、遂に一線を越えてしまってからは、もうなし崩しだ。
ロビン以外の最初の相手は、当時飛ぶ鳥落とす勢いのハリスン伯爵家の三男だった。
ブリジッドの体に溺れたその男は、金に飽かせてブリジッドを欲し、貢がれて愛されることに満足感を覚えたブリジッド。
王家との婚約が進み始め、親に言われて伯爵令息とは距離をとるようになったが、きれいに切れたわけではない。
逢瀬は月に一度程度だったが、朝から晩までお互いを貪る様な時間を過ごす。
快感に目覚めた伯爵令息は、月に一度では満足できず、次々と女に手を伸ばしていき、学園での評判は地に落ちたが、ブリジッドには何の関係も無かった。
あの女はどうだったなどと寝物語で語った後、金で解決できないことは無いと豪語するその男を、ブリジッドは気に入っていたのだ。
結婚後も時々呼び出しては誰かと森で楽しむ。
しかし絶対に妊娠するわけにはいかないブリジッドは、ピルアという避妊薬を飲み続けた。
月のうち五日は月のモノがあるからか、体が疼くことはない。
しかし他の日は眠れないほど辛いのだ。
ブリジッドの心と体は分離していた。
心はロビンを求めるが、体は男を求める。
その辛さにつけ込んだように近寄ってくる男はたくさんいたので困ることも無かったが、何かと面倒なことになるのを避けるため、銀髪の男ばかりを選んでは関係をもつ。
あの護衛は他の男とはタイプが違い、粗野なところが気に入っていた。
ロビンは脅さない限り抱いてはくれず、その内容もかなり淡白でフラストレーションしか残らない。
体は不満を訴えるが、心は穏やかになるアンバランスな感覚。
ロビン以外では体は満足しても心は満たされないというジレンマにブリジッドの心は捩れていった。
自分はおかしいのかもしれないと思い、神に祈りに教会へ行った日あの司祭と出会ったのだ。
顔はブリジッド好みだし都合の良いことに銀髪だ。
しかも司祭とは思えないほど逞しい体を持っている。
禁欲生活が長かったせいか、キャソックの上から撫でてやるとしがみついてきた。
祭壇で抱かれるのは殊の外気分が良かった。
神を冒涜していると思えば思うほど高揚感が増していく。
何も知らなかった男を、自分好みに躾けていくのも楽しい。
神を穢す行為に溺れ、いつしか三日に上げず教会へと足を運んでいた。
二人の逢瀬を知った孤児院の院長には金を握らせることにはなったが、第二王子妃の予算をもってすれば何でもないほどの額だ。
金を渡すうちに、隠れ蓑になる役まで買って出た院長は、裏で孤児たちを売っていた。
それを知ったからといってブリジッドはなんとも思わない。
売られた子供の行く末など、今から受ける快楽に比べればゴミのようなものだ。
そんなある夜、眠れないまま廊下を歩いていると、ソフィアの部屋からロビンの声がした。
唯一心が欲した男が、今まさに他の女を抱いている。
そう思ったブリジッドはソフィアより先にロビンの子を身籠ることを決意した。
何度も脅し、目の前でソフィアをいじめてまで呼び出したロビンに貫かれた時の達成感は、今でもありありと覚えている。
何度も計算してピルアの服用を調整したブリジッドは、計画通りに妊娠した。
妊娠さえすればピルアの服用も必要なくなるのだが、それがわかるまでの間は、ブリジッドにとって地獄のように辛い日々だったが、目的のためなら我慢できた。
眠れないまま伯爵令息との情事を思い、騎士の暴力的な愛撫を想像する。
そして浅い眠りから目覚めた後は、ずっと司祭との痴態を考える日々。
もうブリジッドは自分が異常なのだとは思わなくなっていた。
この快楽を手放すくらいなら悪魔に魂を売ってもいいとさえ思っているブリジッドに、唯一歯止めをかけていたレオが辺境へと旅立った後は欲のままに貪る毎日。
妊娠は確定したが、目指していたソフィアより先というのは果たせなかった。
まあ、そんなことはどうでも良い事だ。
それより早く教会へ行こう。
また神の前で神に仕える男を穢してやろう。
それがブリジッドの全てだった。




