49 ブリジッドの出産
しばらくは私室で大人しく過ごしたソフィアだったが、月が変わるとすぐに仕事に復帰した。
無理はするなと言われても、そもそも健康なのだからこれ以上は寝ていられない。
シフォンの店にもなるべく早く行くべきだとソフィアは考えていた。
ロビンは相変わらず真面目に仕事をこなし、最近はブリジッドと森へ消えることもない。
当のブリジッドはというと、数日は回された仕事に取り組んでいたようだが、あまりのミスの連発に、どんどん仕事量が減っていったらしい。
「今日も?」
「ええ、今日もいそいそと孤児院慰問に向かわれました」
シレッと言うレモンに笑いを耐えながら、ソフィアは逆に体調が心配になった。
「妊娠してるのに大丈夫なのかしら」
「大丈夫だよ? だってもう四カ月で生まれるでしょ?」
「まあそうかもしれないけれど……」
「あの男もさすがに無茶な体位はとってないし、膨れた腹を撫でまわしてる時間の方が多いくらいだからね」
「あなた……また見に行ったの?」
「まあね、敵情視察? だってあんまり激しくして流れたら困るじゃん」
「そりゃそうだけど……」
「見てて楽しいモンじゃないよ。ホントにバカだなぁって思うくらいだね。道端で発情ってる野良犬を見てるようなもんだよ」
ソフィアは話題を変えることにした。
「シフォンは元気? 明日か明後日には行きたいと思っているの」
「うん、母さんは元気だよ。父さんはちょっと弱っているみたいだけれど、まだ大丈夫って言ってた。レオ殿下は?」
「あまり話せてないのよ」
「まあロビンが離れないもんねぇ……手は出してこないのでしょう?」
「うん、とにかく心配だからって言って添い寝してるだけ。お昼はレオも忙しいし、夜はそんな感じだし、もうひと月近く話せてないの」
「今度行ったときに母さんに様子を聞いてみようね。母さんからは父さんを通してソフィア様の状況は伝えているみたいだから」
「わかったわ。そろそろお仕事に戻らなくちゃ」
頷いたレモンはティーセットを片づけ始めた。
ナタリーに話したロビンとブリジッドのことはアランに伝えられ、激怒したアランをナタリーが必死で止めたと聞いている。
とにかく今は無事にブリジッドが出産してくれるのを待つだけだとソフィアは思っていた。
日々様々な出来事があり、そして次の日がやってくる。
そんな毎日を送りつつ、遂にブリジッドの出産予定日が近づいてきた。
不安がるブリジッドがロビンを放さず、困惑しつつもキッパリとは拒絶できないロビン。
ソフィアはロビンを励ましつつ、無事に産まれることだけを祈っていた。
生まれ変わったように真面目に仕事に取り組むロビンに、アランの態度も軟化し始めた頃、早朝の王宮に緊張が走った。
「ブリジッド妃殿下が産気づかれました」
近衛が駆け込んできてソフィアに知らせた。
「わかったわ。すぐに行きます」
ソフィアは急いでブリジッドの私室へと向かった。
何はともあれ父親が誰なのかを確認しなくてはならない。
ソフィアは心の中でクローバ-の痣がありませんようにと祈った。
初産とは思えないほどあっさりとブリジッドが出産を終えたのは、知らせがあって六時間後のことだった。
ナタリーと顔を頷きあいブリジッドの部屋へ入ると、看護人が新生児の体を清めているところだった。
「ソフィア、頼んだわよ」
「はいお義姉様」
ナタリーがまだ横になっているブリジッドの枕元に立ち声をかける。
「よく頑張ったわね、ブリジッド」
「ええ、凄く痛かったけれど頑張りましたわ」
「男の子だったの? それとも女の子?」
「男の子でした」
「おめでとう」
看護人が柔らかなガーゼに包んだ新生児を連れてくる。
「まあ! 髪は銀色なのね。瞳は……まだわからないわよね」
看護人が嬉しそうな声を出した。
「髪はお父様と同じ銀色ですね。瞳は二週間ほどでわかるでしょう」
複雑そうな顔をしたナタリーが振り返ると、先程まで赤子が寝かされていた台の前で、呆然と佇むソフィアの姿が映った。
「ソフィア?」
「あ……ああ、お義姉様。私……」
ナタリーが気を利かせる。
「そうね、あなたには少し辛かったわね。ねえブリジッド、もう男性陣を入れてもいいかしら? ソフィアは……少し休ませるわ」
悲しげに立ち竦むソフィアを見たブリジッドが、片方の口角だけを上げて言う。
「そうね、ソフィアは子を失っているのだもの。こんなに可愛い赤ちゃんを見たら悲しいわよね。ふふふ」
ナタリーは殴り飛ばしたくなるのを必死でこらえてソフィアの背中に手を回した。
「そういえばブリジッド、レオ殿下から知らせはあったの?」
「知らせ? 何の知らせかしら?」
「赤ちゃんの名前よ。当然でしょう?」
ブリジッドが鬼のような形相を浮かべる。
「つい先ほど産まれたばかりではありませんか! 名前など……まだ決まるわけがないわ」
「事前に予定日は連絡していたのでしょう? おかしいわね、レオ殿下らしくないわ。それとも魔物たちとの攻防戦でお忙しいのかしら?」
「きっと……きっとそうよ。もう疲れたわ」
ブリジッドはさっさと毛布をかぶってしまった。
新生児を抱いた看護人がおろおろとしているが、ナタリーは構わず部屋を出た。
待っていたのはロビンだけで、国王夫妻も皇太子もいない。
ソフィアは少しだけブリジッドに同情した。
「どうだった? どっちだったのかな?」
ロビンがソフィアに聞く。
「男の子よ、王妃殿下やレオと同じ銀髪だったわ。ああ、あなたも銀色の髪だったわね」
俯くソフィアの代わりにナタリーが吐き捨てるように言う。
「え? あ……ああ、男の子か。そうか、男の子か。痣はあったのかな」
ソフィアの肩を抱くナタリーの指先に力がこもる。
のろのろと顔を上げたソフィアが答えた。
「あったわ。あなたと同じ場所に同じクローバーの痣がね」
一瞬だけロビンの肩が揺れたのを、ソフィアは見逃さなかった。




