5 二度目の結婚式
前日から王宮に入ったソフィアは、本番前に過労死するのではないかと思うほど磨き上げられ、実家から持参したウェディングドレスを纏った。
ブリジッドとのあまりの差に同情した王太子妃のナタリーが、せめてこれを使いなさいと自分が使ったベールを貸してくれたのも前回と同じだ。
「用意ができたかな?」
入ってきたのは純白の衣装を身につけたロビンだ。
もともと頓着が無いのかソフィアに合わせてくれたのか、ロビンのタキシードも至ってシンプルなもので、襟元の刺しゅうはソフィアと揃えてある。
その刺しゅうと右肩からかけているサシュが無いと、ただの白い衣装に見えるほどだが、長身で見た目も爽やかなロビンに良く似合っていた。
「さあ、これをどうぞ」
「ありがとうございます」
ロビンから渡されたブーケは、前回と同じ白百合だった。
「殿下もどうぞ」
同じ花で準備していたブートニアをロビンの上着に挿す。
「ありがとう、美しい僕の花嫁」
ソフィアの手を取って指先に唇を寄せるロビンを見て、ここまで言動が同じだと。わかっていたとはいえ気持ちが悪いとソフィアは思った。
「さあ、行こうか。兄上たちが待っているよ」
きっと今回もブリジッドのブーケは純白のバラを使った豪華なキャスケードなのだろうと思いながら、ロビンと共に聖堂に向かうための馬車に乗り込んだ。
第二王子と第三王子が待つ祭壇まで、ブリジッドに続いて進むソフィア。
それぞれの花婿が手を取って並び立つと、厳かな声で神父が祝福の言葉を口にした。
『ここで神父様が咳払いするのよね』
記憶力の良いソフィアは、細かいことまでしっかりと覚えていた。
「ゴホンッ……失礼」
『ふふふ、ほらね』
笑いをかみ殺すソフィア。
誓いの言葉も誓いのキスも予定通りに終わった。
先に祭壇を降りて馬車に向かう第二王子夫妻の背中を見ながら、ふとソフィアは考えた。
『あれからレオ殿下はどうしたのかしら』
死んでしまった自分には知る由もないが、自分と同じくらいの衝撃をレオも受けたのではないだろうか。
『レオ殿下はブリジッド様を愛していたのかしら』
婚約者の時に接したレオは、物静かで無口な大人の男だった。
王家特有の紫色の瞳を受け継いだのは王太子と第二王子だけで、第三王子のロビンは鳶色の瞳だ。
母親である王妃が同じ色の瞳であり、ロビンは髪色も瞳の色も王妃の色を受け継いだ赤みが強い茶色である。
『不思議よね、王太子殿下は髪も目も国王陛下と同じで、第二王子は目は国王陛下で髪は王妃陛下、第三王子は両方とも王妃陛下だもの』
王太子アランは金色の髪に紫の瞳だ。
王太子妃のナタリーも金色の髪だが、瞳は深い青だった。
一昨年生まれた長子マーガレットは、髪も目も父親の色を継いでいる。
『あの子が生まれていたらロビンと同じ色だったのかしら? それとも私?』
ソフィアの色は髪も目も黒だ。
産んでやれなかった我が子を思い、ふと憂いを見せたソフィアにロビンが声を掛けた。
「疲れたのかい? もう少しだから頑張って」
「ええ、すみません。昨日からあまり眠れなくて」
ロビンが沿道の民たちに手を振りながら、スッとソフィアを抱き寄せた。
いっきに歓声が大きくなる。
「そうか、実は僕もあまり眠れなかったんだ。今日のことが楽しみ過ぎてさ。でもソフィア、今夜も眠れないと覚悟しておいてね」
前回と全く同じ会話だ。
ソフィアは両手をグッと握りしめて、自分を鼓舞した。
絶対に負けないと固く心に誓い、満面の笑みで沿道に手を振るソフィア。
王宮に戻り、恙なくお披露目パーティーも終わった。
前回はあれほど素敵だと思ったロビンとのダンスも、今回は虚無感しかない。
すべてのことが経験済みであるソフィアとしては、間違えないことに神経を集中させるだけで、大きな感動もなく淡々と作業をこなしているだけのような感覚だった。
そして前回と同じように風呂で磨かれ、前回と同じ夜着を着せられ、前回と同じ時間に寝室へと向かう。
違うのはただ一つ。
それはソフィアが避妊薬を飲んでいるということ。
「お待たせいたしました」
「やあ! 僕の愛する妻がやっと来てくれた! やはりソフィアは美しいね」
メイド達が下がり、ランプの灯りが消える。
ソフィアにとっては罰ゲームのような一夜が始まった。
『今日から半年後に妊娠が判明したのよね。医者は三か月に入っていると言ってたわ』
ロビンの手が体のいたるところを這いまわり、ソフィアは危うく声を出しそうになった。
何度口づけを落とされてもソフィアの心が動くことはない。
それほどのことをこの男はやらかすのだ。
『そしてそのひと月遅れでブリジッドが妊娠するのよね。半年後には二か月に入っているのだから、この三月が勝負よ』
「どうしたの? ソフィア。もしかして怖いのかな?」
「ええ……こんなこと初めてで……少し怖いです」
「大丈夫だよ、優しくするから。僕に全部任せてくれ」
「はい、殿下。全てお任せいたします」
一言一句間違えないように、慎重に言葉を選ぶ。
再びロビンの手が動きだした。
ソフィアはこの時間が早く終わることだけを祈っていた。