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42 湖の前日

 いつものようにロビンを寝かしつけたソフィアが自室に戻るとレモンが戻っていた。


「早かったのね」


「うん、ソフィア様が寂しいと思ったからね」


「ありがとう。で? どうだった?」


「母さんがワインのお礼を伝えてって言ってた。すごく喜んでいたよ。それからレオ殿下と通信してみろって言ってたよ」


 ソフィアは思い出したようにネックレスに手をやった。


「わかったわ。今夜にでもテストしてみるわね」


 頷くレモン。


「イベントのことだけれど、ブリジッドはきっと来るって。皇太子達もね。ロビンが皇太子のところの姫さんと遊んで離れた時がチャンスだってさ。暴漢は潜んでいるけれど、こっちは私が上手くやるから。当日は食材を乗せた荷馬車を、少し離れた日陰に停めさせよう。ロビンと姫さんが離れて、皇太子が奥さんの膝枕でうとうとした時に実行だ」


「その時に落ちるってこと?」


「うん、私が合図をするから荷馬車に何かを取りに行く振りをしてよ。ブリジッドも誘って行けば暴漢も出やすいし、仮に来なくてもなんとかする」


「わかったわ。荷馬車を湖近くの木陰に停めさせて、食事の後でロビンが離れ皇太子殿下が妃殿下の膝に頭を乗せたら、いよいよってことね?」


「そういうこと。当日は母さんも来てお膳立てしてくれることになったから絶対に大丈夫だよ。後は安心して沈んで」


「う……うん。任せといて」


「じゃあこれを渡しておくね。使い方は聞いた?」


「聞いたわ。前歯で挟んでそこから息をしろって言われた」


「口から吸って鼻から吐くんだ。その方が効率がいいからね。間違っても鼻から吸っちゃダメだよ?」


「ええ、わかったわ」


「買ったものは棚に納めてあるから。私のお菓子も一緒に入れているから、口が寂しくなったら食べてもいいよ」


「ええ、ありがとう」


 礼は言ったが、レモンの好む菓子というものを想像しただけで胃に何かがこみ上げるような気分になる。


「心配しなくても人間が食べるものだよ。バニラビスケットとか、乾燥イチゴが入ったスコーンとか」


「あら、意外」


「お菓子は別さ。小鳥はお菓子を食べないからね。この体の時は食事も人間と同じなんだ」


「なるほどね。安心したわ。あの棚に乾燥した虫入りケーキでも入っているかと思うと眠れないところだったもの」


「ははは! でもそれ美味しそうだね。今度母さんに作ってもらおうかな」


 ソフィアの顔が引きつった。

 自室に戻るレモンを見送り、ソフィアはベッドに腰かける。

 水を一口飲んでから大きく息を吸った。


「レオ? 聞こえる?」


「……」


「レオ?」


「ソフィアか? ああ聞こえる」


「ちゃんと着いたのね」


「ああ、無事に着いたが酷いありさまだ。領主館は無事だが領……」


「え?」


「聞こえない?」


「うん『ありさまだ』までしか聞こえなかった」


「長文は無理か」


「そうみたいね」


「詳細は手紙に書こう」


「うん、待ってる」


「こんなに短いなら言うのは一つだな」


「なあに?」


「愛してる」


「レオ……」


「ソフィア、抱きたい」


「うん」


「今夜から毎日ソフィアを抱く」


「え?」


「毎日抱きつぶす。覚悟しろ」


 ソフィアは何も言えず顔を真っ赤に染めるだけだった。


「ソフィア? 聞こえてる?」


「え? なに?」


「ソフィ……」


「レオ? レオ?」


「…………」


 通信は途切れてしまった。

 どうやら短文しか伝わらない上に、長時間は無理なようだ。

 それでも声が聞けただけで、涙が出るほど嬉しいと思った。

 

「抱くってどうやって? ふふふ、おかしなレオね」


 レオの抱かれる自分を想像しながら、ソフィアは久しぶりに幸せの中で眠りに落ちた。


 そして翌日、王子たちのピクニックを伝えられた厨房の動きが慌ただしくなった。

 彼らがどれほど頑張っているかを知っている王城の使用人達は、絶対に楽しい時間にしてもらおうと張り切っているのだ。

 倉庫から大きな敷物を持ってきて天日干しにするメイド達や、小型の馬車を念入りに掃除する馬丁達、急いで買い出しに走るコック見習い。

 城全体が不思議な一体感を醸し、レオがいない虚無を埋めようとしているかのようだった。


「いよいよ明日だね。楽しみだよ」


「ええ、短い時間だけれど楽しみましょうね。昨日のうちにロビンの好きなお菓子も買ってきてもらったの」


「そうなの? では僕も何か準備しなくちゃ」


「ロビンは大丈夫よ。あのチョコレートは私も大好きだもの」


「じゃあ僕はソフィアに花冠を作ってあげよう。こう見えて得意なんだ」


「まあ! 嬉しいわ」


「お姫ちゃんにも作ってさ、三人で被っちゃおうか」


「お義兄様がヤキモチを妬くんじゃない?」


「放っておくさ。僕たちの予行練習だ」


 ロビンの言葉にソフィアの胸がズキッと痛んだ。

 こんなにも出産を心待ちにしている人に、自分は噓を吐いているのだという罪悪感。


「でもまあ、僕はソフィアさえ無事ならそれでいいんだ。不吉なことを言うようだけれど、万が一、母体か子供かと言われたら僕は迷わずソフィアを選ぶ。これは絶対だ」


「ロビン?」


「ソフィアがなんと言っても変えないよ。だから君はとにかく無事でいて」


 ロビンがギュッと目を瞑った。

 おそらく見続けたという夢のことを思い出しているのだろう。

 ロビンは夢だと思っているが、それは実際に前世で起きたことだ。


「ねえロビン、ブリジッド義姉さまの子供も一緒に可愛がって育てましょうね。レオ義兄様はいらっしゃらないのだから、私たちが代わりにならなくちゃ」


「うん、そうだね。でも甘やかさないよ? だってレオ兄上の子供だもん。きっとものすごく優秀で、ものすごく美しいはずだ。そしてきっととんでもなく努力家だよ。アラン兄上のところに男の子が生まれなかったら、もしかすると王位を継承するかもしれないでしょ? ちゃんと育てなくちゃ」


「……そうね」


 ロビンはレオの子供だと信じているのだろう。

 しかし、それは絶対に無いと知っているソフィアは黙るしかなかった。


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