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31 今世の日常

 魔道具店からの帰り道で互いの想いを伝えあったソフィアとレオは、何も変わらない日々を送っていた。

 最近のロビンの顔色の悪さは気になるが、本人に聞いても問題ないとしか言わないし、無理やり医者に見せても、ただの不眠だという。

 共寝を断り続けている自分の責任かもしれないとは思うが、前世の記憶に縛られているソフィアは、どうしてもロビンを受け入れられない。


 そんな日々の中、遂にブリジッドの妊娠が発覚する日を迎えた。

 そのニュースは王宮を駆け巡り、人々は口々に祝いの言葉を述べる。

 それを淡々と受けながらも表情を変えないレオと、勝ち誇ったような顔のブリジッドの対比は、色々な憶測を呼んでいた。


 あと一週間で辺境の地へと旅立つレオに、何か贈りたいと考えたソフィアは、視察の日程を組んで魔道具店を訪れた。


「どうした? ダミーが働かないか?」


 迎え入れたシフォンがニマニマしながら言う。


「それはまだ使ってないのよ。ブリジッドが妊娠を告げてから使うことになったの。安定期になるまではさすがに控えるでしょう? そこを狙おうってワンダが言うのよね。でもたぶん近いうちに実行するんじゃない?」


「まあ、失敗するよりは慎重な方がいいさ。ターゲットと寝たらさっさと送ってきなよ。ダミーの目には魔道具を仕込んだからね。奴らの裸をじっくりと観察させていただくとしよう。ああ、あんたの魂だけれど、五年分ほど貰ったよ。痛みはないかい?」


「ええ、ぜんぜん。気づかないほどよ」


「そうか、それならいい。それで今日はどうした?」


「レオが行っちゃうでしょ? 何か贈ろうと思って」


「なるほどね。ではこれなどいいと思うがどうかい?」


 シフォンが出したのは小さな石が付いたピアスだった。


「これはね、離れていても話ができる便利な道具さ。邪魔にならないようにレオにはピアス、あんたにはブローチだ。ただし長時間は無理だよ。話せても一言二言だ。でもできないより良いだろう?」


「素敵ね。ではそれにするわ。おいくらかしら?」


 シフォンがニヤッと笑った。


「こいつはやるよ。その代わり頼みがあるんだ」


「頼み? 何でも言って」


「プロントがハルレア領に向かった。あそこはあんたの土地だ。あいつは世界で一番強いからそこは心配していないんだ。だけど料理がからっきしでねぇ。放っておいたら果物しか食べやしない。あんたのところで料理人を世話してやってくれないかい? それとできれば野宿もさせたくないんだ。今までなら良かったけれど、プロントの体はもうボロボロなのさ」


 ソフィアは大きく頷いた。


「勿論よ。万全の態勢を整えるわ。プロント様にはおばあ様の家にいるダレンという家令を訪ねるように言ってちょうだい。絶対に悪いようにはしないし、昔馴染みだったのだから遠慮もないでしょう?」


「ああ、わかった。助かるよ。これで肩の荷が降りたさ。ところでレモンは元気かい?」


「ええ、よく頑張ってくれているわ。レオが出立したら私の専属メイドになってもらうことになっているの」


「ああそうかい。あの子も父親に似て強いからね、あんたも安心だ。それと、こいつはサービスだからよく聞きな。ロビンは『大悪魔』が出現する前に死ぬ運命だ。出現が早まれば奴の死も早まる。そして『大悪魔』はあと三年……いや二年かもしれない。ロビンの命もそのくらいってこった」


 ソフィアはグッと目を瞑った。


「それとあんた、湖には行きなよ。でも落ちるのはあの女じゃない、あんただ。そして子が流れる。これが本当の流れだ。暴漢はレモンが仕留めるから心配いらない。必ず三人で馬車で戻るんだよ。いいね?」


「ええ……わかったわ。でも一回目は湖には行かなかったのでしょう?」


「ああ、行かなかったから『魔消しの者』は勇者になれなかった」


「そうなの?」


 シフォンがニヤッと笑った。


「ああ、たぶん?」


 相変わらずどこまでが本当でどこからが冗談かわからないと思いながらも、ソフィアはシフォンの言うとおりにしようと思った。

 それよりロビンだ。

 彼の死は食い止めることはできないのだろうか。


「できない。これはどうしようもないのさ。寿命というのは不文律が決める」


 何も言っていないのに答えを貰ってしまったソフィアは黙るしかなかった。


「とにかくあんたは生きるんだ。それだけが使命だと思いな」


「はい……わかりました」


 シフォンが優しい声で言う。


「ロビンは滅亡と関わっていないから、運命の渦には入っていない。でもね、あいつには王家の神秘の血が流れている。恐らくロビンも前世の記憶があるだろう。しかし断片的で繋がっていないから、ただの夢だと思っているんだ。自分の人生で最も強烈だったことしか覚えていないだろう。可哀そうだけれど、それが人間の限界ってものだ」


「強烈な出来事?」


「ああ、あいつの心はあいつにしかわからないからねぇ。それがどんなシーンかは私にもわからない。どうせ死ぬのだから、いい思い出なら良いけれど、どうだろうねぇ」


 ソフィアはふと俯いた。

 ブリジッドと不貞を繰り返したロビンを受け入れることはできないが、あの人自身は悪い人ではないのだと思う。

 悲しい思いはしたが、今世でも復讐したいと思ったことはない。

 子供ができたと噓を吐いた時の、あの嬉しそうな顔がソフィアの心に暗い影を落としていた。


「騙しているのは私も同じだから。ロビンには最後まで幸せだったと思ってほしいわ」


「ああ、きっとあいつは満足して死ぬよ。大丈夫だ。私にはわかるんだ。なにせ私はこの世で一番魔力の強い『大魔女』だからね。へへへへへ」


 不思議な魅力のある『大魔女』に別れを告げ、ソフィアはロビンの好きなチョコレートを買って帰ることにした。

 この国ではミントチョコレートは入手できないが、ロビンが好きなのはオレンジの皮を乾かして砕いたものを混ぜ込んだオレンジピールチョコレートなので手に入る。


「少しでも顔色が戻れば良いけれど……」


 ロビンがなぜ不貞をしたのかはわからないが、ソフィアはなぜか憎み切れない不思議な感覚を覚えていた。

 ソフィアの目的であった真相を知ることができる日も近いのかもしれない。



 明日からは1日1話の更新と致します。

 どうぞ引き続きよろしくお願いいたします。

            志波 連


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