52 ロビンの懺悔
ロビンの罪は心身の弱さなのだろうとソフィアは考えていた。
体調のせいかもしれないが、考え抜くことを放棄する癖があるし、性格も大人しく、争いごとを好まない。
争うくらいなら、自分が我慢することを選んでしまうのだ。
王族として育ったというのに、自己主張もあまりしない。
しかし与えられた仕事は責任をもってやり遂げようとする真面目さもある。
「きっと王都から離れた田舎町の領主だったら、幸せに暮らしたのでしょうね」
生まれる場所は選べないし、親も兄弟もそうだ。
しかしそれは生きとし生けるもの全てに共通することで、何もロビンだけがワリをくったわけでは無い。
「あのね、ロビン。今ブリジッドお義姉様の赤ちゃんと一緒にいるの。仕事中は看護人に任せているけれど、夜は私の部屋に来るのよ。とっても可愛らしくてね、もう天使なのではないかと思うほどよ。あなたも見に来ない?」
ロビンが顔を上げた。
「いっても良いの? 君は……気づいてしまったのでしょう?」
ソフィアが目配せをすると、頷いたレモンが人払いをした。
「あなたとブリジッドのこと?」
ボロボロと流れる落ちる涙がロビンの返事なのだろう。
「バカだったんだ。何も考えていなかった。学園時代に興味本位で体を……。こんなものかって思ったよ。でもね、僕は彼女の純潔を奪ってしまった。知らなかったでは済まされないことだ。だから愛してないけれど婚約は受け入れた。そのうちに彼女はたくさんの男たちと閨を共にするようになった。でも僕にとってはどうでも良かったんだ」
「なぜ?」
「こんな僕にできることは、彼女のような女性を王家に入れないことだ。でもドロウ侯爵家の後ろ盾は王家にとって必要でしょ? だから三男の僕が形だけでも娶って、一年くらい王子妃の暮らしをさせたら、なるべく遠くの領を貰って臣籍降下するつもりだった」
「ブリジッドを連れて?」
「うん、連れてさえ行けば幽閉できるでしょ? そうするしかないほど彼女は異常だった。時々ブリジッドが悪魔に見えたよ」
ソフィアの方がビクッと揺れる。
「そう……あなたは自分を犠牲にして王家を守ろうとしたのね」
「失敗しちゃったけどね」
一人残って部屋の隅に控えていたレモンが口を出した。
「ではなぜソフィア様とご成婚された後も関係を持たれたのですか?」
ロビンがレモンの顔を見た。
「なぜだろう? 君には何を言われても腹がたたないね。不思議な子だ」
「お答えください」
「王家の名誉を守るため……なんて言ったらおかしいけれど、抱いてくれないならブリジッド自身がやって来たことを公表するって言われた。そんな女を金目当てで王子妃にしたなんて言われたら、王家は終わる。でもそれは言い訳さ。単なる切っ掛けに過ぎない。きっと僕は自分の欲に負けたんだ。もし本当に嫌だったらできるわけがないのに、できちゃったんだもん。男だからと言われたらその通りだけれど、レオ兄上のように己を律することができなかったってことさ」
「ロビン……」
「ごめんね、僕はどうしても君との子供が欲しかった。だって自分の子供を抱くことは諦めていたから。それに、君を抱き続ければブリジッドに誘われてもその気にならないだろうって思った。すみません。僕はソフィアの心と体を利用しました。でもね……ソフィア……」
ロビンが流し続ける涙をぬぐいながらソフィアは次の言葉を待った。
「僕はちゃんと君が好きだった。君と夫婦になれて嬉しかったよ。こんな僕が幸せになれるかもって夢見ちゃったんだ。あのねソフィア、僕はきっと長生きはできない」
「なぜそう思うの?」
「僕の体の痣は消えなかった。痣の消えないものは二十三までにはみんな死んでいるんだ」
「えっ?」
確かナタリーは三十だと言っていたはずだとソフィアは驚いた。
「だからブリジッドを幽閉しても、僕も死ぬから良いやって思ってた。でも君と結婚して欲が出ちゃったんだよね。生きたいって。過去の文献だと一人だけ三十まで生きた王子がいたらしいけれど、幼い頃に王籍を抜けて出家した人だった。もう無理だもの」
「ロビン……」
「ねえ、ソフィア。自分があと数年で死ぬってわかっててさぁ、真面目に生きていけると思う? 絶対に死ぬんだよ? もうどうでも良いような気になるよ」
ソフィアはレオの顔を思い浮かべた。
あの人は死に向かって努力を続けていたのだ。
ロビンにもう少し強い心があればと思うと無念でならない。
「ロビン、あなたの辛さや苦しさは、私が理解できるほど軽いものではないわ。でもね、人はみんな死ぬまでは生きるの。長いか短いかは誰にもわからないけれど、死ぬということは確実でしょ? そのうえでどう生きるか。もう過去は戻ってこないわ。これからどうするかじゃないかしら」
「一人でベッドに入ると、なぜ僕だけが早く死ぬのだろうって考えてた。早く死ぬって知ってからずっとずっとそんなことばかり考えていたんだよ。でも君の言う通りだね。僕も死ぬまでは精一杯生きないとね。じゃないと消えてしまったあの子に申し訳が無い。産まれることさえできなかったあの子を想えば、僕なんて幸せだもん」
ソフィアは胸が苦し過ぎて眩暈を覚えた。
「ねえソフィア、もう一つサンドイッチを食べても良いかな? なんだか心が軽くなったような気分だ」
「もちろんよ。二つでも三つでも食べてほしいわ」
「うん、もう少し生きるためには、ちゃんと努力をしなくちゃね」
そう言うとロビンは食べかけのサンドイッチを口に放り込んだ。
「まあ! ロビン。一度に口に入れると喉につかえてしまうわ。ちゃんと嚙んでちょうだい」
頬を膨らませてもぐもぐと口を動かすロビンの目が虹色に光った。
ああ、今この人は真実を語ったのだとソフィアは思った。




